第169話 すれ違い⑦


 瑞穂は南から広場に侵入して来ようとした闇夜之豹に対し、得意の火精霊術を完成させる。


「行け、炎槍!」


 瑞穂の炎でかたどる槍が瑞穂の合図で闇夜之豹に襲い掛かる。


「まだよ! 炎陣糸!」


 両手を左右から前方にかざすと、掌から細いオレンジ色の糸が十数本伸びて南側の山林に向かった。その闇夜に映えるオレンジの糸は炎槍に半瞬遅れて木々の間に進んでいく。

 南側から侵入を試みた闇夜之豹の前面にいたのは、死霊使いが連れてきた僵尸(チャンシー)だった。


「チッ! あぶねー!」


 死霊使いは舌打ちして後方に飛びのく。

 瑞穂の炎槍が僵尸の一体に直撃し、業火に包まれ灰となっていくのを見て味方に指示を出す。


「厄介な敵の道士は死鳥と殺りあってる! 固まっていては精霊使いの的になるだけだ! 闇夜之豹は散開して仕掛けるぞ。工作員はここから銃で派手に撃ち込め! 精霊使いを引きつけておけ!」


「は、はい!」


 その命令は9名の工作員たちには過酷なものだったが、逆らうことは出来ずに返事をした。

 工作員たちはすぐにその場でマシンガンを広場中央に向け、トリガーを握りしようとしたその時、オレンジ色の糸が風に漂うように現れた。


「なんだこれは?」


 工作員たちは訓練された軍人でもある。

 だが、能力者でもない彼らはこのようなものを見たことはなく、相手が能力者と分かっていても危険と感じるまでタイムラグがあった。

 この僅かなラグが、工作員たちの運命を左右する。

 そのオレンジ色の糸は武器に巻き付き、重装備の軍服に巻き付いていくと、ハッとしたように工作員たちはその糸から逃れようと暴れだす。

 瑞穂から伸びたその糸を辿り、このような細い糸に油を染みこませても、起きうるわけがない巨大な炎が迫ってくるのが見えたのだ。


「逃げろぉー! 武器を捨てろ、軍服を脱げ! 焼け死ぬぞ!」


 その言葉に全員が慌てて武器を放り投げて装備品の塊の軍服を脱ぎ捨てる。

 その姿を瑞穂は見てとり、鼻を鳴らすと散開した闇夜之豹に意識を向けた。


「敵が散開したわ! みんな! それと恐らく死霊使いがいるわ!」


「分かりました! 瑞穂さん」


「私は北側で精一杯です! 他の方々は土精霊術で敵の足元を妨害してください!」


 四天寺家の者たちは頷くと連携して包囲せんとする敵に相対した。




「ふふふ、動き出したわね。あら、死鳥さんはあんなところで戦っているのね」


 この山林で一際高い巨木のてっぺんに立ち、ロレンツァは状況を眺めていた。

 そして、広場に陣取る瑞穂たちを莞爾として見る。


「あの子が……マリオンね。綺麗な顔をしてそうね、もったいないわ。あんな子が五体を引きちぎられてしまうなんて……可哀想に。フフフ……でも」


 ロレンツァは心底、同情すような表情を見せたと思うと……徐々に口が裂けていくように口角を上げていく。


「あの憎きオルレアンの穢れた血を引いている、あなたが悪いのよ?」


 邪悪な笑みをこぼしたその時、広場北側の奥から凄まじい轟音が山々に響き渡った。

 ロレンツァは笑みを消し、その轟音を響き渡らした当事者たちに目を向ける。


「これは百眼の報告通りね……。あの死鳥と互角に渡り合う少年っていうのは……何者なのかしら? 報告ではランクDの劣等な能力者のはず……忌々しい小僧ね」


 ロレンツァは不快げに扇子を閉じ、手のひらのうえを叩いた。


「明らかに邪魔ね、あの小僧。死鳥に万が一でもあれば……あの小娘を攫う機会を失うかもしれない。フフフ、でも互角なら勝敗の行く末は運次第……ってことね? ハハハ! 分かったわ、私が応援してあげる。君を心から応援するわ、劣等さん!」


