第245話 四天寺襲撃


(こいつら! 殺気を隠す気もないんだな)


 祐人は四天寺家の敷地内の各所から、複数の邪気を含んだ霊力を吹き上がらせている能力者たちの存在を感じ取っていた。しかも、すべては分からないが、どれも侮れない実力の持ち主たちということは分かる。


(ガストンの情報から考えれば……この連中の頭はあのジュリアンだ。頭を抑えれば他は何とかなるはず)


 中には瑞穂がいるところの近い場所からも、その霊圧を感じ取っていたが、祐人はまっすぐジュリアンと思われる霊圧の主に向かった。


(あちらも心配だけど、四天寺がそう簡単にやられるはずもない。瑞穂さんの周りは実力者で固められているはず、それにマリオンさんもいる。守りに徹すればマリオンさんはそう簡単な相手ではない。だったら、この先のジュリアンを叩けばいい)


 祐人は第2試合会場の敷地に入り込み、木々の間を蹴り、池の水面の上でも沈まぬスピードで走り抜ける。


(ジュリアンが移動をやめた? 僕を待ち受ける気か!)


 祐人がひときわ大きな杉の木の幹を蹴り、空高く跳躍すると眼下に広がる日本庭園の真ん中に、ただならぬ存在感を放つ一振りの剣を握った少年の姿を確認した。


「やあ、来たか。祐人君」


「……!」


 ジュリアンの十数メートル手前に着地した祐人は、ジュリアンに目を向けると若干の驚きを覚えつつも、すぐに冷静になり眉間に力が入る。

 今、祐人の前にいるジュリアンは祐人の知っているいつものにこやかな表情ではない。

 薄暗く、こちらを睥睨し、そして狂気を含んだその三白眼が内面を物語っているかのようだ。


「それが、君の本当の顔ってことか……なるほどね、嫌な顔をしている」


「はあ? いきなり来て人の顔にいちゃもんかい? 調子に乗ってるね、祐人君! この僕を誰だと思ってるんだい!?」


「!」


 言うやジュリアンが右足を踏み込むと、ロケットのように疾走し、瞬時に自身の一足一刀の間に入り込む。祐人には突然、眼前に姿を現したジュリアンが上段から剣を振り下ろしてきたのが見えた。

 甲高い金属音が鳴り響く。


「何!?」


 ジュリアンは祐人の持つ鍔刀が自分の神剣を弾いたことに驚きの表情を見せた。ジュリアンの持つ剣は祐人の倚白によって右側面に弾かれ、ジュリアンの身体はそれによって重心が傾き、左足が地から離れそうになる。


「クッ」


 目を広げたジュリアンは祐人の追撃を恐れるように、瞬時にその場から跳び退いた。

 祐人は表情を変えずに距離をとったジュリアンに近づく。


「君は……あんたは何者だ? ジュリアン。四天寺に恨みはあるんだろうが、それだけじゃないんだろう?」


 祐人の言いようにピクッとジュリアンは眉を動かす。


「……へー、面白いことを言うね、祐人君は」


「あんたはスルトの剣、伯爵に連なる連中か? ということは、見た目通りの年齢じゃないね」


「一体、何のことを言っているやら、と言いたいけど、ふふふ、何故……そんなことを聞くんだい?」


「あんたが自分を誰だと思ってる、と言うから聞いたんだよ」


 祐人はすっと視線を鋭いものにして、倚白の切っ先をジュリアンに向ける。


「最近、僕は考えていることがあった。それはここのところ、偶然なのか僕と戦うことになった連中はそれぞれにやり方や考えは違うようだけど、どうやら、やろうとしていることは同じ……互いに同じ目的をもって行動しているのでは、ってね。それでいて、その目的……もしくは手段かな? それは僕にとっても見過ごすことのできないもの……個人的にね」


