第213話 怪しい参加者
祐人は広大な四天寺の敷地の中を颯爽と移動し、明日の大祭の会場から四天寺本邸の周囲にも足を踏み入れた。
四天寺本邸の周りには厳重な警備の目があり、祐人は自分自身が感知されぬように細心の注意を払った。四天寺の織りなす精霊使いの結界は、祐人の目から見てもそう簡単に潜り抜けられる代物には見えない。
(これは……さすがは四天寺家といったところ……だね。この結界の中で、何かを仕掛けるのは至難の業だよ。よほどの術者か……特殊スキルの持ち主でなければ、奇襲は難しいんじゃないかな?)
祐人は四天寺家本邸を望める木々の上から見下ろし、顎に手を当てた。
(うーん、僕が思いつくところでは、鞍馬と筑波のような存在……もしくは、ガストンの持つ【ポジショニング】のようなスキルでもないと潜入すら出来ない……。あとは僕を上回る隠密スキルの持ち主か……いや、自分で言うのも何だけど、そんな能力者は滅多にいないと思う)
祐人はここまで考えると、今回の自分の役割に疑問すら湧いてきた。
(今回のこの依頼……必要があるのかな?)
「……」
(……元々、念のためなのかもしれない。朱音さんのあの話も自分の大事な娘のことを考えて、万が一がないように、といったところもあったようにも聞こえるし)
色々と考えを巡らすが祐人は真面目な性分である。これで気を緩めることはしない。
(こういった手段をとらない連中なのかもしれない。そうなると四天寺家の重鎮たちが顔を出すトーナメント戦の時に正面から……という可能性もある)
祐人はその場から離れると確認できるところは再度、確認し、自分の部屋のある屋敷の正面に戻って来た。
(ふむ……今のところ異常はない)
大きな玄関の前で、祐人は腕を組む。
深夜にもう一度、見回るつもりではいる。だがやはり、分かってはいたが自分一人でこの広大な敷地をカバーすることは非常に難しい。
四天寺家の重鎮たちのいるところは、四天寺家の者たちで厳重に警備されていることを加味し、祐人は考え方を切り替えた。
場所を見張ることは最小限にし、人を警戒することに力を傾けることにする。
「うん、とりあえずシャワーを浴びてラウンジの方に行ってみるか……」
祐人は自室に戻るため、屋敷内に戻った。
「……」
「どうかされましたか? お兄様」
「いや、何でもない」
大祭の参加者である三千院水重が立ち上がり窓の外を無言で眺めているのを、妹の琴音はその背中に声をかけた。
琴音は水重のたった一人の従者として部屋を一つあてがわれていたが、先ほどまでこの兄の部屋で一緒に食事をとり、いつも通り盛り上がらぬ兄妹の会話を交わすといたたまれない気持ちになり結局、無言で水重の姿を目で追うだけになっていた。
水重は感情の動きを滅多に見せない。
それは血を分けた妹である自分といたとしても同様だ。
(お兄様は何故……このようなことに参加されようと……? 四天寺の家? それとも瑞穂様……?)
