第13話 ぜったいぜつめい
―――遅かった。
私が森を抜けて目にしたのは、村の手前の休耕地に展開された防衛線だった。
村人たちの呼んだ森の騎士たちが、異変に気付いて作ったのだろう。
村にあった廃材を組んで作った急ごしらえのものではあるが、時間稼ぎにはなる。
実際今頃、反対側のゲートから村人たちが避難しているはずだ。
そんなバリケードの手前でルシャールと対峙しているのは、当然というべきかエリオット・スターレットだ。
怒り狂う魔獣を正面から相手取れるのは彼ぐらいしかいない。
ルシャールは飾り羽をばちばちと逆立て、低い唸りを上げながら飛びかかる隙を伺うように身を左右に身をくねらせている。
まさに一触即発
何かきっかけさえあれば、ルシャールはすぐさまエリオット・スターレットに飛びかかることだろう。
「……っ」
私は馬の足を落として、静かに接近を試みる。
本格的に戦闘が始まってしまえば、手出しは難しくなる。
いくら殺さないでくれと訴えたところで、エリオット・スターレットにしてみれば魔獣を相手どって戦う最中にそんなことを言われても困るだけだ。
相手を殺さずに戦いを収めるためには、相手を圧倒するだけの戦力の差が必要になる。
いくらエリオット・スターレットと言えど、怒り狂ったルシャールが相手ではそんな手加減している余裕などないだろう。
懐を確かめる。
まだ、種は残っている。
これを使えば、ルシャールの動きは十分止められるだろう。
そのためには出来るだけ近づく必要がある。
あまりに距離があると、接近するまでに気付かれてしまう危険性がある。
投げた種子が地面に着くと同時に発芽、ルシャールを絡め取れる、ぐらいの距離感が理想だ。
かといって、接近する私を気取られてもまずい。
求められるギリギリの距離感に、胃のあたりがしくしくと痛む。
けれど、やらねば。
エリオット・スターレットにルシャールを殺させてはいけない。
もちろん、ルシャールが彼を殺すのも駄目だ。
一度深く深呼吸をしてから、私はそろりと馬から降りた。
着地の瞬間、足首から走る痛みに漏れかけた呻きを咬み殺す。
私は静かにルシャールの背後から距離を詰めて行く。
次第距離が近くなるに連れ、バリケードの影に隠れた村人たちが私に気付いたのか、気遣わしげにチラチラと顔を出しているのがわかる。
私はそっと人差し指を唇にあて、静かに、の合図を送る。
村人たちの動揺をルシャールに悟られてはまずい。
と、思っていたのに。
「ッ……」
村人たちの隣に、さも当たり前のような顔をして密猟者たちが並んでいるのに気付いたとたん、小さく吐息が跳ねてしまった。
あいつら……!!!
ちゃっかり魔獣迎撃の協力者の立場に収まっているのか。
ぎり、と奥歯を強く噛みしめる。
まずい。
すごく、まずい。
もう一刻の猶予もない。
早く、早く。
密猟の首謀格と思われる男の口角がニヤリと持ち上がる。
森の中で他の連中に指示を出していた男だ。
馬に乗った私を、横から蹴り飛ばした男だ。
男の唇が、音もなく動くのがわかる。
『や』
『れ』
その合図に呼応したように、物陰から飛び出す影二つ。
一人は真っ直ぐに私に向かってきており、もう一人は弓を片手にルシャールへと狙いを定めている。
「このッ!」
最善の距離とはとても言えない。
だが、今ここでやらなければルシャールを取り押さえるチャンスはもう永遠に巡ってこない。
私は全力で手の中に握りこんでいた種子をルシャールに向かって投げる。
男の放った矢がヒョウと鋭い音を立てるのと、地に落ちた種子が爆発的に芽吹くのはほぼ同時だった。
―――だが、同時では遅すぎる。
音がしたその瞬間にはもう、ルシャールはこちらを振り返っている。
うねる緑の蔦がルシャールの足を絡めとろうとするが、それをルシャールは前足で薙ぎ払い、その足でこちらに向かって跳躍しようとする。
「アデリード……!!」
私の名を呼ぶ声が響く。
彼だ。
エリオット・スターレットだ。
澄んだ蒼の双眸を爛と燃やしてルシャールへと大きく踏み込む。
背後で唐突に膨らんだ殺気に、ルシャールの気がこちらから逸れる。
