第180話 呪いの劣等能力者④


 闇夜之豹の居城ともいうべき、別名、水滸の暗城にロレンツァは到着しアレッサンドロと今後のことを相談していた。


「ふむ……何者なんだ、そのランクDの小僧は……。しかも、その実力と言い、色々と知っているようなその物言いは、気になるな」


「どう致します? あなた。恐らく……機関は何らかの形でここにちょっかいを出してくると思いますけど」


「フッ……それはそれで都合がいい」


「どうしましたの?」


「いや、実は連日、張林の坊やから今回の件の責任はなんだと……うるさくてな。逆に機関のちょっかいを返り討ちすれば、少しは静かになろうし、我々の力の誇示が中枢にまで届けば、さらに色々とやりやすくなろうと思ってな」


「まあ、小物ですわね」


「ここの防備はそう簡単には抜けんよ。それどころか返り討ちは容易い。それで機関のちょっかいの証拠でも掴めば……」


「機関の権威は落ち、私たちの立場は上がる、ということね」


「ククク、まあそういうことだ。それよりだ……先ほどの小僧の話が気になる。むしろ捕らえて色々と聞きたいな……異界のことをどこまで知っているのか。仙道使いということだが、一体……今回のちょっかいに参加してくれれば良いのだがな、手間が省ける」


「それはないでしょうね。あの小僧の傷は傍から見ても重症でしたわ。捕まえるのならこちらから出向かないといけないでしょうね。ああ、それとあなた、これを……」


 ロレンツァはアレッサンドロに何かを包むように折りたたんだ上質の紙を差し出した。

 アレッサンドロはそれを受けとり、紙を広げる。


「これは……あの小娘の髪の毛か!? 流石だな、ロレンツァ。ただでは帰ってはこない」


「ええ、私が赴いてこれだけのものになってしまって、申し訳ないですけど……」


「いや、これがあれば数分だけとはいえアズィ・ダハーク様を顕現させられる! 使う機会はないかもしれんが、万が一の切り札にはなる。これで……機関を返り討ちにした後に改めて小娘を捕らえに行けば……。しかし……オルレアンも皮肉なことだ、その力の引継ぎが直系ではなく、分家の小娘に流れようとはな。愚鈍な本家の連中が隠そうとも、ラファエルの法衣がそれを認めているというのに」


「まったく……愚かなこと。ですがそのおかげで、こちらも動けました。あの小僧さえいなければ、今頃は……。なんとも小憎らしいこと」


「いや、構わん。我々には半永久ともいえる時間がある。あの小娘が老婆になった後でも良いのだ。少々、口惜しいが、また、その時を待てばよい。ここで無理をしてお前を失いでもしたら……私も生きる意味を失う」


「まあ、あなた……フフフ」


「とりあえず迎撃の準備をしておこうか。闇夜之豹たちをすべてここに集結させよう。それと軍や警察と各所に巻いた私の子飼いたちに連絡をして、人員を割いてもらおうか」


「あら、大袈裟じゃありません?」


「私は臆病なのでな、手は抜かんよ。それに機関もそれ相応の実力者を送ってこようことは想像できるしな。お前は休め、ロレンツァ。あとは私に任せればいい」


「はい、あなた。ちょっと、やることをやったら休ませてもらいますわ」


「何をする気だ?」


「少し……呪いの強化を。今、呪詛を送っている連中はもう用済みでしょう? それにあの憎たらしい小僧にも呪いをかけていますので、最大限のお礼をしたいのですわ」


「フッ……好きにしろ」


「はい、あなた」


 ロレンツァは立ち上がり、部屋の奥に設置している呪詛の祭壇の方に向かうと、アレッサンドロも各部署に電話連絡を入れるために執務室に向かった。

 アレッサンドロは北欧調のデスクに座り、設置された受話器を取る。

 軍に連絡を入れているのだが珍しく、中々でない。


「……。ああ、私だ。何をしている遅いぞ。うん? どうした、周りが騒がしいな。まあいい、実は早急にこちらに警備のための部隊を二個中隊ほど派遣してほしい。は!? 難しいだと!? どういうことだ!」


