第212話 男同士の秘密



 祐人はとりあえず予選を勝ち抜いた者たちが宿泊をする屋敷の周囲を見回ることにした。既に日は落ちており、辺りは暗く屋敷から漏れる明かりだけが視界を照らしている。


(まあ、とりあえず怪しい奴がいないかを見回って、あとで用意されているラウンジの方に顔をだしてみるか)


 屋敷内には今回の参加者のために四天寺家がアルコールや軽食を用意しているラウンジがあり、深夜まで利用できると各参加者に説明されていた。

 祐人はまだ未成年であり高校生であるため、こういった必要をまったく感じていなかったが、他の参加者と接触するにはちょうど良いと考えた。


(まだ……夕食直後だしラウンジにはまだ人は来ないだろう。とりあえずこの屋敷の周りを見回ったら、明日の会場と……念のため本邸の方も確認するべきかな)


 祐人は参加者及びその付き添いたちが宿泊する屋敷の周りを歩き出した。その屋敷には建屋を一周するようにそう広くはない砂利道が整備されている。その道を祐人は気配を消しながら注意深く周囲の異常を確認しつつ移動する。すると不思議なことに砂利の上を歩く祐人の足音は消え、祐人の姿は周囲に溶け込むように肉眼では視認できなくなった。





(ふう……異常は感じられないな。屋敷内にいる人の気配も気になる点はない)


 移動を開始し、しばらくして、祐人は鋭い視線を左右に動かしながらそう考える。


(まあ、異常がないことは歓迎すべきことだけど……。いや、考えてみれば朱音さんの依頼は可能性の話でもあったからな。でも、四天寺の顔に泥を塗るということを考えるなら、まだ参加者の多い今日の可能性が高いとも思った……。うーん、そうだね、何か仕掛けるなら四天寺家の本邸や四天寺家の人間が集まる会場の方が本命か)


 祐人は軽く嘆息すると、再度、見回って他の場所に移動をしようと決め、再び軽快な足取りでその場を蹴った。


(それにしても……一悟。本当に合コンを開催してくれるんだ)


 祐人は見回りをしながら、この辺りに異常がなさそうに思うと、若干、気が緩んだのか、不謹慎にも一悟からの二通目のメールの内容を思い出してしまった。




 それは祐人が部屋を出る前……


「うわぁ、合コンって初めてだから緊張するなぁ。でも、正直言うと……ちょっと楽しみ。一体、どんな感じなんだろう? 僕はよく分かっていないし、大丈夫かな? いや、その辺は一悟に任せておけばいいか!」


 祐人は人生初めての合コンを想像したが、どうにも実感が湧かない。

 そして案内状を読み続けていくと、最後に一悟からの『合コン初心者のための禁忌事項』が書いてあった。

 それは……


“決して口外しないこと! 特に女の子に教えるのは愚の骨頂!”


 と書かれていた。


「え!? そうなの? まあ、こちらから言うことでもないけど、何で?」


 一悟が述べるに、女の子には合コンに行ったのではないか? と気取られてもいけないらしい。何故なら、女の子はたとえこちらに関心がなくとも、目の前の男性が合コンに行った話を良いとは思わない、とのことなのだ。

 そして、一悟はさらに熱のこもった文章を綴っている。


“ましてや、日常からよく一緒にいる女の子は、特にその傾向はある! 表面上、何とも思わない顔をしていたとしても、どこかで好感度を落とすことが多いことを胸に刻め!”


「……そういうものなのだろうか? 別に迷惑をかけているわけでもないのに?」


 祐人は首を傾げて読み続けていく。


“お前、今、首を傾げただろう。この大馬鹿者が! その傾げた首がもげても知らねーぞ!” 


「何と!?」


“いいか、よーく覚えておけ、祐人。女の子の思考回路を理屈で捉えようとしてはならない! 女の子たちは、たとえ自分に迷惑がかかっていなかろうとも、また、好きというわけではない、友人程度の男だったとしても、その男が頻繁に合コンに顔をだしていると知った途端に、不愉快! と思うところがあるのだ! 中には一回でも駄目な女の子もいる”


「……!?」


“まだ疑っている、そして、ここまで教えてやっている俺の優しさが分からない『草むしりの人』野郎! 俺が言っていることは真実だ。この点に関して脇の甘い男が、青春を棒に振った例は後を絶たない。そのために合コンを合コンという名で決して呼ばない者たちもいるのだ! たとえば、「たまたま出会って合流した」「昔の仲間で遊んだ」などと言ったり、時には自分だけを守るために「無理やり連れていかれた」などと言う男気のない者もいる!”


「……。一体……合コンって何なんだ?」


“いい質問だ、祐人”


「うおい! 僕の心を読んで書いてるのか!? このメールは!」


“ここまでの危険を冒しても、俺たち男たちを惹きつけて止まない魔性の会合……それが……合コンだ!!”


「ご、合コン……」


“とにかく、女性陣には決してバレては駄目だ。分かったな? 特に白澤さん、四天寺さん、マリオンさん、ニイナさん、あと水戸さんも駄目だ。もし、これが彼女たちの知ることになれば……俺たちは……”


「ゴク……」


“……死あるのみ!”


「死!? 死ぬの!?」


“だが、これを面倒と思ってはならない! むしろこれは男のたしなみなのだ! いいか、このことを絶対に忘れるなよ? 合コンは女の子たちとの出会いの場という意味だけではない……合コンは男同士の友情が試される場でもあり、成功に導けば、輝かしい未来をゲットできる修練の場でもあるのだ! 合コンとは言うなれば、「超ハイリスク、リターンは俺たち次第」にもかかわらず、行ってみたくて仕方がない! というのが合コンの真実の姿なのだ!”


「合コン……恐るべし」


“やっと分かってくれたか、祐人。そこでだ。今回の合コンで一つだけ大きな問題がある”


「だから心を読むな! ……え!? まだ何かあんの?」


“それは……開催日時なんだが、今週末の土曜日13時に決定した”


「……今週末の土曜? あああああ! 大祭の最終日じゃないか! い、いや、最終日の婿入り決定戦は瑞穂さんとの試合だ。そこまで僕が参加しているかは分からないし……それに確かスケジュールだと午前中から始まるから、万が一、僕が残ったとしてもわざと負ければいいだけだから午後には間に合う……はずだと思うけど」


“祐人、合コンには決して遅れてはならない。分かったな”




 祐人は脳内で一悟のメールの内容を反芻するとこの上なく気を引き締めた。

 まだ、完璧ではないが、合コンなるものが、どんなものか感じとることはできた。

 そのためにも、


(何としても、怪しい奴がいれば事前におさえなくちゃ!)


 祐人は感覚を研ぎ澄まし、見回りに本気の力がこもった。


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