第244話 入家の大祭の真実


 今、トーナメント戦の観覧席では混乱の坩堝と化していた。

 突如、観覧席の至る所で、数人単位の人間が何者かの霊圧のみで吹き飛ばされたのだ。

 すでに敗北をし、入家の大祭を観覧していた能力者たちも、今、異常事態が発生していることを理解した。


「おいおいおい! 何だよ! 何だよ! 何が起きてんだ!?」

「何だか分からねーが、やべーぞ! どうする?」

「馬鹿! これは襲撃されてんだよ、あの四天寺が! 逃げるに決まってんだろ! お前もこの霊圧を感じてるだろう!? こいつらはとんでもねーぞ!」


 どういうことか、どういう連中かは分からないが、四天寺家に喧嘩を売るような連中である。四天寺のことを少しでも知っていれば、このような暴挙は普通の者であれば考えもしないだろう。

 もし、そのような企てをするのであれば、よほどの用意周到な計画があるか、己の力に自信がある者たちか、もしくはその両方であろう。

 つまり、どちらにせよ、まともな連中ではない、ということは間違いない。

 大勢の観覧者たちは必死の形相でまとまりなく、その場から離れようとそれぞれに動き出す。

 すると、観覧席の外へ抜け出せる下り階段のところでこちらに背を向けて、立ち止まっている者がいる。


「おい、邪魔だ、兄ちゃん! そこをどけ!」


 この場から逃亡を図る数人の先頭にを駆けていた人間が怒鳴り声をあげる。

 そしてこれが……この人間の人生最期に発した言葉になった。

 頭部のなくなった体を残し、その場で膝をつき背後にゆっくり倒れる。


「……!?」


 背後からこの者のうしろを走っていた人間たちはこれを目の当たりにし、急ブレーキを踏むように立ちどまり、一人は腰を抜かしてその場に尻餅をついてしまう。


「うーん? 今、話しかけられたと思ったんだが、誰もいねーな? 誰だ、俺を気安く兄ちゃん、なんて呼んだ奴は?」


 中肉中背、黒髪を立てた短髪の目の細い男は血の滴る剣を片手に振り返った。

 それを剣を振る前に聞くべきだろう、とは誰も言えなかった。

 たった今、人、一人葬ったにもかかわらず、まるで街中で声をかけられたぐらいの様子で話している姿が、異様にしか見えない。


「まあ、いいか。見つけたら殺すしな。さーて、おっぱじめるか! といってもどれが四天寺か分からねーからな。片っ端からいくか!」


 美しい装飾の施された剣を持つ右手を横に薙ぎ、こびりついた血を振り払うと、四天寺家の敷地内の各所で凄まじい霊力を内包した能力者たちが、一斉に無差別に暴れだした。




「何ですって!? それは本当ですか!? 分かりました! 順次、隊を組んで対応してください!」


 明良が顔色を変えて携帯を耳から放した、その時、この異常事態が発生したのが同時だった。明良は上段に位置する主催者席からこの光景を目の当たりにした。


「こ、これは! 襲撃です! 朱音様、瑞穂様、すぐにこちらへ!」


 慌てる明良が振り返りざまに四天寺家の重鎮たちに報告をする。

 ……だが、誰も微動だにしない。

 顔色すら変えずに、その場に静かに座っている。瑞穂だけは驚きの表情が見えたが、それ以外の人間たちはどこ吹く風、朱音にいたっては平然とお茶に手を付けている。


「……!?」


 自分と周囲のトーンの違いに明良は呆然とすると、左馬之助が口を開いた。


「まあ、座れ、明良」


「し、しかし……朱音様と瑞穂様を避難させなければ……」


「いいから、座れと言っている」


「……」


 明良は何を呑気なことを、と思うが、ここでは上役の左馬之助に渋々と従う。


「さて、始まりまったか」


「ええ、そうですね」


「毅成様は?」


「裏で休んでいるから、何かあれば呼べ、とのことです」


「そうか……では、そうしよう」


 左馬之助と早雲が話しているその姿は、まるで日常そのものだ。さすがにしびれを切らした明良は祖父である左馬之助に差し迫った表情を向ける。すると、それを制するように左馬之助が明良に手のひらを向けた。


「明良……お前はまだ分かっておらんな。ここをどこだと思っておるのだ。ここは四天寺だぞ?」


「……え?」


「もう一度言う、ここは四天寺だ。それで我らがどこに行こうというのだ。招いた客には最上のおもてなしを、招かざる客は……それなりの応対、をすればよい」


「ふふふ、明良君は成長しましたね。四天寺にはなくてはならない存在にです」


 横から笑みを浮かべた早雲が口を挟むと、苦笑い気味に左馬之助が早雲に顔を向ける。


「早雲、そうやってうちの孫を甘やかすのはよせ。だが……こやつの四天寺への忠誠心は本物だな、儂も良い孫をもったわ」


「何を言ってるのです! お爺……左馬之助様! 今はそんなことを……」


「まあ、聞け。お前は立派に成長したが、二つほど思い違いをしているぞ?」


「……それは何でしょうか?」


「一つ目はな……お前が一番知っているはずの四天寺を、お前自身が分かっておらぬ。なにゆえに四天寺が四天寺であることを、な。朱音様、毅成様がここにおる。そして瑞穂様ものな。約千年前に、日の本において大勢力を誇った精霊使いの家系、神前家、大峰家が四天寺に降り、四天寺直系から当主を迎えることで分家になったのは、何故か?」


