第197話 プロローグ③
祐人たちは十分に海を堪能し、別荘に戻ると夕食は中庭でバーベキューを楽しんだ。
二日目はシュノーケリングや島の散策、夜は一悟主催の怪談話大会を始める。
能力者相手の怪談話など意味がないと静香が突っ込みを入れたが、意外なことにニイナと静香が平気で、マリオンと瑞穂、茉莉はからきし駄目だったことが発覚し、嬌子たち人外組が大笑いをしていた。
「何よ、あなたたち! その顔!」
「わ、笑い事じゃないです! この世で一番怖いのは、幽霊なんです!」
「そうよ! それに袴田君の話し方は卑怯よ! それにこの蝋燭がいけないわ!」
「ししし、静香、ニイナさん、ああ、あなたたち、よく平気ね」
涙目のマリオン、瑞穂、茉莉は体を震わせて怒る。
「えー? 私は信じてないもん」
「私もピンときませんね、そんなに怖いんですか?」
能力者の友人がいながらのこの発言に、茉莉は二人の鈍感さを心底羨ましいと思う。
一悟はというとニヤリと不気味に笑い、口を開いた。
「次の話はね、我らが吉林高校での有名な話なんだが……」
「いやぁ!」
「もういいです、もうやめましょう!」
「袴田君! やめなさい!」
「ありゃりゃ、でも、こんなにいいリアクションされるとなぁ。祐人は全く平気だな?」
「あはは……僕は全然。だって僕は普段からよく雑霊に襲われるから、慣れてるしね」
「「「え!?」」」
波が引くように祐人から離れる、怪談が駄目な少女たち。
「ちょっと、祐人! なんなのよ、それ! 全然。笑えないわ!」
「こっちに来ないでください!」
「祐人は今日もテントよ! そんな人をこの家に入れたくないわ!」
「ええーー!? そんなぁぁ!!」
目を剥いて驚く祐人の膝には鞍馬と筑波がスヤスヤと寝息を立てていた。
三日目は自由行動で鞍馬や筑波たちは相変わらず、白たちと海で元気よく遊びに行った。
瑞穂や茉莉たちは涼しい別荘内でそれぞれに静かに過ごし、最後の夜は花火まで明良が用意してくれているとのことで、それをみんな楽しみにしていた。
祐人と一悟は海が一望できる中庭のテラスで、リクライニングシートに体を預けている。
「いやぁ、こんなに素晴らしい旅行が経験できて、四天寺さん、様様だな、祐人」
「そうだねぇ、鞍馬と筑波も大喜びしてくれてたから、本当に瑞穂さんには感謝だよ。瑞穂さんが申し出てくれなかったら、こんなに贅沢な旅行は出来なかったね」
そう言い、祐人は後ろに顔を向けると、瑞穂たちは祐人たちからもよく見えるリビングで、静香を中心にカードゲームを楽しんでいるようだった。
「そういや、祐人さ」
「うん? 何?」
「お前はさ……あの4人の中で誰が一番いいんだ?」
「え!? 何だよ、突然」
「だってさ、お前、入学式の時に俺と約束したじゃん。これから彼女を作るために努力するって。だったらさ、あの4人が今一番、お前に近しい異性になると思うんだわ」
「そんなこともあったね……うーん、結局、僕は日々の生活に追われて、そこまで考えてなかったよ」
「……祐人。ちょっと、マジな話していいか?」
「ど、どうしたんだよ、一悟」
「いや……お前をみているとな、何となく感じるんだよ。お前はどこか女の子を遠ざけて見ているようにしている、ってな。まるで自分にブレーキをかけているみてーだ」
「……」
「おまえ……他に好きな人がいるんじゃないか? 俺にも内緒にしている」
「……!」
「……その顔は図星か。どんな子かは知らねーけど……誰なんだ? お前の片思いか?」
「……」
祐人は真剣な顔になった。
そして、祐人は遠くの海の方を見つめる。
一悟のその問いかけは……祐人の心の奥底にいて、かつ深く根を下ろし、祐人の心の一番、やわらかいところを占拠している、ある青い髪の少女の顔を映し出した。
魔界で出会ったその少女に惹かれたそのときから、魔界での祐人の戦いは激しさを増した。彼女の進む道はそれだけ過酷で、険しく……希望に満ちていた。
(リーゼ……)
祐人は彼女……リーゼロッテの傍にいると決断したとき、祐人の世界は自分だけのものではなくなった。
彼女が前に進めば、その前に立った。彼女が辛いときは分け合い、彼女が泣けば悲しく、彼女が笑えば……祐人は救われた。
そして、そのリーゼロッテはもういない。
「……そうだね、僕の片思いなのかもしれない。今はもう……」
祐人はそう言うと、目の前にいるリーゼが怒ったような表情を見せたように見えた。
まるで今の祐人を叱っているように。
“誰かに対して何の感情も湧かない人間に私は魅力を感じないのよ? 祐人。私は誰かに怒って、嫌って、同情して、憐れんで、感謝して、一緒にいたいと思って……それで誰かを好きって思える人が私は好きなの! それはいつの時もどんな時も!”
