第340話 幻魔の間②
声が其処彼処から聞こえてくる。
いや、厳密にいえば声なのかも分からない。
ただ分かる。
その存在たちが何を言っているのか。
〝……受け入れろ〟
〝体を貸せ……〟
〝お前自身を……よこせ!〟
何もない空間。
秋華はすぐさまその場から走り出す。
とにかく必死に逃げる。
背後から自分に纏わりつき、自分の体を、心を奪わんとする意識が伝わってくるのだ。
(捕まれば私のすべてが喰われてしまう)
秋華の直感がそう伝えてくる。
しかし、その存在たちとの距離は広がらない。
むしろ、どんどん自分に近づき追いついてくる。
秋華は目を瞑った。
秋華はこれを覚えている。
幼い頃に何度も見た夢だ。
そして後に知った。
これは夢ではないことを。
(来ないでよ! あんたたちを受け入れたら、私は……)
物心がつき、自分が一般の人たちとは違う能力を持っていることを知ったのはいつ頃だったか。
黄家では他の能力者の家系と同じく、幼少のころから能力者としての修行を始める。
基礎となる霊力の「発動」「循環」「安定」「自然」を通し、上位基礎項目の「操作」「放出」「創造」「性質変換」に至る。
これらを身につけ各家の伝統スキルを修行する。
各家の伝統スキル——分かりやすくいえば四天寺家では精霊の行使、オルレアン家で言えば退魔のスキルだ。
これら項目の強弱は各能力者が修得するスキルによって異なり、基礎項目、上位基礎項目、そして応用プラスアルファが重要になってくる。
当然、魔力系能力者も変わりはない。
例えば精霊使いの場合、重要なのは「操作」「放出」であり、これを重点的に修行する。
また、ここからは機密情報に触れることになるが(といっても精霊使いのような有名な職種はある程度、解明されてしまっている)、これらに加えて「感知」「感応」「具現」「付与」「交換」「調律」を修行していると言われている。
もちろん、同じ精霊使いでも個々の項目の得手不得手があり、またこれ以外の修行をしている可能性もある。これは各家、という問題ではなく各個人で考え、工夫し、より強い新たな形を模索していることから、同じ精霊使いでも一人としてまったく同じということはない。
特に黄家のような固有伝承能力を持つ家系はその修得過程に謎が多く、修行項目も修行方法も知られておらず、また知ったとしても身につけられるものではないと言われている。
「大威さん、【憑依される者】に侵されている、というのは霊力中毒のようなものとは違うのですか」
祐人は不安を隠せない顔で尋ねる。
今、祭壇の上の秋華は胸を大きく何度も上下させている。意識があるのかないのか、外から見ていても分からない。
楽際は胸の前で印を結びながら術式を継続させている。浩然は祭壇の周囲を回り、石の床に霊力結界の線を引いていた。
「違う。君たちも【憑依される者】については知っているだろう。その名の通り高位神霊や神獣、いわば肉体を持たぬ幻魔をわが身に宿し、その力を己がものとする能力だ」
改めて聞けば本当に恐ろしい能力だ。
そもそも能力者とはその高位神霊や神獣を含めた暴走する人外と対抗するために生まれたといっていい。それを黄家はその敵を取り込んで自身の力にすることができる。
召喚や契約とは違い、己自身の判断でそのまま人外の力を使えるために術やスキルの発動にタイムラグやコミュニケーションはほぼいらない。
「言うわけにもいかんし、言ったところで意味もないことだから割愛するが、黄家の直系のみがこの力を使うことができる。しかし、結果からいえば秋華は【憑依される者】を扱えなかった」
琴音はここまで聞いて秋華に視線を移した。
自分自身も精霊使いの名門である三千院の直系に生まれ、実力としては中途半端なものだ。
それ故に自分の立ち位置に苦しんだ。
もちろん、今もである。
だが秋華に至っては固有伝承能力のある家に生まれたのにもかかわらず、その固有伝承能力を扱えないという状況だった。
秋華は決して口にはしなかったが、心中では自分なんかよりも苦しんでいたのではないか、と思ってしまう。
「それは秋華さんが術に耐えられなかった、ということですか」
「簡単に言うとそうだ、堂杜君。だが、恐らくだが君は勘違いをしているだろう」
「……それはなんでしょう?」
「秋華は能力者として劣っているが故に【憑依される者】が扱えなかったわけじゃない。むしろ……その逆だ」
祐人はハッとしたように大威を見つめる。
この時、雨花は目を細め、英雄は歯を食いしばった。
「秋華は黄家の歴代の能力者でも最高の才能を秘めたが故に【憑依される者】に蝕まれているのだよ」
「え……⁉」
祐人と琴音は目を見開く。
すると雨花が口を開いた。
「固有伝承能力といっても強弱がでるのです。特に【憑依される者】はそういう側面があります。能力によってどの程度の高位の神霊を自分に降ろせるかは決まります。つまり秋華の場合、神霊や神獣を降ろすための感応力、器が生まれながらにしてずば抜けていたのです」
大威は俯く英雄の肩に手を置いた。
「英雄も歴代でもトップクラスの感応力の才能をもって生まれた。しかし秋華はそれをも上回り、己では手に余る神霊を呼んでしまうのだ。いや、これでも語弊があるかもしれないな。秋華はそのまま放っておけば多くの人外にその体を狙われることになってしまったのだ」
「狙われる⁉」
「な、なんてこと……秋華ちゃん」
事の重大さが分かると祐人は顔を強張らせ、琴音は思わず両手で口を覆う。
「そう……最悪の場合、今の秋華が超上位の存在を自分に降ろしてしまえば魔神が顕現したと同じ事になってしまうのだよ」
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