第339話 幻魔の間



 祐人たちは大威たちに連れられて屋敷の中央にある小さな扉の前に着いた。

 その扉は大きな屋敷に比べて飾り気もなくシンプルで、たとえ前を通りがかっても備品の倉庫くらいにしか思わないものだった。

 大威は雨花に向かって頷き、扉を開けさせる。

 祐人はここが幻魔の間と呼ばれる場所なのかと意外に思いながら、秋華の左右から肩を貸している英雄と浩然の後に続いた。

 中に入ると小綺麗にしてはあるが何も置いていない小部屋であった。

 見渡せば壁には多くの水墨画が飾られていたが、逆に言えばそれだけで何も変わったところは見受けられない。

 すると英雄がついに我慢できない、という面持ちで振り返った。


「父上! 本当にいいんですか。こいつらをこの場所に招いて。俺には理解できない……」


「かまわん、これは当主としての決定だ」


「クッ……!」


 英雄は大威に顔をそむけて歯を食いしばる。そして、一瞬、祐人の方を憎々し気に睨むがすぐに表情を戻した。


「……分かりました。では俺が開けます」


「いや、いい。私が開けよう」


「え⁉」


 この大威の言葉に英雄は目を見開く。


「は⁉」


 英雄が驚きで身体を硬直させたためか秋華の支えが不安定になり、孟家の浩然が驚きの表情で慌てて立て直した。

 大威は息子の反応を無視して部屋の奥へ進み、龍の描かれた水墨画の前で手をかざす。すると大威から霊力が発せられ水墨画に描かれた龍が光り帯びるとその龍の目が床を睨んだ。

 直後、何もなかったはずの床が割れて地下へ通じる階段が現れ、祐人と琴音は「おお」。と感嘆する。


「父上! まさか、お力が戻ったんですか⁉」


 英雄が信じられないと声を上げると雨花が英雄の頭を小突いた。


「痛!」


「あなたは……それこそ、それが一番の秘匿事項でしょうに。私たち家族にのみ共有されていたことを口走るなんて、なんて未熟なの」


「あ……」


 英雄が顔を赤くして気まずそうにする。


「まあ、そのことについては後でお話します。それにしても……」


 雨花は依然と苦し気にしている秋華と英雄を見つめた。


「本当に我が息子と娘ながらこうも性格的な問題点が違うことに母は頭が痛いです。秋華は言うことや行動にすべて意味を込めます。ですが少々、作為的で関わる人を巻き込みます。そして英雄、あなたは言葉を選ばず迂闊で短慮」


 そう言いながら雨花は腕を組む。


「英雄、あなたは良くも悪くも真っ直ぐ。であれば知恵と洞察力を身につけなさい。能力者としての才能があっても知恵と洞察が無くては達人と相対した時にすぐに死ぬわ。あなたは秋華のように虚実を交えて、秘匿事項すらも交渉ネタにできるタイプではないのよ」


 何もこんな時に説教をしなくてもと思うが英雄は両親には頭が上がらないらしく、祐人は今の英雄を見て苦笑いをする。


(たしかに名門黄家の現当主が再起不能直前というのは大事件だ。特にこの能力者の世界では。僕もそれを口走った時、雰囲気が変わったし)


 祐人はここに考えが及ぶとふと疑問が湧いてきた。


(それにしても……黄家の家族のみにしか共有されていなかったことを秋華さんは僕らに話した。随分と軽く言ってきたから、今の今までここまでの重要なこととは思いもよらなかったけど、かなり危険なことを伝えたんじゃないのか?)


 これについて祐人は秋華の真意がまったく分からない。秋華は事の軽重が分からない人間ではないだろう。ただ雨花の言うことを信じれば、これについても何か意味があり、何かに巻き込まれているということかもしれない。


(まったく秋華さんは嘘と本当、嘘ではないけど本当でもないことを交えてくるから狙いが分かりづらいよ。それに加えて意味ある嘘と意味のない嘘、意味のある事実と意味のない事実を織り交ぜてくるんだから質が悪い……)


 祐人はまだ年端もいかぬ少女がこれだけの知恵が回るのは何故だろうか、と考えてしまう。もちろん答えは出ない。交渉相手として非常に手強い人物だ、ということだけは理解し秋華の才能の発揮する方向性に祐人は軽いため息が漏れてしまう。


(でも……そうなると妙だな)