祐人は驚いて目を広げた。
今、海からの心地の良い風が、いつしか言われたリーゼロッテの声を運んできたように……。
「そうだったね、リーゼ……。僕も、誰かを好きでいたいな。それでこんなに自分の心を鈍感にしてちゃ駄目だったね……」
「うん? 何だって?」
よし! と祐人は拳を握った。
「一悟! 僕も忙しいっていうのを言い訳になんかしないよ! やっぱり彼女が欲しい!」
「お? 何だ? いきなりやる気を出しやがって……。そか、でもよかった、それでだ、話を戻すが、あの4人の中ではどうだ? 俺の目から見てもあの4人はレベル高いぞ?」
一悟がリビングでまだカードゲームをしている瑞穂、茉莉、マリオン、ニイナの方に目をやると祐人もそちらに視線を向ける。
「……うーん」
「何!? お前、不服なのか? これは意外な……」
「え!? とんでもないよ! すごいみんな美人だよ? しかも頭も僕よりいいし。僕なんか釣り合わないと思ってるし、正直、友達になれたのが奇跡だとも思ってる。それで、もし付き合えるなんてことがあったら、自分の幸福に驚くよ!」
「な、なんだよ、じゃあ、誰かにアタックしてみればいいじゃん」
「ただ、そうじゃなくて、アタックするのはなぁ。何と言うか……あの4人は、時折、怖いんだよね……すぐ怒るし。一昨日も昨日も僕だけ寝るところがテントだよ? これはちょっとないんじゃない? って思うんだよ」
「……ああ、それは確かに」
ここは一悟も同意。おかげで一悟もみんなで旅行中なのにもかかわらず部屋で一人だった。正直、つまらなかったのだ。
「僕だってさ、悪いところもあるかもしれないけど、さすがに時折、理不尽さを感じてるんだよね」
「お?」
(こ、これは面白い!)
一悟が瞬時に思ったのはこれだった。
それと意外にも祐人は彼女らの理不尽に不満を持っているという、本音が聞き出せて楽しくなってきた。それにはどうやら今回のテントの件が効いているみたいだ。
(長いテント生活を相当、嫌がっていたからなぁ、祐人は。そのために働いていたところもあったからな、今回のお仕置きはその辺に触れたのか。それにしても……こいつはただのドMなのかと思っていたが、一応は違ったみたいだな、安心したぜ)
あそこの4人の少女も一悟にとっては大事な友人だ。それでいて勘の鋭い一悟はこの4人が祐人に並々ならぬ好意を持っているだろうことは知っている。
そういうこともあって、男が一人、女が4人というのは他人事で超面白い……じゃなくて、良い形で誰かと祐人がくっつけばいいと思っていたのだ。
だが……そこは男同士。
一悟はまず、祐人の仲間なのだ。
祐人がさすがに今回の処置に、不満を持ったことを肯定する。
(よし! あの4人には悪いが、俺は祐人の味方をさせてもらう。ちょっと焦らせてやるか)
「そうだな。男はやっぱり、どこか心のなかで女性に母性というか、優しさを求めてしまうんだよ。その意味では、あの4人はお前に厳しすぎるな」
「そうでしょ!? 分かってくれるでしょ? 一悟。いくら顔が超絶良かったからって、あんなに毎日厳しかったら、きついよ! 特にテント!」
そこまで言うと少し冷静になったのか、祐人はあることに気づく。
「まあ、勝手に付き合える前提で話している僕もどうかと思うけど。茉莉ちゃんには一度、振られているし……あれ? よく考えたら、この話、意味なくない? どうせ付き合えない女の子の話してもさ。すでにファンクラブ設立の動きもあるほどの人たちだし……なんか、僕ごときが語ることでもなかったよな。その気になれば、彼氏なんかいつでもできるだろう人たちだし」
「いやいや、いいんだよ。仮定の話だから」
(こらこら、冷静になるな)
「あ、そうか」
「でも、うんうん、たまには癒しが欲しいよな、男は。白澤さんや四天寺さんたちは、基本、男は女の子に甘えたいという本心があるのを知らなすぎる。いくら美少女でも付き合った男は苦労するな、ありゃ」
「あはは、本当だね! でも癒しかぁ……憧れるなぁ。癒しをくれる彼女って、どんなんだろう?」
(うん? そういえば、リーゼにもよく怒られていたような……。僕って厳しい女の子しか知らないんじゃ……実は僕はそういう人が好きなのか?)
