第12章-1 結界攻防戦

 連日連夜、TheWOCは即応機動戦闘団を3交代で投入し、ラマクリシュナンを捜索していた。ラマクリシュナン自身の価値が高い・・・訳でなく、ラマクリシュナンの脳にあるチップディメモーリアの価値が高いのだ。実験の生データやデータ分析の結果、検討事項、作成中の論文などTheWOCのダークマターの最先端研究が詰まっているからである。

 ラマクリシュナンの脳と共にチップディメモーリアが、ルリタテハ王国の手に渡るのは阻止せねばならない。現時点では、開発したTheWOCでもデータの取り出しは不可能。しかしTheWOCでは不可能でも、ルリタテハ王国の科学技術力では可能かもしれない。すぐにはムリでも、数年で可能になるかもしれないのだ。

 惑星ヒメジャノメに進出してきたTheWOCの総司令部は、ラマクリシュナンの生死を問わない決断していた。つまり、ラマクリシュナンを民主主義国連合に連れ帰れないのならば、チップディメモーリアを破壊するしかないと・・・。

 静止軌道上にあるTheWOCの人工衛星が、艦隊総司令部のある旗艦ファッジャーノからの通信を中継した。その通信内容のため、惑星ヒメジャノメの地上司令部は、俄かに慌ただしくなった。

「第1、第4即応機動戦闘団を投入せよ」

「それでは基地に、第3即応機動戦闘団しか残りません」

「構わん。時間がない」

「承知いたしました」

 戦闘指揮の担当が答えを聞きながら、フェールは指令室の出入口へと歩を進めた。

「フェール提督、どちらへ?」

 足取りの重いフェールに、副官が行き先を尋ねた。

「カルドゥッチ所長の執務室に行く」

 すぐに副官は事情を察し、フェールに対して敬礼した。

 カルドゥッチ所長は、撤収に関して一切聞かないとの姿勢を取っていて、ディスプレイ越しだと一方的に通信を切断するのだ。フェールの副官は、3回程カルドゥッチ所長の執務室を尋ねたが、3回とも扉は開かなかった。撤収の話をしたければ、惑星ヒメジャノメでの司令官が説明に赴くべきとの一点張りなのだ。

 フェールは歩きながら、オペレーターに指示をだす。

「それから機動歩兵科2個中隊の出動させよ。30分以内に研究実験棟と総合事務棟施設の入口に、それぞれ1隊ずつ集合させておけ」

 研究員達による撤収作業は、遅々として進捗していなかった。危機意識が足りなすぎるのだ。彼らは、ターラント級のTheWOC最新鋭宇宙戦艦を過信している。

 戦況を正しく伝えていないという問題点もあるが・・・。

「フェール提督。撤収作業要員にしては多すぎませんか?」

「ふん、半分は監視要員だ」

 吐き捨てるように言い放ち、フェールは指令室を後にしたのだ。


「連絡したとおり、カルドゥッチ所長に面会にきた」

 フェールは、カルドゥッチ所長の執務室の前で待っていたコフィー・アッタ・アナン所長補佐に話しかけた。

「執務室に、お一人でいらっしゃいます」

 アナンに硬い表情で頷き、フェールは返事をする。

「わかった」

 カルドゥッチ所長の執務室への自動扉が、音もなく左右に開く。

 正面の大きな執務机の向こう側で、カルドゥッチ所長はフェール待ち構えていた。扉が閉まってから、カルドゥッチ所長はフェールの訪問を嫌みでもって歓迎する。

「ほうほう・・・意気揚々とフェール提督自ら面会に訪れるとは、ラマクリシュナン第5研究室室長の捜索に進展でもあったか?」

「非情事態だ。ルリタテハ王国軍の1個艦隊がヒメジャノメ星系に侵攻してきた。現在、我が艦隊と交戦中だが、戦況は厳しい」

「TheWOCの精鋭1個艦隊が護る。そう豪語していたではないかね?」

 それは小官ではない。

 発言者に直接クレームを入れろ。

 そう心中で吐き捨ててから、フェールは交戦概況を伝えるために、執務机に小型プロジェクターをおいた。小型プロジェクターは、ヒメジャノメ星系の3Dホログラムを2人の中間に映しだした。