 そう言うとロレンツァは数十メートルはある高さから飛び降り、豪奢なドレスを闇夜にはためかせ消えた。




 祐人と止水は鬱蒼とした木々の間を地面より7、8メートル上で高速移動していた。


「止水! お前は何のために戦ってるんだ!」


「まだ、言うか!」


 止水は祐人に向かい漆黒の棍を投げつける。その棍は両者の間にあった木々を切り裂きながら祐人に迫っていく。


「む!」


 祐人は木の幹を蹴り、紙一重でこれを躱すと、ダイブするように丸腰の止水に肉迫した。

 祐人が倚白を下方から振り上げると、止水は上方にあった枝に手をかけて下半身を振り上げて躱す。だが、それを追撃するように祐人は飛び上がった。

 そこに先ほど止水が投げた棍がブーメランのように戻ってきて祐人の背後から襲い掛かる。


「!」


 祐人は止水に迫りながらも背中に倚白を斜めに構えて、棍を弾く。

 それを読んでいたように止水はその場から跳び、祐人が弾いた棍を手にすると、今度は上方から祐人に棍を突き出した。

 祐人は顔を歪めると左手で倚白を木の幹に突き刺し、急停止すると、倚白を支点に体を支えて左脚を振り上げる。

 そして止水の突き出してきた棍に対して、振り上げた左脚の外側から膝を曲げて絡め、起き上がるように上体を折ると、倚白を手放し止水の横面に右拳を叩きこんだ。


「グッ!」


 止水はこれを躱せず左頬に祐人の拳がめり込む。止水は弾き飛ばされ、近くにあった巨木の幹を自身の背中でなぎ倒した。

 この間に祐人は倚白を抜きさり、止水に近寄り正眼の構えを見せる。


「……あんたの左肩の傷の方が深かったようだね」


「……」


「話を聞いてくれ、燕止水。もう、あんたが戦う理由なんてないんだ。それに志平さんたちを連れだしたのは、志平さんたちをこちらで保護したという意味だけじゃない。機関はそんなことを利用したりしない」


「……」


「もし、機関が志平さんたちをどんな形でも利用するようなことがあれば……僕が許さない。機関と事を構えてでも志平さんたちを僕が守る。まあ、そんなことにはならないだろうけどね」


 止水は無表情に目の瞳だけを祐人に向けた。


「でも一番、伝えたいのはそこじゃない。僕たちは志平さんたちの願いを聞き届けたんだ」


 祐人は倚白を下ろす。


「志平さんは、出来ればあんたと暮らしたいと思っている。でも、もし……それが無理でも、もう一度、話したいと言っているんだ。それは、たとえここで別れるとしても、ちゃんとあんたと繋がっていたことを伝えたいと!」


 止水はゆっくりとした動作で棍を握りしめながら立ち上がり、祐人を睨んだ。


「堂杜祐人……貴様には心底、失望した」


「燕止水!」


「貴様の幼稚な考えに付き合う気などない。俺が望むのは貴様との……死闘」


 止水は棍に仙氣を送り込む。すると黒塗りの棍はその長さを変えて倍近い4メートル程まで伸び、その太さも増した。


「貴様が俺を倒さねば、あの金髪の小娘を攫い、邪魔するものはすべて殺す! この我が宝貝【自在棍】によってな!」


「……! グッ!」


 言い終えるや否や止水が2倍に伸びた棍を横に薙ぎ払う。咄嗟に祐人は倚白でそれを受けるが、今までの止水の攻撃と段違いの重さに両足を地面に滑らせて歯を食いしばった。


「じゃあ、志平さんたちはお前にとって!」


「俺には関係のない連中だ!」


「では、何故、この依頼を受けた!? 志平さんたちを守るためだったんだろう!」


「もはやこれ以上、意味のない話は止めろ。では証明してやろう……貴様が俺に敗れたあかつきには、あの金髪の小娘以外をすべて殺してやる!」


「! 何だと……」


 祐人の顔色が変わり、その目に怒りが灯される。


「俺は死鳥……。その名の通り死を運び、冥府への案内人だ!」


「ふざけるな! お前はただの偏屈野郎だ!」


 祐人が棍を蹴り上げて、後ろに距離を取ると己の仙で倚白を包み、おのれの一部とした。

 互いを睨む二人の仙道使いが、互いの獲物を握りしめる。


「ハアァァ!!」


「ぬうぅ!」


 止水と祐人は仙氣を同時に噴出させて、今、ぶつかり合った。



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