第1章 トレジャーハンター 『シンカイアキト』

 恒星間航行小型宇宙船”ライコウ”に暗赤色のスペースアンダーを身に着け、腕と脚には幅10センチ、厚さ0.1センチほどの黒鉄色リングをしている少年がいた。リングはルーラーリング、別名”支配者のリング”と呼ばれていて、乗り物、特に宇宙船の操縦に必須のインターフェースである。

 その少年は平均より少し背が高く、細身だがかなり鍛えられた肉体を持っていた。少し長めの黒髪に、凛々しいといって良い端正な顔立ちで、切れ長の眼にある黒い瞳からは、意志の強さが滲み出ている。

 少年の名はシンカイアキト。姓がシンカイ、名をアキトという。

 ルリタテハ王国に漢字がないわけでない。まったくの逆で、漢字とひらがな、カタカナを中心とする日本語をルリタテハ王国では公用語としている。だが、アキトは漢字で氏名を書かない。漢字が書けないわけでもないし、歴とした漢字での氏名はある。ただ、その漢字を嫌いなので使わないだけだった。

 ちなみにルリタテハ王国は、他の国家と日本語ではなく”コモンベース”という人類共通言語を使って意志疎通している。この”コモンベース”を自動翻訳機に通せば、実に99.99%まで翻訳可能である。わずか0.001%は、辺境恒星系の訛りの酷い方言と新しい若者言葉が対応できていないだけだった。

 アキトはライコウの操縦席で、行儀悪く両足を電子機器の上に投げ出していた。いくらオートパイロット中でも問題となる行動だが、注意する人物はいない。

 このライコウは彼の宇宙船で、彼が唯一の乗客で船員にして船長だからだ。

 トレジャーハンターがアキトの職業だった。

 トレジャーハンターの資格は、7歳から15歳までの8年間の義務教育終了が受験資格となっていて、アキトは義務教育修了後すぐに取得した。そして、3名のトレジャーハンティングユニットに1年間所属したのち、中古だが宇宙船を購入し若干16歳にして独立した。

 ルリタテハ王国のトレジャーハンターの獲物は、”重力元素”である。もっと正確にいうと、重力元素の鉱床を発見することだ。

 トレジャーハンターは鉱床を発見し、ルリタテハ王国の重力元素開発機構に申請をする。そうすると、鉱床の権利の半分が申請者に与えられ、半分は王国の物になる。これは王国の横暴のようだが、王国と中小トレジャーハンティングユニット双方に利益のある取引である。

 中小規模のトレジャーハンティングユニットは、資本力がなく鉱床の開発まではできない。それを王国が代行し、利益に応じて権利者であるトレジャーハンティングユニットに配当金が支払われる。そして王国は、オリハルコンの原料である重力元素の鉱床を管理できる。

 もちろん個人及び企業でも鉱床を所有し、開発・採掘してもよい。その場合は重力元素開発機構の上部組織にあたる重力元素管理機構に許可申請し、年に数回の査察を受けることになる。

 ただ、トレジャーハンターは小規模な組織が主なので、国に売るというのが一般的だ。なかには大規模に組織したトレジャーハンティングユニットが、企業と共同開発するケースもあるが・・・。

 しかし、安定した大規模トレジャーハンティングユニットに所属するより、一獲千金を狙うトレジャーハンターが大半であった。

 小型宇宙船ライコウは、モンシロ星系のワープポイントに差し掛かろうとしていた。あと30分もすればワープ可能域に達するだろう。モンシロ星系第4惑星の重力元素の調査が完了して、ヒメシロ星系にある重力元素開発機構の支部へと申請に向かうところだった。

 突如、メインディスプレイに白いTシャツとジーンズ姿で、筋骨隆々の無精髭の男が大写しにされた。あちら側のカメラの位置が悪いのか、男の立つ位置が悪いのか、鼻の途中から上が画面に入りきっていない。

 誰であるかは十分に推測できたが・・・。

『ふっはっはっははぁああーーー』

 剛毅に聞こえるようにしているが、端々に軽薄さが浮かんでいる声だった。

 間違いなく屋号は”お宝屋”で、姓は宝、名は豪の”たからつよし”だ。

 父親も重度のトレジャーハンターで、長男の名前を”サガシ”と命名しようとしたらしい。さすがに母親が体を張って止めたということだった。だが豪本人は、それでも良かったと語っていた。

