第234話 初戦の終わりと……


 明良は朱音のいるところから退出すると、足早に左馬之助や早雲たちが集まっている部屋に向かう。今、左馬之助たち、四天寺の重鎮たちは今回のトーナメント初戦の結果を吟味しているはずであった。

 明良はその重鎮たちが集まっている部屋に到着し入室すると、中には左馬之助たちを始め、日紗枝や剣聖アルフレッド・アークライトもモニターの前で真剣な表情を見せていた。


「明良……どこに行っていたのだ」


「申し訳ありません、左馬之助様。先ほどまで朱音様のところに」


「そうか……朱音様は何か仰られていたか?」


「あ……いえ、特には」


 一瞬、朱音との会話を思い出してしまうが、何事もないように返事をする明良。


「それで、初戦の結果について皆さまはどう見られたのでしょう? もし、四天寺に招くことになった場合に、ご納得のいく人材はいたのでしょうか」


「それだがな……」


 左馬之助が腕を組むと大峰家当主である早雲が苦笑い気味に割り込んできた。


「それがね、明良君。今回の勝者たちは……どれも想像以上だった、という結論では一致しました。まあ、こう言ってはなんですが、朱音様が突然、入家の大祭を開催すると言った時は正直、大峰も神前も、そこまでしなくとも……という気持ちもあったのです。それに瑞穂様のご感情も考慮すると、もう少し時間をかけてよいのでは、ということもありました。過去の経緯もありましたしね」


 早雲が左馬之助に視線を送ると、左馬之助も自嘲気味に頷く。

 過去の経緯とは三千院水重とのことを言っているのだろうことは明良もすぐに理解した。


「……そうだ。だが、そのために我らも、慎重になりすぎていたところがあった。長い歴史を持つ四天寺にとって、後継者問題というのは早めに解消しておくべき最重要事項のはずだったが、三千院との破談もあって、我らは三千院に劣らない家柄の者を、というふうになってしまっていた。三千院との破談の内幕をしらない外部の者につまらぬ噂をたてられんようにと、お嬢の相手には三千院に劣らない名家にこだわり、かつ人柄も重要視した。だが、そのために、お嬢の相手として、四天寺の名を受けるものとして、実力の釣り合わぬ者ばかりになってしまっていたのだ。それはまさに、我らは本末転倒なことをしてしまっていたようだ。それを教えられたわ、この入家の大祭でな」


「それは……?」


「四天寺が四天寺たる理由よ。四天寺が求めるは、まず力だ。家柄などではない。力こそが四天寺の源だ。そして、それと同じくらい重要なのは四天寺家の持つ歴史の重さを知る者が相応しい。入家の大祭は、四天寺の大前提である、その力を試すものだった。朱音様は愚かな我らにそのことを再認識させようとしたのかもしれんな」


「まったく……」


 左馬之助も早雲も、朱音の深い思慮に感謝し、また深い反省をするように目を瞑った。

 明良はその四天寺を支える大峰、神前の二人の当主の様子を見るに、額から汗が流れる。


(ああ……これは何という、素晴らしい勘違い)


 明良はチラッと日紗枝や剣聖に視線を移すと、二人はスッと目を逸らした。

 どうやら、この二人は朱音の真意を知っているということが分かる。


「で、では、初戦の勝者たちをどう見られたのですか? 四天寺に相応しい者たちでしょうか?」


「うむ……今、それを吟味していたところだ。まずは今回、勝ち上がってきた者たちはこの者たちだ」


 左馬之助が簡単に纏めさせたそれぞれの勝者の資料を明良に渡した。


第1試合 三千院水重

第2試合 ダグラス・ガンズ

第3試合 ジュリアン・ナイト

第4試合 虎狼ころう

第5試合 ヴィクトル・バクラチオン

第6試合 天道司(てんどうつかさ)

第7試合 てんちゃん

第8試合 堂杜祐人


「どの者も、想像以上の実力者だった。よくもこのような者たちが集まったものだ」


 左馬之助の感想に頷く早雲。


「はい。驚くのは中には機関にも所属せず無名に等しい者も数名います。このような実力者が在野にいるとは、と気を引き締めなければいけないとまで思いましたよ。これも入家の大祭ならではのものなのでしょう。ただ、この者たちが、どこまで秘めた実力を披露しているかまでは分かりませんが、ね。それ故に、警備にも一層の警戒を指示しておきました」


 早雲の言いように、明良を始め、日紗枝も眉を動かす。

 その態度の変化を見て早雲は隙のない笑みを漏らした。


「当然でしょう。これだけの実力者たちを四天寺の懐に招いているんです。我らはいつだって不測の事態に対応しておく準備は必要でしょう。残念ながら四天寺を良く思わない者たちも多数いるでしょうからね」


「その通りだ。その辺は早雲に任せておくぞ?」


「はい。承知しました、左馬之助様」


 こういった冷静さと冷徹さを忘れない、大峰、神前の当主たちに明良は舌を巻いた。

 朱音の作り話は聞いていたが、あり得ない話ではないのだ。明良もそのように思い、今回の運営にも気を使っていたつもりだが、この二人の持つ普段からの高い緊張感に学ぶものがあった。