振り返り様に横殴りに繰り出されるルシャールの前肢。
それを直接受けるのはまずいと判断したのか、エリオット・スターレットは――…必殺の間合いを逃れるべく、ぐんと加速してルシャールの懐へと飛び込んだ。
まるで地に沈むかのように深く腰を落として、ルシャールの視界を逃れる。
きっと、ルシャールからは獲物が突然消えたように見えたことだろう。
ガッ、と踏み込んだエリオット・スターレットの足が大地を削る音が響く。
そして。
「やめて殺さないで!!」
密猟者に半ば羽交い絞めにされながらも、私は喉も裂けよとばかりに叫ぶ。
あまりにも私に勢いがついていたせいだろう。
背後から組みつく男もろとも、私たちは縺れあいながら地面に倒れる。
舞い上がる土埃の向こう、エリオット・スターレットと目が合ったような、気がした。
「殺さないで、お願い……!」
叫ぶ。
もはや、悲鳴にも似たその声は、きっと届いていたのに。
それでも、エリオット・スターレットは、そのまま携えた剣を振りぬいた。
身体全体で伸びあがるような斬撃に、ルシャールの巨躯が仰け反り、どうと地に崩れる。
やったぞ、とバリケードの向こうで湧き上がる村人たちの歓声を聞きながら、私は全身から力が抜けるのを感じていた。
ころして、しまった。
罪のない魔獣を。
ころさせて、しまった。
森の、騎士に。
「どうして、」
呆然と呟く。
あの瞬間、私の声は確かに彼に届いていたはずだ。
聞こえていたはずなのに、彼は一切の迷いを見せず、ルシャールを斬り捨てた。
彼を責めることはできないということはわかっている。
わかって、いる。
あそこで迷いを見せたら、今地面に倒れているのは彼の方だったかもしれない。
だから、彼が身を守るためにもルシャールを斬ったことは間違ってない。
その判断を、私は本来責めるべきではない。
悪いのはこの状況を防げなかった私だ。
あの時、一人で森に向かわなければ。
騎士たちの到着を待っていれば。
この状況は、きっと防げた。
だから、私が、悪い。
でも。
そうわかっていても。
どうして、との甘えを捨てきれない。
私の騎士だと言ってくれたのに。
その彼に、私の声が届かなかったということが、存外に痛い。
「残念だったな」
ハ、と耳元で男が嗤う声がする。
今更ながら、背中から覆いかぶさるようにべったりと触れた男の体温に気付いて、気持ち悪さに身じろぐ。
「うちの術士があの騎士サマにも暗示を仕込んでンだ。止まりゃあしねえよ」
嘲る声とともに、背後から伸びた腕が私の口元を覆った。
息が、出来ない。
振りほどこうともがく四肢を、上から抑え込まれる。
「安心しろよ、殺しゃあしねえ。ちょっと眠っててもらうだけだ。俺らがトンズラするまでな」
下卑た声音が嗤い交じりに言う。
けふ、けふ、と咳込む度に肺の中に残っていた空気が締め出されていく。
視界の端が赤黒く染まり、魔女殿大丈夫ですか、とわざとらしく気遣う男の声が遠くなる。
きっと傍から見たならば、ルシャールに襲われそうになった魔女を身を挺して庇った従者の一人が一生懸命介抱しているように見えるのだろう。
男を引き剥がそうとしていた腕からも力が抜けていく。
せめて、こいつらを捕らえてやりたいのにそれすらも叶わない。
絶望感と無力感にじっとりと目元が濡れるのがわかった。
薄れゆく意識の中、諦念に身を委ねて目を閉じかけたところで。
何か、酷く鈍い音が、響いた。
ごしゃり、というか。
こう、何かへしゃげるような音、というか。
瞼の裏が、明るい。
抑え込まれていたはずの身体が軽い。
「――……?」
ゆっくりと、瞼を持ち上げる。
鮮やかな、青の空の眩しさが潤んだ視界に刺さって、私は数度の瞬きを繰り返す。
弾みに零れた涙が、つ、とこめかみを滑り落ちていった。
「魔女殿、ご無事ですか」
青空を背景に私を見下ろすのは、エリオット・スターレットだった。
口調はいつもと変わらないながら、ふー、ふー、と荒い息が言葉の端に紛れている。
片腕には無造作に抜き身の長剣を下げたままだ。
いつもは彼が背負う青空と変わらぬ爽やかな色味を浮かべたその双眸の蒼が、今はなんだか獣めいた殺気を潜ませている。