 オレの感覚としては、父親も豪も気が触れているとしか思えないが、豪のトレジャーハンターとしての腕は確かだ。19歳で独り立ちし、7年間実績を積み重ねてきている。大手トレジャーハンティングユニットの契約トレジャーハンターにならないかとの誘いも結構あるようだった。ちなみに皆、彼を”つよし”ではなく”ゴウ”と呼んでいる。

 ゴウの無精髭が上下し、バリトンボイスがスピーカーから流れる。

『アキトよ。我が宝船の性能を侮ったか? それともライコウの全速は、その程度か? ああーん?』

 お宝屋の恒星間宇宙船”宝船”は、ヒメシロ星系を中心のトレジャーハンターの中でも上位に挙げられる程、高機能高性能を誇っている。ただ、宝船が帆船型で七福神を乗せているデザインというセンスの評価は、断トツで最底辺にいる。

 起き上がって答えるのも面倒だ。足を投げ出した状態で、ぶっきらぼうに返事をする。

「うっせーな。これが全速なのは知ってんだろ」

『ああ、知ってるぞ。そして、重力元素開発機構の支部に、我らが先に着くことも分かってるぞ。そこで、だ・・・。慈悲をさずけてやるぞ・・・。なーにっ、2ヶ月前までは弟のように可愛がってきたんだ。契約条件は以前とかわらずとしてやろう』

 ゴウにぃ、とメインディスプレイに大写しになっている豪の後ろで呼ぶ声が聴こえた。奴のTシャツに微妙に皺が寄っている。後ろから千沙が引っ張っているのだろう。

「ハンッ。どうせ修理代が高くついてっから、オレに戻ってほしいんだろ。それより、約束はどうしたんだ。出発は1日待つっていってたよな」

 ゴウは苦虫を噛み潰したような口をしていた。鼻より上が見えないから表情は推測するしかないが、1年もの間一緒にいたのだから、どんな表情かは丸分かりだ。

 それにしても、モンシロ星系の第5惑星で偶然にも再会し、宝船のエンジントラブルを修理する代わりに、出発を1日待ってもらう約束だった。つまり、第四惑星の調査報告書は、オレが提出する予定なのだ。

 画面を占拠していた暑苦しい空気を放っていたマッチョを、優男が押し出した。画面に映ったのは、ゴウの弟で千沙の双子の兄である翔太だ。

 父親はゴウの時の反省を踏まえ、双子の兄を「宝くじ」、双子の妹を「宝珊瑚」と命名しようと、既に記載済みの書類を用意していた。

 父が役所に届けようと外出してから、ゴウが名前の説明を母親にした。

 ゴウは父親と自分が賛成し、しかもいい名前だから、母親が泣いて反対するとは考えてもいなかったらしい。「そんな名前をつけたら、父さんとは離婚する」とまで母親に言われ、慌てて父親に連絡をとって、その命名の断念させた。

 屋号と宇宙船名をみれば分かる通り、父親とゴウに命名させるとろくな名前がつかない。

 ライトブラウンの軽くカールがかかった少し長めの髪を手櫛で整えながら、翔太は話す。

『いやいや、アキト。ゴウ兄は嘘など吐いていない。モンシロ第5惑星は1日が15時間なんだよ』

 兄のマッチョと比べると翔太は、横の兄弟比が1.5対1.0で、均整の取れた体格である。真っ赤なスペースアンダーの上に、青の流行りのジャケットを羽織っていた。

 アキトは、翔太から流れてきた爽やかな空気を吹き飛ばすように言い放った。

「宇宙標準時間の1日は、24時間だ!!」

『まあまあ、また一緒に仲良くやろう。君は、僕の無二の親友じゃないか』

 翔太の声と笑顔の波動を浴びると、オレでも和やかになりそうになる。オレが女性だったら、奴の元に戻っていったかもしれない。

 お宝屋3兄弟で、ゴウと双子は仲が良く精神的な距離は近いが、容姿的な距離はワープ1回じゃ埋められなんじゃないだろうか?

