飴をくれるおじさんと私の話

サキバ

飴をくれるおじさんと私の話

「おいで。飴をあげよう」


 おじさんは私の手に5つほどの飴を置いた。このおじさんは会うたびに私に飴をくれる。だから私はこのおじさんが大好きだった。


「うん、君はやはりいい子だね」


 飴を私が喜んで貰うたびにおじさんは私にそう言っている気がする。褒められると嬉しいけれどどうしてそう言われるのかはいつまでも分からない。


「おじさんはなんで私に飴玉をくれるの?」


 時々、私はおじさんにそう聞くのだけど決まっておじさんは笑みを浮かべながらこういうのだ。


「それが私の幸せだからだよ」


 やっぱりよく分からない。おじさんは不思議だ。





 私は小学四年生になった。おじさんとの交流は未だに続いている。飴を食べすぎてお母さんからは怒られてしまうが、おじさんがくれるので私は悪くないと思う。


「今日はニンジンちゃんと食べたよ!」

「嫌いなのによく頑張ったね」

「〜♪」


 私は近況をおじさんに伝えるようになった。すると、おじさんは飴をくれて更に頭を優しく撫でてくれるのだ。大きくて硬いその手で撫でられることが私は好きなのだ。


「これあげる!」


 撫でてくれたお礼だ。いつも貰ってばかりいるのでたまには返さなければいけない。お母さんにもそう言われたので私はおじさんの絵を描いたのだ。中々上手く描けたものだと自分でも思う。


 おじさんは私があげた絵を見ると、顔を背けた。どうしてだろう? もしかして私の絵で何かダメなものがあったのだろうか? 心配でおじさんの顔を覗き込むとおじさんは泣いていた。


「おじさん?」

「ああ、ごめんね。すぐに元に戻るから。本当にありがとう」


 どうやら悲しんではいなさそうで安心した。

 そのまま少しだけ泣いておじさんは最後には笑った。おじさんは笑っている顔が一番似合う。





 私は中学二年生になった。この頃からおじさんとの交流が少なくなっていた。成長とともに私はおじさんに対して若干の忌避感を持ってしまうようになった。それでも私はおじさんが好きだった。ただ昔のような距離感は失われてしまった。純粋だった思い出が濁った現実に侵されてしまったように感じて、嫌悪感が大きくなる。


「おじさん。おじさんはどうして私に優しいの?」

「なんでだろうね。強いて言うのなら・・・・・・いや、やめておこう。少なくとも私の言うセリフではないから。ごめんね」


 おじさんは申し訳なさそうな顔でそう言った。そして、私の頭に手を乗せようとしたところですぐに戻した。そんな空気が気まずくて私は空を見上げた。雲なんか1つも見えなくてそれが気に食わなかった。

 そんな気持ちを見ないようにしたくて私は手を出して言った。


「おじさん、飴ちょうだい」


 実のところ、もう飴なんて好きではなかった。どちらかと言うと甘味は苦手だ。

 だからだろうか。おじさんは困ったように笑いながら言った。


「今日は持ってないんだよ」


 なんていうことのないはずのその言葉が私には悲しく聞こえた。大切だったはずのものが否定されたような気がした。


「そうなんだ」


 ひどい自己嫌悪に襲われて私は逃げるようにおじさんの部屋から出ていった。





 私は高校三年生になった。

 その頃からおじさんの元に足を運ぶことはなくなっていた。受験のため忙しいという理由もあったがそれは言い訳に過ぎなかった。私は会いたくなかったのだ、おじさんには。中学二年生だったあの日から、私はおじさんに会いに行くことがほとんどなくなった。そして高校に入って私は一度もおじさんに会っていない。


 おじさんは私の本当の父親らしい。


 中学三年の冬にお母さんは私に言ったのだ。なるほど、と納得した。その時は嘘みたいに冷静に理解した。離婚したの、おじさんの浮気らしい。その事を責めようという気にはならなかった。もう終わった事だと不思議なくらいにあっさりと割り切った。

 だからおじさんに会いに行こうと思ったのだ。おじさんが私のお父さんだったんだ、と笑いながら話し合える気がしていた。だが、それは勘違いでしかなかった。おじさんの家のドアの前に立つだけで言いたかったはずの言葉は消えてなくなってしまった。私はそのまま扉から背を向けて、寒さに耐えながら帰った。そして、家でわんわんと泣いた。






 私は大学生になった。その頃からおじさんのことを思い出すことはなくなった。











 私には娘ができた。もう3歳になる。

 舌足らずの娘の声を聞いていると私は再びおじさんのことを思い出し、自分の愚かさに笑った。そして、呟いた。


「おじさんに会いにいこう」


 娘を連れて、もう一度。


 おじさんの家の前に立った時、私の心は凪いでいた。チャイムをゆっくりと押す。繋いだ手から娘の小さな手の温かさを強く感じていた。


「はーい」


 おじさんの声だ。昔と変わることのない声だ。そして、扉は開かれる。


「久しぶり、おじさん」


 おじさんは驚いた顔をして、少ししたら笑った。


「いらっしゃい、飴玉食べるかい?」

「うん」


 ああ、なんて心地良いものか。私はそれを手放したのか。馬鹿みたいだ。

 自嘲しながら、私は笑った。


「会いに来なくなってゴメンなさい」

「私の方こそすまなかった」


 違う、それはおじさんの言うセリフではない。そう思った時私は思い出した。


「お父さん」


 私はきっとこの言葉を言うためにここに来たのだ。お父さんは驚いたような顔をして、しばらくして泣きながら笑っていた。


「雛」


 そういえば私もお父さんに名前を呼ばれたのはこれが初めてだ。そんなことを思って私もお父さんと同じように泣きながら笑った。長い時間をかけて私たちはお互い初めて親子になれた。


「?」


 娘は不思議そうに首を傾げて、それを見た私とお父さんは共に声をあげて笑ったのだ。



 それから私は娘を連れて、お父さんに会いに行くようになった。娘はよくお父さんに懐いた。


「おじいちゃん!」


 その元気な声を聞く度に、私は子供の頃の自分を思い出した。とても楽しかったあの頃の私だった。


「お母さん、飴あげる!」


 お父さんから貰ったのだろう。私はそれを一つ貰って口に放った。その飴は昔のままの甘い味だった。

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飴をくれるおじさんと私の話 サキバ @aruma091

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