 緑のマークが星系内の天体を、赤のマークがTheWOC艦隊、青のマークがルリタテハ王国軍を示している。

 赤と青のマークの大きさが艦隊の規模を、マークの後ろの淡い点線が航跡を現す。点線の点の縦幅と間隔が時間を意味し、点の縦幅と間隔が短いほど、移動速度は速いのだ。

 赤のマークは薄く広がり、青のマークを包み込もうとしている。そのように見えなくもないが、点線から読み取れるのは、青のルリタテハ王国軍の中央突破が功を奏している状況だった。

 カルドゥッチは戦争の素人。3Dホログラムが示している戦局を理解などできるはずもない。そこでフェールは、堂々と偽りを口にする。

「このように、現状は我がTheWOCが有利な陣形であります。しかし地の利は圧倒的に敵が優勢。なんといっても補給線は短く、艦隊の増援もヒメシロ星系から即座に可能でしょう。翻って我が方は、未だ兵站の整備すら着手できていないのが現状。計画を断念し、有能な研究者を民主主義国連合国へと無事に帰還させるのが、上に立つ者の役目では?」

 相手のカルドゥッチは研究所の所長だが、半分は学者。そして老人であり、組織人としては老害となっている。己の価値は、まだまだ高いと勘違いしているようだが・・・。 

「フェール君。TheWOCが有利な陣形なのだろう? ならば、そのままルリタテハ王国軍を包み込み殲滅すれば良い。殲滅すれば、ルリタテハ王国軍とて慎重になる。さすれば時は稼げるだろう。その間にTheWOCが5個艦隊ぐらいの戦力を、この星系に展開すれば良い。ダークマターの最先端研究施設を建築のため大量の資材を投入し、最新の大型実験機器も持ち込んだのだ。それもこれも全て、ここを恒久的な拠点とする計画だからであろう。そういう理由で我らは来たのだが?」

 話の内容以上に、何故かカルドゥッチの弁舌には説得力がある。声色は得も言われぬ雰囲気を醸し出し、声音は言葉を耳から離さず、声質は正しいと思わせる性質を帯びている。

「・・・いいかね? 計画が頓挫しそうな時は、当初の目的に立ち返るべきだなのだよ。さて、TheWOCの軍人として正しい有り様は、何であろうか?」

 戦局は理解できなくても、己に有利な情報を逃さず利活用する。流石、巧みな弁舌だけで成果を見せかけて出世した、と酷評されている人物だけのことはある。彼の話を聞いているだけであったら、納得しそうになるだろう。

 それがどうした?

 話の中身は空疎で薄っぺらだ。

 小官は戦争のプロなのだ。それに加え、連合軍の士官の中から極少数の有能な人材のみしか選抜されない参謀実務研修を修了した。それは1年間の研修だが、最後まで残れるのは毎年5人のうち1人ぐらいなのだ。

 参謀実務研修まで修了した小官が、研究者如きに戦局の説明で負ける訳がない。

「残念ながら、カルドゥッチ所長の意見は机上の空論に過ぎません。宇宙での艦隊戦は対峙してから戦闘終了まで、短くても2週間。長期戦になれば年単位になる」

 実は、ルリタテハ王国軍との戦端が開かれてから、すでに2週間が経過していた。しかも ルリタテハ王国軍は約100隻で1個艦隊を構成している。

 民主主義国連合の1個艦隊は6個分艦隊、拠点制圧戦に特化した2~5隻の強襲艦、艦隊総司令部の入る旗艦1隻の約70隻から構成される。更に作戦期間や戦闘頻度などに応じて、補給艦を2~8隻を帯同させるのだ。

 つまり、1個艦隊同士の激突と言っても、民主主義国連合の方が数的劣勢になる。

 その上、TheWOCは2個分艦隊の戦艦が、ジンによって灰燼と化していた。最初から勝ち目は薄く、ヒメジャノメ星系に巡らせていた仕掛けも悉く壊滅させられていた。

 現時点で、戦闘継続の艦は30隻に満たない。すぐにでも撤退戦へと移行しないと全滅・・・それも文字通りの意味で・・・すら有り得るのだ。

 そういう情報は一切与えず、フェールは言葉を継いだ。

「1個艦隊同士の激突なので、今から2週間は戦闘が続く。ヒメシロ星系からルリタテハ軍の増援が到着するまで1週間もかからない。そうなれば最早一刻の猶予もないのが、簡単に理解できるのでは? 5時間後に惑星ヒメシロを出立する。研究員全員に今すぐに撤退の通達を! これは依頼ではなく命令だ」

