第12章-8 結界攻防戦
大黒天の米俵ジェットが唸りを上げ、翔太はヴァリエーレ隊の中央に突っ込んだ。柄を延ばした打ち出の小槌を縦横無尽に振り回し、次々とカヴァリエーレを撃墜する。
弁才天からの攻撃はアキトが引き継いだが、操縦は翔太だ。弁才天には多様な機能があるため、2人の息と練度が噛み合わないと普通のコウゲイシとしてすら役に立たない。しかし、翔太の操縦に合わせ、アキトが巧みに攻撃を命中させる。
アキトと翔太は、4年以上一緒に訓練してきた。そして戦闘技能の基礎はジンから叩き込まれ、アキトと翔太の2人でシミュレーターによる慣熟訓練をしていた。弁才天を操縦する2人の息と練度は、実戦を経て噛み合ったのだ。
混乱を続けるTheWOCの即応機動戦闘団を存分に叩きのめし、残りカヴァリエーレ3機、バイオネッタ2機にまで削った。戦闘団としての再編は不可能・・・つまり全滅だった。ただ機動歩兵科は無傷なので、人的損耗率は30パーセント未満になっているが・・・。
カヴァリエーレとバイオネッタが撤退の際に、即応機動戦闘団は最後の抵抗を試みていた。それは機動歩兵科の設置したレールガンの射程内へと、弁才天と大黒天を誘き寄せようとしたことだった。
「翔太、大黒天離脱。宝袋は森へ投下。千沙、状況」
結界内に張り巡らせてあるレーダー網で、アキトはレールガンの位置を把握していた。しかも千沙が、有効射程空間を分析し、分割されたメインディスプレイの画面の複数に表示させてある。
アキトと翔太は、大の大人が丹念に仕事したレールガン林への誘いを無下に断ったのだ。
それに、弁才天には攻撃手段が残されていなかった。羂索の糸は全て切断され、矢型誘導ミサイルの残数はゼロ。レーザービームの砲身は焼け付き、レールガンの残弾数はゼロ。たとえバイオネッタの武器を鹵獲しても、すぐには使用できない。敵に利用されないよう細工がなされているからだ。
TheWOCの第4即応機動戦闘団の撤退を機に、ついさっき会敵した第2即応機動戦闘団と毘沙門天、恵比寿、寿老人が本格的な戦闘へと移行する。
「アキト~。弁才天方面の機動戦闘団が、布陣を終えたみたいだよ~」
「結界内か?」
「ううん、やっぱり外に布陣してるの」
「マジか・・・」
空気を読まない翔太が発言する。
『ねえねえ、撃っちゃってイイかなぁー』
ホント頼むぜ・・・。
今は、オレが大黒天と弁才天を操縦して、隠れる場所まで移動させている。スポッターとして、翔太の照準アシストをするには、もうしばしの間、時を要するからだ。
「絶対外せねぇーんだから、もう少・・・」
『撃っちゃった。そして撃墜さぁー』
翔太の言う通り、2機の偵察機”チェーロ”が墜落していく。
「撃っちゃったじゃねぇーーー」
『いやいや。でも、当たったからねぇー』
「そうじゃねぇー、そうじゃねぇーだろ」
外れたら、どうしてくれんだ?
