School Life Funk

session 006

 校舎の最上階には限られた人間しか入ることの出来ない場所がある。


 ――通称:司令塔。


 厳重なセキュリティドアが二つも設置してあり、資格のないものは実質侵入不可能だ。そこを通過するには認証タグを所持している必要があり、それは教師陣においても極限られた範囲にしか貸与されていない。厳格化された資格管理によって、それを持つものとそうでないものの立場は明確に隔てられている。


 なぜ学生の学び舎にそんなものがあるのか。


 それはここがただの教育機関でない事を示している。


 200年前の大規模メルトダウン事故により日本の殆どは人類にとって住める土地では無くなり、それと同時にニッポンは事実上の消滅を迎えた。生き残った日本人はロシアより温情返還された北方領土へ移住、新日露皇国しんにちろこうこくとして細々と繁栄していた。


 そして50年程前。かれら新日露皇国しんにちろこうこくの人間の中に、ある特殊な体質を持つ者たちが生まれる。


 高い放射能耐性を持つ人種。彼らの細胞は放射能によって傷ついた細胞・遺伝子の再生に極めて高い正確性を有していた。放射能を受けても無事でいられる身体を持つ彼らは新日本人と呼ばれ、新たな可能性として注目される事となる。


 そして現在。


 調査隊によって発見された旧ニッポンの秘境。放射能により遺伝子が改変された生物達が200年という歳月を経て生み出した新天地。


 放射能の影響を調査する目的はもちろん、かつての日本人達の住処として返還される事が期待された。


 しかし調査隊に対し自然は猛威を奮った。十分な半減期を迎えておきながら依然として高い放射能反応を放ち、周囲に多大な影響を与える可能性から大量破壊兵器が使用できない状況下、必然的に有人調査に限定されるその作戦は困難を極めた。


 通常の人間では危険きわまりない環境で有人調査を行える方法を模索した人類は、ついに禁断のカードを切る。


 新日本人を派遣せよ。彼らを調査隊に育成する機関をホッカイドーに設立し、情報を収集させよ。


 ロシア、アメリカ、新日露皇国しんにちろこうこくの共同出資により設立されたこの教育調査機関はリンカンガッコーと呼ばれた。


 しかしリンカンガッコーにはもう一つ、大きな目的があった。


 新たに発見されたキモチエネルギーの実用化実験。


 生徒達は早くからキモチエネルギーに対応したデバイス、MI―マインド・インストゥルメント―を使用した調査活動に最適化されるよう教育されていった。


 彼らは知らなかった。自分たちが籠の中の鳥であり、そして実験体であることを。



ΣΣΣ



 セキュリティドアの前に、女がいた。年の頃は20代の半ば、背中まで伸びた色素の薄い髪をしばってまとめ、純白の制服に身を包んでいる。女は深呼吸して、認証タグをそこへかざした。電子音と共に開いた鋼鉄の扉をくぐり抜け、上へ上へと伸びる螺旋階段を登っていく。ヒールの音がやけに反響する。最奥にはもう一枚扉があり、再び認証タグをかざすと扉が開かれた。


「戦闘教育部所属、ヤスコ一等教師、入ります」


 薄暗い部屋の奥には男が座っていた。既にない頭髪がかえって勇ましい、鋭い眼光を発する戦士のような壮年の男性だった。


「ハザマ事務長。本日は報告があって参りました」


ヤスコは敬礼をしながら端的に要件を伝えた。ハザマは何も言い返さない。


「昨日未明、本校生徒が特別破棄地域へ侵入、そこで危険指定生物であるニッポン熊と遭遇し、それを撃ち倒しました。特別破棄地域でのニッポン熊の発見報告はこれで三件目です。やはり、大橋を渡ってきているものと思われます。該当生徒についてはこれから然るべき処置を取る予定です」


「…その生徒の名前は」


「はい。一人は第三学年のハヤト。もうひとりは昨年の学年代表生のチエルノです」


「ほう…それは面白い」


 ハザマは立ち上がりヤスコにゆっくりと近づいていく。ヤスコは無意識に身体がこわばっていく。


「その生徒らのデバイスを述べよ」


「は、はい。まずチエルノは昨年と変わらずMIブレーダーを装備しておりますが使用しておりません。戦闘に使用したのは浄化空砲M-FALです。そしてハヤトの方ですがMIパンタグラファーを使用しています」


「そのパンタグラファーの使用は誰が許可した」


「私です」


 ヤスコは震えていた。通常、にはシールダーかリアクティブを使用させる。パンタグラファーの使用はそのセオリーから逸脱した選択だった。責任を追求されてもおかしくない。


「特別破棄地域内の戦闘においてパンタグラファーの有用性の低さは知る所だが、しかし戦果が出たとなればそれは興味深いケースだ。貴重な生徒達も無事に帰還した。ヤスコ一等教員、君の判断は間違っていなかったということだ」


「しかし、生徒の授業活動以外での特別破棄地域への侵入を許してしまいました」


「それはこの際不問だ。無事に生きて帰ってきている。ただ、今後もそのような事が頻繁に発生するようでは困る。きちんと教育しておきたまえ。報告は以上か?」


「はい」


「ならば報告ご苦労。先の件、他のものには口外するな。と言っても生徒達のことだ、それは無駄な努力に終わるだろうが。あと、その二人はバディを組ませておけ。貴重なケースだ。取得した情報は全て私に報告するように。わかったら下がりたまえ」


 ヤスコは敬礼し、司令室を後にした。



ΣΣΣ



「ふう」


 二つ目のセキュリティドアをくぐり、緊張が一気に解けたヤスコは思わずため息をついた。お咎めなしで救われた。もしこれで自分のクラスの生徒を失ってしまっていたら、私にどんな仕打ちがあるかわからない。


 新日本人の人口は多くない。そして育成可能な子供となるともっと貴重だ。彼らを立派な調査隊員に育て上げるのが私の仕事。生徒を死なせるなんてもってのほかだ。


「ハヤト…。あんのバカガキが」


 あのマイペースな落ちこぼれにはこれまで手を焼いてきたが、今回のは中々洒落にならない。よりによって連れ出したのがあのチエルノだ。無事で帰ってこれたのは奇跡に近い。


「よりによってあの子が…」


 チエルノは非常に優秀なだったが、今はまともに活動できるレベルにない。対するハヤトもとして未成熟にも程がある。まともにキモチを扱えないヤツの為に渋々パンタグラファーをもたせていたが、こんな事になるとは。


「なんでバディなのよ」


 確かに彼らは熊を撃ち倒したかもしれない。だけど私はそれが奇跡としか思えない。普段のハヤトを見ていればなおのことだ。一体どんな方法で? 当然見当もつくわけがない。


「とっ捕まえて尋問してやる」


 ヤスコはきつく拳を握り、ハヤトの緊張感のない顔を思い出していた。見つけ次第タブレットチョップをお見舞いしてやることを心に決め、教室に向かっていった。


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