祐人は違う! と言わんばかりに激しく頭を振る。
すると、一悟が大きく頷いた。
「よし、分かった! 祐人。俺に任せておけ」
「え? 何を?」
「お前に女の子を紹介してやる」
「マジで!? そんなことできるの?」
「ああ、俺を誰だと思ってるんだ? しかも、紹介するのは……優しくて、おっとりしていて、純粋な女の子たちだぞ……?」
「や、優しくて……おっとり……」
その祐人の表情は、決して手の届かない超高級メロンを前にしたような、自分からもっとも遠いものを見るような目をする。
「合コンを開くぞ! 祐人。相手は……清聖女学園の女の子たちだ!」
「何と!?」
そう……一悟はちゃっかり数名の清聖女学園の生徒たちと繋がりを作っていた。
現在も頻繁にメールでやり取りをしており、機会があれば会うことも承諾済みだ。
だが、相手は言わずもがなのお嬢様たち。
そして、とても純粋な女の子たちなので一対一で会うのを初回は避けるのが得策と考えていた。当初、一悟は同じクラスの歩くショタコンと言われている新木優太を誘うつもりだったが、そこに祐人も招くことを思いついた。
だが、これは非常に危険な行為でもあることを一悟は知っている。
もしこれが、あの4人にバレようものなら……。
「いや! これはもう開くしかない! 俺は親友のためにこの体を張るぜ!」
一悟は立ち上がると、祐人に手を差し伸べる。
「来い! 祐人。俺たちのユートピアは目の前だ」
祐人は差し伸べられた一悟の手を見つめる。
そして……その手を強く握ると、立ち上がった。
「ああ! 一悟! 俺はもう立ち止まらないよ! よろしく頼む! 優しさとおっとりをこの手に掴むまで!」
「何やってるのー? 二人とも」
「「のわーー!!」」
静香が突然、リビングの大きな窓を開けて声をかけてきたことに、全身を飛び上がらせた一悟と祐人。
「な、何でもないよ!」
「ああ! 何? 水戸さん」
「……怪しいわね。何を話し合ってたの?」
祐人と一悟はブンブンと顔を振る。
「ふーん……まあ、いいわ。もうすぐね、お昼ご飯にするから、みんなを呼んできてくれる?」
「「アイアイサー!!」」
猛スピードで門を抜けて海の方に向かった男二人を静香はジトーと見つめる。
「どうしたの? 静香」
茉莉や瑞穂、マリオンとニイナたちが窓のところに集まってくる。
「うん? ああ、なんか怪しいのよね……あの二人」
少し考えるように顎に手を当てる静香。
「はっはーん……そうだ!」
「?」
「ところでみんな」
静香が茉莉たち4人に顔を向ける。
全員、何? というような顔。
「体に何か変わりはない? 今から、こう……乙女の感覚を研ぎ澄ましてみて」
「は?」
静香の意味の分からない問いかけに茉莉たちは首を傾げるが……次第に、
「そういえば……寒気というか……苛立ちのようなものを……」
と茉莉。
「……確かに、私は難敵に遭遇したようなピリピリした感覚があるわ」
と瑞穂。
「あ、私もです、何かしら? この不安な感じは」
とマリオン。
「なんでしょうかね? 言われてみれば、イライラしてきました」
とニイナ。
静香は4人の意見を聞くと大きく頷く。
「よーく、分かったわ! みんな。あとは私に任せなさい」
静香はニヤリと笑うと、4人の少女は首を再び傾げて食事の用意を始めるのだった。
4人の少女は祐人だけテントに泊まらせたことをちょっと後悔しており、祐人のために練習した料理をそれぞれ一所懸命作り出す。瑞穂とニイナに至っては初めての料理でもあったりするのだが。
静香は海の方に目を移した。
「袴田君、何を考えているのか分からないけど、面白くなりそうね!」
……これが後に、とんでもない受難を祐人にもたらすことは、この時の祐人にはまったくもって分からなかったりする。
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