第181話 呪いの劣等能力者⑤


 祐人は空港の売店で買ったパンを齧りながら、多くの人が立ち往生しているのを見つめ瑞穂たちと座りながら不審そうにしていた。

 念のため変装をしているため、祐人はサングラスをつけ、瑞穂たちは男装をし、帽子を深くかぶっている。


「祐人、何かあったのかしら? ちょっと異常な雰囲気ね」


「うん……何だろう? ちょっと分からないね」


 北京国際空港に現地時間で15時半に到着すると空港内が騒然としており、現在、一緒に同乗してきた機関職員が北京市内に向かう車の手配にいってくれている。

 するとしばらくして、自分たちの父親役として扮している田所(たどころ)という職員が帰ってきた。


「ようやく車の手配が出来ました、行きましょう」


 機関職員に促され、世界第二位の広さを誇る巨大な空港内を抜けて祐人たちは手配された個人タクシーらしき車に乗り込んだ。


「一体、何があんたんですか? ちょっと普通じゃないように見えましたが」


「はい、私も聞いてみたんですが、今、北京市内は都市インフラが一時的に麻痺をしているようなのです。空港はなんとか止まっていませんでしたが、地下鉄等は止まっているようですね。信号も復旧しているところとそうでないところがあって、市内では相当な渋滞が出ているようです。このタクシーもやっとの思いでおさえたんです、だいぶ金額を釣り上げられましたが……」


 職員はため息交じりの苦笑いで、助手席から上機嫌の運転手に目をやる。


「祐人……どうする?」


「どうもしないよ、瑞穂さん。予定通り、このまま行く。それにこれは都合がいいかもしれない。これなら目立たずに行動を起こしやすいよ。目標は北京から10キロ程度の距離だから、どちらにしろ、途中から車を使うつもりもなかったしね」


「ふふん、なるほどね。腕が鳴るわ……」


「私も準備できています」


 移動疲れも感じさせない二人に祐人は頷く。

 すると、この時……祐人が突然、ハッとしたような顔になり自分のギプスをつけた左腕と右腕を持ち上げてジッと見つめた。


「……どうしたの? 祐人、突然、驚いたようにして」


「こ、これは……いや、呪いが……解けた、と思う」


「え!?」


「本当ですか!?」


「うん、多分、間違いないと思う。田所さ……父さん!」


「……うん? どうしました?」


 田所が鼻歌を歌う運転手の横の助手席から振り返り、祐人は一応、小声で話しかける。


「ちょっと機関に連絡をとってください。ひょっとしたら、向こうでの呪詛が解けた可能性があります」


「……! 分かりました。すぐにメールを送ります」


 この朗報に瑞穂は表情を喜色に染めて声を上げた。


「祐人! じゃあ、秋子さんのも?」


「うん、恐らくその可能性は高い。もしかしたら……僕の仲間がやってくれたのかもしれない。大手柄だね、これは。何かご褒美をあげないと」


「ええ! それが本当なら大手柄よ! 祐人、私からもその仲間にお礼を言いたいわ、帰ったら会わせて頂戴」


「分かった!」


「じゃあ、祐人さん、あとは……」


「……うん、あの腐った連中を叩きのめすだけだ。徹底的にやるよ? 瑞穂さん、マリオンさん。表向きは機関の反撃……。でも、これはあいつらにとっての呪いだ……人を呪わば穴二つ、もはや人間すらも止めたこいつらをのさばらせて置く理由も生かしておく理由もない」


「ええ、思い知らせてやるわ」


「はい、私なんかは当事者ですからね、私にとっては正当防衛でもあります」


 祐人たちはそれぞれがそれぞれの顔つきで敵本拠地に乗り込む理由と覚悟を反芻し、三人を乗せたタクシーは北京市内に入っていった。

 北京市内までは意外とスムースに到着した祐人たちはタクシーを降りると、北京市内の混乱ぶりがよく分かった。


「こりゃあ……思ったより混乱してるね」


「ええ、それにひどい空気だわ」


「本当に原因はなんでしょうね?」


「皆さん、私はここでお別れです。後はお任せします。私は後続の機関の人員を受け入れる手はずを整えます。あとは打ち合わせ通りに……」


「はい、ありがとうございます。僕たちはこれからすぐに向かいます……その水滸の暗城ってところに……」


「分かりました、では……ご無事で」


 こうして祐人たちは人ごみの中に消えていった。




「まだ、見つからないのか!?」


「は! 申し訳ありません。今、施設内をくまなく探しておりまして、施設外周にも総動員で見張らせておりますが……まだ……」


 水滸の暗城の私室でアレッサンドロは部下の報告を聞くと、声を荒げる。


「ぬう……急げ、能力者の可能性が高い。闇夜之豹たちも動かすぞ。それと周囲の警戒を怠るなよ、これが襲撃の下準備かも知れぬ」


「了解しました!」


 アレッサンドロはイライラしながら、侵入者を探していた。

 中に侵入したのは間違いないのだ、しかも、こうも容易く施設の中心部でもある祭壇にまでだ。

 これを放置しておくのは、敵の襲撃の際に禍根を残す可能性もある。

 たとえ既に逃していたとしても、その侵入方法や侵入した際に使った能力の仮説ぐらいは立てておきたい。


「どうだ、ロレンツァ?」


「駄目だわ、あなた。どの結界にも引っかかった痕跡も破壊されたところもないわ。あなたが構築した結界に、すり抜けられる人間など……あ!」


「どうした?」


「あなた、もしかしましたら能力者ではなく人外の類では!? それならばあなたの結界を擦りぬけてくる可能性もあります。能力云々ではなく、そういう存在であるような……」