毘沙門天、恵比寿、寿老人を出撃させて注意を惹き、オレが弁才天と大黒天の隠蔽工作を完了させてから偵察機を狙撃する予定だったのに・・・。
しかも戦闘開始前から、翔太には何度も言い含めてたはずなのに・・・。
・・・なんとなく、分かってたけどよぉ。
『さあさあ、次行こうか』
七福神ロボ”福禄寿”は岩山の上に腹這いになり、長距離レーザービームの杖を構えていた。
福禄寿の供の鶴は羽を広げ、福禄寿の全身を覆い防御を固めている。しかも鶴には、光学迷彩装置が搭載されていて、上空からでは擬装されていて岩の一部にしか見えない。
福禄寿の持つ巻物は、長距離レーザービームの砲口のある前面を防御と擬装に使用している。レーザービームを発射する瞬間だけ砲口部分のみを解放するのだ。
七福神ロボのもう一体”布袋”は、普段にこやかな顔が鬼の形相に変わっていた。
3000メートル級の山々が連なり、結界内の一部に差し掛かっている箇所がある。その山脈にある1つの山の中腹の斜面に、腰掛けるような体勢で長距離レーザービームライフルを構えている。布袋が背負っていた堪忍袋から部品を取り出し、組み立てたのだ。
まだまだ、堪忍袋の中に武器は残っていたが、全て外へと取り出し足許に並べている。堪忍袋を盾とし、また光学迷彩装置を展開したのだ。
TheWOCの偵察機”チェーロ”6機が、どちらかだけを発見しようと集中できれば探し当てられただろう。しかし、それは既に戦闘中となった毘沙門天、恵比寿、寿老人への監視を緩めることに他ならない。
目前に存在する脅威への監視を緩めることなどできない。その状況を作るためにアキトは毘沙門天、恵比寿、寿老人を発進させていたのだ。弁才天と大黒天を隠蔽した後、アキトがスポッターとなり、翔太が狙撃する予定だった。
アキトの照準アシストを待たずに、翔太がチェーロ2機を撃墜してしまったのだ。
本来は6機まとめて撃墜が計画だったのだが・・・。
「ああ、もうよぉー・・・よし、照準OK。イイぜ、撃てっ!」
翔太に言いたいことが、色々と頭に浮かんでは消えていった。アキトは無駄な労力を厭い、言葉を音声にしなかったが、戦闘後に説教込みでキッチリと言い放ってやるぜ、と決意した。
そう、”言い放つ”のである。翔太に説教込みで言い聞かせようとしても、無駄と分かっているからだ。
アキトの号令一下。2機、次いで秒と空けず2機、計4機のチェーロが墜落したのだ。
『そうそう、アキト。次はどうしようか?』
「一任。それより、後で覚えてろよな、翔太っ!」
『偵察機を12機連続で撃破した。その僕を称賛してくれるというのかな?』
「ああ、そうだ。偵察機を撃墜した件だぜ」
『そうかそうか。称賛を素直に受け止めるよ。だけど、眠かったら睡眠を優先しないといけないからなぁー。僕って一応メインパイロットだからさ』
アキトは翔太の戯言を聞き流し、千沙に指示を出す。
「結界外に布陣した戦闘団の有効攻撃範囲を7、8番ディスプレイに表示」
「安全マージンをとった予想範囲でも良い? 精確なのは、15分ぐらい必要になると思うの」
結界外に布陣しているTheWOCの機動戦闘団の陣形を、自律飛行偵察機”ジュズマル”2機で偵察に赴いている。しかし結界外であるが故、偵察にあたっての制限が厳しく、データ収集に時間を要しているのだ。
「ああ、予想版でイイぜ」
「表示させたよ~」
分割されたメインディスプレイの7、8番には、結界内を大きく浸食した機動戦闘団の有効攻撃範囲を現していた。
その予想範囲を一目見て、アキトは心の中で舌打ちした。
広すぎるぜ・・・。
さっき戦った機動戦闘団には機動歩兵科が無傷で残っている。アキトは撤退する機動戦闘団を追撃して機動歩兵科にも打撃を与えたかった。しかし追撃戦を仕掛けるとなると、結界外に布陣している機動戦闘団の良い狙撃の的になりそうだった。反対に七福神ロボは、レーダー網が使用できないため、結界外を狙撃できない。七福神ロボの命中率が高いのは、結果内に敷いたレーダー監視網を照準に活用しているからだ。