「ゆっくり、深呼吸を」
促されて、そういえば、と思い出したように私は咳込んだ。
一瞬ブラックアウトしかけた身体は、呼吸すら忘れていたらしい。
一度咳込めば、とたんに眼裏がチカチカと点滅するような息苦しさに襲われた。
ひゅうひゅうと喉を鳴らしながら、私は地面の上で身体を丸めて一通り咳込む。
胸を喘がせ、必死に吸い込んだ空気に混じる土埃に余計に苦しくなって、咳が止まらない。
そんな私の身体を、壊れものでも扱うように優しく、騎士の腕が地面から抱き上げた。
彼の片腕に座らせられるような、まるで子どもを抱くような所作に気恥ずかしさを覚える余裕すらなく、私は彼の首筋に顔を埋めるようにして必死の呼吸を繰り返す。
「お助けするのが遅くなり、申し訳ありません」
「あい、つら……ッ、」
掠れた声音で言い募る。
咳に彩られ、聞き取りにくいであろう声で、それでも、なんとしてでも伝えなければならないことがある。
「みつりょうしゃ、……ッ、つかまえ、て……!」
「承知致しました」
ぜ、ぜ、と胸を鳴らしながら呼吸を整える私を腕に抱いたまま、エリオット・スターレットは静かに周囲を睥睨した。
「――動いたものから、斬り捨てます」
それはとんでもなく簡潔な宣言だった。
けれど、だからこそそれが限りなく本気のものだということがその声を聴いた誰しにも伝わった。
燃えるように熱い彼の体温に抱かれているのに、冷水でもぶっかけられたかのようにぞわりと背筋が冷える。
「魔獣殺しの騎士が如何程のものか、我が身でもって確かめたいという者がいたならば応じましょう」
多少の距離、だとか。
片手には私を抱いたままである、とか。
そういった数々のハンデなど関係なく、そう言ったからにはやるに違いない、というような気迫が静かにその声音には込められていた。
は、と聞こえた震えた吐息は誰のものだったのか。
「……だがよォ、騎士さん」
男が、逃げる意思はないのだと降参を告げるように両手を上げたまま声を上げた。
バリケードの影から出てきた、密猟者の首領格だ。
その隣には、赤い石のついたネックレスを手に絡めた男もついている。
いけない。
ルシャールを操った魔術師だ。
再びエリオット・スターレットに精神干渉して操るつもりか。
「あの、石を、見ないで……ッ!」
男の詠唱する呪そのものにも、精神干渉の効果はあるものの、それ自体には人を操るほどの効果はないはずだ。それを可能にしているのは、あの魔術師が手にしている石だ。
おそらくは、魔眼。
魔獣の持つ魔眼を、石の形に加工したものだ。
同じ魔眼持ちの私としてはぞっとしない。
魔獣と人間の生活領域が重なることが度々起こり、騎士による魔獣狩りが今よりも一般的だった頃にはああいった魔獣を原材料としたマジックアイテムが多く作られたのだと言われている。
今となっては珍しい術具だ。
「俺たちを捕まえたら、アンタだってまずいことになると思うんだがね。なんせ、魔獣を直接殺したのはアンタだからな。アンタは、俺らの共犯、ってことになる」
「ッ……」
唇を、咬む。
男の言っていることは、間違っていない。
これが密猟であるのだと認めてしまえば、彼は密猟者に手を貸したことになる。
彼が、魔獣を殺したのだ。
正当な理由なく、魔獣を手にかけてしまった。
おそらく、彼は騎士の任を解かれるだけではすまない。
森の王の怒りを解くための贄として、決してアセルリアという国に森を侵す意図はなかったのだと証明するために、密猟者ともども罰を受けることになる。
例え彼が魔獣を倒したのが村を守るためだったとしても、魔獣が村を襲うように仕向けたのが『
「あの魔獣がトチ狂って村を襲ったってことにしときゃ、アンタは英雄だ。なあ、そうしようぜ。アンタは英雄になれるし、俺らは金が稼げる」
男の言葉は、まるで毒だ。
酷く魅惑的な毒だ。
魔眼に惑わされたわけではないが、そういうことにしてしまえば彼は罰を受けずに済む。
村人たちは、きっと私がそういえばすべて飲み込んでくれるだろう。
今見聞きしたすべてのことを、黙っていてくれるだろう。
