第12章-2 結界攻防戦

 ヴェンカトラマン・ラマクリシュナンは、シュテファン・ヘルをTheWOCからダークマターハローへ追放するのに成功した。

 20年前ほど前から、ラマクリシュナンは研究室を主宰していて、自由な研究環境がある。ただ、成果が乏しいとの不本意な評価により、ここ数年は研究開発費が削られ、研究員も減少していった。

 それを惑星ヒメジャノメに研究室を移すことで、研究開発費の大幅な増額を受けたのだ。

 どこの企業でも研究者の実力に応じて、設備の充実度や研究室の広さに差がある。それはTheWOCも同様である。しかし、民主主義国連合のどの企業と比較しても、規模が桁違いに大きい。

 ラマクリシュナンは惑星ヒメジャノメで専用の研究棟と最新設備の実験棟を約束されていた。ラマクリシュナン研究室に所属する研究員は、総勢で30名になる。量子コンピューターAIと研究サポート特化型ロボットの存在により、助手という職業はなくなっていた。そしてTheWOCでは研究員全員が主役であり、研究成果は厳密に継続して評価されている。

 TheWOCへの利益貢献や、技術革新の一翼を担っての社会貢献などで評価する。しかもTheWOCは、その人の生涯に亘って研究成果の評価期間し続ける。

 ラマクリシュナン研究室にいた研究員が、ラマクリシュナン以上の研究室を主宰していたりするのだ。

 ラマクリシュナンは一研究員としては優秀であるが、物事の核心を見抜けず研究の方向性を明示できなかった。ヘル研究室での研究成果とヘル追放による利益喪失を防いだ功績だけで研究室を主宰できた。

 研究室を主宰してからの研究成果は芳しくなく、功名心と研究費の増額のために惑星ヒメジャノメへと赴いた。そこがルリタテハ王国によってテラフォーミングされていると充分に理解した上でだった。

 一発逆転の大勝負に打って出て、ラマクリシュナンは見事に敗北一直線ルートに突入している。

「ヘルは昔から詰めが甘い。研究だけが取り柄の男だ。ワシは研究以外にも組織人として振る舞えるし、何より一般人としての常識を持ち合わせている」

 ヘルは組織人としても、常識人としても失格であるに違いない。ヘルは研究以外は、人としての底辺に張りついている。全数調査できず統計調査とするなら、真っ先に特異点として排除すべき対象なのだ。しかも、TheWOCを追放されてからの生活は研究のみであった。つい最近まで話し相手はいなく、唯一話した相手は現ロボ神だけだった。まともな人格を残しておけるはずはない。

 ラマクリシュナンの周囲は殆どが研究員である。しかも、TheWOCに入社できる優秀な人物ばかりで、人生の大半を当然のように勉強と研究に費やしてきている。つまり、偏った人生を歩んできた者ばかりなのだ。ラマクリシュナンの心に浮ぶ組織人と常識人は彼らであり、ヘルよりマシだが、統計調査の対象として不適切な母集団である。

「一度反旗を翻した者が反省し戻ったとして、二度と裏切らないとでも? ワシは諦めぬ。ワシは人類の科学史に名を遺す大発見をした。あとは実験データと論文を纏めれば良いだけ・・・」

 ラマクリシュナンは興奮を隠しきれず、大きな独り言を続ける。

「ヘルはチップディメモーリを解放させておいて、ワシの研究成果を全く理解できていないのだろうな。全データを開示させておいて質問の一つもしてこない。こんなに素晴らしい研究成果を見逃しているのだ。やはり、TheWOCに必要な人材はヘルでなくワシなのだぁーーー。あぁはっはっはぁーーー・・・・・・」

 素っ裸の毛無し男が部屋で一人高笑いしている姿は、見るに耐えない光景だった。知覚しているのは宝船の人工知能のみ・・・。それは、乗船している全員にとって幸せなことであった。