 アレッサンドロは子飼いの思わぬ回答に激怒した。決して自分の命令には逆らわないはずの下僕ともいうべき駒である。

 その下僕が難しいなどと言うことはあり得ない。あるとすれば物理的に無理というときだけだろう。

 アレッサンドロは冷静な口調に戻り、その理由を問いただした。


「何故、難しいのか言え。……は? ドンガラガッシャーン? 何を言っているのだ、お前は!」


“は! それが……”


 話を聞けば昨日から、基地内で数々の備品の破壊が起きて問題になっていると言うのだ。すぐに敵性国家からの工作員や兵の反乱すら疑い、捜査をしているがまったく、掴めていないのだと言う。

 その被害は甚大で、軍の持つ火器、重火器がきれいにバラされており、それは通信機器から基地内の監視網や指令室に至り、今、基地内は軍としての統制すらままならない状態であるという。

 そして、残ったデータ映像を確認したところ、誰もいないのにもかかわらず独りでにバラバラに破壊されていく武器庫内の状況が映し出された。

 その不可思議な現象に見張りをしていた兵や数日内に武器庫に入った兵を尋問したところ一昨日に妙な声が聞こえた、と数名の兵から一致した証言が得られる。

 それが……、


「ドンガラガッシャーン!」


 なのだそうだ。

 それで今、これを基地内でドンガラガッシャーン事件として、調査中であるらしい。

 因みに他の一部の証言では、


「間違えた? ねえ、鞍馬、間違えた?」

「祭壇ってどんなの? ねえ、筑波、どんなの?」

「どうしよう~、首領に怒られる~。褒められて、ご褒美欲しいのに!」

「ほか行こう! ほか! いつか当たるよ! いつの日か!」

「おお! そうしよう! それらしいの全部回ればいつか当たるさ! いつの日か!」

「おうさ!」

「ちょいやさ!」


 という子供の声が聞こえたと、兵たちを怯えさせていたのだった。

 しかも、これを証言したのが以前から周囲に霊感が強いと認知されていた兵から上がってきたので、基地内ではちょっとした幽霊騒ぎになっており、軍としては認めることができず、アレッサンドロには報告していない。

 軍の恥部になると幹部がもみ消したのだ。


「ええい! 丸腰でもいい、武器はこちらで用意する。人員は必ず送れよ、いいな」


 アレッサンドロはイライラを抑えきれず、そう言うと通話を切り、今度は北京の警察本部の子飼いに電話をする。


「は!? 貴様もか! だから何なのだ、そのドンガラガッシャーン! とは!」


 ここでも同じドンガラガッシャーン報告を受けて、人員を割くのは難しいと言われ、さすがにアレッサンドロは大きな声を上げる。

 何でも昨日に起きて、今、署内で調査中らしい。

 そして、それだけではなかった。

 このような同じ被害の通報が北京市内にある国の主要施設から続々と警察に寄せられて大混乱をきたしていると言うのだ。

 聞けば、都市交通局や発電所、変電所、水道局もやられて北京市内は都市機能が麻痺寸前にまでなっているという。

 このアレッサンドロと連絡が繋がっていると言うのも、アレッサンドロが非常事態時にも使う極秘回線網を使っているため、かろうじて連絡が繋がったと言うことらしいのだ。


「何なのだ! この国は! 偉そうに大国だと嘯(うそぶ)いている割には、何と脆弱な!」


 そう怒鳴り、アレッサンドロがデスクを拳で叩く。


(まさか!? 機関が? いや、早すぎる。それに一般人にここまで影響をする大それたことをするとは思えん。しかし……偶然というには重なりすぎだ。それにやり方がめちゃくちゃだ。我々を襲うのに、関係のないところまでやるわけはない。では……何だというんだ! 目的が分からん)