もしも、万が一。
彼に、そういうことにしてほしいと縋られたならば私はきっぱりと断ることが出来るだろうか。
私の騎士だと言ってくれたひとに、死をも免れない罪を背負わせることが出来るだろうか。
その決断を迫られることが、こわい。
養母から継いだ魔女という職務に忠実であることが私の矜持だったはずなのに、その瞬間私の胸に迷いが生じてしまったらと思うことが、こわい。
「大丈夫、ですよ」
そろりと、騎士の手が蒼褪めた私の背を撫でた。
「大丈夫じゃない、わよ……っ」
声が震える。
ちっとも、大丈夫なんかではない。
身体のあちこちがとんでもなく痛いし、状況は最悪だ。
目の前にいる密猟者たちは殺しても殺したりないぐらいだが、そうすれば私を今も抱きかかえてくれているこの男をも死罪に追い込むことになる。
とはいえ、私は密猟者たちを野放しにすることなど出来ない。
私は、魔女なのだから。
親にすら捨てられた何者でもなかった私は、自ら望み、そして養母によって選ばれて魔女になったのだから。
だから、もう答えは決まっている。
「ごめん、なさい」
「謝らずとも、良いのです」
「だって、」
私は、彼を死地に追い込む。
彼を逃す甘い嘘の誘惑を、払いのける。
私が、彼を、
「私はあの獣を、殺してはいませんから」
……。
………。
…………。
……………。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
たっぷり、五秒ほどは間が空いたと思う。
そしてその間、私はぽかーん、とさぞ間抜け面を晒していたことだろう。
「えっ」
「は!?」
「あ!?」
上げた声は、不本意ながら密猟者連中と重なってしまった。
「ころして、ないの?」
「ええ、あなたが殺すなと仰いましたので」
「でも、あんなに思い切り斬りあげて」
状況が許すなら、見惚れてしまうほどに見事な斬撃だった。
だというのに、殺してない、とは。
彼は私の言葉に、おや、と言いたげに眉をひょいと持ち上げて見せた。
「そう見えましたか」
「そう見えた、って……」
「実際は柄を、こう」
く、と彼は片手にぶら下げたままだった剣を使って実演して見せてくれる。
遠心力を味方につけて剣で薙ぎ切るのではく。
手首は内側に寄せたままほぼ垂直に、柄を握っただけの拳を、振り上げる。
「こういった具合に、顎にぶち当てまして」
「 」
言葉を、失った。
もしかしなくとも。
まさかこの騎士、柄を使ったとはいえ、グーパンで魔獣を沈めたというのか。
まじか。
いやまあ実際には直接の打撃ダメージというよりも、顎、という生物の弱点を狙ったことによる効果なのだろうけれども。
「え、ええー……」
何かすっかり気が抜けてしまって、腑抜けた声が漏れる。
いろいろ真剣に考えていた重圧がふしゅう、と音を立てて抜けていった、というか。
一方、それでは済まないのが密猟者たちだ。
「おいグラント、どういうこった!? 騎士には術をかけたんじゃねェのか!」
「かけたとも! 私はちゃんと魔獣を殺せと命じた!」
「じゃあなんで殺してねえんだよ! なァにが邪眼の使い手だ、高い金出して馬鹿を見たぜ!」
「ふざけるな、あんたも私の腕は確かめただろう! 魔獣だって操ったじゃないか!」
「じゃあなんでこの騎士野郎は殺してねェんだよ!」
「私が知るものか!!!」
ぎゃあぎゃあと怒鳴りあう首領と魔術師。
ルシャールが死んでいない以上、ここで騒ぎ続けるよりもさっさと場所を移動した方が良いのはわかっていても、つい私もその理由が気になってしまった。
精神干渉を行ったとしても、本来のその人物の人格にそぐわない指示を聞き入れさせるのは難しいという話は以前にもしたと思う。
魔眼、というのはある程度精神干渉の威力を高める効果はあるが、それでもやはり『その人らしくない』ことをさせるのには限界がある。
その一方で、今回魔術師が彼にかけたのであろう「魔獣を殺す」という暗示は、本来ならば高いレベルで彼の行動に影響を与えたとしてもおかしくない。
何故なら、彼は騎士だからだ。
