第256話 四天寺襲撃⑫


「これは……!?」


 オサリバンとドベルクを中心に周囲の視界を奪わんばかりの霊力と妖力の爆風が吹き荒れる。

 明良だけではなく圧倒的優位に襲撃者たちを包囲していた四天寺の精霊使いたちも驚愕した。それぞれが少なからず混乱し、起きている事態がどういうことなのか理解が追いつかない。

 しかし、明良にはしっかりと祐人の声が届いていた。その声が明良に冷静さを取り戻させる。この少年と行動を共にしたとき、何度も経験した不測の事態。

 そして、何度も切り抜けてきた経験が明良の次の行動を素早く促す。


「全員、後退! 包囲を解け! 神前ルナ、大峰-主水(もんど)のチームを中心に集まって全力防御ぉぉ!」


 日頃の厳しい訓練をこなす四天寺の優秀な精霊使いたちは、混乱の中でも明良の指示に瞬時に、そして忠実に反応する。包囲を解き、二方面に離脱しながら、風精霊術、土精霊術の防御術を幾重にも張り巡らした。

 半瞬後、この明良の判断が自分たちを救うことになったと全員が知る。

 ついさっきまで自分たちがいた場所に、高密度の霊力と妖力に乗った二つの攻撃が着弾したのだ。視界をふさぐ強大な霊力と妖力が弾けた中での超攻撃。もし、明良の指示通りに行動しなければ、半分以上の戦力がもっていかれたかもしれない。

 後方にさがりながら十数人で展開した防御術をすさまじい衝撃波が襲い、あっという間に防御術が相殺され、何人もの精霊使いが吹き飛ぶが、なんとか致命傷だけは避けた。


「チィィ!!」


「ハッハッハ!! この初撃を躱すとは、さすがは四天寺だ! 雑兵のレベルもたけーな!」


 二つの衝撃波の中心から聞こえてくるその声は、想像以上に恐怖心を掻き立てる。

 やがて、霊力と妖力の嵐、破壊エネルギーが落ち着くと視界が明らかになっていく。

 そこには……オサリバンが作り出したクレーターを挟むように二つの同規模のクレーターが形成されている。そして、その中心にはオサリバンとドベルクが何事もなかったように立っていた。

 だが……この凄まじい攻撃を放った二人の姿は今までのものとは違っていた。

 容貌や姿はほぼ変わりはない。しかし、その肌はやや青白く変色し、オサリバン、ドベルクそれぞれに額から天を突くような角が生えている。また、衣服の内側から見える部分に幾何学模様の断片のようなラインが見えた。


「な、なんだアレは……」


 上手く攻撃の衝撃をいなした明良だが……今、襲撃者からのプレッシャーに唸る。

 明良は妖気を内包し、その姿を変貌させた能力者たちを知っている。それは闇夜之豹に所属する能力者たちでカリオストロ伯爵に洗脳された者たちの成れの果てだった。

 あの時の能力者たちはその姿を大きく変貌させて完全に化け物のように変り果て、本来の意識も判断能力も完全に消え失せているようだった。

 しかし、この襲撃者たちは違う。

 明良も詳細が分かっているわけではない。だが、見ている限り、この襲撃者たちは意識を保ち、霊力も妖力も集約させて安定している。そして、この襲撃者たちの妖力は闇夜之豹たちと比較にならない量と密度を内包しているのが、ヒリヒリと肌に伝わってくる。

 明良は思わず歯を食いしばり、額からは汗が流れた。

 明良には分かる。この敵が身を置いている力の次元が。

 以前は四天寺毅成に付き従い、今は瑞穂に付き従っていることで得た経験がそれを明良に伝えてくるのだ。


(こ、こいつらの強さの土俵は……我々と違いすぎる。まるで毅成様……いや、ランクSSクラスの能力者が二人も現れたかのような)


 そこにジュリアンの切り裂くような怒号があがる。


「てめーら! なに手を抜いてんだ! 一人も倒せてねーぞ! 大穴を作るだけならクズでもできる。さっさと雑魚どもを片付けろ!」


 ドベルクはクレーターの中心で肩を竦め、大剣ダーインスレイブを片手で軽々と地面を掃くように振る。すると、地面が剣先をなぞるように十数メートルにわたって切り裂かれ、大地が割れた。