「逃げたければ、軍人だけが尻尾を巻いて逃げれば良かろう。我ら研究員は、ここに残って研究を続けるねばならぬ。全員で、だ。一人も、欠けてはならないのだよ。分かるかね?」

「研究員がルリタテハ王国軍に殺される可能性がある。部下の研究員を危険に晒すとは責任者失格なのでは?」

「ルリタテハ王国軍は民間人を虐殺するのかね? ミルキーウェイギャラクシー軍と違い、ルリタテハ王国軍は民間人に対して紳士と聞く。武装していない民間人に、危害を加えるとは思えないが・・・それどころか、TheWOCよりも良い待遇で迎えてくれるだろう。最近のTheWOCは、研究者への扱いが、あまりに理不尽。能力に応じた評価と待遇を求めたいものだね。もう我慢の限界なのだよ。君は、どう思うかね?」

「それで? 研究員を全員連れてルリタテハ王国に亡命するとでも? あまりにも無責任では?」

「ここに残って研究するだけだよ。TheWOCがルリタテハ王国軍の脅威を取り除けば良いとは思わないかね。もし研究員がルリタテハ王国の国民になったとしても、それは結果として、そうなっただけだろう」

「全員が亡命したいと考えているとでも?」

「さて・・・それは分かり兼ねるね。しかし、惑星ヒメジャノメにやって来たからには、覚悟はあると思・・・いや、どちらにせよ、すでに賽は投げられたのだよ。彼らに選択肢はないね」

 惑星ヒメジャノメ行きになったTheWOCの研究員の個々人の実力をカルドゥッチは測れていない。彼は誰が優秀で、誰が優秀に見せかけているのか判断つかないため、研究者全員を惑星ヒメジャノメに足止めしたいのだ。その利己的な発想を気づかせるよう発言していた。

 それため、フェールの変化に気づけなかった。フェールは覚悟をきめたのだ。

「TheWOCはヒメジャノメ星系から撤退する。これは決定事項であって所長に異議を唱える権限はない。その認識はあるのか? TheWOC、ひいては民主主義国連合に弓を引くつもりか」

「見解の相違だろう」

「なるほど、カルドゥッチ所長の行動は理解した。小官は失礼する」

 フェールは3Dホログラム小型プロジェクターに手を延ばし、ホログラム表示を消した。

 カルドゥッチは口の両端を微妙に吊り上げ、フェールの様子を満足気に見つめていた。それがカルドゥッチの最後の表情だった。彼の腹部を貫いたレーザービームが、フェールの腕の動きに合わせて頭頂部を抜けた。

 一瞬の出来事で、カルドゥッチは何が起こったのか理解できぬまま、生涯を終えたのだった。


 ヴェンカトラマン・ラマクリシュナンを捜索・・・というより、彼の脳とチップディメモーリアを捜索している即応機動戦闘団に、結界が遂に発見された。

 この緊急事態に対して、宝船の限定人工知能量子コンピューターは警告を発した。船内の人のいる場所に警報を鳴り響かせ、赤いアラートと青い矢印を空中に表示させる。

 宝船ではルーラリングと通信することにより、各個人の居場所を常に把握している。緊急時には、その人の役割に応じ、青い矢印が進む方向を表示する仕組みになっている。

 ヘルを含めた宝船のメンバー全員がオペレーションルームに集合した。

「アキトくん。結界まで、後30分ぐらいで着いちゃうみたいだよ~」

 情報統括オペレーター席の千沙が、メインディスプレイに結界周辺の地図と敵の位置を表示させていた。

「そっか・・・それより、敵の規模を知っときてーな」

「おやおや、さっそく僕の出番かな? 改良済み七福神ロボのオペレーションルームで敵情視察してみるさ・・・そうそう、アキト。感謝の気持ちは言葉じゃなく、今度形あるもので頼むよ」

「断る。それに、翔太の出番じゃない。オレがやるぜ」

 アキトはゴウに向かって宣言した。間髪入れずゴウはアキトの申し出を許諾する。

「うむ、任せたぞ」

 ゴウの決定に、翔太は文句を口にせず、千沙はアキトを笑顔で送り出す。

「がんばってねぇ~」

 アキトは振り向かずに手を挙げて振り千沙に応え、オペレーションルームから飛び出していった。

 その背中は頼もしく、風姫の心に安寧をもたらす。

 出会ってから数ヶ月の間で、アキトはジンからの特訓という名の様々な試練を乗り越えてきた。シミュレーションマシンによるサムライの模擬対戦では、アキトが訓練を始めてから、たった3日で太刀打ちできなくなった。ダークマターハロー”カシカモルフォ”を無事に航行した。惑星シュテファンではサムライで大気圏突入・脱出した。