「この船が惑星ヒメジャノメに留まっているとヘルから告げられた時は小躍りしたかった・・・が、ワシは愚か者でない」

 今、60過ぎの素っ裸のオッサンが小躍りしている。

「あの時以来、ワシは完璧にヘルの研究助手を演じきった。本心を隠し通しきった」

 自分の言葉に自己陶酔し始め、高揚感から声がだんだん大きくなる。

「ワシは完璧な脱出計画を用意し、準備を調え機が熟すのを待ったのた。ついさっき、船内にアラートが鳴り響いた。ワシは確信した。その時が来たのだと・・・。TheWOCはワシのため、大規模捜索を続けていて、この船を発見したのだろう。ワシの能力はTheWOCにとって、これからも必要なのだからな。さて・・・と」

 漸くラマクリシュナンの興奮が抑まったようだ。

「ヘルが出て行ってから30分。そろそろか? それにしてもオモシロ屋とはバカなのか? 軟禁するのに、このテンポラリーリングは向いてないだろうに・・・使用できる設備を1日当たりの回数制限で決めるとは」

 あと4回。

 1回目は、この部屋のクローゼットを開ける。

 2回目は、この部屋の機材収納棚を開ける。

 3回目は、この部屋の鍵を開ける。

 4回目は、この船の外へと繋がる扉を開ける。

「だが、ワシと比べれば世の中バカばっかりだがな」

 ラマクリシュナンは口だけでなく、計画通りに手も動かす。

「ヘルはクローゼットに、どうして白衣しか入っていない? それに今の時代、白衣なんて必要ないものを・・・」

 止めどもなく口から文句を垂れ流しつつラマクリシュナンは白衣を羽織り、機材収納棚から通信機に流用できそうな機器を掻き集めた。2枚目の白衣を床に広げ、機器を素早く上にのせる。白衣を風呂敷のようにして包み込み、ラマクリシュナンは部屋から抜け出した。

 脱出路は予め調べていた。

 問題なしだ。

 慎重かつ大胆に行動する。

 しかし、出来る限り早く移動する。

「・・・っ」

 次の角を曲がろうとした時、暗赤色のスペースアンダーを身に着けた少年が歩いているのを見つけた。すぐに身を隠し緊張に身を竦め、少年が通り過ぎるのを待つ。

 通路の先にある扉の前に少年だ立つ。

 扉が自動で開き少年は、ゆっくりと部屋の中に入って行った。

「ふはっ、なんて楽勝な。計画はパーフェクトで、ついでにワシもパーフェクト。このままの調子で、どんどん行こうか・・・」

 言葉の通りラマクリシュナンは、どんどんと歩き、大胆に行動する。

 10分程でエアロックに辿り着いた。エアロックを開けると、外の風景が目に入ってくる。やっと外に出れる。この調子で行けば、すぐにTheWOCの拠点に戻れる。

 ワシは、やはり実力があり幸運に恵まれ、世界に名を残す科学者となるのだな。

 巨大な洞窟に宝船が向いて停泊しているのだ。

 しかも舳先は洞窟の入口に向いていて、いつでも緊急発進できるようなっている。そして、ラマクリシュナンが宝船から脱出したエアロックは、洞窟の入口を向いていたのだ。

 宝船の船底から外へと脱出したラマクリシュナンは、光の方へとゆっくりと歩む。洞窟の奥から流れる水によって、丸くなった粒の大きな砂利がある。その砂利が足裏を刺激し、内臓に染み込みような苦痛が走るという、苦行のような時間を耐えて洞窟の外へと出た。そこには川があり、洞窟からの水と合流している。森の中の大きな渓谷であったのだ。

「手っ取り早くオモシロ屋から離れるには川沿いを下流へと行けばよいだろう。適当な場所で少し森に入って身を隠し、通信機を作る。そこでTheWOCの救助を待つのだ。まさにパーフェクト」

