第188話 調査と残る疑問
水滸の暗城の南側では、この状況をつぶさに観察している垣楯志摩たちがいる。
「勝敗は決したわね……。多聞さん、今、堂杜君たちはどこにいるか分かる?」
そう言う志摩は表情硬く多門菜月に問いかけた。
今回、連れてきた機関所属の能力者たちは、まだ目の前に起きた現状がうまく認識できていないようで、水滸の暗城を凝視している。
「はい、闇夜之豹はすべて戦闘不能……と考えていいです。今、あの少年は大きな池の北側に移動をしているみたい。そこから逃げるように移動してた魔力系能力者2名を追っているみたいですね。四天寺さん、シュリアンさんの両名は施設の東側で後詰の警戒してるようです」
そう答えつつも……菜月は普段から半開きのような目を軽く広げ、黒髪を僅かに斜めに垂らした。
(うん? 何かしら……この違和感。異物が……ううん、異物の空気がこの世界に入り込んできたような……気のせい?)
「どうかした? 多聞さん」
「いえ……なんでも……ないです」
(あ、追われていた魔力系能力者に強い邪気が膨れ上がる。これは異常だわ……まるで人でなくなっていくみたいに。消えた?)
「魔力系能力者の気配が消えました」
「……! 二人の魔力系能力者……それがおそらく闇夜之豹の頭目ね。本当に最後までやったのね、堂杜君は。しかも、あの傷で……何ていう子なの、戦いを仕掛けて一時間少々で……」
「おい、垣楯さん。そろそろ教えて欲しいな。一体、何者なんだい? あのランクDの少年は。間近で見ていないとはいえ、この結果から考えれば、その能力はどう低く見積もってもAAランクはあるぞ。地形特性、能力特性が上手く型にはまったと考えてもだ」
この戦いを見守っていたランクAAの達人、柳生才蔵(やぎゅうさいぞう)は肩から斜めに忍者刀を背負いながら志摩に体を向けた。
柳生家に依頼をかけて派遣してもらった柳生家の長男である柳生才蔵は、祐人たちが苦戦と見るや参戦するこのメンバーの中核を担ってもらう予定の男だった。
忍びの系譜でもある柳生家は実戦闘力が高く、対人戦闘も得意とするオールラウンダーの能力者家系で世界能力者機関日本支部の戦力の一翼を担う者たちでもある。
「才蔵さん……さっきも言ったけど、本当に分かっていないの。私にとっても、この場でとった記録がすべてと言って差し支えないんです。分かっているのは、今年に実施した新人試験で天然能力者として参加してランクDを取得した少年、ということだけ……」
才蔵以外の派遣された面々も志摩の言う言葉に眉を顰めた。
「では、どうしてこの少年に注目するようになったんですか? 何かそうさせる理由や情報があったと拙僧は想像しますが?」
高野山にも所属する真言密教を会得したランクBの僧である威徳(いとく)は知的な目を志摩に向ける。威徳は黒衣をたすきで巻き、その手には黄金の三鈷杵(さんこしょ)が握られていた。この男以外はそれぞれ私服姿だが、威徳はどこに赴いても現場では法衣を身につけることを旨としているらしい。
他の面々も志摩に顔を向けた。
威徳と同じ高野山から派遣された阿闍梨でもある老僧でランクCの道開(どうかい)。
支援等も得意とするランクBの女性陰陽師、朝霞千代(あさかちよ)。
死霊使い対策で呼ばれた退魔専門の巫女、ランクCの神出来乙葉(かんでらおとは)。
日本支部に所属する高名な絵師でもある異色の能力者、豊田湊(とよだみなと)。
そして、現世(うつよ)の異物を把握する固有能力【天慧眼(てんけいがん)】の持ち主、今回の堂杜祐人を測るために連れてこられた多聞菜月(たもんなつき)。
道開以外は二十歳前後と若く、日紗枝と志摩が厳選して依頼をかけた優秀な能力者たちである。
「本来は超極秘事項なのですが、大峰様や本部も、ある程度は許容していますのでお伝えしますが、それは……先月のミレマーでの事態です」
「ミレマー? あのニュースになった軍事政権が倒されたという?」
「……はい」
才蔵が志摩の言うことに首を傾げて声を上げると、横から穏やかな口調で威徳が頷いた。
