第388話 魔神と少女②


 シャフリヤールはローブの内側から曲刀シャムシールを両手に一刀ずつ二刀を握りしめるとまるでダンスのステップを踏むかのような動きで祐人たちを待ち受ける。


「チッ、こいつ! 気持ちの悪い霊力だ」


「英雄君、秋華さんが先だ。この場は僕が引き受ける。先に行って!」


 祐人が倚白を構えてシャフリヤールとマトヴェイを牽制するかのように構える。

 マトヴェイは祐人の視線を受けて不快そうに舌打ちした。


(まったく! 私はもう撤退したいんですよ。あとは傍観を決め込みたいだけですのに、よりによってこの少年が残るとは厄介です。黄家のボンボンが残るなら逃げる隙が作れそうなのですが)


 そう考えながら仲間のシャフリヤールへチラッと視線をやった。


(この人の前で何もしないから見逃してくれ、とは言えないですね。シャフリヤールは話が通じない狂信者です。私が敵を前に逃げようなどとすればこちらも襲われかねません。敵も味方も厄介です。ですがこちらが優位。なんとか逃げ出す隙を作らねば、ですね)


 この時、祐人たちへ琴音が大きな声を上げた。


「堂杜さん、英雄さん! 私が上空へ連れていけます!」


 祐人はそうかとハッとして精霊使いである琴音の提案をすぐに受け入れた。

 そして天井が吹き飛んだことで琴音の能力は選択肢を増やす。


「琴音ちゃん、まずは英雄君と楽際さんをお願い! それと様子を見て大威さんと一緒に雨花さんたちと合流して!」


「分かりました!」


「英雄君!」


 祐人は英雄に鋭い視線を送ると英雄は目に力を籠めて頷いた。今は余計なことを考えている暇はない。


「ここは任せる! 楽際、来い! お前は母上のところへ行って結界の状況を聞くんだ。万が一、秋華があのまま外に出ことになったらまずい」


「しかし、それでは英雄様一人であの秋華様に応対することになります! せめて大威様が動けるようになるまでは……」


「そんな時間はない! 行くぞ」


 英雄たちの体が風に包まれ浮き上がる。

 これを邪魔されないように祐人は仙氣を充実させてシャフリヤールとマトヴェイを睨みつけた。


「こんなガキが俺たちを引き受けるだと? 笑えねぇな!」


(ああ、〝俺たち〟って、そこにはやはり私が入っているのでしょうね)


 血気盛んなシャフリヤールは肩を落としているマトヴェイに気づかずに声を張り上げると跳躍し両手の曲剣を英雄たちに繰り出す。

 が、その剣ははじき返された。

 祐人が瞬時に間に入りシャムシールをはじくとそれと同時に空中でシャフリヤールの腹部へ右の前蹴りを加えた。


「グウ!」


 シャフリヤールの顔が歪み、下方に叩き落される。

 シャフリヤールは何とか着地し腹部を手で押さえる。


「こ、こいつ……ハッ!」


 と、祐人を睨みつけた時だった。

 英雄たちも無事に天井の辺りまで来た時、何かが猛スピードで落下してきた。


「……っ⁉」


 祐人だけではなくそこにいるすべての人間が目を奪われた。

 琴音もマトヴェイも否が応でも見てしまった。

 その落下物は祭壇の上へ激突して破壊し、その下の頑丈な石畳をもひびが入る。

 咄嗟に祐人はこの際の衝撃派と石の破片から身を守り、警戒を怠らずに確認する。


「むうう! 下郎がぁぁ!」


 そこには秋華の姿をしたアシュタロスが悔し気に横たわっている。

 口から血を流し、その眼は少女の姿に似つかわしくない異常な怒りを内包している。

 するとそれを為したであろう人物が大穴の開いた天井から英雄たちの横を通り過ぎてひらりと降りてきた。


「上だと色々と面倒だからよ。ここでやろうぜ、秋華。いや、アシュタロスだっけ? まあ、どっちでもいい」


 この人物。

 若き日から数々の上位人外を単独で屠り、世界中の能力者たちから注目を集めてきた。

 性格は豪胆にして尊大。

 しかしそれに反し、戦闘においてはどのような小さな動きも無駄がなく敵は成す術なく滅ぼされた。

 そのため、ついた二つ名は【天衣無縫】。

 愛槍一本で魔神とすら渡り合った豪傑中の豪傑であり、機関の定る最高ランク、五人のランクSSの一人。

 今、王俊豪が姿を現した。


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