〇村動物園
どろんじょ
〇村動物園を見ながら
テレビの中では猿が人の服を着て、人の様に箸を使ってものを食していた。
口の端から入れ損ねた食べ物をいくつも溢しながらも、必死にその技を習得しようと箸を手放さず、ついぞ手づかみでものに食らいつくことはなかった。
そばにいる調教師らしき人間は我が子を見る様にそれを見守っている。そしてその画面に映らない出演者たちは笑い声を添え、その光景があたかも愛くるしいものであるかのように演出していた。
私は母の口に匙でおかゆを押し込みながら、彼の未来と母の未来が同じ線上であり、ただ真逆に直進し続けているだけの違いであるかのように思えた。
母は次を強請るように声を荒げた。しかしその声は言葉にならない。疎通ができないのが同じであるならば猿の鳴き声のほうがよっぽど耳障りの良いものに思えた。
いずれ母は口を開けてものを食していくことさえ放棄していく未来が想起できた。その逆、猿が箸を使いこなし優雅に食していく姿も。
ならば母が言葉を無くしたように、あの猿は言葉を得ていくのだろうか。
あの調教師のそばで箸を使って食事しながら、自らの待遇改善を求める猿の姿が脳裏に浮かんで私は情けなくなった。
母はこんな人ではなかった。軽快で明るい賢母であった。私はいつも母に相談事を持ち掛ける際、母は求めた以上の返答をいつも私にくれた。
そして子供に心配させることを何よりも嫌った。風邪を引いた時でさえ虚栄を張り、気丈に振舞った。
あの母はどこに行ってしまったのだろうか。私に不満げな視線を送りながら口を開く老婆を前に私は歯噛みする。
時間の経過が母をここまで貶めたのだろうか。どのような人間もある段階を踏めばこのような姿になってしまうのだろうか。少なくともこの状況は母自身が望んだものでは決してないと言いきれた。
テレビの中の母が不意に声をかけた。「もう箸で完璧に食べられるわ」
私は口をあけ放したままの猿の口に黙っておかゆを押し込んだ。
〇村動物園 どろんじょ @mikimiki5
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