 私は、アキトの実力の全貌を知らないわ。サムライでの戦闘力なら、ジンを比較対象として測れば大体検討がつくのよ。でも・・・技術とかトレジャーハンティングの知識量は膨大で、その知識を応用しての作戦とかの知恵は、無限に湧き出しているようだわ。知れば知るほど、憧憬の念を抱いてしまいそうに・・・。

 私はルリタテハ王位継承順位第八位の一条風姫だわ。

 いつまで一緒にいられるのかしら?

 少しの気持ちなら・・・少しだけの想いなら、きっと忘れられる。

 でも、ずっと・・・いつまでも・・・アキトと一緒にいたい。離れたくない。

 だけど、一緒にいる時間が長くなれば・・・きっと別離が辛くなる一方だわ。

 アキトへの想いと自らの立場を顧みて、風姫の思考は迷宮に深く入り込んでいった。故に風姫は結論を先送りし、現在の疑問解消を優先することにした。

「どうしてアキトなのかしら? 人外君のユニークスキル”何となく適合”の方が役に立つはずだわ」

「何言ってんだ? アキトの方が役に立つからだぞ」

 ゴウは怪訝な表情を通り越し、まるで不可思議で奇々怪々な生物でも見る視線を向けてから口を開いた。しかも呆れた口調で言葉を継ぐ。

「それに翔太には、休めるときに休んでもらわないとな。長時間の操縦は疲労が蓄積される。刹那でも集中力が切れれば、結界を突破されかねん。適材適所、役割分担は大切だぞ」

 オペレーションルームに隙間風の吹く音がした。

「いやいや、ゴウ兄。実の弟が人外扱いされ、マルチアジャストを何となく融合なんて不名誉極まりない命名されたんだからさ。まずは、その点を抗議して欲しいんだよね」

「そうだな・・・。風姫、まだ翔太は人類なんだぞ」

 何か硬いものを叩き壊したときのような音が響く。

「それより、さっきから変な音がしているようだけど・・・いったい何なのかしら?」

「風姫の心象風景を音にしてるだけだ。所謂効果音というヤツだぞ」

 遊んでる。絶対に私であそんでいるわ。

「マジメに返答できないのかしら?」

「何を言うか、王女だと知った瞬間から、俺はそれなりの対応をしてきたんだぞ」

「ゴウにぃ? 最初から知ってたよね?」

「うむ、そうだが」

「そうそう、だから何も変わってないのさ」

 お宝屋の3人が揃った時の会話は半分不毛で、ヘルは全身不毛だわ。

 あれ?

 違う。違うわ。

 私も毒されてきていて思考が可笑しくなってるのかしら?

「ふざけているけど・・・いいえ、ふざけ過ぎているけど、あなた達が優秀なトレジャーハンターなのは充分理解してるわ。それで秘密は何かしら?」

 お宝屋3兄妹は唖然とした表情を浮かべ、史帆は無表情で通し、ヘルは既に興味を失ったようで空いているオペレーター席で何かしていた。

「お宝屋はアキトと一緒にいるのことに拘り過ぎてる。一緒にいること自体が目的に思えるほどだわ」

 お宝屋3兄妹とアキトの様子を窺っていて、風姫は最近になって気が付いたのだった。そこで、鋭く切り込んだ。

「目的は、愉しいトレジャーハンティングだぞ」

「そうそう、アキトと一緒ならスリリングで冒険が待ってるからさ」

「そうだよ。あたしはアキトと一緒にいたいの」

 私の質問の趣旨を完全に理解している筈なのに、3人が解答するたび徐々にずれてきたわ。お宝屋の常套手段ね。

「それで秘密は何かしら?」

 お宝屋の惚けた答えを、風姫は笑顔で抹殺したのだ。

「いやいや、貴様は自分の秘密を何一つとして暴露しない。だが俺たちには秘密を告白させようとする。王女というのは、そんなに偉いのかな? というよりさ。王族って、人としての品性が下劣なのかな?」