 翔太と千沙の双子の兄妹には黙っていても異性が寄ってくるが、ゴウの半径2メートルには女性除けの絶対防御があるようにしか思えない。

「その親友を、死の咢から救わなかったのは誰だ!」

 元同級生だった翔太の相変わらずな適当さに、思わず怒鳴り返した。

 そう、オレがアイツを親友だと思っていたのは、半年ぐらい前までだ。

『いやいや、そんな小さなことに拘るんじゃない! それに、僕が立ち上がったときは、もう蛇みたいのに丸呑みされていたんだから、仕方ないじゃないか?』

 まったく反省のない口調と台詞だった。

 そもそも、秘境の森を警戒もせず奥へと歩いていった翔太が大蛇に襲われそうになった。それを、後ろから追ってきたオレが突き飛ばして助けたのだ。オレが突き飛ばさなかったら、ヤツが丸呑みされてたはずだ。

 危機感のなさと無神経さが悪い意味で、お宝屋三兄弟の持ち味なだけある。しかも、全員が同じ方向の危機感のなさと無神経さであれば対応も楽になる。だが三者三様、方向がまったく別だから、いつでも油断ができない。

 そして未知の惑星や衛星では、少しのミスが命にかかわる。

「生死がかかってんだ。小さなことじゃねーし、仕方なくもねーぜ。それにな、オレがサバイバルナイフであれの腹掻っ捌いて、脱出したときのテメーの台詞、忘れてねーぜ」

『うぅーん? そうそう、たしか、無事でよかったよかった・・・だったかな?』

 傍から見てる分には楽しい会話なんだろうよ。

 オレも卒業前までは、翔太の形の良い唇から吐かれる無神経な台詞が、他の奴の表情を歪ませるのを楽しく眺めていた。あの頃の無神経な発言は、他人に向けられることが多く、あまり気にならなかった。

 しかし、1年間の宝船での生活で忍耐を使い切った。

 アキトは人差し指で、整った軽薄ヤローの顔を指し、吼える。

「テメーは、今日の夕飯は蛇の蒲焼だなって言ったんだ」

『そうそう、その後、美味しくいただいたじゃないか?』

「その所為で、1日に2度も死にそうになるとは思わなかったぜ」

『あれあれ、アキト。君は千沙の料理にケチをつけるのかい?』

『あたしの料理。美味しくなかったの?』

 いきなりディスプレイの大部分が、大きな胸に占拠された。宇宙服用のアンダースーツ、通称スペースアンダーを身に着けた千沙が翔太の前に押しのけるように出てきたからだ。

 操縦席からずれ落ちそうになる体を立て直しながら、声を張り上げる。

「そこじゃねー。オレがケチつけてるのは材料に対してだ!!」

 料理の問題じゃないと聞いて少し安心したのか、千沙はカメラから一歩下がった。千沙の体にフィットしたローズピンクのスペースアンダーから、彼女のスタイルの良さが充分に伝わってくる。

 だが千沙の幼くも整った顔と、肩口で切り揃えた艶やかでライトブラウンの髪が、ディスプレイに映っていなかった。

『あれは、ゴウにぃが・・・』

 千沙はきっと思い浮かべるような表情で、首を傾げ頬に右手を添えているのだろう。ディスプレイに顔は映っていないが、眼に見えるように分かる。1年間の共同生活は伊達じゃない。

 それにしても、翔太以外は自分がどのように自分が相手のディスプレイに映っているかは気になんねぇーのか?

「ゴウがなんだって?」

 とりあえず、重要な疑問についてアキトは千沙に質問した。

『焼けば食べられるって・・・』

 オレはディスプレイの端、千沙の隣にいる、髭面から下だけが映っている筋肉ダルマを睨んだ。少しは済まないと感じたのだろうか? 若干、体が縮んだようにみえる。

『また、一緒にトレジャーハンティングをやって欲しいの。あたし頑張るよ。今度は、絶妙のミディアムレアの焼き具合にしてみせるから・・・』

 千沙は祈るように両手を胸の前で合わせていた。ちょっとしたことで、すぐ落ち込むドジな千沙。でも明るく可愛い笑顔をみせる千沙。みんなを信じる綺麗な心と可憐な容姿を持つ千沙。

