第208話 勝ち抜く者たち
「はい、堂杜様ですね? こちらがグループ16のバッジとその地図になります。今から15分以内に会場に来られない場合、失格になりますのでご注意ください。では、ご武運を」
祐人はバッジを受け取ると地図を広げて、四天寺家の敷地内の西側に歩を進める。
地図はいたって簡単なものだ。広大な日本庭園内の歩道が分かりやすく描かれており、それぞれの会場が割り当てられた簡単なものだ。
「えーと、こっちか……」
祐人のグループ16の会場は最も奥に位置していた。また今、向かっている道の左右に広がる整備された庭園の奥は他のグループの戦闘会場になっている。
祐人は頭の中で何通りもの戦いのイメージを浮かべながら自身の会場に向かう。その途中……祐人はピクッと片眉を上げ、目を周囲に配った。
(すでに始まっているな……あの右の林の向こう。こちらの左の池の向こうでも……。嫌な気配だな……殺気を隠していない人が多い)
戦闘会場といっても、特別に手は入れられてはいない。どうやら単純に敷地を割っただけのようだった。そのため、雑木林のような場所もあれば、大きな池や小さな山のような地形もある。
戦いに際しては、能力によってそれぞれを利用する者もいるだろう。
それにしても……と祐人は思う。
というのも、どこの方向からも複数の強い殺気が感じられるのだ。
(みんな真剣……というより、真剣すぎるよ。四天寺に迎えられることにここまで……?)
このあまりに殺伐とした気配は、祐人にかつての魔界での戦場を思い出させる。
(これじゃあ、誰が四天寺に仇(あだ)をなそうとするのか分からないよ……)
「!?」
祐人は突如、左後ろに顔を向けた。
「こ、これは! すごい! 誰だ?」
祐人は顔色を変えて、思わず言葉を漏らしてしまう。
「派手に暴れている人がいるな。霊圧も抑えずにって……まるで自分の存在を誇示しているみたいだ。逃げも隠れもしないっていう意思表示か……?」
(他のグループの様子も見たい。僕も急ごう)
祐人は眉を寄せて、表情を引き締めると自分の会場グループ16に到着する。
祐人は庭園の遊歩道から逸れ、眼前にある竹林を見定めると、その次の瞬間、姿を消した。
そして、先ほど祐人が顔を向けた方向にはグループ7の会場があった。
祐人が自身の戦闘会場に入る十数分後にグループ7は【歩く要塞】ヴィクトル・バクラチオンが勝ち抜けを早々に決めた。
四天寺家の本邸では各グループ戦況の様子が映し出されている。
大峰、神前家の重鎮たちも真剣に観戦し、その参加者たちの実力を伺っていた。
そしてたった今、勝ち抜けを決めたヴィクトル・バクラチオンに感嘆の息が漏れる。
「なんという圧倒的な戦い方……すべての相手と正面からぶつかるとは」
「まさに要塞……ですな」
ロシアからきたヴィクトル・バクラチオンは、筋肉隆々の体と彫が深い顔で堂々と会場を後にした。そのブルーの眼光と髭を蓄えた顔は自信に満ち溢れている。
ヴィクトルはまだ参加者たちが互いにけん制し合っている間も常に自分の身を晒し、出会う能力者から問答無用で潰しにかかった。この迷いのない戦い方に対処が遅れた参加者はあっという間にヴィクトルの餌食になってしまった。
残った能力者たちはヴィクトルがバッジの所持数が3つになった時点で主導権を完全に握られてしまう。何故なら、ルールでは各グループで最もバッジの多い者が次の戦いに進出するのだ。
そして、グループ7の人数は6人。バッジの保持数が同じ人間がいて、それが最大保持数であった場合は全員失格となる。ということは、もうヴィクトルとの戦いは絶対に避けることはできない。
これを認識している残った参加者は、同時にヴィクトルの実力を理解する。すると、まるで以前から互いに話し合っていたように一斉にヴィクトルに仕掛けた。
一人は上空から一人は地中から、もう一人は池の中から、それぞれが得意とする体術、特殊な鎖による緊縛術、水の鎧を武器に変えて襲いかかる。
これに対し、ヴィクトルは眦(まなじり)を決すると、攻撃を仕掛けてきた3人の能力者は吹き飛んだ。3人は驚愕の表情を見せるがゴロゴロと大地に体を打ち付けながら転び……意識をなくした。
それらを睥睨しニヤッと笑うヴィクトルは、一歩もその場から動いてはいなかった。
ヴィクトルの勝ち抜けをさかいに、他のグループでも段々と動きを見せており、各グループでの優劣が見え始めてきた。
グループ3ではジュリアン・ナイトが敵を追い回し一人ずつ確実に倒していく。相手のいかなる隠密スキルもジュリアン・ナイトには何故か通用しない。ジュリアン・ナイトは笑顔のまま、ただ敵を見つけただ敵を倒す。
これらの状況を四天寺家本邸ではつぶさに観察していた。
「おお……面白い能力の持ち主もおりますな。種は分かりませんが……相手の居場所を的確に掴んでおる。それにしても大した身のこなしだ……見た目は若いですな、名前はジュリアン・ナイト……瑞穂様と歳も一つしか変わりませんな」