「……」


 この四天寺家の歴史は当然、明良も知っている。というより、この四天寺においてこの話を知らぬ者はいない。


「それはな……四天寺こそが、頂点と思い知ったからよ! この四天の精霊を支配するのは四天寺。それをお前は再確認しろ。頭では知っていただろうが、今日、その魂に刻み込むのだ。お前が仕えるこの四天寺がいかなるものか!」


 明良は息を飲んだ。

 この静かな言葉の中にある重圧を明良は左馬之助から感じとったのだ。


「それとな、もう一つのお前の思い違いだが、それはこの入家の大祭のことよ」


「……え? それは?」


「入家の儀式に……何故、祭、などという言葉が入るのか、考えなかったのか?」


「そうですね、四天寺はこう見えて開放的な家なのですよ。秘事といっておきながら、広く参加者を集うなんて、まったく四天寺の先代たちの懐の広さには驚きますよ。お祭りは皆で楽しみませんとお祭りにはならないとは、ね。しかも、自分たちに敵が多いこともよく知っておられた」


 早雲がクスクスと笑いだす。


「……!?」


 明良がここで目を大きく広げた。それはようやく、この入家の大祭なるものの正体が分かってきたからだ。


「ま、まさか、入家の大祭とは……」


「おっと、また、勘違いするなよ、明良? 入家の儀式も本当なのだぞ? 実際、素晴らしい資質を持った婿殿も来てくれたしな。ただな、四天寺が何もしていなくても、何故か敵は増えていくのだ、困ったことにな。だったら、だ。定期的に集めて、数を減らしておくか、と考えたのだよ……ついでにな。敵さんも我らの懐に入れるのだ、これを好機と思わんわけがないだろう?」


「何という……それではまったく秘事などでは……」


「あ、明良君、秘事と言っているのは、この大祭の結果のことですよ」


「……それはどう言うことでしょうか? 早雲様」


「この入家の大祭のたびにね、必ずやって来る襲撃者を叩きのめしてきました。完膚なきまでにね。それで、です。この話が広まってしまうのを、極力、避けてきたということです。あまり、この話があまりに有名になって、しかも語り継がれてしまっては、今後、いつの日か再び入家の大祭を開催するときに、誰も参加してもらえないではないではないですか、主に我らに悪意をもった人たちが」


 笑みを絶やさない早雲に愕然とする明良。


「な、何という……ですが、朱音様は襲撃を受けたことがあるというのは、すべて嘘だと……」


 明良が無意識に別荘で祐人たちに話した作り話を思い出し、茶菓子に手を伸ばしている朱音に顔を向ける。


「あら、明良? 私はそんなことは言っていませんよ? 私が全部嘘、と言ったのは、四天寺家の娘が害された、という話です。四天寺の直系がそのような目にあったことことがない、ですからね」


「……!」


 何事もない顔で語る朱音に顔を引き攣らせる明良。


「それにな、さすがに無策でこれを待っているわけではないのだ、明良。手も打ってあるだろう? 考えてもみよ、実際、お前が推している婿殿も来ている。ここで派手に四天寺のために戦ってくれるのだぞ? どう考えても内外に堂杜祐人、もとい婿殿は四天寺の親派であることが伝わるだろうよ。もし、婿殿が有名になっても、これを知って婿殿にちょっかいを出してくる連中は減るというものだ」


「……そ、それが本当の狙い」


「いや、ピンと来たのは朱音様が自ら招いたことと、あの婿殿の恐るべき実力を知ってからだがな。それと実は他にもおるのだがな、こちらは婿候補ではないが、例えるなら盟友関係をアピールするため、か」


「……他にもいるのですか!?」


「はい、アメリカ支部の支部長さんにはよくしてもらってますね。これからもこの関係は崩したくはないものです。しかも……こちらは予定外ですが、剣聖も来ています。日紗枝も中々、よい仕事をしてくれるものです」


「それは、まさか、だったが、その通りだな、早雲」


「ええ」


「な、なんという……」


「明良、四天寺にいるということは、こういうことだ。もちろん我らも矛となり盾となり戦う。だが、場当たり的に力を振るう猪武者ではないのだ。どうだ、理解したか?」


「……はい」


 明良は頭を下げた。

 この時、大先輩でもあり、四天寺の分家の当主という重責を担う左馬之助と早雲に尊敬の念が上塗りされたのだった。


「うむ、では、状況を見ながら我らも出るぞ。そうはいえども想定外もあり得る。四天寺家だけではない。婿殿に万が一があっても困るのでな。明良、この不逞の輩に思い知らせてやろう、四天寺と敵対することがどういうことか、をな!」


「承知いたしました!」


 明良は表情を引き締めながら、全身に気をみなぎらせた。



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