 祐人はそう考えチラッと浩然を見つめる。人の良さそうな浩然は秋華を落とさないように気を遣いながら肩を貸しているのが分かる。そして祐人の視線に気づくと何でしょうか? という風に首を傾げので祐人は慌てて愛想笑いをして視線を外した。

一方、英雄は珍しく言い訳をせずにいまだに悔しそうな表情をしていた。

いつもなら自分の欠点を認めないか、他人のせいにするかと思いきや、そうすることもなく俯いている。


「まあいいでしょう。父は回復しましたから、もう些細なことです。ですが英雄、いつか上に立つつもりがあるのなら自分の欠点を把握しておきなさい」


「……はい」


 英雄がそう返事すると大威は祐人たちへ振り返る。


「皆、こちらへ」


 大威がそう言うと祐人と琴音に雨花がそう促し、二人は大威と俊豪たちの後に続いた。

 階下に着くと祐人と琴音は目を見開く。

 そこには非常に大きな空間が待ち受けていた。天井は三階建の建物もそっくり入るほど高く、広さはサッカーグラウンドの半分ほどはある。

 また壁には数々の道教の印が刻まれており、異質な雰囲気を醸し出している。


「ここが幻魔の間だ。私の代では黄家と孟家、それと王家以外では君たちが初めて足を踏み入れたことになるな」


 大威の淡々とした言葉だったが、祐人にはその言葉の重みが伝わってきた。

 おそらくこの場所は黄家の発祥に関わる超極秘の場所なんだろうと想像する。堂杜家に言い換えれば魔來窟に匹敵するような場所なのではないか、と。

 祐人と琴音に自然と緊張が生まれ、顔を強張らせる。

 何故なら、ここを見せられたという意味を考えてしまうのだ。


(これを見せたからといってどうにかなるものではない、ということもあるんだろうけど……僕たちをここに招いていいのだろうか。そこまで信用してくれた、ということなんだろうか)


 すると秋華を英雄が振り返ると祐人に凄む。


「おい、堂杜。この場所のことを他言しようものならお前に命はないものと思えよ。本来、お前のような奴が来ていい場所じゃないんだ。何で父上と母上は……お前なんかを」


「分かってる。絶対に言わないよ」


 当然、そんなつもりは祐人にない。相変わらずの英雄だがこれには英雄の言う通りだとも思う。というより、ここまで英雄は何も言わなかったことの方が祐人には意外だった。


「ふん、俺はまだお前を信用している訳じゃないということを覚えておけ」


「う、うん、覚えておく」


 するとまるで祐人の表情を読み取ったかのように雨花は口を開いた。


「ふふふ、大丈夫よ、堂杜君。別にこれで何かあなたと琴音さんに責任を負わせるものではないわ。そうね、ただこの場所にあなたたちを招いたのには理由があるのよ」


「理由ですか? それは何ですか?」


「それは内緒よ、ふふふ」


「え⁉」


「あ、気にしないで。そんなに大したことではないわよ。まあ、そのうち話します。ここで言いたかったのは黄家にとってもちゃんと理由があって、あななたちにデメリットを負わせるものじゃないから緊張しなくていいわ、ということよ」


「そうですか」


 雨花が裏表のない笑顔を見せたので祐人は緊張を解き、これ以上詮索はせずに頷いた。

 祐人たちが進む前方の中央には道教風の祭壇があり、そこにはすでに楽際が待っていた。


「大威様、準備はできております」


「そうか、ではすぐに頼む」


「分かりました。浩然! 秋華様をここに」


「はい!」


 楽際に指示され、浩然は英雄に顔を向けて了承を得ると一人で秋華を支えながら祭壇の上に横たえた。

 すると楽際が祭壇に向かい見たことのない術式を展開する。祭壇を中心に小さな魔法陣が囲うようにいくつも現れ、やがて秋華を中心にゆっくりと周囲を回りだす。

 琴音は心配そうに秋華を見つめ、祐人のすぐ横に立った。


「堂杜さん、これはまさか……」


「うん……もしかするとここが黄家の固有伝承能力の」


 すると目の前の光景に目を奪われながらの二人の会話に大威が割って入った。


「そうだ、二人とも。ここが黄家の秘術【憑依される者】が発明された場所だ」


 祐人と琴音は硬い表情で大威に顔を向ける。


「そして秋華の症状は、まさにその【憑依される者】に侵されているのだよ」


「なっ!」


「え⁉」


 祐人と琴音が思わぬ事実を聞き驚愕している横で英雄は拳を強く握りしめた。





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