第233話 祐人評


「明良、瑞穂はどうしました?」


「はい、瑞穂様はご友人のところにいるようですね」


「そう。まあ、それもいいでしょう。本当は祐人君のところにでも行ってほしいですけど」


 朱音は夕食後のコーヒーに手をつけながら、小さく嘆息をした。

 トーナメント戦初戦の日程を終え、今は四天寺の人員それぞれが後片付け及び明日の準備に駆りだされている。

 大祭参加者たちも、勝者、敗者にかかわらず手傷を負った者たちは手厚い治療を受けているところだろう。

 今回、この大祭の日程は、最後の時まで過酷な日程を組まれている。

 そのため、それぞれに与えられる自由な時間は少ない。それは勝ち残った者たちにとって、次の試合の相手の対策を練る時間が非常に少ないことも意味している。

 四天寺にとってこの大祭で測りたいのは、参加者の自力の高さであり、その参加者が入念に準備をして奇策を用いるばかりの戦いが起きるのは本意ではない。

 それ故に、参加者にとっては過酷ともいえる戦いが強いられる。


「他の者たちは?」


「はい、左馬之助様たちは、食事も簡単に済ませ、本日の試合結果を吟味しているようです」


「……ふう、四天寺の重鎮たちにはどう見えたかしら?」


 この朱音の言うところを、正確に理解した明良は笑顔を見せた。


「はい、祐人君には相当、驚かれたようですね。私も、一緒に同行していた時に、それは何度も驚かせてもらいましたが、今でも祐人君の底知れなさには、困惑すらしてしまいます」


「そう? じゃあ、祐人君が最後まで勝ちあがってきた時には、祐人君の入家に異を唱える者は?」


「はい、いないでしょう。むしろ、皆さん、とても興味を持たれているようでした。また、驚きましたのは、あの毅成様までもお心を動かしたように感じました」


 明良の言葉にニッコリと笑う朱音は、少々楽し気だ。


「ああ、毅ちゃんのはちょっと違うわ。懐かしさを感じただけでしょう」


「……? 懐かしさ、ですか?」


「いえ、それはいいです」


「……はい。ただ……」


「何かありましたか?」


「いえ、そういうわけではありませんが、今回の参加者たちです。本日の試合で勝ち残った者たちは、どの者たちも相当な実力を持っていると思いました。それこそ、どの方たちも想像以上に……」


「それで? 何が言いたいのです?」


「いえ……何といいますか、私も心配に……」


「ふふふ、まるであなたはすでに将来の主人と仰ぐ人間を決めているようですわね」


 朱音にそう言われて、一瞬、狼狽した明良を見て、朱音は嬉しそうに目じりを下げる。


「なんの心配もいりませんよ、明良。ええ、なんの心配も。それではまた、あなたは驚くことになるでしょう、あの祐人君に」


「……は」


「祐人君が本気でいてくれている限り、どのような強敵がいても問題ないのです。そういう子なのよ、あの子は」


「……」


 力強く、それでいて不思議な説得力を持つ朱音の言葉。

 精霊の巫女である朱音には、何が見えているのだろう? と、明良は思ってしまう。


「ただ……もし、あの子を揺るがすことがあるのなら……」


「……ッ」


 初めて……朱音から祐人のことで、不穏な言葉が紡がれて、明良に緊張が走った。

 また、朱音がこのように人を評するのも珍しい。

 朱音がこの上なく真剣な表情で、明良を正視する。


「それは女よ……」


「……は?」


「祐人君はね、すでに翼を広げて飛び立つ力も世界を見渡す力、そして、周囲に影響を与える力を持っている。ただ、本人がそれを活かそうとしていないところがあるのね。根っこのところが、善良で無欲すぎるのよ、祐人君は。それは称賛に値する気質ではあるのだけど……」


「はい、それは私も感じます。彼は私から見ても才能豊かで……いえ、すでにその能力者としての実力はとんでもないレベルに達していると思います。その実力だけを以てしても、もっと手に入る物があると思うのですが、彼はその点に無頓着すぎるところがあると……」