 下着も着けていない白衣1枚の毛無し62歳が、気味の悪い笑顔で呟きながら歩いている。その顔には希望が溢れていた。希望に向かって歩みを進めた彼の人生は15分後に幕を閉じることになる。

 死因は出血多量によるショック死。

 原因は拘束リングに両手両足を切断されたことによる。

 ラマクリシュナンはヘルに、拘束リングの名称をテンポラリーリングと伝えられ、偽りの機能を教えられていたのだった。


 オペレーションルームの扉が開き、アキトはゆったりとした足どりで中へ入った。そして扉が閉まった瞬間、ヘルの許へと疾走し、威圧感たっぷりの声色で詰問した。

「おい、ラマクリシュナンが通路を歩いてだぜ」

 アキトの正面からでなく、背後から返答があった。

「通路を歩くのは別に構わないさ」

「そうだぞ」

 翔太とゴウの声だった。しかも気楽な・・・。

「そうじゃねー。白衣着て、荷物持ってたぜ」

「なんだとぉおぉおおーーー」

 漸くヘルは、事の重大性に気づいたようだ。

「そうだろっ!」

 満足気な表情に得意気な声色で、アキトは喰いつき気味に賛同を催促した。

「いいかぁあっ。白衣は、我輩のコ・レ・ク・ションなのっだぁあああーーー」

「そうなんだ・・・いや、そうじゃねー。なんでラマクリシュナンが一人で自由に歩いてんのかが問題なんだっ!!! それから今の時代に白衣なんて使うなっ!」

「我輩のコ・レ・ク・ションだっ!」

「ヘルよ、アキトには伝えなかったのか?」

「リーダーは貴様だろ。ならばぁああ、我輩は貴様にだけ許可を貰えば良いのっだぁあああーーー」

「いやいや、僕にも伝えてたよ」

「あたしも」

「ウチも」

「なんてこったぁああああああ」

 ヘルを無視してオレは風姫に尋ねる。

「風姫は?」

「知らなかったわ」

 ヘルを相手するのに疲れてきたのだが、本人に訊かないことには分からない。かなり面倒になってきたが仕方ない。オレは渋々と、ヘルに訊いてみることにした。

「それは一体全体、どういう基準なんだろうな? 教えてもらおうか、ヘル」

「王女の御心を煩わせぬようにだな・・・」

 ヘルに全部を言わせず、風姫が口を挟む。

「ホントはどうなのかしら?」

「教えなくとも、ケガなんぞしな・・・」

「良い度胸だわ」

 ヘルは口を噤んだ。

 流石にルリタテハの破壊魔を怒らせるのは得策ではない・・・というより、命の危険を毛のない肌で感じたようだ。

「うんうん。確かにヘルの言う通りだね」

「そうだなぁあ・・・それじゃあ、オレに伝えなかった理由も正直に答えてもらおうか?」

「今は緊急事態。我輩の雑事に皆を付き合わせるのは申し訳ないなぁあああ。後でも良いだろ?」

「ああ、緊急事態だな。だが、ラマクリシュナンが逃げったてのも緊急事態だぜ。何のつもりだ?」

「貴様こそ、なんで逃走を許した? 捕まえれば良かっただろうに・・・それともぉおーおっ、ラマクリシュナンに恐怖でも感じたか?」

 ヘルに話を逸らされているというのが分かる。が、厭味ったらしい挑発をされて黙っていられるほど、オレは大人じゃねぇー。

 つまりアキトは、子供なのである。

「オレはラマクリシュナンが、両手足に拘束リングをつけてたの見たぜ。それなのに通路を自由に歩いてたんだ。テメーに何がしかの意図があると推理した。どうだ?」

「ほっほぉおーーー、それだけかぁあ?」

「テメーは拘束リングの設定を変更できねぇーよな。であれば、ゴウか翔太の協力が必要になるはずだ。テメーの意図を挫くなら喜んでやってやるぜ。だがよ、ゴウと翔太が絡んでるなら別だよな?」