 この事態が偶然なのか、黒幕がいたとして何が目的なのか、皆目、見当がつかずにアレッサンドロは狼狽する。

 だが結果として、水滸の暗城の防衛に回す人員に狂いが生じていた。


「機関が攻めて来ようとする時に、このようなことが……。むう、まあいい、所詮、盾にするための時間稼ぎだ。ここの結界と防衛網は外部と独立している、問題はない」


 水滸の暗城は発電施設も持ちあわせており、その運用に外界の出来事は関係ない。食料の備蓄も豊富である。

 ある意味、この施設は独立した要塞でもあるのだ。

 アレッサンドロは気を落ち着かせ、豪奢な椅子に背を預けると、これから自分が為すべきことを思案し始める。


(まずは機関に撃退し、これを喧伝して機関に恥をかかせる。そして、その後は……力を蓄え、この国の中枢もおさえたいな。そうなれば張林も無用。この国からアズィ・ダハーク様の国を建国する下準備としては上々だ)


「ククク、あの御仁にも報告を入れておくか。この体をくれた礼もあるしな」


 その出自も正体も不明の男……だが、自分たちを匿った挙句にこの半妖の体まで与えた人物をアレッサンドロは思い浮かべる。


「会ったのは能力者大戦時とドルトムント魔神、そして最近では品川魔神の顕現時か」


(剣聖アルフレッド・アークライトが血眼になって探しているというが、無駄なこと。我々でさえ、年に一度の決まった日時、そして僅かな時間しかコンタクトをとれぬ)


「異界の情報もあの御仁からもらったもの……毎回、話せる時間がないと少しづつしか情報をもらえぬのは歯がゆいが……我々には時間はある。待つしかあるまい。フフフ、この国の掌握のあかつきには、世界に散らばる同胞を集め、また仕掛けてみるのも面白い。さしづめ……第二次能力者大戦というところか、ククク……」


 愉快気に目を垂らし、人間の顔とは思えない邪悪な笑みを漏らすアレサンドロのいる執務室の扉が開く。


「あ、あなた!」


「どうした、そんなに慌てて、ロレンツァ?」


「そ、それが来てください! 私の祭壇が! 侵入者かもしれません!」


「何!?」


 慌てるロレンツァの後をついていくアレッサンドロは嫌な予感がしていた。


「私が先ほど、呪詛を強化しようと祭壇の隣の部屋で祭器と呪詛の触媒を選んでいた時に、突然、祭壇の部屋から大きな声が聞こえたと思ったら!」


「そんな馬鹿な! 我々に気づかせずにこの場所に……いや! その前にこの施設の敷地内に侵入しようとすれば、そこですぐに感知できるはずだ!」


「はい、そのはずですのに! 見てください!」


「こ、これは……」


 そこには見事に破壊された祭壇と今まで呪詛に使用されていた祭器等の破片が散らばっている。


「ば、馬鹿な……」


「あなた……すぐに闇夜之豹を展開せねば! 機関の仕業としか!」


「ああ、あり得ん! この結界をすり抜けるなど……。だが、これは……すぐに緊急態勢を整える! まだ内部にいるかもしれん! ひっ捕らえてその皮を剝いでくれる!」


「許さん……わたくしの大事な祭壇と祭器を……! どうやったのか分らないが……姿を見せないと言うことは、戦闘向きではないということ。必ず捕まえてくれる!」


 この時、アレッサンドロはロレンツァの言う大きな声、というところに引っかかる。

 まさか……。


「ロレンツァ、その大きな声とはどのように聞こえたのだ?」


「クッ……複数の子供の重なるような声でした。確か……」


 憎々し気に震えるように語るロレンツァ。


「それは……もしや……?」


 子供のような声、と聞き、アレッサンドロは顔を引き攣らせる。


「確か、ドンガラガッシャーン! と!」


「!」


 それを聞き、さすがのアレッサンドロも背筋に冷たいものを感じたのだった。



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