第349話 修行


「失礼します」


 ドアをノックし浩然が人の良い顔で部屋に入ってきた。


「あ、浩然さん、いらっしゃい」


 秋華が浩然に声をかけると祐人たちは会話を止めて振り返り浩然に頭を下げる。


「なんか賑やかですね。秋華様、調子はどう……うん、良さそうですね」


 浩然は笑みを浮かべて秋華のベッド横までくると祐人たちは浩然に場所を開ける。


「安心しました。実は秋華様に幻魔降ろしの日取りをお伝えに来ました」


「そう、それでいつかしら?」


 日取りは祐人から聞いてはいたが、それはここで言う必要はないと判断したのか秋華は知らない体で聞き返す。


「はい、三日後の十七時に幻魔の間にて」


「分かったわ、お父さんには承知したと伝えて」


「分かりました」


(ふむ、妙に冷静ですね。友人たちと談笑していつもの調子を取り戻したのでしょうか。まあ、嫌がられて駄々をこねられたりするよりはましですが)


「あ、それと当日はここにいる琴音ちゃんと堂杜のお兄さんも来てもらいたいの。そうお父さんに伝えてもらえる?」


「そ、それは……」


 秋華の提案に浩然が難しい顔をする。

 それは当然であろう。

 幻魔降ろしの儀は黄家にとって秘中の秘である。

 昨日は大威の指示で幻魔の間に招いたが、どうやらそれは大威の気まぐれともとれる判断だったと聞いている。

 それ自体も異例中の異例であったが、さすがに儀式当日の場に部外者を入れるなど考えられない。

 それに……。

 浩然は一瞬だけ祐人にチラッと視線を移した。


(この人には来てほしくはないですね。いたところでどうということはありませんが、昨日の活躍には正直、驚きました。秘密にしているようですがおそらく高度な封印術の知識を持っているようです。正直、得体が知れないですし、私としてはどんな小さなものでも障害になる可能性は排除しておきたいです)


 すると、いつまでも返事をしない浩然に明らかに機嫌を損ねた顔をした秋華は頬を膨らます。


「何? 浩然。駄目なの? もう! それなら私は幻魔降ろしなんてしないから」


「え⁉ 秋華様!」


 思わず浩然は声を上げてしまう。

 黄家直系の重要な儀式についてこのような我がままが通る訳はない。

 だが一旦、へそを曲げた秋華を説得するのは非常に難しいことを黄家にまつわる者なら誰もが知っている。

 中止はあり得ないが儀式の日程が月もしくは年単位で延期もあり得る。


「それが困るんだったらお父さんを説得してきて。お兄さんたちが来ないのなら私は絶ぇぇ対にやらないから」


「で、ですが、幻魔降ろしの儀に部外者を入れるなど前例がありません。秋華様のお願いでもさすがにこれは難しいと」


 秋華の剣幕にそれは困ると浩然が狼狽する。


「そう、ならやらないわ。今からでも逃げるから。お兄さん、琴音ちゃん、行きましょう」


「え⁉ わ、分かった!」


「えぇ⁉ わ、分かりました。私も行きます」


 突然、話を振られて祐人と琴音は目を丸くして驚くが承諾する。


「だ、駄目ですよ! 二人とも簡単に承諾しないでください。これが黄家にとってどれだけ重要なことか分かりますでしょう」


(こ、この黄家の兄妹はどれだけなんですか。兄も兄ですが妹はそれ以上です。私が言えることではありませんが育て方を間違えすぎてますよ。黄家は一体、何をしているんですか)


 浩然はとにかくこの場で説得しようと慌てる。


「な、何を言っているのか分かっているのですか、秋華様。秋華様はもういつ暴走するか分からないほど幻魔との感応力が高まっているのです。いつ何時、小さな暴走で幻魔に喰い殺されるかもしれないのです。そんなこと……!」


(魔神顕現の器になる前に死なれては困るのですよ!)