「ジュズマル被弾・・・あっ。2機とも・・・」
「マジ、か・・・」
「えーっと、2機とも交信できない・・・撃墜されたみたいなの」
7機のうち2機も・・・。
「もう1機、ジュズマルを偵察にだそうか?」
「あーっと・・・」
TheWOCの機動戦闘団の布陣情報が欲しい。そうすれば、戦闘が少しは楽になる。
「アキト、結界外はムリだぞ。結界内でのみ勝ち目がある」
表情に未練が残っていたのか、アキトはゴウに諭される。
「切り替えろ」
「了解だ、ゴウ!」
アキトはゴウの一言で吹っ切れた。今更、手に入らなかったデータを思って後悔しても始まらない。それに戦力の逐次投入は愚の骨頂だし、データが収集できたとしても、結界外での戦闘は不利というよりムリだ。
「ふむ、それでは任せたぞ。結界内の機動戦闘団を殲滅だっ!」
結界内での戦闘開始から約5時間後、TheWOCの即応機動戦闘団は撤退を完了した。それは無論、結界外に布陣していた第1即応機動戦闘団も含めてである。第2、4即応機動戦闘団と比較して、第1即応機動戦闘団は練度の桁が違う。指揮官が卓越している。アキトたちに付け入る隙を与えない見事な撤収を成し遂げたのだ。
ジュズマルを2機撃墜されてしまったお宝屋は、結界の範囲を縮小してレーダー網を構築し直した。しかし約5時間もの戦闘後に、完璧な布陣を整えるのには時間がかかる。
そこで限定人工知能量子コンピューターに小型飛行コウゲイシ”オテギネ”の配置のシミュレーションを実施させた。戦略戦術コンピューターでもないお宝屋のコンピューターでは、最適な配置から程遠い演算結果にしかならなかった。それでも時間と労力の節約になり、一定の安全は確保できる。しかもレーダーの配置変更は限定人工知能に任せ、オテギネとジュズマルを移動させているのだ。
「ゴウにぃ・・・肉が辛すぎよ。追加は、あたしが準備しようか?」
千沙が提案という名のダメ出しをしたのだが、ゴウには全く通じないようだ。
「ん、そうか? このぐらい辛い方が肉体が活性化するぞ」
ヘル以外の全員が宝船のダイニングルームに集まり、賑やかに食事をしている。もちろんヘルは、自分の研究室で食事し、研究に没頭しているのだ。
「う~ん・・・疲労回復には甘いものが良いと思うの」
「まあまあ、千沙。糖分はデザートで摂ればいいんだよ。ゴウ兄は、そこまで考慮しているのさ」
翔太は笑みを浮かべながら台詞とは反対に、まーったく信じていない口調でゴウを擁護した。
「・・・うむ、その通りだぞ」
千沙から視線を逸らしながらゴウは気まずそうに答えた。
「それじゃあ、ゴウ。デザートには何が準備されているのか教えてくれるか? オレに好き嫌いはないぜ」
「アキトには特別に大蛇の肉のレアを用意してやるぞ」
「それはデザートじゃねぇー。それに食い物でもねーぜっ」
「それってアキトが食中毒になって、そこの人外君が人間を辞めた原因の大蛇の肉のことかしら?」
「いやいや心外だな・・・僕としては、魔のモノに言われたくないって言うか・・・言うなよって! ルリタテハの破壊魔がって思ってるけど」
「あら、大蛇の肉はスキルを与える代わりに、品性を奪うのかしら?」
「仲良くとまでは言わんが・・・未だ脅威が去った訳ではないのだぞ。協力関係を積極的に破壊する言動は止めろ。機智に富んだ会話を期待する。それとな、今は面白味のある話題を選択すべきだぞ」
苦々しく、尤もらしい口調でゴウは諭したが、表情から面白がっているのがわかる。そして、もっと面白くするために、アキトに参加を促す。
「うーーーむ。俺には無理ようだ。アキト、少しは手伝え」
ゴウの依頼に、アキトの返事が一拍遅れる。
