銀のムテ人 =第一幕・上=

わたなべ りえ

初夜

初夜・1

「お手伝いさせていただきます」

 仕え人の一言に、エリザは身を硬くした。

 ムテ人であるその人は男性である。世を捨てたとはいえ、ムテらしき若さと美しさを保った美貌の持ち主である。

 上等な絹のローブを棚におくしぐさは、柳のようにしなやかな動きで、芳しい石鹸を何個か入れた箱を机におく手は、白くて長い指だった。

 とても、二百年ほど生きている老人には見えない。薬湯のお湯加減を再確認すると、彼はエリザのもとへともどってきた。

 差し出した手に反応して、少女が一歩引いて着衣の端を握りしめたことに、彼は顔をゆがめた。

 巫女姫エリザの湯浴みを手伝うのは、仕え人としては当然の仕事であり、彼の瞳には何の躊躇もわだかまりもない。

 しかし、エリザは生娘なのだ。

 男に服を脱がされて、体を洗われることには慣れてはいない。

 膨らみかけて痛みさえ感じる胸を、男女問わず他人に見せたこともなければ、まだ自分自身さえかわりゆく姿にとまどっているありさまだった。

 何も言葉を継ぎだすことも出来ぬ少女に、仕え人は冷たい銀の瞳を投げかけた。

「お若いとはいえ、あなたは選ばれた方なのです。今からそのような態度をとられては……」

 その言葉の裏に、エリザに対する落胆振りがうかがわれる。

 仕え人たちは、皆そうなのだ。エリザの姿を見て早々に落胆し、態度の一つ一つにその度合いを深めてゆく。

 それでもエリザは着衣の端を握りしめたまま、微動だにしない。

「最高神官は、なぜこのような少女をお選びになったのだろう?」

 あきらかに彼はそういいたかったのだろう。しかし、仕え人に最高神官サリサ・メルの決定を批評する権利はない。

「わかりました。お一人で準備をなさい。後ほどまた来ます」

 仕え人は、あきれた様子でタオルや香料などを机の上にきれいに並べ、振り返ることもなく、部屋を出て行った。

 祠奥の岩屋に一人残されて、エリザはやっと着衣から指を緩めた。

 硬く握り締められた指は真っ白になっていたが、あっという間に桃色に変わった。

 静寂が訪れた。薬湯の芳しい香りが漂う。

 彼女は服を脱ごうとして、あわててもう一度岩屋の入り口にかけより、誰もいないことを確認した。

 しっかりと締め切った扉に額を当てて、エリザはふっと息をついた。

 今夜なのだ。

 今夜がはじめての夜となる。

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