「個人的……?」


「立て続けにそんな連中とばかり相対するっていうのは何なのか? 本当にただの偶然か? それともこの同じ目的を持った連中は想像以上に勢力を伸ばしていて、実はそこかしこに存在し、すでに表に出ようというところまで動いているのか? あとは……まあ、これが一番、経験上、信用に足るんだけど……」


「何を言うかと思えば! あーはっはー! 随分と逞しい想像力だねぇ。それでまだあるのかい?」


「これは昔からで……僕もそういう運命なんだと諦めてるんだけどね……」


 祐人が一瞬、苦笑いを見せたと思った途端、祐人から凄まじい仙闘気が吹き上がり、笑うジュリアンに向けた倚白の先端までその闘気が包みこむ。


「!」


 その祐人の見せた力の片鱗にジュリアンの顔から笑みが消し飛んだ。

 それはこちらを鋭く睨む祐人から能力者大戦以来、久しく忘れていたヒリヒリした戦いの空気を感じ取ったのだ。

 ラウンジで受けた気迫の比ではない。いや、そういった類のものですらないのだ。

 祐人から放たれるこの圧迫感は、百戦錬磨の達人のみが身につける凄み、戦場において数万同士の乱戦の中でも、否応なく感じ取ってしまうだろう存在感。


(これは……こいつ……。だが、たかが四天寺の腰巾着のはず……)


 ジュリアンは再び余裕の表情を見せ、だが今までと違い、体中に警戒音を鳴り響かせながら祐人の言葉を促す。


「フフ……で、その祐人君の一番、信用のある想像を教えておくれよ」


「……巻き込まれ体質なんだよ、僕は」


「……は?」


「だから、僕はいつもとんでもないことに巻き込まれるんだよ、昔からね。特にあんたたちのような馬鹿げた連中に。認めたくはないけど、どうやら生まれつき、僕には受難がつきまとう。それでね、分かるんだよ。ここ最近、僕の周りで起きたことはそれぞれの独立した事柄じゃない。それらはまとまっていて、一つの流れなんだと。それで今もそれに巻き込まれ続けているんだってね」


「は……ははは! 何だいそれは? 何を言うかと思えば、随分と馬鹿馬鹿しいね! なんの理屈も証拠もなく、僕をそれらの変な連中の仲間だっていうのかい!? 聞いて損したよ!」


 ジュリアンは祐人が真剣に語る内容に最初は呆気にとられ、そして嘲笑うと、眉間に皺をよせ、神剣【勝利の剣】のレプリカであるダンシングソードを上段に構える。


「まあ……いいよ。祐人君の言うことにも正解はある。僕が四天寺が嫌いなことと、祐人君にはこれから想像を絶する受難が待ち受けている、というところはね!」


 それに対し祐人は真剣な表情のまま、ジュリアンに向けている倚白を両手で握り正眼に構えた。


「証拠はないけど理屈ならある」


「へー」


「僕は落ちこぼれだけど霊剣師の端くれ。だからよく分かる。ジュリアン、今のあんたの身体からは霊力とともに妖気が漏れ出しているのが!」


「!?」


 祐人はそう言い終わらぬうちに踏み込む。

 瞬時に一刀の間合いに侵入してきた祐人に対してジュリアンは退かずにダンシングソードを振り下ろした。

 二人の振るう剣のスピードは大気を切り裂き、二人を中心に巻き起こる突風は周囲の木々を傾け、庭園の池の水が大きな波を作る。

 互いの剣は僅かに触れ合い、軌道を変え互いの体にヒットせずにすり抜けた。

 この時、自らの剣の勢いにジュリアンの身体がほんのわずかだが流れるのを祐人は見逃さなかった。

 祐人は振り下ろした倚白の刃を上に向け、澱みない軌道で下段から倚白を神速で振り上げる。

 殺(と)った、と祐人の皮膚が感じ取った。

 初撃の剣速はほぼ変わらない。だが、この一瞬の衝突で剣技においてジュリアンのそれは祐人の後塵を拝すことは剣を握る者ならば分かるものだった。

 倚白が下方からジュリアンの胸、顎、頭部を通り抜けようとしたその時、祐人は目を大きく広げる。


「!」


 ジュリアンの剣が胸の前に忽然と現れ……いや、祐人の目からそう見えた。

 倚白はジュリアンの剣に受け止められ、激突する二刀の剣から火花が散る。


(今……どこから剣がでてきた? それにどうやってジュリアンはこの間合いで僕の倚白の軌道から後ろに退いた!?)


