第289話 劣等能力者の受難④


〝それでは皆々様、この度は大変、お騒がせいたしました。ささやかではありますが宴席をご用意しました。今夜は英気を養ってからゆっくりとお休みください! 大祭は〟


 そうアナウンスが入ると四天寺家の屋敷にある大広間で日本式の宴会が始まった。

 会場は百八十畳はあろうかという広さで、集まった人それぞれの前に御膳が置かれている。

 また、多数の給仕する人員が宴会に参加する方々にお酒等の飲み物を用意している。祐人はその様子を眺めながら、これだけの人員がどこにいたのかと驚かされた。

 そして祐人は自分の前に置いてある御膳の上に目を移す。

 そこには今まで食べたことはないだろうと断言できる高級食材を使った〝先付〟が載っていた。


(それにしても……すごいな)


 と祐人は思う。

 あれだけの騒ぎがあったのにもかかわらず、催す側も参加する側もよく平然としていられるものだと、正直、ついていけないところがある。

 つい先程、名のある強力な能力者たちに襲撃者されたばかりなのだ。

 もちろん、面子を保つため、ということも分かるが、庶民感覚を根強く持っている祐人にはどうにも慣れない。


(四天寺家は超が付く名家だから余計かもしれない。でもさ……)


 そして、ついていけないのはそれだけではない。


「さあ、祐人君、飲み物はジュースでいいのかしら? 食前酒くらいなら飲むわよね」


「え!? はい、ありがとうございます、朱音さん。僕はジュースでおねがいします」


「そう、じゃあ瑞穂、祐人君についであげなさい」


「ななな、なんで私がわざわざついであげないといけないのよ」


「何を言っているの、瑞穂。今日は四天寺がもてなす側として急遽開いた宴です。ましてや襲撃者の撃退、大祭で唯一決勝戦に残った祐人君よ。家を挙げて最大限にもてなすのは当然でしょう。それにあなたは知った仲なのですから、それぐらい構わないでしょう」


 今、祐人はこの大きな宴会場の上座に座っており……周囲には主催者である四天寺家の重鎮たちに囲まれていた。


「そうですぞ、お嬢。ここはお嬢自ら祐人殿をもてなすべきです」


「なな……そういう問題なの!?」


 背後から神前左馬之助も割って入ってきて祐人をもてなすように促す。


(な、なんで……僕がこんな場所に?)


 祐人は宴会場の正面中央に陣取り、宴会に参加するすべての人間から顔が分かるように座っている。周囲には四天寺家の重鎮たちが陣取っているのだが、明らかに祐人の扱いは別格だった。

 また、隣には瑞穂が座っており……位置の取り方が何と言おうか、まるで祝言を挙げる若い男女のように扱われていた。

 瑞穂も同じように感じているのだろう。恥ずかしさのせいで前を見ることができず、ずっと下を見ている。


(ううう、みんなはどうしてる……あ、いた)


 マリオンや茉莉たち、そして一悟は祐人から見て右前方の廊下側に並んで座っている。

 何故か一悟と静香以外の女性陣の顔が影が入っており、よく表情が見えない。

 すると瑞穂はスッと祐人の横に寄り、目は合わせずにジュースをついでくる。


「あ、瑞穂さん、ありがとう。でも自分でやるからいいよ」


「い、いいのよ。今回、祐人の活躍で何人もの四天寺の人間が救われたんだから。こここ、これくらいは当然だわ。本当にありがとう、祐人」


 瑞穂が祐人の下方からチラッと目を合わせてきた。

 思わず祐人はドキッとしてしまう。

 その瑞穂は恥ずかしさが極まったのか、頬を朱に染め、瞳も潤んでいる。

 普段は堂々とし、凛々しいはずの彼女の姿はそこになく、日常とのギャップが強いせいか祐人もつられて頬を赤くしてしまった。


「まあまあ、初々しいわねぇ」


「ハッハッハー、まことにそうですな! 朱音様。いやはや……お似合いの二人ではないですかな。なあ、早雲」


「ふふふ、はい……これでは大祭を続けることもなかったかもしれませんねぇ」


 周囲の大人たちのからかいがより恥ずかしく、それに加え、横にいる瑞穂までも小さく縮こまっているので祐人は声を上げられなかった。

 いつもの瑞穂なら大声で反論するはずである。

 それが今はまるで……初恋をした恥ずかしがりの乙女のようだ。

 何とも言えない甘い空気が祐人と瑞穂を包んでいく。

 すると……、


(うん?)


 右前方から……凄まじいプレッシャーを感じる。

 そこには……、

 目から閃光を放つ少女たちが。


「ヒ!」


 まるで少女たちから漏れ出る黒いオーラが具現化したようにその一角だけが薄暗い。

 そして薄暗い空間の中で茉莉、マリオン、ニイナがこちらを凝視している。

 その並びに一悟と静香が額から汗を流しながら座っており、さらには奥に見たことのある顔ぶれも見えた。


(あれ!? 秋華さん、琴音ちゃん……爺ちゃん! うん? 黄英雄までいる! 帰ってなかったのか! というか爺ちゃんは帰れよ! 何やってるんだよ!)


 てんちゃんこと纏蔵以外は誰も目の前の豪華な食事に手をつけていない。皆、それぞれの表情で黙って座っている。

 秋華は何か悪だくみを思案するように、琴音は重苦しい表情で、ふざけたマスクで顔は分からないがとにかく料理を口に放り込んでいる纏蔵、そして纏蔵と祐人を交互に憎々し気な顔で睨む英雄がいる。

 祐人の体中から嫌な汗がにじみ出てくる。

 周囲では相変わらず、四天寺の重鎮たちが瑞穂と祐人をもてはやし、やれお似合いだ、やれ四天寺は安泰だと、意図的とも思えるほどの大きな声で会話をしている。

 とてもではないがリラックスできる状況ではなかった。


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