 ゴウに視線を移すと、悪役に相応しい笑顔を浮かべアキトに返答する。

「うむ、見事な推理だぞ、アキト」

「僕かゴウ兄じゃなく、僕とゴウ兄が協力者なのさ」

 翔太は一見すると好青年のような爽やかな笑顔で、自らの悪事を暴露した。

 まさか千沙もか、とアキトが猜疑的な視線を向ける。すると千沙は慌てて否定する。

「あ、あたしは違うよ~。アキトは知ってる~って言われてたの」

 千沙の肯定に、アキトは本気で心の底から安堵していた。千沙からの支援までなくなったら、お宝屋・・・主にゴウと翔太の暴走を制御できずトラブル発生は必至。これは予感というより確信だった。

「ああ、分かってるぜ。千沙が協力するなら、オレにも教えてくれるだろうしな」

「そうだよ。あたしはアキトの味方だもの」

 千沙の肯定に、アキトは本気で心の底から安堵していた。千沙からの支援までなくなったら、お宝屋・・・主にゴウと翔太の暴走を制御できずトラブル発生は必至。これは予感というより確信だった。

 トラブル上等の風姫と不確定要素のヘル。そして、どうにもトラブルに愛されているらしい自分の存在が不安を掻き立てる。

 トラブルを最小限に抑える為にも、状況把握をしておきたい。

「というこだぜ、ヘル」

「もう役に立ちそうにないからなぁあ。この際、恨み辛みを含めて過去の因縁を清算することにしたのだ。それには、ただ単に処分しても愉快ではないしなぁああ。我輩は、拘束リングの・・・」

 千沙の座っている情報統括オペレーター席のディスプレイに、拘束リングからの通信が表示された。千沙は内容を、メインディスプレイ右下に表示させる。

 拘束リングの位置が宝船から直線で200メートルの距離に達し、設定どおりレーザー切断を発動。4個の拘束リングは磁力操作で一塊に重なり、スタンバイ状態へと移行した。つまり拘束リングを着けられたいた人物の両手足首が切断されたということだ。

「しゃーねぇーなっ。収容しに行ってくるぜ」

「いやいや、無駄だよアキト。レーザーを最大出力にしてあるからね」

 それは、両手足首の切断は一瞬で、全く血止めされないということだ。

「うむ。俺たちは彼の冥福を祈ろう」

「・・・なるほどな」

 千沙の顔に哀惜の念が浮かぶ。

 オレの顔色にも、少しは心苦しいさが表れているだろう。

 オレが知っていると千沙に伝えたのは、きっとゴウに違いない。オレが聴いてれば反対しただろう。オレに配慮してくれたのか・・・。

 お宝屋も人死がでるのは好まないし、無闇やたらに人を傷つけたりしない。

 ヒメシロに帰還するとき、ラマクリシュナンが宝船にいると、ヤツが何某かのトラブルを起こしかねない。

 ラマクリシュナンを眠らせておくにしても、メディカロイドに突っ込んでおくしかない。誰かがケガをした際に困るし、最悪メディカロイドの初期化に時間を取られ、重体者の処置が間に合わなくなる。そういう可能性がある。

 このメンバー全員の安全を最優先に考えるなら、ラマクリシュナンは切り捨てるべき。ゴウがリーダーとして、己の責任で判断したのだ。

 こういう冷徹とも感じる冷静な判断をゴウは下せる。それはトレジャーハンティングユニットお宝屋のリーダーとしての能力である。オレがゴウに全く及ばない資質の一つと自覚している。だからこそオレは、一人でトレジャーハンターすることを選択したのだ。

「拘束リングの回収は後だ」

 ゴウの指示で、アキトは察した。

 全く気を遣えない男に見えるが、ゴウなりにアキトの気持ちを切り替えさせようとしているのだ。

「了解だ。それじゃ、手早く情報共有するぜ」

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