# Roll Back

「ルビィさん、魔法技師エンジニアの皆さん!よく聞いてください!」

敵の竜騎兵に包囲されつつあるバルネラ王国軍陣地で、俺は叫び声を上げていた。

周りでは着弾する爆音と、必死に反撃を試みる轟音が鳴り止まないからだ。


「敵はこちらの広域通信を無作為に改竄しています!つまり、データかどうか見分けることができれば!脆弱性を塞げる!」

「その通りだトウジくん。しかしどうすれば良い?」

ルビィが尋ねる。

「『チェックサム』を使ってください!」

「チェックサム?」


チェックサムとは、あるデータから(データ量の小さい)値を算出することができるアルゴリズムだ。完全に同じデータからは必ず同じ値が算出される性質がある。

例えば、A=0, B=1, C=2... という風に文字と数値を結びつけ、全て加算する、とルールに決めたとする。

"HELLO" という文字列からは、

8 + 5 + 12 + 12 + 15 = 52

52が文字列のチェックサムとなる。


このチェックサムを暗号化前の平文のどこかに埋め込んで送信する。

受信した子機は復号した後に、チェックサム以外のデータを同じ計算を行ない、比較する。もし仮に、敵がこのメッセージを改竄し、"HELL"という文字列にすれば、37となり値が不一致で改竄検知が可能になる・・・!

(理想を言えばちゃんとハッシュ関数を使いたいところだ。)


「今のアルゴリズムは簡易すぎる!せめてそれぞれの桁に定数をかけて、値が大きくなりすぎないように最大値で割った余りとかにするんだけど・・・時間がない、用意できる限りのものを今すぐ実装してくれないか!・・・俺たちの脱出には間に合わないかもしれないけど・・・。」

無茶を言っているのはわかる。

セキュリティの基礎も知らない使達が改竄検知の実装?とんだデスマーチだ!


「トウジさん、ですか。私は技術主任のペティパー・コールマンです。」

通信機から男の声が聞こえた。パールが敵竜騎兵に応戦しながら通信に参加する。

「お姉!ピチピチさん!」

「ペティパーです」

「あたし達が時間を稼ぐから、戦場盤オペラハウスを復旧させて!ペチペチ!」

「ペティパー。


ご協力感謝します、戦姫。でも、。」


は?


「ペティパー、さん?今って聞こえたんだけど?」

さっきから耳鳴りがしているので耳がおかしくなったか。


「トウジさんの話を聞きながら頭の中で魔術式を組立てましてね。今手元の子機でテストをしています。あと5分もあれば安全な経路で展開デプロイ、再起動できますよ。」


マジかよ!魔法での "コーディング" は俺たちの世界とは少し事情が異なるのだろう。しかし早すぎる!この一瞬で実装を終わらせただと!?


「マトラーに聞きませんでしたか?、だと。」


「は・・・はは・・・何だあんたら。最高かよ!」


ああ、俺は、こんなときなのに、職業病だ。レビューしたい欲を抑えるのに必死だった。でもイチかバチか。この国のエンジニアを信頼しよう・・・!



###################



「来い・・・来い・・・来い・・・!」

マトラーが戦場盤オペラハウスの再起動を待っていた。

「中尉!魔法防壁ファイアウォールの出力、20%切りました!」


なおも竜騎兵から発射された巨大な魔法弾が防壁に着弾し、光、音、そしておそらく熱エネルギーへと変換されて中和されてゆく。もう時間ない。


「ねージャヴァ、トウジ、あたし嫌なことに気付いちゃったんだけどさ、もし戦場盤が復旧しても、周りが真っ赤、敵だらけ、だったら?」

パールが顔を青くして語りかけてきた。

「そんときゃこのジャヴァ、姫さまと華々しく散るだけですよ!」

「俺は・・・なんとか最後まで足掻きたい。」

そうだ、どうにか生きて日本に・・・。


「来た!万歳サクスィード!」

マトラーの叫び声で、俺たちも駆け寄る。


ジワリと弱々しい光が黒い球から漏れ出したと思うと・・・。


ヴン!


おお、愛おしき立体映像!稜線と等高線たちよ!

肝心のマーカー表示は・・・。


「あ、さっきと全然違ってるッ!」

パールが喜びの声を上げた。

拠点の城を中心に、赤色味方緑色が綺麗に別れているぞ、成功だ!

