第161話 出立前⑤


「と、言うわけで、嬌子さんたちが僕らに化けてアリバイ作り兼一悟たちの護衛をしてもらうから」


 そう言うと嬌子たちはみんなに挨拶をした。


「祐人の友人をやってる、嬌子よ。よろしく! あ、一悟君じゃない!」


「あ、本当だ! 一悟、久しぶり! また、遊ぼ!」


「一悟さんにはお世話になりましたー」


「一悟殿……また、ご迷惑をおかけします」


 と、一悟に手を振ってくる嬌子たち。


「お、おう……」


 一悟は顔を強張らせつつも、軽く手をあげて返事をし、そして、目を大きく開けて嬌子たち……特に人外女性陣を見つめ返した。


(これが化ける前の姿? す、すっげえ美人…………いや、騙されるな! 一悟! 特にあの嬌子さんだけは! でも、すっげえ美人だよ、サリーさんも! しかも白さんとスーザンさんは可愛い~)


 その一悟の横でまだ信じられない、といった反応の静香。

 また、花蓮も自身が契約者であることからか、緊張した面持ちでそれぞれを見定めるような目で嬌子たちを見つめていた。

 花蓮にしてみればこんなにもコミュニケーション能力の高い人外が、しかも複数、一人の能力者と契約していることが驚愕だった。さらに言えば、あまりに自然体に擬人化しているのが信じられない。変化(へんげ)ではなく、擬人化なのだ。

 これらは教科書的に言える高位の人外の特徴なのである。しかも、それらにまったく違和感がなく、これでは普通の人間と変わりがない。霊圧はそこまで感じないが、もし、それすらもコントロールしているとなると、もはや、どのような高い階位に位置する人外なのか見当もつけることが出来なかった。

 そして、他の4人の少女はというと……、


「「「「……」」」」


 嬌子たちを見て祐人を見る、という作業を繰り返しながらだんまりしている。


(みょ……妙な雰囲気だよね、みんな。でも、いきなりだもんね、そりゃ驚くよね)


 ちなみに先ほど、祐人を取り囲んで来た4人の少女は、やれ「こんなの聞いてないわ!」や、「契約人外に変なことしてないでしょうね!?」、「彼女たちの姿は、祐人さんの趣味なんですか!?」、「不潔です!」等々と、酷い言われようだった。

 どうやら、祐人なりに彼女たちの言うことを要約すると、『女性の契約人外とのただれた関係』を疑い、さらには、この真面目で潔癖な少女たちはその欲望にまみれた生活をしていたかもしれない祐人に嫌悪感を抱いた、というものらしい。

 特に現れたときの嬌子の発言が良くなかった。

 その後、誤解が解けると、それぞれに決して嬌子たちに『いかがわしいこと』をしないようにと、きつく言い渡された。

 祐人は当然、そんなことを考えたこともないが、人外の中には性に奔放だったり、契約の仕方如何では主人の言うことに逆らえない人外たちもいることから、これだけの容姿を持つ女性型の人外が現れたことで、潔癖な彼女たちの中で祐人に対する疑いのようなものが出てきたらしい。


(僕って……普段から、どんな風に見られてんの? というか……そんなことを考える茉莉ちゃんとか瑞穂さんたちの方が、よっぽどムッツリなんじゃ……)


「「「「今……何を考えた?(ました?)」」」」


「ヒッ!! 何にも! 何も考えてませんです! はい!」


 4人の少女のレーザーが出そうな目線を受けて祐人が仰け反る。

 祐人は息を整えて、ここはとりあえず話を進めようと考えた。


「……で、本題だけど、僕と瑞穂さんとマリオンさんに成り代わってもらうのに、誰に化けてもらおうかな……と」


 祐人が嬌子たちに目を向ける。


「はいはーい! 私がやる!」

「……やれる」

「私も乗り気ですー」

「御屋形様の言いつけであれば、この身命を賭して完遂します」

「やりまっせ!」

「ウガ!」

「え~、私もやりたいわ~」


 みんなやる気である。


「うーん、だれでもいいんだけど……どうしようかな?」


 正直、こればかりは祐人も誰が良い、という意見はないので、色々と経験している人間に聞くのが良いと考えた。


「一悟はどう思う?」


「え!? お、俺に聞くか? 俺は……俺は出来れば、全員、無理……」


「えーー!! 一悟、酷い!」

「……(コクコク)」


 白たちが一悟の発言に納得ができない、といった感じで迫ってくる。


「あ! ちちち違うよ? 全員に無理はしてほしくないなぁ~、ていうことだよ!」


 慌てて言い直し、白たちを納得させると、一悟は顎に拳を添えて真面目に考えた。


(いや、確かに、ここは真剣に考えるべきだな。ここでの選択ミスは命取りにもなる。主に俺の)