 その千沙に、オレは、確かに、はっきりと、勘違いのしようがない台詞を言った。血のような肉汁が出てる”牛”のミディアムレアが好きだと・・・。

 だが断じて、蛇っぽいヤツの肉のミディアムレアが好きだとは言ってない。しかも、生だと人に疾病を引き起こす細菌のある肉が好きだとは・・・。

 他人の話すことを警戒せず安易に信じる。その純真さが、危機感のなさとなり、今度は他人を窮地に追い込む。何度も厳しく諭したが、いつも泣かれて伝わってなかった。

「そのミディアムレアが、死にそうになった原因なんだぜ」

 諦観交じりに、千沙に聴こえるようにアキトは呟いた。

 ディスプレイに再度お宝屋次男が出現し、両手を大げさに広げて宣言する。

『良かった良かった。いま原因が判明したよ。しかも、その原因は既に解決済みだったんだ。これで君が僕たちのところに戻れない理由はなくなったね。さあ、早く戻ってくるんだ、アキト。そして4人で、お宝屋の名前をルリタテハ王国に轟かせようではないか。我が永遠の友よ』

 永遠の友。胡散臭い言葉だ。その言葉を相手が都合のいい時、都合の良いように使っていたら特にだ。オレは冷たく突き放すように口調で、翔太の記憶を刺激してやる。

「お前は永遠の友を、友情は永遠だって変更して、オレの誘いを断っただろ」

『いやいや。それは、ちょっと違う・・・。確か・・・僕は、こう言ったんだ。どんなに離れても友には変わりない。たとえ、君が自分の夢を目指して歩き始めても僕たちの友情は永遠だ、と』

「オレをお宝屋に誘った時の台詞も覚えてるか?」

『・・・』

「トレジャーハンターになるなら、まず僕の兄がやっているお宝屋に来ないか? もし君がお宝屋に来ないというなら、その時は僕ら2人のコンビでトレジャーハンターになろう。君は僕の永遠の友だ。だから君の夢は、僕の夢でもある。一緒に実現しよう、と言ったよな?」

 その時は、翔太の言葉に本気で感動した。そして、翔太と二人で、この天の川銀河系の中心に到達してみたいと心の底から思った。だから、独立できるまではお宝屋を手伝い、自分の宇宙船を持てたら翔太とトレジャーハンティングしながら夢を追いかけたいと考えていた。ほんの2ヶ月前までは・・・。

 それなのに・・・。

 裏切った方は屈託のない笑顔で、何事もなかったかのように透き通った声で、とんでもない台詞を吐く。

『まあまあ、細かいことは気にしなくていい。僕は気にしていないよ』

 それはオレが言う台詞だ!

 普通ならな・・・。

 アキトは興奮のあまり操縦席から立ち上がって、大声を張り上げる。

「気にするわっ」

 面食らっている翔太を押しのけ、今度はゴウが画面に映し出された。兄弟仲は良いはずなのに、どうしてお宝屋3兄弟は、仲良くカメラに映るという発想がないのか?

 ゴウはさっきと同じように、鼻の途中から下だけ映っていた。映像の中心は上半身のみ。本当は鍛え上げた逆三角形の肉体をみせたくて、ワザとやってんのか?

 何故か勝ち誇ったかのように、ゴウは厳かに宣言する。

『ヒメシロに着いてから泣いても遅いぞ、アキトよ。ライコウの支払いだって、まだ残ってるんだろう。これが最後だ。さぁー、我が軍門に降れ、シンカイアキトよ』

『やめようよ、ゴウにぃ~。ダメだよ~。今回はアキトくんに譲ろうよ~』

『止めるな、千沙。男には戦う時がある。今がその時だぁああああーーー』

『ゴウにぃ~。戦いじゃないよ。トレジャーハンティングだよ~』

「宝屋三兄弟の面白劇場になんか、付き合ってられっか!!!」

 翔太がゴウを後ろに押しやって、ディスプレイの中心に映り込み、芝居がかった台詞を口にする。

『おいおい、何を言っているんだよ。アキト。もちろん君の出番も用意するよ。さあ、早く戻ってくるんだ。我が永遠の友よ』

『翔太、そうじゃないの。あたし達、劇団じゃないんだよ~』

 ああっ、と翔太は大げさに嘆いてから言葉を続ける。

『それは間違っているよ、千沙。人生は舞台。人は皆、等しく主人公。僕たちは宇宙劇団の人類という一員なんだよ。だから僕は、君が早くお宝屋に復帰することを希望する』

 オレは翔太を理解できなかった。

 たぶんゴウも千沙も理解できていないだろう。

 そして千沙は、頬を真っ赤にしてるんだろうなぁ、と考えながら、翔太に物理的に返事をすることにした。

 アキトはルーラーリングを使って通信を一方的に切断したのだった。

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