「よし、自動迎撃システムオンライン!」

マトラーの一声で、陣地の魔法石砲がゴリリ...と動き出し、敵竜騎兵に対して砲撃を開始した。竜騎兵はここから見ても動揺し、戦線を崩している。


「お姉!やったよ!戦場盤がなおった!」

「ああ、他の陣地でもコントロールが戻った!これもトウジくんのおかげだ。」

そう言われると少し照れ臭い。

「それに、バルネラの魔法技師エンジニア万歳サクスィードだ。」

「ありがとう。でも喜ぶのはまだ早いよ。敵部隊を押し返さないと。」

そう言いながらも、ルビィは声が少し上機嫌だ。

「そこから南西に、孤立した味方部隊がいる。確認できる?」

言われてパールが戦場盤に目をやる。

「えーと・・・あ、これだね!ほんとだ、さっきは全然見えなかったのに!」

「その位置は、君たちの位置と連携すれば十字砲火クロスファイアが可能・・・!パール、。」

ROG.了解!」


パールとジャヴァ、第5騎兵小隊エンドポイントは馬を召喚し、既に出撃準備を整えていた。

「行くよジャヴァ!あたし達しばらくいいトコなかったからッ!」

「承知ィ!トウジにばかりいいとこさせませんぜ!」



###################



騎兵隊の働きは鮮やかだった。

側面の友軍と連携し、機動力を活かした攻撃で敵の竜騎兵を翻弄し、きっちり半壊に追い込んだ上で陣地に帰投していた。


キュゥーーン!

パールの馬が横滑りしながらブレーキをかける。


「はぁ・・・はぁ、見てた?トウジ!」

「あー・・・うん、なんか4回転半くらいしてたね。馬ってあんな動きするんだ。」

「ばっきゃろう、姫さましかできねぇよあんなバケモノ機動!」とジャヴァの言葉。

うん、もっともだ。俺があんなのやったらGで両目が潰れるだろう。


第5騎兵小隊エンドポイント万歳サクスィード!」「万歳サクスィード!」

騎兵達が口々に叫ぶ。

「こいつは勝てますぜ姫さま!それにトウジ!ちょっとは褒めてやる!」

ジャヴァの拳がどんと俺の胸を突く。

「お、おう・・・。」

少し、嬉しかった。


「 バ ル ネ ラ 王 国 軍 の 諸 君 。」


野太い声が周囲に響き渡る。


「何だァ!?どこからの通信だ!?」

ジャヴァがきょろきょろと周囲を見回したが、マトラーが答えた。

「こいつは平文通信だ。き、聞いて驚くな!帝国軍のだぞ!」

ジャヴァが端末を操作すると、声の主が映像で映し出される。


「我輩はカーネル・パイソン。諸君らに。」


パイソンと名乗った軍人はがっちりとした体格で落ち着いた風貌、鋭い目つきの「いかにも士官」といったタイプの男だった。


「ん、うちの城からも同じ回線が入ってる!ルビィ殿だ!」

マトラーの手元で、ルビィと思われる女性の映像も映し出された。

パールとは対照的にボーイッシュなショートカットでベレー帽とメガネを身につけている。

「パイソン殿。僕はバルネラ王国軍司令官のルビィ・クリプティン中佐です。とは軍人の矜持を持ち合わせてはいないと見える。」


ルビィは強面の軍人を前にしても全く動じることなく言葉を重ねる。


「降伏勧告は貴軍が圧倒的有利に立った時に持ち出すべき言葉であって、現状では停戦、または休戦協議の申し入れが妥当ではないかな?」


パイソンはふぅ、とため息をついた。


「ごもっとも。諸君らは優秀で、かつ勇敢だった。個人的にはこの手を使うのは非常に残念なのだがね、。」


「なにを・・・!?」


「 で は 、 死 ぬ が よ い 」


ドドドドドドド・・・


パイソンの通信が途切れ、映像が暗転した直後だった。


突如、青い、青い光が!中空に浮かび、俺は思わず目を瞑る。

「な、なんだ!?目が・・・光が!」


「光!?トウジ、どうしたの?」

「や、やべぇ!各員防ぎょ・・・」


最後に聞こえたのはパールとジャヴァの叫び声。


刹那、爆発音、衝撃、飛ばされる体。


目は、開かない。


# 次回、Blue Screen of...

exit

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