「他のグループでも動きがありますぞ」
「ほう……意外にもどこも思ったより早く勝敗がつきそうですね」
「うむ、明日も大祭は続く。長引かせる理由はないしな。実力のある者ならそう考えよう」
四天寺家の重鎮たちは品定めをするように各グループの有力な参加者に注目する。
「グループ5もほぼ勝敗は決しました。勝ち抜いたのはダグラス・ガンズです。機関のアメリカ支部所属の者ですね」
そう言われるとグループ5のモニターが大画面に映し出された。
「おお、こちらも早いな。どんな戦いをしていた?」
「よくは分かりませんが、中距離攻撃型の能力者のようですね。モニターでは一度も他の能力者との対峙がありませんでした」
そこには口笛を吹く陽気な優男が、参加者たちのバッジを片手に会場を後にしている。
「アメリカの次期エースと言われているようですが伊達ではないようですね。ハイレベルの能力者は手の内も見せないです」
「ふむ……他の注目株は? そういえば三千院のこせがれがおったろう? どうなっておる」
「はい、三千院水重様はグループ1でしたが……」
この瞬間、四天寺家本邸に集まる精霊使いたちは顔を硬直させる。
「!」
「何だ!? これは……精霊が」
「まさか、これほどの感応力を?」
この場にいる明良もハッとしたように顔を上げる。精霊使いだからこそ分かる、自分たち以外の精霊使いの存在。
朱音は目を細め、瑞穂は唇をギュッと閉めた。
モニターにはグループ1の状況が映し出され、その中心に三千院水重が無表情に立っている。それは凄まじい支配力で精霊たちを使役する絶対の王者のように。
水重の周囲には、水重の世界に引きずり込まれた後のように戦闘不能に追い込まれた他の参加者たちが映っている。
四天寺、大峰、神前の精霊使いたちは呆然とモニターを見つめる。
「な、何という……」
モニターの中の水重は、表情もなく何事もなかったように、そして、どこか退屈しているようにすら見える。
そして……水重は目を瞑りモニターから姿を消した。
そのような中、瑞穂は一つのモニターに集中している。
(……祐人)
それは祐人のいるはずのグループ16を追いかけているモニターだ。
グループ16を映し出しているモニターに今、祐人は映っていない。
グループ16に配された祐人以外の能力者たちの戦闘は映っているが、肝心の祐人が見えなかった。
「あらあら、瑞穂。祐人君がいないわね……」
瑞穂の横から朱音が声を上げると、瑞穂は心配そうにしていた表情を慌てて変えて、目に力を込める。
「え!? お母さん。まったく……こんな時も目立たないんだから祐人は!」
クスッと朱音は笑うと顎に手をやる。
「ふんふん……目立たない。ということは……瑞穂」
「何よ、お母さん」
「うん、喜びなさい瑞穂」
「な、何が?」
「祐人君は結構本気で参加してくれているわよ? あなたのために」
「え?」
瑞穂が顔を上げて朱音に顔を向けるとそこには楽し気にしている母親の顔が目に入る。
「うん? あ! グループ16も決まったようです!」
「!?」
瑞穂はその知らせを聞くと驚き、慌ててモニターに目を移す。
そこには見知った少年が頭を掻きながら息をついていた。
「こ、これは堂杜祐人様ですね」
「おお、それは朱音様ご推薦の少年か? いつの間に? 映像には映っていたか?」
「いえ、まったく……」
四天寺家の重鎮たちも、顔を見合わせつつ、モニターに映る祐人を確認する。
「この少年が? 頼りなさそうに見えるが……まあ、それなりに実力はあるようじゃな」
「若いわりにはやる。そうでなくては瑞穂様に認められることもないか」
「しかし……どのような能力の持ち主なのか?」
「それもおいおい分かるだろう」
四天寺家の重鎮たちも徹底した実力主義者でもある。起きた結果は正当に評価した。
瑞穂は内心ホッとしながらも、笑顔は見せないように眉間に力を入れる。
何故なら、瑞穂は自分が思っている以上に、くせ者ぞろいの参加者が集まったと感じていた。そして、どの参加者も自分など見ていない。
ただ……
唯一、自分のために参加している少年がいる。
そう思うだけで瑞穂は、自分でも分からないほどの無防備な笑顔が出そうで、怖ったのだ。
因みに瑞穂のために戦っているのは一人ではない。
……というより、ためになっていると信じている少年がもう一人いる。
新人にしてランクAを取得した注目株の黄英雄は、実戦慣れしたランクでいえば格下のはずの先輩能力者に大苦戦し、長時間の接戦の後、ようやくグループ9を突破した。
そして英雄の妹の秋華は苦戦する兄に爆笑したあと、美容のためにと昼寝をしに四天寺家の者に一室貸してもらったのだった。
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