「翔太は、何で風姫さんに対して敵対心を燃やしてるの? 風姫さんは、確かにあたしたちのアキトくんを独占しようとしてる。でも大丈夫なの。アキトくんは必ず、あたしたちと共にあるんだから・・・。たとえ風姫さんがルリタテハ王族で、王位継承順位第九位だとしても。ルリタテハの悪魔姫と呼ばれていても」

「第八位、第八位だから。それに、たとえじゃない。私は正真正銘のルリタテハ王族だわ。それに二つ名は、風の妖精姫っ!」

「あれあれ、自分で言ってて恥ずかしくないのかな? 妖精姫だなんてさぁ」

「何を言うか翔太。自らを神と称する元コールドスリーパーのアンドロイドが始祖という、まさに妖精姫だぞ。自称な・・・」

「普段、私は自分のことを風の妖精姫だなんて言わないわっ!!」

「そうだよ、ゴウにぃ、翔太。風姫さんは自分のこと、ルリタテハの踊る巨大妖精姫だなんて紹介してないの。ただ、ちょっと可憐で美しいから、そういう二つ名を着けられたって言ってただけなのっ!!!」

「ルリタテハの踊る巨大妖精姫なんて言われたことないわっ!!!!」

「もしかして、ワザと間違えてる?」

 史帆が千沙を見つめて尋ねてみた。

「う~ん・・・半々?」

 千沙の言葉に刺々しい成分が加わっているのは、風姫を恋敵と認識したからだった。学生の時にも2回あり、普段の千沙と違いに周囲と、それ以上に恋敵が戸惑ったのだ。そして、千沙と距離を置こうとすると、恋敵がアキトの傍にいれる時間は減少していくのだ。

「私の切り札。風の正体を教えるわ」

「いやいや、そんなの秘密でも何でもないよね?」

「アキトから聞いてるようだけど」

「うんうん。もちろん聞いてるさ」

「それは間違いだわ」

 風姫は一大決心をし、技の秘密を告げようとする。なぜなら、この技は風姫が長い時間をかけ、自ら生み出した彼女だけのユニークスキルなのだ。原理を知られれば、技を真似される恐れがある。

 徒手空拳の相手からの奇襲は、成功確率の高く非常に危険である。その危険が、今後自分の身に降り掛かるかも知れないのだ。

「私の風はカマイタチなんかじゃないわ。風は・・・」

「うむ。それは当然だぞ」

「そうそう。ちょっと風が吹いたぐらいで真空なんかで出来ないし、真空が出来たとしても皮膚を切ったり、ウミヘビの頸ごと両断したりは出来ないよね。そんな当たり前のこと、アキトが分からないとでも?」

「そうだよね~。風姫さんはアキトのこと、全然知らないんだよね~。だから、お願い・・・アキトくんを解放して欲しいの。お宝屋がアキ・・・」

「ちょっと待ってくれないかしら千沙」

 風姫の表情が強張り、体は凍りついたように固まり、喉に声が張りついて震える。

「お宝屋は、風が何か知ってるいるというのかしら?」

「風は副次的作用に過ぎんな。重力を制御して水や砂などを薄い刃のように圧縮して、切断する部分に高速で衝突させる。原理は、ウォータージェット加工だな。それと同時に、切断面へ斥力を加えて一気に切り落とす。口で言うのは簡単だが、切断する物質によって重力を制御するのは至難の技だろうな。ミスリルの重力制御を極め、ここまでの技にするとは見事だぞ」

「うんうん、まさに破壊魔の名が相応しいね」

「ロイヤルリングのミスリルだけじゃなく、体にも埋め込んでいるだろうって言ってたよ~」

 お宝屋3兄妹の解答は、過不足なく正解だった。

 アキトは技術や知識だけでなく、観察眼や推理力も優れているようだわ。一緒にいてくるなら凄く頼もしい。でも・・・私はアキトが一緒にいてくれるだけで嬉しく、話すだけで愉しい。

 アキトの事を考え、自分の現状から目を逸らし、心を落ち着かせた。

 いつもの強気を取り戻し、落ち着いた声で尋ねる。

「その通りだわ。それで、アキトに拘っている理由は何かしら?」

 風姫は潔く風の正体を認め譲歩を迫ったが、お宝屋は一筋縄ではいかない。

「うむ、秘密だぞ」

「そうそう、秘密さ」

「秘密は言えないから秘密なの」

 お宝屋3兄妹は、お人好しでは生きていけない厳しく過酷なトレジャーハンティング世界の住人であった。

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