 一悟はオーディションの審査員のように嬌子たちを順番に眺めていく。


「四天寺さんとマリオンさんのも決めないと駄目なんだよな? 祐人」


「うん、そうだよ」


 一悟は自分の苦労も知らずに、普段通りにのほほんとした顔で応答した祐人に殺意が湧いたが、それは後回しだ。


 一悟は嬌子を見る。その視線に気づいた嬌子がウインクをしてきた。


(エ、エロいなあ……いや! 嬌子さんは論外。最大の問題児だ。祐人の姿なのにも関わらず、男女構わずに引き付けるフェロモンはもう凶悪そのもの……ここは避けるべきだ、この超お嬢様学校がどうにかなっちまうわ)


 次にサリーを見つめる。サリーは「うん?」と首を傾げて、長い髪を斜めに垂らした。


(き、綺麗だなぁ~、いや! サリーさんも危険だ! あのおっとりした空気が癒しを欲している男連中を惹きつけた、しかも教師まで。その天然ぶりは女の子たちにも人気を博した。それにあれで食いしん坊だからな。前も職員室のお菓子を全部食って……その中にあったウィスキーボンボンで酔っ払い……、うん! アウト!)


 次に傲光を見る。


(傲光さん、一番、マシのように思えるが……イケメンすぎんぞ! イケメンオーラも半端ないわ! うん、無理。恋愛に夢見がちなお嬢様がたのタガが外れてしまう!)


 次に白を見る。白はワクワクするように目を輝かせていた。


(か、可愛い……この庇護欲をそそる……いや! 白さんも大変だった。好奇心が旺盛すぎて付いていくので精一杯だった。その可愛らしい仕草だけで男どもを狂わし、しかも、やたら胸の大きい女子生徒を見ると積極的に絡んでいって「どうやって大きくするの?」と祐人の姿で無邪気に聞きまくっていた。このフォローで……俺の悪夢が始まって……クッ! 却下だ!)


 次にスーザンを見る。スーザンは無表情に一悟をジーと見つめた。


(おいおい、ビスクドールのような顔だな。こりゃ、将来はすげー美人に……いや! スーザンさんもとんでもなかった。表情を変えずにちょこんといる姿が、祐人の姿にかかわらず、貢物を持ってくる男どもが絶えなかった。さらにはスーザンさんの魅力に狂った女子生徒たちに拉致されそうになって、それを助けた俺は……俺は! ノー、スーザン!)


 次に玄を見つめる。玄は何を思ったか、落書きのような桜吹雪が描かれた背中を見せてのポーズを取っていた。


(濃ゆい顔してんなぁ、この人。うーん、玄さんはいい人なんだけど……水泳部がプールの点検で泳げないのを嘆いていたら井戸作っちゃったもんなぁ。やっぱり駄目だ! 学校をからくり屋敷にみたいに改造して、男子トイレと女子更衣室を繋げたせいでえらいことになった! 水を流そうとしたら……女子更衣室って、全員、逮捕ものだっただからな! この人の忍者ラブはこの学院にも多大な影響を与える……うん、撤退!)


 次にウガロン見つめた。


(うん、犬は無理!)


「ウガ!!」


(一通り審査した結果は全員落選! って言いたいが、そういうわけにもいかねーんだよな……。あああ、俺にどうしろと!?)


「どう? 一悟」


「あん!?」


「なんで怒ってんの!? その人殺しのような目はなんなの!?」


(この野郎……人の気も知らねーで。見てろよ、草むしり族。必ず……必ず! 同じ目に遭わせてやる!)


「なんで笑ってるの!? その暗殺者が殺し方を決めたような笑いはなんなの!?」


 そこに嬌子が待ちきれない、といった様子で前に出てきた。


「もう、早くしてよ~。じゃあ! とりあえず変化の練習しとくから、その間に決めておいてね! 決まらなきゃ、こっちでジャンケンで決めるから」


「練習? 嬌子さん」


「うーん、祐人はいつも見てるから何の問題もないんだけど、その子たちは初めてだからね~。ちょっと、こちらに来てくれない?」


 そう言うと嬌子は瑞穂とマリオンを手招きする。


「え?」


「私ですか?」


 瑞穂とマリオンは顔を見合わせて、少々、警戒する子猫のように嬌子の前までやってきた。瑞穂とマリオンは嬌子を間近で見て、同じ女でありながら改めて嬌子の色気の猛威を知る。その顔、表情、そして、そのスタイル(主に胸を見た瑞穂)……大人の女の持つ色気の権化と言っていい、嬌子の横顔。