 祐人の戦闘における予測ではジュリアンの生死を別つ一撃だったはずだった。

 だが、実際に倚白は受け止められている。

 祐人の視線とジュリアンの薄暗い視線が至近で重なる。

 ジュリアンが徐々に口角を上げ、その目には余裕をうかがわせる光が内包されていた。


「はああ!」


 祐人は互いの重なる剣を力で押し込み、そのままジュリアンの剣をかちあげる。体全体をバネのように使い、全身の力が無駄なく集約されたその押し込みにジュリアンの上体が仰け反った。

 祐人の瞳には勝機が見える。

 祐人の戦闘脳が瞬時に次のジュリアンの動きの予測をし、それと同時に数通りの次撃の組み立てが成る。体は考えるよりも速く反応し、ジュリアンを葬るまでの道筋を寸分たがわずに実現させようと動いた。

 祐人は豹のように体を沈めるような姿勢で踏み込み、仰け反ったジュリアンの胴体に狙いを定めている。途端、横一閃。ジュリアンが体勢を整える間もあろうはずのない流れるような速度、それでいて激流のような破壊力を持つ鍔刀が襲い掛かった。

 だが……高音量の金属音が鳴り響く。

 ジュリアンの下半身に乗る上半身を奪うはずの倚白がジュリアンの剣によって阻まれた。


「!?」


 再び祐人の目が広がる。

 この流れで倚白を受け止められたことに驚いたのもある。だが、祐人の驚きの本質はそこではない。

 その倚白を受けとめる過程、そして、祐人の十分な体勢から繰り出された必殺の剣撃を不十分な頼りない体勢で止めてみせたことが信じられないのだ。

 ジュリアンは祐人の右からの一閃に、体を仰け反らせ地から足が離れかけている状態で、右手に持つ剣を背後から回して下段から倚白を止めた。

 しかも、片手で……。

 瞬間、祐人は後ろに跳び退いた。

 圧倒的に攻めていたのは祐人だ。

 そのはずだったが、ジュリアンとの2度の衝突で祐人の戦闘勘が距離をとらせることを選択した。


「へー、よく後ろにさがることを選択したね。ちょっと、驚いたよ」


 身体が仰け反ったまま上空に顔を向けているジュリアンが徐々に上体を前に戻す。


「普通の奴だったら、そのまま、ごり押ししてくるに。惜しいなぁ、次くらいには状況も分からないまま、痛みも感じずに逝けたんじゃないかな。絶好のチャンスを逃したかもしれないよ? 祐人君」


 祐人は相反身にジュリアンを睨む。


「その剣か……」


「うん? 分かっちゃうんだぁ。あはは……凄いなぁ、祐人君は。ちょっと驚いたよ。四天寺に媚を売って実績を上げてきただけかと思ったけど、それだけじゃないみたいだ」


 ふふん、と鼻を鳴らしてジュリアンはダンシングソードを下ろし、ゆっくりと祐人との距離を詰めてくる。


「もったいないなぁ、もったいない。こんな面白い祐人君を殺さなくちゃならなくなったんだもんなぁ。嫌だなぁ。でも……まあ、仕方ないか。これは祐人君が悪いんだよ? ククク……」


