第170話 すれ違い⑧


 瑞穂たちは敵の闇夜之豹に対して自分たちのいる広場への侵入をよく防いでいた。

 そもそも、ここに位置取りしたのには理由がある。

 それは精霊使いの力を十二分に発揮できることだけに特化したのだ。

 まず、精霊使いの得意レンジである中距離から長距離を取れるということ。

 見晴らしが良いこと。

 またそれに伴って山林との境目があることで敵の現れるポイントに攻撃を仕掛けやすい。

 そして、山林と広場の境目に罠や結界を張りやすいことが言えた。

 これはあくまでも、敵が攻めてこちらが守りに徹することが大前提であり、そして敵が攻めることを急いでいて、攻撃を止めることが出来ないという条件が必要ではある。


「クッ、精霊使いどもが! 時間を稼いで応援を待っているのか!?」


 百眼は今、前線に来て指揮をとっているが、瑞穂たちの頑強な粘りに思うように突破できていない。

 本来、準備していた作戦はホテルでの四天寺家の強襲を受けて闇夜之豹の戦力は半減してしまい、必要な能力者も欠けていているため、今は現有戦力で臨機応変に対応することが百眼に求められていた。

 だが、現状では臨機応変といえば聞こえはいいが、要はでたとこ勝負の色合いは強い。


「死鳥があの小僧を倒して、こちらに向かってくればすぐにでも圧倒できるものを!」


 百眼が歯ぎしりをしたと同時に、瑞穂は苦笑いする。


「どう? 大分、敵さんも消耗したけど、そろそろ行けそう?」


「そうでやすな! そろそろ頃合いといったところでさぁ」


「はいはーい! 白はもう行けるよ!」


「(コクコク)……行ける」


 玄は濃ゆい顔でニンマリとし、大地に耳を当てている。

 マリオンの横では白とスーザンがおり、やる気を見せていた。

 実は祐人は事前に玄たちを呼び寄せて、瑞穂たちと作戦を練っている。やはり一度、共に戦っている玄たちの実力を信頼したものだった。

 他の人外たちを呼ぶことを考えたが、玄が「他の連中は戦闘向きではない者たちと呼んだら無条件で皆殺しにしそうな奴らしかいないでさあ」と言ったので、今回は諦めた。

 この時、祐人もそれを聞いて顔を青ざめせて「これは本当に一回、全員呼んで話し合わないと駄目だなあ……」とブツブツと独り言を言っていたりする。


「でも、もう本当に大丈夫なんですか? 玄さん。ミレマーでの消耗から回復をしきっていないから絶対に無理はしないようにと祐人さんも言っていましたし……。嬌子さんたちは学校のこともあるので呼んでもいませんし……」


 嬌子とサリー、そして傲光とウガロンはこの場には呼んではいない。学校方面に闇夜之豹が来る可能性を考慮したのとこちらでさらに消耗させてしまって、祐人たちの入れ替わりに支障をきたさないためだった。


「うーん、そうでやすなぁ、本当はもう少し回復しておきたかったんでやすが、まあ、大丈夫でやしょう! 今、敵の霊力と魔力を調べやしたけど相当にへこんでますわ」


「どうやって、敵の霊力残量とか分かるのか不思議ね! む! そこ! 炎槍!」


「あっしは大地にでもなんでも繋がってれいば、敵のおおよその実力は分かりまっせ!」


「あ~あ、祐人ともっと一緒にいれば力の回復も蓄えも全然違うのになぁ。最近、会えてなかったから……祐人の霊力が恋しい」


「……(コクコク)」


「「は?」」


 白のその何気ない発言に精霊使いの少女とエクソシストの少女の眉がピクッと反応した。


「あのー、白さん? む! 聖循!」


 マリオンの聖循によって敵の霊力刀が弾かれる。


「うん? 何? マリオン」


「今のはどういう意味合いなのかしら? 一緒にいれば、とか。ハア! ディバイン・サークル!」


 敵の召喚した僵尸の足元に直径10メートルほどの光のサークルが発現し三体同時に浄化された。


「うん! 私も契約して初めて知ったんだけど、私たちは契約すると力を使った後の消耗の自然回復力がすごく弱いんだよね。だから、本来は主人になる契約者に私たちが力を使うたびに霊力とか魔力とかを注入してもらって回復させてもらうの! でも、祐人は霊力をうまく扱えないから……」


「ああ、なるほど……ですね。祐人さんは霊力を上手く注入できないんですね」


 何故か胸を撫でおろす瑞穂とマリオン。


「でも、大丈夫! 祐人のそばにいれば、あの大量の霊力をもらえるから回復は数日で済むの! ちょっと、それが出来てなかっただけで」


「「……うん? そばに?」」


 瑞穂とマリオンの額にしわが寄る。


「ちょっと、白さん! ハッ! 炎鎌! そばに、って言うのは?」


 広場に躍り出ようと伺っていた闇夜之豹のライカンスロープを牽制する瑞穂。


「え? 瑞穂、一番良いのは一日中くっついてることだよ! でも、あんまりくっつくと祐人が嫌がるんだもんね」


「(コクコク)……祐人、ケチ」


「白とスーザンはくっつき過ぎなんでやんすよ。親分もあれじゃゆっくり出来ないでさあ」


「だってぇー」


「あれぐらい……普通」


「くっつく!?」


「そ、それは……ということは、白さんたちは祐人さんといつも……? もしかして嬌子さんやサリーさんも!?」


「あの人たちは夜になると親分の部屋に行こうとするから、最近は傲光さんが親分の部屋の前で寝てるんでやすよ。困ったもんでさあ」


「「夜!?」」


「うん! 出来る限り一緒の家にいるよ! いつもは無理だけど。そうだ! マリオンたちも今度、遊びに来てよ! お風呂も玄と傲光で大きくしたし!」


「絶対に行く!」

「絶対に行きます!」


 瑞穂とマリオンの霊力が跳ね上がる。

 瑞穂から放たれる精霊術が重みを増し、マリオンの築く防御壁が厚みを増し、浄化術の切れ味が上がった。


「瑞穂様! マリオンさん! 飛ばしすぎないでください! こちらのスタミナの配分も考えて下さ……い? 駄目だ、聞いてないな」


 明良は背後から声を上げるがすぐに諦めて、玄たちに声をかける。


「玄さん、白さん、スーザンさん、申し訳ありませんが、行けるタイミングで動いてください。ですが、無理は絶対にしないでください。あなたたちに何かあったら祐人君に顔向けできない! それと祐人君が戦っている相手には絶対に手を出さないでください! お話を聞いていれば、今の状態ではむしろ足手まといになります」


「分かりやした」「はーい!」「……(コクコク)」


(……敵は祐人君の契約人外は知らないはずです。これでこちらは方が付くはず。後は……祐人君が死鳥を何とかしてくれれば……)


 明良はそう考えると、山林の奥から生じた凄まじい轟音が上がり、その衝撃波の余波が山林の間を駆け抜けて明良たちのところにまでやってきた。


「こ、これは……何という! 祐人君はどこまでの力を持っているんだ。これではランクSクラスの能力者にも引けを取らないのではないか!?」


 明良は前回の戦闘でも祐人に度肝を抜かれたが、今は祐人の存在に現実味のない感覚すら覚えたのだった。



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