 瑞穂とマリオンはキッと無意識に祐人を睨み、祐人が驚愕の顔で後ろにさがると……、


「ハッ!」


 その後ろに移動した祐人の背後から茉莉とニイナが生み出す暗黒闘気に触れ、振り返ると何故か涙目で胸を押さえる茉莉とニイナと目が合い、大量の汗が噴き出す。

 嬌子はというと瑞穂とマリオンを至近で舐めまわすように確認しながら、二人の周囲を回る。瑞穂とマリオンは居心地が悪そうにモジモジとしていた。


「うーん……分かったわ! じゃあ、とりあえず変化してみるわね。あなたたちは、変なところがないか見ててね。もし修正点があったら言ってくれれば直すから」


 嬌子は茉莉やニイナ、静香と花蓮にも確認をお願いしてきたので、茉莉たちも近づいてくる。


「じゃあ、まず金髪のあなたから!」


「ひえ!? 私からですか?」


 マリオンが嬌子に指をさされて驚くが、嬌子の周りからボンッ! と煙が発生して……暫くすると、徐々にその姿が現れた。


「はーい! どうかしら? 服装は私なりにアレンジしたわよーん」


「「「「「!」」」」」


 そのマリオンの姿に変化した嬌子の姿に全員が目を剥いてしまう。

 というのも、今、目の前に現れたもう一人のマリオンは、制服を着崩し、胸元を大きく開けて、やたらと短くなったスカートで……セクシーポーズをとっていた。


「「ブーーーー!!」」


 息を大きく噴き出した祐人と一悟が、鼻を押さえる。


「キ……キャーーーー!! 見ないでください! みんな見ないでぇぇー!!」


 マリオンが顔を真っ赤にして嬌子をみんなの視界から守ろうと慌てふためく。


「ふふん、この方がいいでしょう? あなた中々、いいもの持ってるんだから隠したら駄目よー。じゃあ、次は黒髪のあなた! サリー、ちょっと来て~」


「はいですー」


 顔を青ざめさせた瑞穂。


「わ、私はいいから!! あ!」


 その瑞穂の言葉は届かず、サリーが煙に包まれる。

 そして……段々と煙の中から少女のシルエットが見えてきた。


「あなたは顔はいいけど、色気がないから、ちょっと補正しておいたわよん? もう夏だし」


「補正!? 夏!? 夏って……」


 瑞穂の愕然とした声の後に、間の抜けた声が聞こえてくる。


「どうですかぁー? 皆さーん?」


「い! い!」


 瑞穂が息をすることに失敗したように口が大きく開いた。


「ブフォーーーーーー!!」


 血走った眼をしている祐人と一悟の鼻から盛大に赤い液体が噴出。

 サリー扮する瑞穂の姿は……何故か水着。ブルーの大胆なビキニ姿だった。

 長い脚、雪のように白い肌、だが驚くべきは……その補正された胸。

 しかも、顔は瑞穂のものなのだが、サリーが化けているために柔和で優し気な表情で、その補正の入った豊満な胸を両腕で支える。


((エ、エローーい!!))


「嫌ぁぁぁぁ!! あなたたち目を閉じなさい! 閉じなさい! 祐人、閉じろぉ!!」


「ブハァ!!」


 瑞穂が茹でタコのようになり、祐人の目に掌打を当ててしまう。

 鼻を押さえた一悟は、血走った目でフラフラとよろめくも……クワッと体に喝を入れて姿勢を正した。そして、上空を指さすと徐々にそれを下ろし、マリオンと瑞穂に化けた嬌子とサリーを指し示す。




「採用ぉぉぉぉ!!!!」




 花蓮はこの様子を驚きの目で見つめていると、自分の契約人外からコンタクトを取りたがっているのに気付いた。


「あれ? ニョロ吉? あなたも紹介してほしいの?」


 花蓮が頷くとニョロ吉がスウっと花蓮の背中から顔を見せる。


 今まで嬌子の変化を楽し気に見ていた白たちや、嬌子たちもニョロ吉を見つけて寄ってくる。


「あら~ん? 懐かしいのがいるわね。うん? これ、あいつの分体じゃない」


「そうですねー」


「本当だ! 体を分けて契約なんてするなんて面白いね!」


「!!」


 その嬌子と白の言葉に花蓮は愕然とする。


「あの蛇神も変わってやしたから」


「うむ……人と契約するような御仁には見えなかったが」


「それは私たちも人のこと言えないでしょ、傲光」


「……フッ、そうでした」


 ニョロ吉を一目見て蛇喰一族の契約人外の秘密を見抜いたような、祐人の契約人外たちの会話に底知れないものを感じた花蓮は体を硬直させた。



 因みに……その後ろでは、倒れた祐人と「採用! 採用!」と連呼している一悟を押さえつけている涙目の瑞穂とマリオンがいる。

 そして……その横では自分の胸の膨らみを思い詰めるような顔で見つめる……茉莉とニイナがいるのだった。

 静香は相変わらず、まだ笑顔のままで固まっていたりする。


 こうして……後のことは一悟たちに任せて、祐人たちは明良の運転する車で出立した。

 その行く先は、死鳥と呼ばれる能力者、燕止水がとられたという人質のいるマンションである。



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