第196話 プロローグ②


「うん! これでよしっと……。飲み物もオーケー」


 水着に着替えてTシャツ姿の祐人は、四天寺家のプライベートビーチに大きなパラソルを3本立て、ビニールシートを敷くと、一息ついた。

 その横では一悟が宝物を扱うようにデジカメを入念にチェックをしている。


「もう……少しは手伝えよ、一悟は」


「馬鹿者、これから撮る写真がほぼすべてがお宝になるというのに、そんな些末な仕事などしていられるか! お前だって必ずやこの俺の写真データの前にひれ伏すことになるぞ」


「何を言ってんだか……このアホは」


 そう祐人が呆れていると、二人の少年の後ろから声がかかった。


「お待たせー、おお、堂杜君、感心、感心、準備は万端だねぇ」


 静香の元気な声に振り返れば、そこには……それはきらびやかな集団が祐人と一悟の瞳に飛び込んできた。


「「おお……!」」


「ふふふ、祐人ー、どうかしらぁ?」


「どうですかー? 祐人さんー」


 まず目に入ってきたのは祐人一家たちだ。

 嬌子とサリーは自分たちの水着姿を惜しげもなく晒し、それぞれの方向に完成されたスタイルでその存在感を見せつけている。嬌子は深いグレーの水着にサリーはピンクのビキニタイプの水着を新調していた。


「す、すげぇ……嬌子さん、サリーさん。手足長すぎ」


「う、うん……」


 一悟は思わずそんな言葉をこぼすと、同意するしかない祐人。


(この二人の色気は……人並外れているよ! あ、人じゃないか)


 祐人の顔を赤くした表情に満足気の嬌子は顔をニヤニヤして、サリーもニコニコしながらご満悦の様子。


「ひ・ろ・と! 気に入ってくれた?」


「そりゃ、もちろん! 眼福です! な、祐人!」


「うん! すごい似合ってるよ! 嬌子さん、サリーさん!」


「ふふふ、そうでしょう、そうでしょう」


「良かったですー」


 そこに白とスーザンが大きな浮輪を頭上に掲げて走り抜けていく。その掲げた浮輪には水着に着替えた鞍馬と筑波がおさまっていて楽しそうだ。


「わーい! 海だーー!! スーザン、行こう!」


「……行く!」


「あ! 白! 海に入る前に、しっかり準備運動してから……」


「えい!」


「……えい」


 海を前に興奮しているのか、白とスーザンが鞍馬と筑波が乗っている浮輪を海に向かって投げ飛ばす。


「あ! こら!」


 鞍馬と筑波はウキャキャと喜びの声を上げながら、浮輪ごと海の奥の方ではじけ飛んだ。

 普通なら危険この上ない行為だが、鞍馬と筑波は大喜び。


「あはは、サリー、私たちも行きましょうか!」


「はいー」


 意外とノリノリな嬌子とサリーも海に向かって白たちに合流しに行く。

 それを眺める祐人と一悟は、軽く顔を引き攣らせるが、嬉しそうにしている白たちを見て、放っておくことにした。


「……まあ、大丈夫じゃね? 祐人。この人たちの場合は」


「そ、そうみたい……なのかな? 楽しんでいるならいいか」


「うわぁ、元気だねぇ! 白ちゃんたちは」


 静香はスポーティな水着で右手を額にかざしながら、笑顔を見せる。


「あれ? 水戸さん、白澤さんたちは?」


「あ、もう来ると思うよ? と、その前に……袴田君、私に何か言うことはないのかな? 水着姿を披露しているこの私に!」


「素敵です、何か身軽な感じが」


「身軽!? 身軽って何!? もっと喜ばんか!」


「あ痛た! 嘘です! 照れ隠しです! 思春期の男の子の!」


 一悟と静香がじゃれている横で、祐人もおかしくて笑ってしまう。


(ああ、何かいいなぁ、楽しい気分が膨らんでいくよ。みんなで旅行ができてよかった! 本当に)


「ったく! この男は……あ、ほら、みんな来たよ!」


 静香がそう言い、祐人も後ろを振り返ると、心臓が軽く跳ね上がった。


(おお! これは……)


「ごめん、遅くなっちゃった」


「しっかり準備はしてくれていたみたいね、祐人」


「祐人さん、お待たせしました」


「ううう……よくこんな頼りない格好でみんな平気ね。ミレマーでは考えられないです」


「おおお! 待ってたよ! とりあえずみんなで写真撮ろう!」


 一悟は飛び上がり、カメラを構える。

 でも、こればかりは一悟の気持ちも分かると祐人も思う。

 普段、一緒にいる女の子たちが、水着姿で現れるとまた違って見えてドキドキしてしまう。


「ふふふ、みんなで水着を買いに行ったんだよ? どうだ、男ども! 全員、地味で控えめなものばかりを選ぼうとするから、私がアドバイスをしたのよ、そして、その結果が、この戦果よ」


「ちょ、ちょっと、静香」


「静香さん!」


「や、やめてください」


「ふえ!?」


 茉莉は赤を基調にし、瑞穂は青い水着。マリオンは緑でニイナは白とそれぞれに個性があって似合っている。

 4人の少女は、買い出しの時の話をだされて恥ずかしそうに静香を非難するが……静香の言うことは事実だ。


「水戸さん! この時ほど君を尊敬したことはない! な、祐人!」


「うん! すごい、似合ってるよ、みんな! 来てよかったぁ、僕にもこんな時間を過ごすことができるなんて……入学当時は思いもしなかったよ……」


「「「「!」」」」


 男二人の反応に、少女たちも恥ずかしような、ホッとしたような、嬉しいような表情を見せる。


「そうだな……祐人。良かったな……神はまだお前を見放してはいなかったぞ!」


「う、うん! 神最高!」


 祐人たちの興奮ぶりを見て、茉莉たちもクスッと笑いながらも呆れたようになった。


「まったく……。静香、瑞穂さん、海に行こうよ!」


「これだから男は……。そうね! せっかくだし!」


「行こう、行こう!」


「あ! 写真は!?」


「あとで撮ればいいよ! まずは楽しんでからで!」


 やはり旅先でテンションも高い、茉莉たちはそう頷き合うと、海に向かおうとするが、マリオンとニイナの動きが鈍い。


「うん? マリオン、ニイナさん、どうしたの?」


「あ、いえ……実は私……泳ぎが苦手で……」


「右に同じです……」


「え? そうなの? でも、大丈夫よ、ここは浅瀬が広いから、奥まで行かなければ平気よ。ほら、二人とも、こっちに来なさい」


「あ……!」


「ふえぇ!」


 そう言って、マリオンとニイナを引っ張りながら少女たちも海に向かった。

 その先ではダイナミックに海で暴れて遊んでいる、白たちがいる。まるで、どこぞのテーマーパークよりも、スリリングなアトラクションを見ているようだ。


「祐人……」


「何?」


「俺たちも行くか!」


「うん!」


 一悟と祐人はそう言い合うと、全力疾走で海に向かっていった。

 祐人と一悟もみんなと合流し、すると海の向こうから波に乗って忽然と現れた玄とウガロンに水の滑り台を作ってもらって楽しんでいる。

 そこに一番最後に現れた明良は笑顔でこの光景を見つめた。


「あはは……やっぱり若いっていいですね」


 そう言うと、パラソルの下で本を開くのだった。



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