「・・・何か?」
いつの間にかアキトは、クールグラスを着け史帆の成果物に目を通していたのだ。
「アキト、今は食事中なの! 行儀悪いよ~」
「・・・うん。うっ?」
「アキト!」
アキトは千沙を目に入れないよう注意しながら視線を動かした。その視線の先には史帆がいる。
「あーあっ・・・オレの目を通した限り修正箇所はないぜ。ソースコードを各機種用にコンパイルして、バイナリコードを用意しておいてくれや」
「・・・どうして?」
「オテギネ、ジュズマル、宝船、翔太専用七福神リモートコントロール機は新開グループ製だからな。あーっと・・・だから新開グループの拡張通信フレームワークを搭載してる。ソースコードのまま展開すると、ルリタテハ王国の標準仕様でコンパイルされんだ。だけど、新開グループのフレームワーク用にコンパイルすれば最低でも1割、ソースコードによっては倍以上パフォーマンスが改善する。これからは、1割のパフォーマンス改善が、生死を分けるかも知れないからだぜ」
「仕方ない。コンパイルしておく」
「頼んだ。・・・あとよ。標準通信フレームワーク仕様書と汎用量子コンピューター入門書、宝船の汎用量子コンピューター上でのプログラム開発者権限を付与しておいた。興味があんなら使ってもイイぜ」
「・・・ありがと」
「話は終わったよね、アキトォ~」
「食事も終わったぜ」
「そうじゃないのっ。そう・・・」
「デザートは、前に千沙が作ってくれたコーヒー味のアイスが食べたいな。あれはホント美味かったぜ」
「・・・わかった。作ってくるから、ちょっと待っててね。それからアイスを食べる時は、読みながらはダメなの。わかった?」
コーヒー味のアイス自体はクックシスにも登録があり、千沙が手を加える必要もなく提供できる。
しかし、千沙は凍結する前のアイスの原料に、自身でブレンドしたコーヒーを加えている。しかもブレンドは苦みの強いものと、コクと香りの強いもの2種類用意し、2種類のアイスを作る。そうして出来上がったアイスをマーブル状に混ぜ合わせ、提供してくれるのだった。
「ああ。コーヒー味のアイス期待してるぜ」
千沙は跳ねるようにダイニングから飛び出していった。
「あなたって、見かけによらず悪人だわ」
「風姫ほどじゃないと思うけどな」
「あら、それはどういう意味かしら?」
「ルリタテハの破壊魔ほどじゃないって意味だぜ」
2人は柔和な表情なのだが、口角が吊り上がった邪悪な微笑を浮かべていた。
翔太との嫌味な言い争いと異なり、アキトと風姫の口論は、軽口の類のものだった。そしてその軽口は、知ってか知らずか風姫をリラックスさせる効果があるようなのだ。
15分ほどして千沙が全員分のアイスと共に戻ってくると、しばらく穏やかな時間が流れていった。
甘味にはリラックス効果があるというが、リラックスしすぎている翔太が、何度も欠伸をかみ殺している。
「さて、と・・・僕は七福神リモートコントロール機器内で寝てるよ。敵襲以外では起こさないで欲しいかな」
そう言ってダイニングを退出しようとする翔太に、ゴウとアキト、千沙がそれぞの言葉で労いの言葉をかけた。
偶に、ふざけて戦闘しているのではないかと感じさせるが、今日の戦闘での最大の功労者は間違いなく翔太だった。翔太がいなければアキトの作戦は成り立たず、宝船は隠れる以外の選択肢を取りようがなかった。
「うむ、アキト。そろそろ始めるか」
「翔太もいなくなったしな」
「クックシスでコーヒーを用意するね」
始めるのは対TheWOCの作戦会議だった。アキトたちは、疲労困憊の翔太に負荷かけないよう配慮していた。翔太もそれを理解していて、デザートを食べ終えて直ぐにダイニングルームを後にしたのだった。
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