今更ながら琴音は今回の水重の行動の意図が読めない。
水重にとって何がこの大祭に参加しようと決めさせたのか。
この日本において四天寺家と並び称される精霊使いの名家、三千院家の長男として生まれ、その精霊使いとしての才気は天を貫かんばかりと言われ、三千院の現当主であり実父でもある頼重(よりしげ)を大いに喜ばせた。
それは四天寺家と並ぶ名家と言われながらも実際は四天寺家にその実力、勢力ともに溝をあけられて長く、約80年前に世界能力者機関が発足してからも明らかにその下風に立たされていた、ことがあった。
三千院家にしてみれば、水重はかつての家勢を取り戻す救世主になるはずの次期当主でもあるのだ。
ところが、水重は世界能力者機関から再三の招聘にも、当主であり実父でもある頼重の説得にも耳を貸さず、まるで世に出ることを拒むように三千院の家から外に出ようとはしなかった。
その水重が今回の四天寺家の入家の大祭に参加を決めた時には、三千院家全体がひっくり返るような騒ぎになった。
それは琴音にしても同様である。
しかし、三千院家に水重を止めるような力も気概もなかった。
それは水重の測りがたい精霊使いとしての力の片鱗……そして水重の持つ独特な周りに与える緊張感……それを三千院家の重鎮たちも強く感じており、それは水重が成長するにつれてさらに強くなり、今ではまるでコントロール不能の化け物を家の中に飼っているような扱いになっていた。
そのため、現在、三千院家において水重にコンタクトをとろうとするのは、妹である琴音だけであり、水重に何かを伝えたり水重の話を聞くのは琴音の役割となっている。
(お父様たちは……誰もお兄様に触れようともしない。今回の件だって……理由ぐらいは聞き出してほしかったのに)
琴音はまるで手の届かないところを飛んでいる鳥を眺めるような目で水重を見つめた。
(私には分かる。お兄様は何か……考えを持っている。それは私たちには分からない……お兄様だけが見えているもの。お兄様は何も語らない……でも、お兄様がいる頂きからしか見えない何かを見ている。たったお一人で……)
琴音は軽く目を落とす。
(私もその頂きに辿り着けば……お兄様は私に語ってくれるかもしれない。同じ風景を見ることができる実力を持つ能力者……精霊使いになれば、私に笑いかけてくれる……)
「……フッ」
「!?」
琴音は驚愕した。
何故なら窓辺で下方を見下ろしている水重が肩を僅かに揺らしたようにしたのだ。そして、この一瞬の兄の機微を琴音は見逃さなかった。
(今、お兄様が笑った?)
琴音は咄嗟に水重の横に歩み寄り、窓の外に目を向ける。そこには祐人が屋敷の中に入ろうとする姿があった。
(あれは……今日、お兄様に無礼を働いた人! 一体、何をして? ううん、それよりもあの人を見てお兄様が笑った?)
今朝、大祭が始まる前にもこんなことがあった。あの時も兄は感情を僅かに見せた。
琴音は無意識に険しい表情をする。
「あ、あの方は……たしか堂杜という方ですよね。外で何をしていたのでしょうか? まさか! 何か良からぬことを企んでいるのでは!? お兄様!」
琴音は声を大きくし、兄に目を向けた。
その妹に対し水重は、静かに答える。
「……さて、ね。だが……何かしらの意図はあるのだろう。この入家の大祭に参加する者たちはそれぞれに、それぞれの考えがあるだろう。それだけにくせ者も多い」
「くせ者ですか」
「四天寺の名を欲しがる理由は……それぞれにあるということだよ。逆にいえば四天寺の名にそれだけの価値を見出しているのだろう輩が多いともいえる」
「それは……お兄様もですか?」
「琴音……私は四天寺の名には興味はない」
「では……瑞穂様ですか?」
「ふむ……それはこれから分かるだろう。ただ……私はもっと知りたいのだよ、精霊たちの役割を」
「……役割?」
「この大祭で……それが測れる好敵手がいればよいのだがね」
「お兄様に好敵手なんていません!」
「だとすれば……退屈なことだ」
そう言うと水重は口を閉ざし、夜空の方に目を移した。
(……お兄様)
正直、琴音には水重の言うことが分からない。
ただ、今はいつになく水重の口が流暢に感じた琴音は複雑な気持ちになった。
そのきっかけは……今朝と同様、堂杜とかいう不愉快な参加者だと琴音は感じ取る。
琴音は拳を作り、強く握りしめると体を翻した。
「どこに行くんだい? 琴音」
「私……あの怪しい動きをしていた堂杜とかいう人を問いただしてきます! 絶対に何か企んでいます!」
そう言い放つと琴音は水重の部屋を飛び出して行った。
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