第12章-9 結界攻防戦

 コーヒーの香り漂うダイニングルームで、ゴウとアキトが自分達の置かれている現状を認識するため意見を交わしていた。

「残念だったなぁー。出来れば嫌がらせしたかったぜ」

「まったくだ。叩けるときに叩くのが戦闘の基本だからな」

「結界の外だったからね~」

 ゴウとアキトは撤退するTheWOCの機動戦闘団を追撃する気はなかった。しかし、嫌がらせをする気は満々であった。少しでも戦力を削りたかったからだ。

「うむ、ジュズマル2機は勿体なかった。・・・だが、結界外では偵察すらも危険なんだと戦力差を知れたのは収穫だったぞ」

 結界外に布陣したTheWOCの第1即応機動戦闘団を偵察するため、ジュズマル2機が飛び出していった。しかし、結界外ではTheWOCの索敵網に引っ掛かり、即座に撃墜される破目となった。

「TheWOCに戦力差を誤認させとくためにも追撃が必要だったんだげけどよ・・・」

「余力ないのがバレちゃったね~」

「余力がないのは欺瞞情報だと勘違いさせられないかしら?」

 アキトとゴウが真剣な表情で悩む。

 1分ぐらいダイニングルームを沈黙が覆っていたが、ゴウが明るい表情で言い放つ。

「ふむ、ムリだ。それは諦めよう」

 吹っ切れただけだった。

 アキトたちは艦隊を率いて堂々と惑星ヒメジャノメに降り立ったのではなく、敵の目を掻い潜って侵入したのだ。TheWOCは、お宝屋の戦力が潤沢とは想定していなかっただろう。そして、それが今回の戦闘で、露呈してしまったのだ。

「戦力や兵器数の少なさより、やっぱり追撃できなかったのが痛かったな。今後の戦闘でTheWOCは能動的に動けるし、主導権を握られ続けるぜ」

 すんなり撤退できると知られてしまった。今後は躊躇なく攻撃を仕掛けられる可能性がでてくる。・・・というか、仕掛けてくるだろう。

 不利になれば直ぐに撤退すれば良く、何度も攻勢を仕掛け弱点を探る。弱点が見つけるまでは、アキトたちを休ませず疲労を蓄積させ消耗戦に引きずり込めるのだ。圧倒的な戦力差を活かした嫌がらせは、弱者には悪夢以外の何ものでもない。

「翔太の負担が増えることはあっても、減ることはないよね~。ゴウにぃ、アキト、どうするの?」

 アキトとゴウの表情から思考を最大限に巡らせ、解決策を得ようとしているのが見て取れる。

 翔太が出て行ってから聞いていた3人の会話に、史帆が感じていた違和感を思わず口にする。

「3人は本当にトレジャーハンター?」

「人型兵器”七福神”を搭載している時点で、トレジャーハンティングユニットではないわ」

 トレジャーハンターが行く先で宇宙海賊と遭遇する可能性がある。無論、危険宙域と比較的安全な宙域が存在するので、安全な宙域のみでトレジャーハンティングするユニットもある。・・・というより、そちらが殆どなのだ。

 当然お宝屋は少数の方に属している。それ故、宇宙海賊相手のささやかな戦闘対策のために武装していた。

 しかし、ミルキーウェイギャラクシー軍との戦闘を経て、武装を充実させすぎた。それに、宝船に追加搭載した汎用量子コンピューターに、古代から現代までの戦略、作戦、戦術などの戦訓をデータベース化して登録されている。

 最早トレジャーハンティングユニットと胸を張って言えないと、千沙自身が思っていたのだ。その千沙のセンシティブな思いに史帆と風姫は、土足で踏み込んだ。

「2人とも~・・・あたしはトレジャーハンターなの~。2人とも分かって言ってるよね? ねっ? ねっ? いい? あたしは、ト・レ・ジャー・ハ・ン・ター」

 風姫と史帆は地雷を踏み抜いたと覚り、無言で頷くしかなかったのだ。


「私が一緒に行くわ!」

「却下だぜ」

「却下するの~」

「却下だぞ」

 七福神ロボの武器弾薬の補給、機動戦闘団対策へと装備の変更。

 結界内の索敵レーダー網の再構築。

 大黒天が森に投下した宝袋の動作不良の原因究明と修理など、使用不可になった武器の再戦力化。

 アキトが開発したオリハルコン通信装置に、史帆がデバッグおよび修正パッチを充てたソフトウェアをインストールする作業。

 それら全てがアキトの双肩に掛かっているのだ。

 何せ宝船にいるトレジャーハンターは、筋肉ダルマに、操縦特化に、普通のトレジャーハンターだけなのだ。宝船の乗組員としては、普通の恒星間宇宙船のエンジニアとマッドサイエンティスト、それにルリタテハの破壊魔が追加される。