「ミレマー……確か、未曽有の数の妖魔を召喚してきた召喚士がいたというものですね? 高野山でもその波動は感知していましたので、私も驚いていました。遠く離れた高野山にまで届くほどの邪気でしたから。何者らかは分かりませんが、とんでもないと言うには生ぬるいほどの……召喚士たちですね。こちらでの概算ですが、その召喚数は数万にも及んでいるだろうと言っていました」
「何だって!? おいおい、それは本当なのか? そんな数の召喚なんて一体、何人の召喚士がいたんだよ。いくら倒してもきりがないぞ! よくミレマーは無事だったな。俺みたいに一対一を得意としている能力者じゃ、間に合わんわ」
才蔵の驚きは、他の者たちも同様だ。その話自体を知らなかったこともあるが、それ以前に能力者と言えど、威徳の言うその非常識な内容は受け入れがたいものだった。
まず数万の妖魔の召喚など聞いたことはない。また、それだけの召喚士を集められる組織があるのか、という疑問も残る。
威徳の言葉に志摩も驚く。
機関でもまだ公にはしていない内容を高野山がある程度察知していたこと、にだ。
「! そこまでご存知でしたか……さすがは高野山です」
「いえ……それだけのものだったからですよ。恐らく、高野山以外にも気づいたところはあるでしょう」
「……そうですね。こちらも迂闊でした。そう考えるのが妥当ですね」
「垣楯さん、それでそれがあのランクDと何の関係があるんだ?」
「実は日本支部はその場に能力者を派遣しました」
皆、志摩が何を言いたいのか分かり、顔を固くする。
そこに少々、顔を引き攣らせながら……志摩と顔見知りでもある朝霞家の若き次期当主千代が前に出た。
「ま、まさか、それがあの3人ですか? それで数万の妖魔の大群を退けたと? さすがにそれは冗談でしょう? しまりん」
「しまりんはやめなさい、千代。その……まさか、よ。しかも、その召喚の主と思われる召喚士も倒されています。調査によるとその召喚士と思われる人物は最大でもたった3人……」
「3人!?」
「はーん? 本当かよ!? 3人でその数を召喚なんて、非常識にもほどがあるぞ! いやいや、不可能だ、不可能! それが可能な召喚士なんぞいたら、世の中、召喚士が世界を牛耳るわ。しかも……召喚数でそれなら召喚数を減らせばどれだけの奴を召喚できるんだよ。一概には言えないが魔神クラスの召喚が、たいした段取りも準備もなく、ただの召喚術でいきなり召喚できてしまうかもしれねーぞ? 世界がひっくり返るわ」
「はい……まさにその通りです、才蔵さん」
「……私は……その存在を感じていた。ミレマーで軍事政権が倒されたと言われる日の同日に、魔神級としか思えない、邪悪でおぞましい波動をはるか遠くに登場したのを。方角はまさにミレマーのある方角と一致。あれは、この世に決して存在させてはならない、呼び込んではならない魔の存在……おそらく魔獣の類でしょう。ただ、圧倒的な力を持った超魔獣と言うべきものです」
「な、マジかよ……そりゃ人類の危機じゃねーか」
「……多聞の人間が感じていたのであれば、間違いないでしょうね。高野山でもそこまで精密に把握はしていませんでしたが、似たようなことを言っていました。しかし……そうなるとその犯人は何者ですか? それだけのことをしでかす連中はまともではありません、その思想も実力も。まさに機関を挙げての戦いになるレベルです。垣楯さん、それすらもあの3人が退けたと言うのですか? 確かに……恐るべき力を見せているランクDの少年には驚きました。四天寺の姫もあのエクソシストの少女の実力もランクAを超えるものだとは思います。ですが、それでも……多聞さんが言うレベルの魔獣を倒せるものではないのでは……」
「はい……ただ、本部の調査では、その召喚されたと思われる超魔獣も、その召喚主も倒されたという結論を出しています。それと倒したと思われるの恐らく……たった一人。いえ、正確には、そうではないかと思われている人物が一人なんです。ミレマーでの瑞穂さんとマリオンさんの居場所は確認できましたから」
「一人!? 一人って!?」
「ほう、一人とは……それはまた、恐ろしい話を聞きましたな」
さすがにここまでの話を黙って聞いていた最年長の道開も驚きを隠さなかった。
