第354話 修行⑥


 深夜、琴音は秋華の大きなベッドの上で今日の修行のことを考えていた。

 あの後、祐人は厳しい表情を崩さずに自分たちを見つめてきた。


「今日の修行は終了。明日も朝食後から始めるからそれに備えるように。それと考えることも修行だ。今日の修行の意味をよく考えること。これに関しては二人で話し合ってもいい」


 そしてそう言うと、その後は何も語らず一旦、先に帰ってしまった。

 互いに顔を見合わせる秋華と琴音だったが、仕方なく二人とも屋敷に戻り順番にシャワーを浴び軽い夕食をとった。


「駄目だわ、お兄さん、何も言ってくれない。ただよく休んで明日に備えろ、としか言ってこないよ」


 秋華が戻ってきた。

 事前に言われていた通り、祐人は秋華の部屋のドアの前で過ごすつもりらしくすぐそこにいるのだが、今日の修行について何を聞いても取り合ってくれないのだ。


「もう! 何をあんなに落ち込んでるのよ。それにまた鬼教官モードになってるし!」


 プンスカする秋華だが琴音は考え込むように俯いた。


「そうですか。ではあの時、堂杜さんは失敗したと言っていたのはどういうことなんでしょうか」


「うーん、分からないけど、やっぱり私たちを助けちゃったことを言っているじゃないかな。鬼教官モードになっていたし、自力で解決させようとしていたのに手を差し伸べちゃったからね」


「やっぱり、そうですよね……」


 それはそうだろうと琴音も想像はしていた。しかし、本当にそれだけかとも思ってしまい琴音は考え込む仕草をする。


「うん? 他に何かある?」


「あ、いえ、分からないです。ただあの時の堂杜さん、普段からは想像できない怖さがありました」


「そうね……それは本当に怖かったわ。今、思い出しても気分が悪くなりそうなくらい」


「はい、人の持つ闇を体現されたかのような感覚でした。私も思い出すと手の震えが止まりません。正直あの時、堂杜さんの心の内が見えなかったら自分を奮い立たせることはできなかったと思います」


「……お兄さん、何だかんだで結局、優しいのよね。私たちが苦しんでいる姿を見て耐えきれなかったんだよ。それで私たちを励ますような意識が思わず強く出て、それが伝わって来ちゃって、私たちが突破して……結果としてこれが修行の内容にそぐわなかったんだ」


「はい、堂杜さんはとても優しい……そして強いです。ですが本当にそれだけでしょうか」


「え?」


「私、堂杜さんの言っていたことを考えていたんです。堂杜さんは能力者の地力を上げる、能力者の力の根源は精神力と魂にある、領域とは我の塊、我を通せ……これを何度も言っていました」


「だからそれは相手の領域に負けない領域を形成させることを目的にしてたんでしょ。そうすることで結果的に私たちの精神力を鍛えたかったんだよ。あれを跳ね除けるにはこちらの我が飲み込まれない精神力が必要なんだから」


「はい……これを乗り越えればそれだけでもタフさは手に入ると思います。でも堂杜さんの話を思い出すと目的は精神力と魂を鍛えようとしているんだと思います」


「それってどういうこと? タフさと精神力は一緒じゃないの?」


「ごめんなさい、分からないです。変なことを言ってすみません、私がちょっと深読みしすぎているのかもしれないです」


「ううん、いいのよ。そういえばお兄さんも修行のことをよく考えろって言っていたわ。これも修行のうちなのよ。でもじゃあ失敗したって……何なのよ」


 この点、二人は素直だった。祐人に師事すると決めたからにはついていくしかないと考えているのだ。修行中に祐人を一瞬、怒りで疑いそうになったが、祐人の心の内を感じ取りそれは完全に消えた。

 もちろん、以前から想像以上に祐人を信頼していることが大きいことも言える。


「うーん、もう! 混乱してきた。お兄さんも多くを語らないし!」


「わざと語らないんだと思います。恐らく言葉にして誤解されるのを避けているんだと思います」


 そう断言する琴音に秋華は怪訝そうな表情を見せた。琴音の発言の中にただ祐人を尊敬しているから、という理由ではないものを感じ取ったからだ。


「なんか琴音ちゃんはこの修行の意味を掴みだしているみたい」


「あ、そんなんじゃないです。ただこう言ったら何ですが、これは私が精霊使いであることが関係しているんだと思います。私たちは必ず学ぶんですが精霊は世界のすべてを知っている存在だといいます。精霊は常にヒントといいますか、答えや可能性を伝えてくるといいます」


「え、それ凄いね」


「ううん、私は平凡な精霊使いでそんな体験はないんです。ただ今回、気のせいかもしれませんが、領域の修行をして言葉にならない、なんて言うんでしょうか。要は今、私が言っていることです」


「……?」


「こんなことを普段の私だったら考えもしないです。なのに考えてしまう。考えろと言われたからではなくて意識させられる。あといつもの私ならこんなことを感じたからといって人に伝えようと思わず黙っていたはずなのに今は秋華ちゃんにも伝えたいと思っている。ごめんなさい、本当、何を言っているか分からないと思うんですけど自分の中に起きていることなんです」


「自分の中に起きていること……」


 確かに琴音の言っていることは意味不明だ。正直、受け取りようによっては自分に酔った、または変な宗教にでも嵌ってしまった人間のような違和感が秋華にはある。

 しかし、これは本人の中に起きたことで他人が分かることではない。

 自分だからこそ自分の変化に気づくのだ。

 すると何故か、これは疑うべきじゃないと秋華は思う。


(表面的なことじゃない。内に起きた変化。修行が契機になったかもしれない……)


「ハッ!」


 秋華が突然、目を見開いた。

 そして、琴音の座っているベッドに飛び込むように座ってきた。

 その様子を見て琴音が驚きつつも眉根を寄せる。


「ど、どうしたんですか、秋華さん」


「今、私にも変化があった!」


「え?」


「私はいつも疑うことから入るの。ううん、それよりも疑うことを繰り返すことで物事を考えることがクセになっている人間なのよ。それなのに今、私は琴音ちゃんを疑ってはならないと確信した!」


「それは……?」


「琴音ちゃん、私たちに何か変化が起きている。ううん、そう感じる。これはお兄さんの修行の影響だと思うわ。でも、まだ分からない。これが何だっていうのかしら。お兄さんの精神力と魂を鍛えるって……」


 秋華が考え込み始めると、琴音は咄嗟に秋華の手を握る。


「秋華ちゃん、話し合いましょう! きっとこれに意味はあります!」


「分かったわ。あ、そうだ! 話し合うだけじゃなくて……」


「領域です!」


「そう、領域! 領域を展開しながら話し合いましょう!」


 話さずとも考えが一致し、二人は驚くがすぐに相好が崩れた。




 秋華の部屋のドアの廊下側で祐人は座っている。

 護衛の意味が強いが、それだけではない。

 どんな人間も、たとえ親族でも修行中はここを通すつもりはない。


「……うん?」


 この時、部屋から二人の少女の領域が形成されたのを感じ取る。

 すると祐人はニッと笑みを零した。



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