「ふざけんな……どうせ全部、殺る気だったんだろう」


 ジュリアンから表情が消え、全身から凄まじい霊力が湧きだしてくる。祐人はジュリアンを睨み、倚白を構えた。

 ジュリアンから、泉のように湧き出るざらりとした霊力が振れ、祐人の腕に鳥肌がたつ。

 そして笑みが消えたジュリアンは口調まで別人のように変わった。


「はーん? 小僧が! 口の利き方がなってねーぞ! 誰に向かって口をきいてんだ! てめえにそんな価値があると思ってんじゃねー、クズが! どうせ殺すが、俺の妖気に気づいた時点でてめえが死ぬのは今って決まったんだよ」


 瞳孔が開き、唾を飛ばしながら大きな口で怒鳴りだす。


「てめえごときが……劣等のくせに調子に乗りやがって。四天寺に手をまわして実力より下のランクDに落ち着けたってのは予想がついてんだよ。実力よりも下と思わせて、相手を油断させようって腹か? この糞が。それで周囲の注目を外して四天寺の犬として動いてたんだろ。だが、残念だったな……! てめえの闇夜之豹とのご活躍とやらで、その実力は機関様の定めるランクで言えば、AからAA辺りってのは察しがついてんだよ」


「……」


「それで何か? それだけの実力があれば、この俺に勝てるってか!? 面白すぎて笑えねーぞ!」


 ジュリアンの霊力を上塗りするように、どす黒い気配が漂いだした。


「もう……妖気を隠す気もないんだな、あんた」


「どうせ死ぬ奴に何を隠せってんだよ、低能がさえずんな。……ああ、そうだ、良いことを教えてやる。てめえが忠誠を誓ってる四天寺のこの敷地内にはなぁ、うちの連中が4人程、来てんぞ? 気づきもしなかっただろう……あいつらは俺より妖気の隠し方が上手いからな」


「!?」


「は! いい表情だ! 言っておくが実力もお察しだ! 闇夜之豹のカスどもと一緒にすんなよ? なら、もう一つ、教えてやる。うち二人はな……」


 ジュリアンが剣を祐人に向ける。


「この神剣、勝利の剣のレプリカ、ダンシングソードと同等の神剣のレプリカ持ちだ!」


「……!? 神剣のレプリカ!?」


 祐人の顔色が変わる。

 このレベルの武器を持った連中が各所で暴れまわれば、四天寺と混乱は免れないだろうということをすぐに理解したのだ。

 ジュリアン以外にも襲撃者の存在には気づいていたが、もっとも霊圧の強いジュリアンがボスと判断し、ジュリアンさえ何とかすれば、場合によっては他の仲間もこちらに引き付けられると祐人は考えたのだ。

 別に敵を甘く見たわけではなかった。それよりも四天寺家の実力を評価していた結果、周りに構わず、ジュリアンのところへ向かったのだ。

 だが、ジュリアンの言うことが本当ならば、結果として敵の実力を低く見積もった形になったといえなくもない。


(まずい! 馬鹿だった! 真っ先に瑞穂さんのところへ行くべきだった! こいつが一人、霊圧をまき散らしたのは陽動か!?)


 祐人がその場から移動をしようと動いたその時、ジュリアンが行く先を遮る。


「おっと! どこへ行こうってんだ? お前はこのダンシングソードがロックオンしてんだよ。もう世界中……どこにも逃げ場はねーぞ!」


 そう吐き捨てると同時にジュリアンがダンシングソード片手に祐人に襲い掛かかった。



※※※※※※※※※※※※※※※

本日は皆さまにご報告があります。

この魔界帰りの劣等能力者がHJ文庫様のネット小説大賞で受賞作品として選出されました。

奇跡ですね。本心でそう思います。

これもすべて、この作品を応援してくださった皆様のおかげだと思っております。

この場を借りて皆様、読者様に心からの御礼を伝えたいと思います。


本当にありがとうござます!!!


今後とも、魔界帰りの劣等能力者をよろしくお願いします。


皆様に感謝!!

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