「……ふむ、あり得なくはない……な。だが、そういった人外であれば相当高位の存在だ。そこにいて、そこにいない、を体現できるような人外といったら神獣クラスと言ってもいい。そんな人外と契約できる能力者など、世界を見渡しても少数だ。ましてや、機関の日本支部が仕掛けてくるとなると……もしや、蛇喰家か」


 アレッサンドロは有数な契約者を輩出する日本支部所属の蛇喰家の噂は聞いたことはある。蛇喰家は有名であるが謎の多い家で、その契約人外の存在についても情報が洩れてこない。

 分かっているのは蛇神と言われる強力な人外との契約に特化しているということだけだ。


「なるほど……それなら合点のいくところがある。であれば、蛇喰家で物理的な攻撃特化の契約者はあまり聞いたことはない。今回のこれは呪詛の破壊に主眼を置いた行動だろう。とうことは、もう逃げている可能性が高いな」


「ええ、随分と大胆なことをしてきましたわね。あなた、この田舎者どもの処理は私に任せてくださいな。貴重な祭器を破壊した落とし前はつけさせてもらいます」


 扇子を握りしめて怒りを露わにするロレンツァからどす黒い魔力が滲みだしてくる。


「フフフ、でもあなた、これで機関の意図ははっきりしたわ」


 状況の整理ができ、アレッサンドロも幾分か落ち着きを取り戻した。


「ああ、これで終わりということはあるまい。機関も相当、頭にきているだろうしな。次は正面からここに仕掛けてくるか……。よし、もはや捜索はいい。闇夜之豹を展開させて待ち伏せといく……。後悔するがいい! 恥の上塗りに機関は耐えられるかな? ククク……」


「さて、どんな能力者を派遣してきたのか、楽しみですわね」


「機関のことだ。完全にここを潰せるほどの戦力は送ってこまい。ある程度の闇夜之豹を倒して、それを戦果に引き上げるつもりだろう。機関にしてみればそれで十分だしな。失敗した時のリスクや被害、それと面子を天秤にかけているんだろう。奇襲をかけずに先に呪詛を取り払おうとしたのがその証拠だ。そう考えれば僅かな高ランクの能力者と中程度の能力者を数名といったところだろう」


「フフフ、まあ中途半端な……でも機関らしい」


「まさか、あの機関が一般人を巻き込む都市機能の混乱までするとは思わなかったがな。現場の能力者の独断かもしれんが」


 このアレッサンドロの考察はある意味で正しかった。

 というのも、当初、日紗枝が考えていた人選に近いものだったからだ。

 日紗枝は個人的にも機関としても今回の闇夜之豹のやり方は看過できるもではない、と考えていたが、それで大国中国の能力者部隊を壊滅させるということまでは考えてはいない。

 それは現実的ではないからだ。

 闇夜之豹という組織は大国に相応しく、強力で強大だ。水面下で能力者を使った全面戦争をする時のリスクは機関にとってもただ事ではない。

 日紗枝は全力でやる、と言っていたが、それは機関の力を誇示し、闇夜之豹に土をつけて呪詛の破壊を目的とする意味合いが強かった。

 とは言うものの、そこに秘書の垣楯志摩が日紗枝のブレーキ役として力を発揮したことは言うまでもない。


 だが……最終的に起きた事実は、反撃を決意した当初の日紗枝にとっても、今のアレッサンドロが想定したものとは違うものになっていた。


 大国中国の強力な能力者部隊、闇夜之豹の本拠地に襲撃を仕掛けてきた人員は三人。


 そして……その三人の少年、少女の目的は……、


 闇夜之豹の殲滅


 に他ならなかった。


 そして、ついに……その戦端が開かれる。




「伯爵様! 何者かが敷地内に侵入しました!」


 アレッサンドロに通信で急報が入る。

 これと同時に日紗枝に連絡が入った。


“大峰様! 堂杜君たちが仕掛けたようです!”


 それに対して報告を受けた二人は、ほぼ同じ感想を漏らす。


「ほう、思ったより早いではないか、機関の愚鈍共が! 闇夜之豹42名すべて出せ!」


「……早いわね。着いてそのまま仕掛けるなんて。後続の部隊もすぐに向かわせて、志摩ちゃん!」


 だが、その後の二人の思惑は異なっていた。


「いいか、叩き潰した後、死体でも構わんから、ここに持ってこいと伝えろ。その死体はローマの機関本部に送り届けてくれる! ハハハ! これで私の地位は盤石! この国の内側から新たな国を立ち上げるぞ! そして、同胞を集め、最終的には妖魔の下での平等な世界の構築だ!」


「志摩ちゃん、急いで! それで堂杜君たちを観察。苦戦しそうなら、すぐに介入して。まさかバルトロさんの仮説を闇夜之豹で試すことになるとは思わなかったわ。でも、この戦いぶりで分かることになるかもしれない。あのスルトの剣を倒し、ミレマー全土を救ったという存在が誰なのか。ただし、堂杜君たちの安全が最優先よ!」


 そして今、祐人は燕止水の生還を信じ、燕止水と志平、そして子供たちの居場所を守るため、最前線に身を置く。

 この敵は自身の目的のためだけに、呪われる謂(いわ)れのない人間たちを呪った。

 幸せに生きようとした人間の希望さえも奪おうとした。

 その挙句にマリオンを生贄にするために捕らえようとした。


 このすべての行動が祐人の禁忌に触れたのだ。


 祐人は……その代償を敵自身に払わせるため、自らが敵の呪詛となり……修羅と化すのだった。



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