「召喚士についてですが……申し訳ありません、威徳さん、今はすべてを言えないです。ですが、威徳さんの仰る通り、機関本部での調査隊で真っ先に問題となったのが、まさにそのことでした。では一体、誰に倒されたのか? ということです」
「……あの~、すみません。ということは……まさか、機関はその超魔獣すらも倒した謎の人物というか、能力者を、あの堂杜という少年ではないかと疑っているということですかぁ?」
神出来乙葉の控えめな質問に志摩は静かに頷く。
「……そうです。ですが、あくまで仮説で、まだ何も分かってはいません。ですから、このような遠回りなことをして調査をすることになったのです。忙しい皆さんには申し訳ないのですが……。ただ、分かって欲しいのは、これは機関にとっても重要なことになります。それだけの人材が機関に所属しているのであれば……」
「とんでもなく世界への影響力が上がるわな。裏にも表にも。まだまだ世界は不穏なところがあるしな。皮肉なことだがその不穏な状況を作っていた組織の一つである闇夜之豹がこの調査に使われるとは笑えるが……」
「笑い事じゃないですよ、才蔵さん。で、どうなんです? しまりん。今回の結果は」
「しまりんはやめなさいって言っているでしょう、千代。今回の結果は結論から言えば驚くべきものね。とてもではないですが、あの実力はランクDとはかけ離れている。何て言ってもあの闇夜之豹をまるで赤子扱い……です。あの三人の代わりに、ここにいる私たちが全員出たとして、闇夜之豹の壊滅は可能だと思う? 千代」
「冗談でしょう? できるわけないですね。戦い方によってはかなり苦しめられるかもしれませんが……才蔵さんに超働いてもらって。でも、まず壊滅なんて最初から目標設定すらしません」
「おいおい……そうならなくて良かったわ。だが垣楯さん……あの少年は確かにとんでもねぇと俺も思うが、どうなんだい? 機関の仮説やこの多聞や高野山の話から考えれば……」
「そう……ですね。私見ですが、ミレマーでの危機の規模を考えれば物足りない、と言えるかもしれません」
「そうだよな、魔神クラスを一人で倒すなんて……そりゃあ、四天寺の親父か剣聖ぐらいだろ。ああ、聞いたことはないが天衣無縫もどうだろうな……? もし、ミレマーの危機を救ったという能力者の仮説が本当であれば……まあ、言ってしまえば6人目のランクSSの誕生と言って差し支えないからな。それを考えれば、今日のこのとんでもない実績も物足りなくなってしまう……というには可哀想か。比べる相手が悪いわな、これだけの実力者であることは間違いねーし」
「……」
「まあ、奥の手を持っている可能性も……考えすぎか」
「奥の手……ハッ」
「うん? どうした、垣楯さん」
「いえ……」
(今、私は堂杜君を忘れていない……。これは今までとは違う。まさかとは思うけど……彼の記憶を失うときというのは? 彼には奥の手……代償を伴う奥の手が)
能力者の放つ術や技は常に触媒という名の代償を伴う。
そのほとんどが霊力、魔力であり、中には供物や血の代償も伴うものあるのだ。
(もし……もし、堂杜君がミレマーを救った人物ならば、今日は見せていない代償を伴う術があると……。それでその代償というのが……)
志摩はここまで考えを巡らすと、飛躍しすぎとも考え首を振った。
「皆さん、帰りましょう。私も今日のことを早急に報告しなくてはなりません。それと今回の件は、まだ他言無用でお願いしますね」
「へーへー、終わってみれば楽な依頼だと言えんのかな。でもなあ、他言無用と言われてもなぁ。こんなすごいもの見せられてはな、口が滑っても仕方ないと思うぜ? すごい新人がいたってくらいは、言ってしまいそうだ」
才蔵が両手を頭に回してぼやく。
「ふふふ、才蔵さん。今回の人選には、口が堅いこと、機関に深くかかわっている、という項目も入っていたんですよ」
「あらら……嫌だねえ」
才蔵はそう言い、肩を竦めると他の者たちも苦笑いした。
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