「あーあ、あっちのジュリアンはうるせーんだよ」


オサリバンは無表情にハルパーを肩に担ぐと、その上方に凄まじい大気のうねりが巻き上がる。


「さて、やるか……皆殺しだ」


 通常の動きだけで底知れぬ力の片鱗を見せた二人がゆっくりと歩き出すと明良は顔を歪ませた。現場の指揮を任されている明良は一瞬、判断に迷う。

 いや、判断に迷ったのはどうすれば良いかではない。やること、なさねばならすことは四天寺の従者として決まっている。今、迷ったのはその最優先事項のために出さなくてはならない命令のことだ。

 四天寺に名を連ねる者とはいえ、この敵を前にすれば、自分たちはちっぽけな存在……もはや連携を活かしたチーム力も役に立つとは思えない。

 対抗しうるのは当主の毅成だろう。だが、毅成の出陣を望むのは四天寺家の従者としてあり得ない。その判断が預けられているのは唯一、孝明だけだ。

 しかも、これだけの実力を持った敵が複数いるのだ。それで孝明がなんの策もないままに四天寺の象徴であり旗頭の毅成を出陣させはしないだろう。

 もし、毅成が出陣するのであれば、それは最終段階であろう、と明良は当然のように考える。今、孝明が策を練っているはずだ。


(であれば、我々のすることは……!)


 明良の目に力が宿る。死をも厭わぬ、悲壮の覚悟を決め、明良は四天寺の従者たちにも非情な命令を出すことを決意した。


(孝明さんの策が成るまで、何としても時間を稼ぐ。我々は四天寺の盾になるという仕事がある。どのような犠牲を払おうとも……!)


 明良の思考や心に一切の余裕がなくなり、己たちを駒としてどのように動くかをだけに集中する。そして……今まさに命を命とも思わぬ、非情な指示をすべての従者たちに出そうとしたその時、大きな声が響き渡った。


「明良さん! そのまま一旦、引いてください! ここは僕に任せるんです!」


「……!?」


 明良がハッと目を見開く。

 そして、この声を聞くと急激に心が冷静になり、視界がクリアになっていく。

 この声の主……数々の死線を潜り抜け、どのような死闘の中でも自分を見失わずに生還してきた少年。明良の中に四天寺以外で最も信頼と信用を植え付けた驚異の実力と判断力、そして、底知れぬ戦闘力を有した優しい少年だ。


「祐人君!」


 明良は美しい装飾を施された白金の鍔刀を持つ祐人と目が合う。途端に、明良はさっきとは打って変わり、この戦いにおいて数々の可能性を見出す……見出せるようになる。

 まるで……祐人から視線から勇気と希望、そして、生を諦めてはならないという意思を受けとったかような表情だ。


「全員、引くぞ! こっちだ、私についてこい、急げ! 大丈夫だ、こんなもので四天寺は落ちない!」


 明良は二つに別れていた四天寺のチームをすべて集まるよう命令を下すと、四天寺の従者たちは即座に明良の指示に従い、引きながら集合する。


「マリオンさん!」


 負傷者を預けたあと、明良の後方に位置取りしていたマリオンに祐人は声をかけると、マリオンは返事をする。


「は、はい!」


「マリオンさんは距離をとりながら僕の援護をお願い! 大丈夫、絶対にマリオンさんの方には行かせない!」


 マリオンは祐人の指示を聞くと満面の輝くような笑みをこぼし、張りのある声を祐人に返した。


「私に気にしないで、祐人さんは、祐人さんの思うやり方でやってください! 私は祐人さんに合わせます!」


 そう言いながらマリオンは祐人の後方に十数メートルに移動するとマリオンの周囲に清らかな、だが強い霊力が集まりだす。


「おいおい! 四天寺の従者たちが主人たちを捨てて撤退か? って、どうやら、でかい口を叩くあの野郎を信用したのか……ったく笑えねーな。俺はあのジジイと再戦したかったんだけどな……」


 そう言うドベルクから強烈な怒りの感情が露わになる。


「いいだろう、見せてもらうじゃねーか! この生意気な小僧が!! オサリバン!」


「はん! そいつはおれの獲物だ! さっきのお礼を十倍にして返すぞ! ドベルク、てめえは四天寺の雑魚を追え!」


「こぉの……クソがぁ!! 俺を前にしてあいつらも挑発して誘いやがって! てめえがそこそこやるのは認めてやるが、俺たちに火をつけたことを後悔せてやんよ!」


 そのジュリアンの声を皮切りにドベルク、オサリバンも第一の標的を祐人に決め、獣のように跳躍して三方向から襲いかかった。




※※※※※※※※※※※※

5月中には「魔界帰りの劣等能力者」の書籍情報が少しづつ出せると思うのでお待ちくださいね。Web版にはないエピソードや場面もありますのでそちらも楽しんでもらえると嬉しいです。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る