「あーあ、浩然、やっちゃったねぇ」


「……え?」


「あなた、そんな黄家の超秘匿情報を部外者に漏らしてしまって、ただでは済まないわよ」


「何がです……あ」


 浩然はハッとしたように祐人と琴音に顔を向ける。

 二人は神妙な顔で浩然を見つめていた。


「【憑依される者】の術が成らないと黄家直系はいつか幻魔に殺されてしまう、というのは秘匿中の秘。そんなことが世間に知れれば力の弱い小さいうちに拉致して何年も監禁して置けば自然と殺せるのがバレちゃうじゃない、あーあ」


「なな!」


「これは責任問題だよね。あーあ、これを聞いたらお父さんやお母さん、もちろん楽際さんも黙ってはいないわよね。ちなみにこの二人を殺そうとしても無駄だよ。お兄さん、すごい強いし、琴音さんに何かあったら三千院家と戦争だからね」


「ななな!」


 浩然は己の失態に気づくと油汗が止まらない。

 これが伝われば場合によっては粛清もあり得る。そうなればもちろん逃げるつもりだが、それでは自分が数年かけてきた至上の目的が海の藻屑と消える。


「そうねぇ、もちろん私は心優しい女の子だから黙っててもいいけどぉ。どうしようかなぁ」


 秋華がわざとらしく考え込むような仕草をすると流し目で浩然に視線を送る。


「わ、分かりました。堂杜様と琴音様が同席できるように私から説得してみます」


「そう、お願いね! 浩然がいつも私の味方でいてくれて嬉しいわ」


 秋華が輝かしい笑顔を見せるとゲッソリした浩然が立ちあがり外に出て行った。

 その姿を同情の籠った眼で祐人と琴音が見送る。


「いいの? あそこまでして」


 祐人が心配そうに秋華に声を掛ける。


「いいのよ。これで浩然はあんまり私に関われないでしょう」


「秋華ちゃん、怖すぎです」


 秋華の奸計に慣れていたつもりだが、琴音は若干引いている。


「ちょ、ちょっと琴音ちゃん、それは言いすぎよ。私は友達には素直そのものよ」


「そうでしょうか」


 琴音が首を傾げる。


「琴音ちゃん?」


「あ! そうですね、はい!」


 秋華の目が光ったのを見て琴音が背筋を伸ばす。

 すると、自然に三人から笑顔が漏れた。


「それよりお兄さん、さっきの話だけどいつから始めるの?」


「ああ、修行ね。もちろん、今からするよ」


「ええ! 今から⁉」


「時間がないからね。秋華さんはすぐに着替えて。場所は誰にも見られないところがいいかな。琴音ちゃんもいい? 本来は琴音ちゃんは必要ないんだから無理はしなくていいよ」


「いえ! 私も受けたいです」


「じゃあ、部屋の外で待ってるから」


「ええー、何も今からしなくても」


 ブーたれている秋華を横目に祐人は立ち上がり、部屋から出て行こうとすると何かに気づいたように振り返った。


「あ、秋華さん、今日から僕は秋華さんの部屋のドアの前で寝るから」


「え⁉」


「これから幻魔降ろしの儀まで秋華さんに近づく人はすべて僕を通してもらうことにする。その方がいいでしょう? それと念のため琴音ちゃんも秋華さんの部屋で泊まってね」


 真剣な表情で祐人が言うとその言葉の意味を理解した秋華も琴音も頷く。


「分かったわ。家中の者にもそのように厳命しておくわね」


「うん、お願いね。僕も荒事にはしたくないから」


「あ、それはそうとお兄さん。修行ってどんなの?」


「え? ああ、そうだね。僕がよくしてきた修行方法なんだけど、簡単に言うと……」


 そう言って祐人は「うーん」と何と言うべきか悩むような仕草をし、良い言葉が浮かんだと二人の少女に笑顔を向けた。


「二人には数十回は死んでもらう」


「は……?」

「……え?」


 祐人が気軽に言ってきたその内容に秋華と琴音は呆けた顔を見せた。



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