第259話 四天寺総力戦③
突進してきた祐人を見るとドベルクは心底嬉しそうな笑みをみせた。
たった今、ジュリアンが強烈な一撃を受け、オサリバンが深手を受けたことなど意にも介していない。もちろん、自身の顔の傷などなかったかのようだ。
「はっ! やるな、坊主。こりゃ、燃えてくるぜ。さっきのジジイを探そうと思ったが、お前も美味しそうだ!」
ドベルクも前に出て嬉々として祐人を迎え撃つ。
祐人が倚白を横一閃に薙ぐとダーインスレイブで受け止めた。するとダーインスレイブが振動し、まるで敵の血を欲しているがごとく、禍々しいオーラを放つ。
「俺の剣が荒ぶってるぜ。お前さんの血が欲しくて、欲しくて、たまらねーみたいだ!」
ドベルクは「ぬん!」と、そのまま力で祐人を押し返し、大剣を軽々と上から下へと振るった。
祐人は大剣による重撃を倚白でいなしながら直撃を避け、動きを観察するように目を細めた。
(これは……剣士の動き。他の二人と違って我流ではないな。それにこいつの剣は……)
「そらぁ!」
ドベルクが祐人の反撃を牽制するように倚白よりもリーチの長い大剣を振り回すと、祐人は体を屈めて前転で躱し、ドベルクの横をすり抜ける。ダーインスレイブの起こす刃風が辺りに強風となって、距離をとっているマリオンのところにも届いた。
破魔の修行をこなしてきたエクソシストのマリオンはすぐに気づく。
「この禍々しさは……祐人さん、その剣は魔剣です! たとえ、かすり傷でも負えば致命傷になります!」
マリオンの感じているものを祐人も感じていた。それ故に躱すことを選んだ。
マリオンは顔を強張らせて、急激に祐人の身が心配になる。
だが、マリオンの心配をよそに祐人は動きを止めずにドベルクに仕掛けた。祐人は立ち止まらない、そして動き続ける。
すると、マリオンの視界に深手を負い、片膝をついていたオサリバン、地中に沈められたジュリアンが憤怒の表情で立ち上がるのが見えた。
「痛ぇぇ! 痛ぇぇぞぉ!! 小僧!!」
「堂……杜、祐人ぉぉぉ!!」
二人の体から霊力と妖気が吹き上がり、そして交じり合い、一つの力のうねりになって吹き上がる。その圧迫感は若くして機関の定めるランクAの能力者であるマリオンの身体を震わせ、戦意自体を吹き飛ばすかのような恐ろしいオーラ。
今、祐人に常識というものを超越した三人の能力者が同時に迫ろうとしている。
この時、いつも冷静なはずのマリオンが顔を青ざめさせ、極度に焦り、体中を震わせる。
祐人の命を奪わんと狂相を見せた半妖の能力者たちが走り出した。
魔剣を振るうドベルクと死闘を繰り広げている祐人に超人二人が狂気じみた殺気を放ちながら襲いかからんとする状況に思わず声が擦り切れそうな声をマリオンが上げた。
「祐人さん! 逃げてぇぇ!!」
マリオンは祐人をフォローしようと、足止めの術を展開するが、スピードだけを重視した術は怒れる超級の襲撃者には何の役にも立たずに振り払われた。もはやマリオンなど気にもとめる必要のない小さな存在のように祐人だけをターゲットにしている。
祐人が危ない。このままではきっと殺されてしまう。
マリオンは咄嗟にそう考える。
祐人の強さは知っている。今までも祐人は想像を超える働きで難敵を退けてきた。
だが、今、目の前の敵はとてもではないが、乗り越えていける壁などには見えない。ましてや、一人一人が機関の定めるSランクを超えた存在ではないか。
それが三人……三人も祐人は自ら己に引きつけたのだ。
(祐人さんは、なんでそこまで最も危険な場所に身を置くの? 今回のこの敵だって本来は祐人さんがすべて引き受ける必要なんてないのに)
マリオンは目を潤ませ、そう考えながらも本当はその答えを知っている。
それはきっと……仲間のためなのだ。
大祭への参加は瑞穂のため……だが今はそれだけでなくマリオンや明良たちを含めたすべての人のために戦っているのだ。
でも、それで祐人が死んでしまったら……これだけ自分の中で大きな存在である祐人がいなくなってしまったらと思うと震えだけが全身を包む。
「行かせない! 絶対に行かせない! 祐人さんのところには行かせない!」
冷静さが消え失せたマリオンは狂ったように祐人とジュリアンたちの間に作れるだけの防御障壁を生成する。しかし、焦りと恐怖で作られたその障壁は消費する霊力の割に質が悪く、いつもの堅固さと神聖さが足りないものだった。
そのために次々にいともたやすく突破されていく。
数々の聖楯が突破されるにつれ、マリオンの記憶の奥にしまいこまれていた……ある過去が脳裏に浮かび、マリオンの目から正常な光を奪い、精神と神経を疲弊させていく。
(やめて! このままじゃ……祐人さんが消えてなくなっちゃう! お父さんのように!)