 誰も新開グループの技術に明るくない。

 猫の手も借りたいアキトに貸せる手は、邪魔にしかならない手だけ・・・。

 そこでアキトは手を借りるのを諦め、運転手兼周辺警戒要員を募集することにしたのだ。

「どうして却下なのかしら? あなた達にとって私の命の優先度は最下位なんでしょ・・・。それに私なら捕まってもルリタテハの王女だと身分を明かせば命まで取られたりしないわ」

「いいや、絶対に殺されるぜ。生かしておけねぇーからな」

 軽い口調で物騒な物言いをしたアキトとは対照的に、ゴウは腕を組んで重々しく

「うむ、ヤツらは無法者なんだぞ」

「あのね・・・TheWOCって民主主義国連合の企業だから、王女を捕まえたことを絶対表に出さないと思うの~」

「私が言うのもなんだけど、ルリタテハ王国の王位継承権者って重要人物だと思うわ。どうかしら?」

「王女を拉致したことが世間に知れたら、TheWOCは糾弾され存続の危機に瀕するぞ。彼の国は人権問題に敏感だからな。非合法で王女を攫ってきたなんて事実は、隠蔽するしかない。簡単な隠蔽方法は、ここで殺害して、死体を捨てていくことだぞ。そしてルリタテハ政府から照会があっても、知らぬ存ぜぬで押し通すこと・・・。うむ、これが最善手だな」

「・・・いいわ。その時、あなたは私を見捨てていきなさい。私は・・・大丈夫だわ」

 瞳を涙で滲ませ、悲痛な覚悟が風姫の声に含まれていた。ただ言葉の裏には、ルリタテハ王国の王家の誇りと自分の能力への自信が窺える。

「ん? 俺は仲間を見捨てたりしないぞ」

「はあぁあぁあっ? あなたは私を最下位だって言ったのよ。自分の命は自分で護れって・・・」

「なんだと?」

「海で私に言ったこと、もう忘れたのかしら?」

 足手纏いと思われたのが、風姫のプライドを酷く傷つけていた。しかもゴウと戦い完敗して、心構えすら出来ていないと訓示されたのだ。

「ああ、なるほど! あのことか」

 当然ゴウは覚えていた・・・というより、明らかに会話の流れを先読みしてたにもかかわらず、今さっき思い出したかのように、惚けた口調で相槌を打ったのだ。

「傲慢なお姫様は行間を読めないようだな。良いか、それは誤解だぞ。貴様こそ良く思い出すんだな。俺は、貴様の価値は最下位だと言ったのだ。ここで言う価値とは命の価値じゃない。サバイバルで役に立つかどうかだ。助けないとは、一言も口にしてないぞ。いいかっ! 俺は仲間を見捨てない。そして、お宝屋も仲間を見捨てたりしないっ!」

 憎たらしいくらいの良い笑顔でゴウは応え、腕組みを解き右手でサムズアップした。

「俺はトレジャーハンターなんだっ! ・・・という訳でな、アキト。俺がトウカイキジを操縦するぞ」

「了解したぜ、ゴウ」

 ゴウに返事しつつアキトは確信していた。

 絶対に誤解させるような口調とシチュエーションで言い放ったに違いない・・・と。

「ちょっ、ちょっと待って! リーダーが最前線に赴くなんてあり得ないわ。死亡したら一体どうするのかしら? 指揮命令系統の再構築とか色々と困るでしょ」

「あのなぁー、風姫」

 呆れかえった声を出したアキトが、自分たちの大前提を告げる。

「オレ達は軍隊じゃねー。トレジャーハンターなんだぜっ!」

 人差し指を頤に添え、風姫は首を傾げた。

「・・・えーっと。それって・・・まったく意味が分からないわ」

「まず己が身を護り、安全を確保。次に危機の仲間を救出し、全員集合。最後に全員で確実に帰還する・・・。トレジャーハンターの格言」

 史帆が口にした言葉こそ、風姫に察して欲しかった内容だった。しかし、トレジャーハンティング2回目・・・しかも、お客さん気分で見学しようとしてた風姫には知り得ないことだったなと、アキトは腑に落ちた。