「祐人君はね、強い力や高い立場で手に入るものに価値を置いていないのよ。それは祐人君自身の血となり肉となるレベルまで身に染みている感じよ。あの若さでどうして、そこまで強固になったのかは私にも分かりません。ただ、想像ですが、あの子が今までに培った経験がそうさせているのでしょう。一体、過去にどのようなところに身を置いていたのか、と思ってしまいます」


「……はい」


「だからなのよ。そんな祐人君に唯一、良くも悪くも揺るがすのは、必ず女。女性が祐人君の今後の生き方や選択、そして、決断に大きな影響を与えるわ。もちろん、親友やライバルと呼べる男性も影響を与えるでしょうけど、女性ほどではないの」


「……」


 朱音は再び、既に冷えたコーヒーを再び口に運ぶと明良の表情を見てニッコリと笑う。


「ふふふ、腹に落ちていないという感じね、明良。そういえば、あなたから浮いた話を聞いたことがありませんね。あなたもそろそろ、お相手を見つけたらどうかしら?」


「あ、いえ……」


「……殿方同士はね、どんなに意気投合しようとも、目標を同じにしていても、その人生の糸は交わりません。同じ方向を向き、限りなくその糸が近づいたとしても交わることだけは絶対にないのです。その意味で殿方は常に独りなのだわ。ただ、女性は違うのよ。その殿方と文字通り結ばれるの。その互いの人生の糸は交わり一本の糸になるのです。だから、こんなにも、女性は崇められたり、恐れられたりするのです。もちろん、いろんな形で別れることもあるでしょう。その時はその時で一度、一本になった糸をまたそれぞれの糸に戻す作業が起きます。これは大変なことで、お互いのその人生の糸は、完全には結ばれる前の状態に戻りません。つまり、ここでも多大な影響をお互いに受けるのです」


「……」


「だから、よく祐人君を見ていていなければダメなのよ。あの子はね、本人が望むと望まざると関係なく、関わる女性を惹きつけていく男性に成長していくわ。すでにその片鱗も見せています。そして、いつか祐人君の横にいる女性によって世界に影響を与えるほどの大物にもなり、今のままひっそりと終わることもあり得ます」


「……はい。では、朱音様は祐人君を四天寺に招こうとされているのは、その将来性を買っているということでしょうか。瑞穂様のお相手として互いに相応しく、好影響を与えあう。その上で、この四天寺を支える大きな存在になると考えられておられるのですね」


 ここにきてようやく、朱音の言うことを理解できたと安堵の表情を見せる明良。また、正直言えば、明良も完全な祐人推しの人間である。

 朱音が祐人を高く評価しているのは、大歓迎でもあった。


「は? 何を言っているのです? 明良」


「え!?」


「祐人君を四天寺に招こうとしているのは、祐人君が可愛いからに決まっているじゃない! いいですか? 今、祐人君の首に強力な鎖をつけていなければ、余計な女の子が寄ってきてしまうでしょう? ただでさえ、強力なライバルがいるのに、これ以上、増えてはかないません。瑞穂は不器用な上に、真っ直ぐすぎるのです。これくらいしてあげなければ、いつまでたっても何も起こりません。本当は今夜にでも祐人君の部屋に押し掛けるくらいが丁度いいのに!」


「は、はあ……」


 明良の引き攣った顔にはこう書いてある。

 自分の娘に男の部屋に押しかけろとはこれ如何に?


「本当にもう……私も動かないとダメかしら? あるいは母娘で行けば……簡単に」


「ゴホン、ゴホン!」


 主人の悪魔的な奸計を聞かなかったことにする明良。


「いいですか、明良。あれだけの子はいないのです。あなたは今後も祐人君をよく見ておくのですよ?」


「承知いたしました」


 何故か、どっと疲れがでた明良であった。



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