マリオンの頭には、亡き父親の顔が浮かんでいた。
母親と共に戦い、母親の盾となり果てていった優しい父親。
まだ九歳だったマリオンは父親の最期のときを目の当たりにしている。
それは壮絶な戦いだった。
父親が死んだとき、今の祐人のように複数の強力な妖魔に囲まれていた。
父親は母親と連携し、自分を守りながらも、敵の多くを己に引き込み、長時間に亘ってギリギリの闘いを繰り広げていた。
マリオンがトラウマとも言うべき記憶を呼び起こすと、次第に……マリオンの中で目の前の祐人と父親の姿が重なっていく。
「あああ……祐人さん、逃げて……! 祐人さん、もういいの、いくら祐人さんでも……この敵を同時に三人なんて無理! 死んじゃう!」
マリオンは絞り出すような声を上げ、胡乱な目を祐人に向ける。このような時にも敵たちの霊力、妖力の強大さだけが肌に突き刺さる。
(こんな霊力と妖力の混じった力、知らない! 力が強すぎて、私では測れない!)
距離を置いているマリオンですらそう感じるのだ。この三人を至近で相手にしている祐人にはどれだけのプレッシャーが襲っているのか。
マリオンも敵がこの姿に変貌した時、新人試験で伝説の不死者である吸血鬼と相対した経験がなければ、その場で膝を折っていたかもしれない。自分よりも強い敵を前にした経験があればこそ、なんとかその場で立っていられた。
マリオンは敵への恐怖ではなく、大事な人を失うかもしれないという喪失への恐怖で膝が笑う。
とにかく必死に防御壁を築くばかりのマリオンへ祐人は厳しい視線を送る。マリオンは祐人の視線に気づくが、祐人が何を言いたいのか分からない。いや、そんなことよりも、今は祐人の援護をしなければ大変なことになる。祐人を失ってはならない、失うなんて考えられない。だからマリオンは一心不乱に光の弱い聖楯を乱立させる。
今、祐人は自分に向かって来ている二人の超人に気づいているはずにも関わらず、表情を変えずにドベルクと同等以上の闘いを繰り広げている。
祐人の凄まじい剣撃の前にドベルクは明らかに劣勢を強いられていた。
「チイッ! なんて動きをしやがる、この坊主は!」
祐人の戦意は衰えるどころか、充実し、研ぎ澄まされ、動きはさらに加速していく。まるで、生き残るために必要なことをすべて知っていて、まったくぶれることなく、恐れる心など微塵もない、戦神のような気迫を放っていた。
だが……今の疲弊したマリオンの目にはそうは映らない。
マリオンには祐人が苦戦しているようにしか見えない。
祐人の命が削られていくようにしか見えない。
すると……またしても敵と戦っているさなかの祐人と目が合う。祐人はマリオンに何かを伝えるかのように視線を送ってくる。
ところが、マリオンはそれを受け取ることができない。マリオンは霊力が尽きても構わないと祐人に近づかんとするジュリアンとオサリバンを抑えることに全身全霊を傾ける。
しかし、マリオンの願いを裏切りジュリアンとオサリバンはついに祐人を攻撃できる間合いに入り込もうとした。
「……!?」
マリオンの顔が涙を浮かべ歪む。
このままでは祐人が……最も大切な人が死んでしまう。
戦うのは怖くない。自分が傷つくのも平気だ。
ただ、祐人を失うのは怖くて、怖くて……どうしようもないのだ。
ついにマリオンの顔に決死の覚悟が浮かび、高位能力者たちが見せる壮絶な戦いの場に自らも身を投じようと一歩前に足を踏み出す。
自分があそこでどれほどの役に立つのかは分からない。
いや、分かっている。
きっと大して役には立たない。
だが、マリオンの心の深いところまで侵食している過去の映像が、再び祐人と重なると衝動的にマリオンを突き動かしてしまう。もしもの時は自分が祐人の盾になればいい。
(……失うくらいなら、死んだ方がマシ。祐人さんさえ生きてくれれば……いい!)
その時だった……マリオンの耳元に風がそよいだ。
このコントロールされたような風には身に覚えがある。精霊使いたちが互いの連絡のために使うセキュリティレベルの高い通信風だ。マリオンは四天寺からの緊急連絡かと考えて縋るような表情を見せる。四天寺に何か作戦があるのかもしれないと期待したのだ。
だが、風から聞こえてきたのは意外な人物の声だった。
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