訳アリ国語教師と体育教師が異世界召喚に巻き込まれたようです

藤白春

第零章 訳アリ教師二名

第 話 まさかまた会うとかないわー


 新学期。学生にとっては新しい生活と出会いのはじまりである。そして学生たちを見守る側の「教師」も例外ではない。


「えー産休に入った佐々木先生のかわりに、今学期より講師として働いていただく深山みやま先生だ」


 校長の紹介の言葉に続くように「深山です。よろしくお願いします」と頭を下げるのは黒い髪を高い位置で一つに結い上げている女性講師。

 未婚の男性教師達は少し鼻息を荒くさせたが、ある若い男性教師はただ驚き固まっていた。


「机は黒田くろだ先生の隣を。黒田先生、深山先生に校内の案内してやってくれ」


 校長に案内を頼まれた黒田は驚くのを辞め、諦めたように「はい」と了承した。



 黒田は「では案内します」と深山を連れて職員室から出る。


 新学期と言っても授業はまだ始まっていないため、校内はとても静かだ。二人の足音だけが廊下に響く。


「いつまで黙ってるんですか黒田先生」

「脳内での情報処理に時間がかかってるんですよ深山先生」

「そうですかー」

「……よし。なんでお前がここにいる?」

「そりゃこっちの台詞だ。脳筋野郎」


 「やんのかあぁん?」と睨み合う二人はどこからどうみても教師のする顔ではない。



 深山真白、二十八歳。

 黒田海斗、二十八歳。



 二人は所謂知り合いというものだが、この二人の場合事情が異なるのでこの場は割愛しよう。


「ところでクロ、黒田先生は体育教師だっけ?」

「おう。シロは国語教師だよな?」

「そう。でも講師だからほどほどに仕事する。余計な仕事はいらない逃げる。」

「いいなぁ、俺去年から担任持ってるから逃げれない逃げたい」

「頑張れよブラック戦士」


 「あと人前でシロって呼ぶなよ」と深山が釘を刺すと、黒田は「わーってるよ」と返事をした。


 一通り校内を巡り職員室へ戻ると、深山は国語教師から年間計画表やら既にいない前任者佐々木先生作の教案をもらいうけ新学期に向けての準備を進めていく。

 黒田も慣れたように教案やら、クラス名簿の確認をしつつ、隙を見つけては深山にちょっかいを出していたが他の教師陣にはバレていないらしい。

 黒田のイタズラに苛立った深山は手持ちの付箋に「二十時、裏門にて待つ」と書き黒田に渡す。黒田は「そこは体育館裏だろー」と悪態をつきつつ笑いを堪えていた。




 二十時半、裏門。


 まだ肌寒いが春の匂いと、夕飯の匂いがする。あの家はカレーとみた。と鼻水をすすりながら深山は黒田を待っていた。教頭に捕まっていたからまだ来ないだろうなと思っていれば、灰色の上着を着た黒田が姿を見せた。


「遅い。女を待たせるとは何事だ」

「しょうがねぇだろ、教頭先生に捕まったんだよ」

「まぁいいや。呑みにいくかラーメン食べるか、どっちがいい?」

「呑んでからラーメンに決まってんだろ」

「さっすがわかってる」


 「私この辺知らないから適当に連れてけ」という深山の態度に、黒田は慣れたように「りょーかい」と頷き、学校から少し離れたチェーン店の呑み屋に向かう。


 店に入り、二人ともビールと適当に食べたいものを頼み、ビールが届くまで無言。

 ビールが届き「乾杯」とグラスを合わせ、一気に飲み干し、「はーーーー!」と二人で息を吐き出した。




「「このために生きてる」」




「真似すんじゃねーよ」

「お前こそ真似すんじゃねーよ」


 「あぁん?」と睨み合っていた二人だが、何かが決壊したように「ふふは!!」 「あはははっ!!」と突然笑い出す。食べ物を置きに来た店員がドン引きしていたのは二人とも気づいているが、気にする二人ではない。