「うむ、その通りだ。良くぞ知ってたな」

「トレジャーハンターのお客が多いから・・・」

「サッサと片付けに行こうぜ、ゴウ」

 アキトとゴウは頭を危険地帯に赴くトレジャーハンターのもへと切り替えた。

 不敵な面構えに、口角を軽く吊り上げたゴウの邪悪な笑顔は、アキトと千沙にとってはいつも通り。風姫と史帆にとっては、別人のように頼もしく見える。

 稀にしか見れない、2人の高揚感と緊張感に溢れたトレジャーハンターとしての姿に、風姫達3人は見惚れてしまっていた。

「良し、行くぞ。アキトよ」

 ゴウの掛け声とともにアキトは走り出そうとした瞬間、緊張感に欠ける翔太の眠そうな顔が壁面ディスプレイに映し出された。

『あれあれ、みんなまだ起きてるのかい? 僕は先に部屋で休ませて貰うけど・・・』

「ん・・・どうしてだ? 翔太」

「七福神リモートコントロール機内で休んでろや。今は待機中だぜ」

 出鼻を挫かれたアキトの声には苛立ちが含まれていたが、そんなことを気にする翔太ではなく、マイペースに話を続ける。

『いやいや、もう必要ないさ。オープンチャネルの放送を聞いてなかったのかい?』

「どういうことかしら?」

『聞いてみればいいさ。じゃあぁー、お休み』

 千沙が自分のコネクトを操作して、オープンチャネルを開く。さっきまで翔太が映っていたダイニングルームの壁面ディスプレイに、1人のルリタテハ王国の軍人の上半身が大写しになった。

「えっ・・・梶田提督!?」

《・・・系はルリタテハ王国の支配宙域であり、惑星ヒメジャノメはルリタテハ王国がテラフォーミングを実施したのである。ルリタテハ王国の識別コードを発していない船や兵器などは、一切の動きを禁ずる。動作しているところを発見した場合、警告せず直ちに破壊する。繰り返す。小官は、ルリタテハ王国王家直属第5艦隊指揮官の梶田である。再度、ヒメジャノメ星系の現状をしらせてやろう。今や・・・》

「知り合いか?」

「ええ、知っているわ。・・・でも王家直属の艦隊は、基本ルリタテハ星系に駐留しているはずなのに・・・」

 アキトが風姫に問い質す。

「つまりは?」

「こんなに早く? どうやってヒメジャノメ星系に進軍できたのかしら?」

「そんな、今考えても分かんねーことは必要ないぜ」

「うむ、その通りだぞ。オープンチャネルで放送してる状況は、どうやら正しいのだろう。だが、それも映像に映っているヤツが本物かどうかによって判断は変わる」

「そうね・・・多分本人だわ」

 ゴウは即判断を下し、全員に告げた。

「そうか、ならば良し。寝るぞ」

「ゴウにぃが本気だそうとする時って、大抵トラブルが終了しちゃうよね~」

「違うぜ、千沙。ゴウはトラブルに嫌われてんだ。羨ましい話だぜ」

 トラブルに愛されているアキトは心底羨ましそうだった。

 ゴウは千沙とアキトの会話を無視して指示を出す。

「千沙。索敵網は警戒モード、アラートは宝船内全フロア。それでは解散」

「うん、了解だよ。ゴウにぃ」

「あーっと、そうだな。寝ちまおうぜ」

「なんか気が抜けちゃったね~」

 千沙はアキトに返事しながら、コネクト経由でゴウの指示を実行していた。

「これも皆、七福神の加護のおかげだぞ。やはりルリタテハ王国は七福神を神として認めるべきだ」

「オレもゴウの意見に一票入れるぜ。現ロボ神と知り合った後だと、七福神に御利益があると感じるしな」

 アキトはルリタテハ王国唯一神であるジンを冒涜し、風姫の反応を窺ってみた。だが風姫は放心から再起動できずにいる。隣の席にいる史帆に視線を移してみると、彼女も同様であった。

「明日は、疲労が抜けた者からオペレーションルームに集合。疲れてるならムリする必要はないぞ。さあ、早く自分の部屋に戻れ」

 全員に向け指示してる様を装い、ゴウは風姫と史帆に部屋へ戻るよう促していた。そうでもしないと、2人とも放心から睡眠へと移行しダイニングルームで朝を迎えそうであった。

「じゃあな、お休み」

 アキトは就寝の挨拶をし、ダイニングルームを退出する。

 その動きに釣られるように、風姫と史帆は部屋へと戻るため、ゆらりと立ち上がったのだ。

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