第164話 すれ違い②


 明良はマンション横の広い有料駐車場に車を止めると祐人たちは車を降り、その目の前の高層マンションを見上げた。すでに時刻は午後8時前だがそのマンションの周りは多くの街灯や照明で明るく、マンションの外観もよく見える。


「堂杜君、ちょっと待っていてくれるかな? 校門の前で待っているときに四天寺の者から連絡をもらっていてね。こちらにも大峰と神前の精霊使いを送って来ているみたいだから」


「あ、はい、ありがとうございます。神前さん、なんかすみません、依頼でもないのにこんなに協力してもらって……」


「明良でいいよ、堂杜君」


「え? あ、はい、では明良さん。じゃあ、ぼくも祐人でいいです」


「分かった。それに何を言ってるんだい? 祐人君。相手は四天寺家の客人であるマリオンさんを狙っているんだよ? これは四天寺家に対する挑戦だ。敵にはその辺のことをよく教えてあげないとね……と、朱音様からきついお達しがでているのさ」


 そう言い、明良は笑う。


「あはは……」


「まあでも、これは朱音様の言う通りでね。我々も腹を立てているんだよ。うちの中にはマリオンさんに好意的な従者も多いから。それに……」


 明良の笑みが不敵なものに変わっていくのを祐人は見た。


「瑞穂様にも……手を出したことを後悔させないとね。これは四天寺家の総意だよ」


「……」


 そう明良は言い残し、携帯を取り出すと祐人に背を向ける。

 明良の柔和な顔の中に能力者間でも超名家と言える四天寺家の別の顔を見たような気がして、祐人は背筋が冷えるのを感じた。


「ここなのね? 祐人」


「あ……瑞穂さん。うん、ここがそうらしい。ちょっと待って中に入る前に僕の仲間に連絡してみるから」


「仲間って契約人外? 一体、何人いるのよ……その人外も紹介してくれるんでしょうね」


「……また女性の人外なんですか? 祐人さん。今度は何ですか? 幼女ですか?」


「え!? こいつは男だよ、マリオンさん。それに忙しい奴なんで! また改めて紹介するから!」


 祐人はそう言いつつ、瑞穂たちから距離をとってガストンの携帯に連絡する。


「よ、幼女ってなによ? マリオン」


「あ! なんでもないです。私の考えすぎかもしれませんから」


「何をどう考えすぎると幼女が出てくるのよ……。マリオンはちょっと、最近、おかしいわよ? やたら可愛らしいイラストのDVDとか揃えだしてるし……」


「おかしくないです! 瑞穂さんにはあの価値が分かってないんです! それに幼女というのは、その中でも最も危険な……」


 背後から聞こえる瑞穂とマリオンの会話に背中から冷たい汗を流している祐人の携帯に応答があった。


“あ、旦那、着きましたか?”


「……幼女ってどこまでが幼女? 鞍馬と筑波は……どのあたりなの?」


“は? 幼女? 何の話ですか? 旦那……”


「あ、ガストン! なんでもないよ、こっちの話。オッホン! で、どう? 今、下に着いたけど」


“そうですか、はい、いつ来てもいいですよ。場所は29階です。最上階から一つ下の階になります”


「え? 見張りは?」


“その辺はこちらで片付けておきました。だいぶ人員も削っていたみたいですがね”


「人員を? 大事な人質なはずなのに、それは……」


“そうですね、恐らく旦那たちを襲う方に人員を振り分けたんでしょう。私が入り込んだ時にはすでに慌ただしそうにしていましたから”


「そうか……仕掛けてくるのは、明朝……いや、早ければ今夜にでも来そうだね。でも敵の気配は感じられなかった。跡をつけられてもいないと思うけど……明良さんも何も言ってなかったし……でも、警戒しておくよ」


“はい、その方がいいと思います。場所の特定や追跡の得意な能力を持つ、そういった能力者もいるかもしれません。いかにも国家組織が好きそうな能力ですしね。もちろん、私もフォローしますから”


「うん、お願い。いつもありがとう、ガストン」


“何を言ってるんですか。こんなことなんでもありませんよ、旦那”


「えっと、僕たちは上にあがったら、そのまま人質になってる子供たちに会いに行けばいいのかな? 一体、何人くらいなの」


“はい、全部で20人ほどですね。一番年上でまとめ役の志平さんには、私からある程度、話を通しておきましたので会えばすぐに分かってくれると思います”


「え!? そこまでしてくれてるの?」


“はい、ですが問題は連れ出す場所ですね。やはりそれなりの人数ですから、匿うにも人手が必要でしょう”


「それは大丈夫だと思う、機関には伝えてあるから。それに最悪は明良さんたちに相談するよ。じゃあ、今から上に行くからガストンはその場から離れてね」


“分かりました”


 祐人が電話を切ると明良が近づいてきた。


「祐人君、もうこちらの者たちも到着するようだよ。どうするかい?」


「はい、では人質の子供たちを乗せる車の用意と匿うための場所が欲しいです。それと念のために周囲の警戒をお願いしたいです。敵の動きが慌ただしいようですので、何か仕掛けてくる可能性があります」


「ふむ……分かった。で、人数はどれくらいだい?」


「20人程だそうです」


「結構、多いね……。うん、早急に準備しよう。支部長への連絡もこちらでしておく」


「ありがとうございます、明良さん。何からなにまで」


「さっきも言ったが気にしないでくれ、祐人君。今回は四天寺家が全力でバックアップすると決めたんだ。祐人君はまず、やりたいようにやってくれればいいから」


「はい、分かりました! じゃ、瑞穂さんとマリオンさんは僕と一緒にマンションに行こう。人質になってる子供たちには小さい子もいるみたいだから、連れ出すときの先導もお願い」


「分かったわ」


「分かりました」


 祐人たちは互いに頷き合い、それぞれに動き出すとマリオンがホッとするような声をだした。


「これで……祐人さんはあの死鳥と戦わなくても済むんですね」


 瑞穂はマリオンを見つめ同意するようにニッと笑う。祐人は無言でマンションの正面玄関に向かった。


(確かに……これで燕止水の戦う理由はなくなるはずだ。上手くいけばこちらに引き込むことも出来るかもしれない。ただ……分からないこともある)


 祐人は止水にダメージを負わされた左肩を無意識に撫でる。

 そして、今朝に死闘を演じた止水が頭に浮かんだ。


(燕止水が闇夜之豹と機関の対立を煽ったのは間違いない。でもそれは機関と闇夜之豹を対立させ、共倒れか人質に構っていられない状況を作ろうとしたものではないか? その上で人質を取り返し、逃亡でも考えたのかもしれない。そう考えれば、納得のいくところもある。でも、だったら何故……)


 祐人はマンションのエントランスにあるインターフォンにガストンから教えられた部屋のナンバーを入力する。

 すると……しばらくしてインターフォンから若い男性の声が発せられた。


“あんた……機関の人間か?”


「そうです、堂杜と言います。あなたたちを迎えに来ました」


“……”


 声の主である志平は返答をしなかったが、祐人たちの側面にあった立派なメインドアが自動で開いた。それを確認し、エレベーターホールに向かい歩き出した祐人は小さく言葉をこぼす。


「何故……あの時あいつは……笑ったんだ」


 祐人の心の内に、この違和感がしつこくこびりついていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る