「まさか『こっち』でクロに会うとは思わなかった」

「そら俺の台詞だ。つかシロお前『俺が死ぬわけないだろ?』とかほざいてた癖に死んでんじゃねーよ! 後始末大変だったんだぞ」

「は? 後始末? 持ってた書状とか全部片付けて燃やした筈だけど」

「違ぇ、仲間のことだよ。特に柏がヤバかった。後追いするところだったんだぞあいつら」

「ありゃ、ごめん」


 「それは予想外」と苦笑する深山に「いや、俺は予想内だった」と枝豆を頬張る黒田。


 この二人が何を話しているのか、普通の人間ならば全くの意味不明だろう。

 だが、この二人は『普通』ではない。



 深山はある時、突然闇に飲まれ森の中に放り出された。身長が縮んだ状態で。

 黒田もある時、突然闇に飲まれ知らない屋敷の庭にいた。身長が縮んだ状態で。



 深山はそのまま森の中を一週間ほどさ迷い、ある人間に拾われ、男として育てられた。

 黒田は屋敷の人間に拾われ、養子として迎え入れられた。



 十六歳の年頃になった時であろうか、二人は『京』と呼ばれる都で、刀を持ち、背中を預け、動乱と呼ばれた時代を駆け抜けた。



 そして、深山は戦争で命を落とし、黒田は戦争から数年後、病で命を落とした。




 もう充分生きた。




 それが二人の想いである。


 しかし、異変が再び起きた。

 深山は銃で撃たれ激痛と流れる血の量に笑い「やっと終わった」と目を閉じた、次の瞬間には何故か見覚えのあるアパートのベットの上にいた。

 黒田も病に侵され、寝たきりになり息をすることも出来なくなった時「やっと終わった」と目を閉じた、次の瞬間には見覚えのあるアパートの玄関に立っていた。



 元の時代に戻ってきたのだ。



 そして今に至る。

 他の誰かに話したならばどこのラノベだとか、頭は大丈夫か? と心配されるだろう。


 だが、深山と黒田は確かに『過去』へ行き、『過去』を生きた。二人ともその感覚はあったが、たまに夢だったのか? とも考えた。


 それでも手に残る感覚、血に染まった刀、目の前で死んでいった仲間の姿を鮮明に覚えている。

 深山はその記憶のせいで不眠症になっていたし、黒田は「病院とか行ったほうがいいのか?」と悩んでいたところだった。


 そんな時、この話ができる唯一の人間と出会えたのは二人にとって幸運であり、ある意味不幸でもあった。



 全ては『夢じゃなかった』と証明されたのだ。



 ワサビを避けながら刺身に醤油をつけ食べている深山が溜息を吐きながら言う。


「何かさ、この時代って、生きにくくて死ににくいよね」

「あ? 何だよ哲学か? 俺単位取ってないぞ」

「私も取ってない。いやね、刀振り回してた時は『絶対死んでやるもんか!』とか思ってたし、生き甲斐もあったんだけど、現代では無いっていうか。ただ使われて終わり、って感じがして」

「まぁ色んな意味で消費社会だし、特に教師はブラックなお仕事だからな。でも学生は見てて面白いだろ?」

「コンビニの前でたむろってなきゃな」

「なんでコンビニ」

「コンビニの前でたむろってる学生ほど怖いものはない」

「敵にも味方にも『紅き修羅』とか言われてた奴の台詞かよ」

「やめろ黒歴史!!」

「ところでシロって呼んでたのになんで紅くなったんだろうな?」

「そしたらクロもでしょ。『蒼き刃』だっけ? 蒼も刃もどこからきた」

「知らんわ」


 「歴史書でも調べたら出てくんじゃね?」「いや歴史は変えないっていって俺たちの名前があるもの全部燃やしたのお前だろ」とビールをぐびぐび呑みながら話していく二人。


 店員に「ラスト三十分ですが」と言われた時には二十二時を過ぎていて、「明日も仕事だし、ラーメンは今度にして帰るか」と追加注文はせず、残っていた枝豆とビールを飲み干し二人そろって駅に向かう。


「私こっちだから」

「俺こっちだわ」


 ひらり、手を振りあって改札口の向こう側で別れた。



 男女となれば何か起きそうな予感がしなくもないはずだが、この二人は伊達に背中を預け敵陣に突っ込んでいってはいない。

 二人の仲は男と女という括りには囚われないものとなっている。今更裸をみせあっても「何やってんの? 服着ろよ風邪ひくぞ」で終わるだろう。


 男女間で特に何も無いのか? と後に聞かれるようになるが、その度に『姉弟であり兄妹であり最高の友人』と二人は笑って語っている。


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