 これが四天寺の両翼を担うということなのだと。


「一通り試合を見ましたが……せっかくですから剣聖にもご意見を聞きたいですね。気になる方はいましたか?」


 早雲が剣聖に促すと日紗枝は微妙な表情になったが、何も言わずに大きく息を吐いた。その反応を見つつ、剣聖も苦笑いするが早雲に真剣な顔を向ける。


「そうですね……私が四天寺の神事に意見を言える立場ではないですが……あくまでも個人的な意見ということであれば、お答えします」


「それで結構ですよ、剣聖」


「はい、では、どの参加者も高い能力を持っていると見受けました。ただ、その中でも私が“気になる”という意味で言えば……二人ですかね」


「ほう……それは?」


 左馬之助は、この優秀で粒ぞろいの参加者の中からすでに剣聖が二人に絞っていることに目を細める。


「一人は……三千院水重」


「……」


 同じ精霊使いである日紗枝たちもそれは考えていた。

 かつて、東の四天寺、西の三千院と言われた精霊使いの名家のであった三千院家であったが。今ではその実績、力において四天寺家に大きく溝をあけられていた。

 その三千院家に精霊の巫女、朱音をして鬼才と評された水重。

 そして、今日見せつけたその才気は、四天寺の重鎮たちを黙らせるほどのものであった。

 それは四天寺家に生まれた天才、四天寺瑞穂と比肩してもそれと劣るものではなかった。


「やはり……と言うべきか。いや、これほどまでのレベルに達していたのか、と言うべきか」


 世界能力者機関日本支部の支部長であり、自身もランクSである日紗枝も、あの時の水重の精霊との感応力に驚いていた。

 それは、今まで出会った精霊使いたちとは違う、異質さを感じとっていたのだ。

 精霊とは世界そのものであり共にあるもの、と四天寺では教えられる。

 そのため四天寺では精霊を敬い、恐れ、その願いを託す。それはこの世界を象る精霊との付き合い方でもあった。

 それに比べ、水重のそれは……精霊を支配し、使役するようであり、まるで精霊たちが上位者たる水重の命令を忠実に守っているようであった。

 精霊使いといえど、色々な精霊使いの家系があり、その精霊との関わり方はそれぞれだ。

 それは日紗枝も分かっていたことだが、水重のそれは、その中でも他と一線を画すもののように感じるのだ。

 それは同じ精霊使いとしては、あまり良い感情を覚えないもの……。いや、四天寺であれば日紗枝の覚えた感覚は皆持ったものかもしれない。

 その意味で過去に瑞穂とのお見合いを取りやめた左馬之助の判断は英断とさえ思える。


「私よりも同じ精霊使いの皆さまの方が、感じるところが多いとは思いますが……彼は私の知る精霊使いたちと比べて、何といいましょうか……立ち位置が違うように見受けました」


「……ほう」


「アル……それはどういう意味?」


 日紗枝たちは剣聖の言いように、興味をそそられる。

 これは逆に精霊使いではないからこその見立てがあるのかもしれないとも思う。


「彼の術の発動の際に感じたものですが……そうだね、たとえば日紗枝、君が術を発動する前には精霊との感応、現象の組み立て、そして精霊への意思伝達といった段取りを踏んでいるように思うのだがどうだい?」


「……そうね、それはもっと感覚的なものではあるけど、さほど間違いはないと思うわ」


 長い付き合いの精霊使いでる日紗枝の返答に剣聖は頷く。


「そこで彼のものですが、この段取りがない……と言いますか、感応から先が見えませんでした。いえ、精霊のことをそこまで理解をしていない私が言うのもおかしな話ですが」


「……!? アル……それは」


 日紗枝は驚き、左馬之助や早雲も眉間に力を込めた。


「……ふむ、面白いことを言うの、剣聖」


「ええ……もし剣聖の言うことが私たちの理解通りであれば、それは……毅成様や朱音様の領域に足を踏み入れていることになりますね」


「いえ、的外れかもしれません、なにしろあれしか見てませんので。ですが、彼には他の精霊使いとは違うものを感じます。その力も力の扱いも」


「……では聞くが、剣聖の見立てでは、あの三千院のこせがれの実力は日紗枝よりも上かね?」


「!?」


 日紗枝は目を広げた。後ろに控えている明良もさすがに驚きを隠さない。

 この問いは、世界能力者機関における最高戦力の一角であるランクSにして日本支部支部長の自分よりも実力は上かと聞いているのだ。

 本来、比較するのも失礼な話だが、左馬之助ならば聞くことができ、剣聖ならばそれに答えることもできる。

 そして、その左馬之助の表情は真剣であり、剣聖に問いかけるというよりはまるで、その事実を確認をしてきているようでもあった。


の……日紗枝と比較するならば、私は彼の方が上だと考えます。いえ、私が彼を相手にするならばそのように扱うでしょう」


「……剣聖の言、よく覚えておこう」


「……」


 日紗枝は黙っている。だがそれは比べられて悔しいということではない。

 むしろ日紗枝は冷静に水重の実力について考えさせられる。この世界ではこのようなことは多々あることであり、気にすることでもない。それよりも、それほどの実力者に育った三千院の嫡男が機関に興味を持っていないことの方が日紗枝にとって大きな問題なのだ。

 水重という存在は当然、知っていた。

 その才能や実力もあの朱音が高く評価していたことも聞いていた。

 だが、水重は外界に興味を持たず、三千院家からも見放され、現状では噂ばかりが先行した変わり者という扱いだった。

 ところが、今日見せた水重の実力は、それらをすべて吹き飛ばし、四天寺家の重鎮と剣聖をして機関の定めるランクSの自分にも劣らないという。

 それは日紗枝にとって注目と注視をすべき存在としてインプットされた。


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