魔獣などといった人を害する敵から人々を守るのが騎士の務めだ。
だから、それが人を襲う危険な魔獣なのだと思わせることさえ出来たならば、彼は自らが思考誘導を受けていることに気づくことすらなく、その職務を全うしたことだろう。
おそらく、周囲で見ていた誰もが彼が操られている、なんて思いもしなかったはずだ。
彼は、騎士として当然の務めを果たしただけに過ぎないのだから。
だが、実際の彼は私の声に踏みとどまった。
どうして、彼には私の声が聞こえたのだろう。
どうして、ルシャールを殺さずにいられたのだろう。
「…………」
「…………」
私の視線に、騎士は少しだけ困ったように眉尻を下げた。
私が言えというなら言っても構わないけれども、本当にいいのか、とでも言いたげな顔だ。
――なんだか滅茶苦茶厭な予感がしてきた。
が、聞かなければ余計に怖い。
私は、視線だけで言って、と彼を促す。
「あー……」
多少言いにくそうに、彼、エリオット・スターレットは視線をちょろっと泳がせて。
「私が聖騎士、などと呼ばれているのは、その……、私が邪眼を含む魔術、妖術の類による干渉を一切受け付けないからなのです」
「―――――」
一瞬なるほど、と納得しかけて、それから頭が真っ白になった。
頭は真っ白だというのに、心だけは直感でそれの意味することをとっくに理解している。
だから、きっと私は真っ赤だ。
頬が熱くて、熱くて、死んでしまいそうになりながら、一生懸命彼の言葉の意味をわかろうとしている。
ええと。
その。
それは。
つまり。
あの夜のことを、すべて、覚えているという、こと、では???
「こ、こ、こ……」
「こ?」
「ころして……」
「その御命令には応じかねます」
咄嗟に零れた言葉は、心底呆れたといった顔つきでいともばっさりと断られた。
しにたい。
いや、まだ駄目だ。
ちょっと今真っ白に燃え尽きかけたが、私にはまだやらねばならないことがある。
良かったやることあって。
本当に。
すー、はー、と深呼吸。
それから、私は毅然と顔を上げた。(つもり)
「私は、ルシャールが眼を覚まして森に戻るまで見届けるわ。貴方は、あいつらをさっさと捕まえちゃってくれる? ジオドール・テセラもグルよ」
「ですが、魔女殿、あなたは怪我をされている」
「それでも、私は魔女だもの」
怪我をしていようが、とんでもなく恥ずかしいことになっていようが、私は魔女だ。
だから、やるべきことをやる。
それに、魔女としての役割を果たしているうちは、個人的なことを忘れていられる――ような、気が、しないでもない。
「…………」
渋面を作りながらも、彼がその腕から私を下ろしてくれる。
本当に嫌々といったその所作に、少し笑いがこみ上げてしまった。
「逃がさないでね」
「逃がしませんとも」
彼の、いつも通りの柔らかながらどことなく凄みを帯びた声音に、密猟者たちの肩がびくりと揺れた。
――が、なんとなくその言葉が私自身にも向けられていたような気がするのは、たぶん気のせいだ。
「魔女殿」
片足を軽く引きずりながら、未だ倒れたままのルシャールの元へ歩みよろうとしていた私の背をエリオット・スターレットが呼び止める。
平静に。
冷静に。
一拍の深呼吸を挟んで、振り返る。
「あなたが魔女としての役割を果たすというのなら、私はあなたの騎士としての役割を果たして参ります。それが済みましたら――」
ちらりと蒼の双眸の奥に不穏な熱が揺らいだように、見えた。
「一人の男として、あなたにお話があります」
「ひえ」
喉を振り絞ったような悲鳴が思わず出た。
良いですね、と念を押される。
良くないです、なんて絶対に言わせる気のない圧がすごい。
やばい。
これは、やばい。
それに返事を聞くまではこの場を離れる気はないという強い意志を感じる。
というわけで、私は視線をうろりと彷徨わせつつも、はい、などと素直に頷くことしか出来なかった。
これ、先ほどまでとは違った意味で絶体絶命なのではなかろうか。
全力で、逃げたい。
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