第149話 燕止水④


 祐人は倚白を構え、止水をその目で捉えている。


(強敵だ……。でも何故、仙道使いが、闇夜之豹に……)


 対して止水も表情には出さないが、祐人の動きに内心、驚き、僅かに自分の心に残っていた慢心を完全に捨てた。


(この少年……随分と戦いなれている。しかも、道士としても侮れない実力を持っているな……)


 突然、今までずっと無表情だった止水が笑みを見せる。

 祐人はその止水の笑みの意味が分からず、眉を顰めた。

 止水の笑みに意味はなかった。実際、ただ止水は純粋に喜んだのだ。

 まだ、分からない、分からないが、眼前にいる少年が自分の全力を受けられる好敵手となる可能性を秘めていることが嬉しかった。

 止水は己の中に潜んでいた望みを叶えてくれるかもしれない、この少年を見つめる。


「少年、名前を聞かせてもらおうか」


 祐人は止水に問いかけられて、一瞬、眉を動かした。


「……堂杜祐人」


「ふふふ、そうか……」


「あんたは名乗らないのかい?」


「名乗るかどうかは、この後のお前次第だ」


「……目的はなんだ? あんたは仙道使いだろう。こんな国同士のいさかいに興味などないはずだ」


「まあ、ないな」


 止水は祐人に向けている黒塗りの棍を握りしめる。


「俺は好きなことを、好きなようにしているだけだ」


「じゃあ、何故、先日、襲撃してきた奴らの体の中にあった認識票がバレるようにした? あんたがやったんだろう?」


 これは実は予想に過ぎない。祐人がかまをかけたのだ。

 止水は苦笑いするように答えなかったが、祐人はそれを肯定と受け取る。


「あんたは機関と闇夜之豹……中国との火種を作るつもりだったのか? だったら何故、闇夜之豹に従っている!? あんたの目的はなんなんだ! ただの混乱か!」


「おれは好きなようにしていると、先ほど も言ったはずだ!」


 言うや、止水が動いた。

 それは凄まじい突進力。映像のコマで言えば、間の数百コマを飛ばしたのではないかと思うほど、止水の体が視界で大きく変わる、


「!」


 祐人は止水の一挙手一投足に気を配っていたのにも関わらず、止水は一瞬にして祐人の懐に入りこんだ。止水は上体を前かがみにして、下方から棍を振り上げる。

 それに対し、祐人は倚白を下段斜めに構えると、退避するのではなく前に出て棍を倚白でいなした。

 倚白によっていなされた棍は祐人の顔の至近を通り過ぎ、祐人の髪の毛を数本散らす。だが、止水はそれでも止まらず、棍の中央に手を寄せて、棍をバトンのように回転させると、さらにもう一度、下方から祐人の胸にめがけて棍の先端を突き出した。

 祐人はその棍の軌道を正確にとらえると、倚白を円の動きで中段から下段に振り下ろす。

 棍と倚白がぶつかり合い、その時に生まれた衝撃派で、二人の道士の傍らで燃えていた四天寺家の真っ二つになって燃えている車の火を消した。

 数十センチの間合いに止水と祐人の顔があり、お互いに相手の目を睨む。

 この間、コンマ一秒以下の攻防だったが、止水は物足りなさを感じていた。先ほどの車の運転手を救うときの祐人の動きはこんなものではなかったからだ。

 止水はこの少年の力を引き出したい衝動に駆られる。いや、今の止水の目的は既に変わっているのだ。今はこの少年の全力をとにかく出させるということに。

 そして、期待をかけている。

 自分の望みを叶えられる敵であることを。

 だが、この少年は己の力を出すのにムラがあるように感じる。

 それは、止水だから分かるハイレベルな戦闘での最後の最後に発揮される、凄みが足らない。同程度の実力を持った者同士の戦いでは、それがある者とない者とで勝敗が決するときがあるのだ。

 止水はこの少年のスイッチを探す。

 先ほどまでのこの少年の動きや表情の機微からそれを想定した。


「俺たちの目的を知りたいか?」


「!?」


 突然の止水の言葉に祐人は反応する。


「俺への依頼の内容は……あそこにいる金髪の娘を攫ってこい、というものだ」


「なん……だと? やはりマリオンさんを……」


 祐人の目が広がるが、すぐに鋭いものに変わっていく。

 止水は笑みを漏らした。


「何故、あの娘が欲しいのかは私には分からんがな。まあ、俺にはどうでもいいことだ」


 祐人の放つ氣質が変わっていくのが止水は見てとる。


「てめえ……あんたは、その片棒を担いでいるというわけでいいんだな。この件から手を引く気もない……で」


「何を言っている? おれは好きでこの依頼に乗った。俺は依頼を完遂するのみだ。あの娘が攫われた後のことなど知ったことではない。人質になろうが、殺されようが、犯されようが……!」


 止水が言い終わらぬうちに、祐人の仙氣が跳ね上がった。祐人は止水の棍とぶつかり合う倚白を軸に体を浮かせて神速の蹴りを止水の横面に叩きこむ。

 その蹴りを止水は祐人と同じく倚白とぶつかり合う棍を中心点にその場で側転し躱した。

 この攻防で止水の頬が切れ、出血する。

 祐人は表情を消し、倚白で棍を円運動でかき混ぜるように動かし弾くと、がら空きになった止水の懐に頭上から倚白を振り下した。


「!」


 祐人から発せられる凄まじい殺気に止水は黒塗りの棍に己の仙氣を注ぎ込む。すると、その棍は自らの意思で止水の身を守るように、止水の手の中を移動し頭上に伸びて倚白の必殺の射線上に姿を現した。

 その刹那、それと同時に瑞穂と明良の連携で放った高密度の大気への着火で起きた大爆発が重なる。瑞穂たちが放った高温の爆風の一部はマリオンの聖循の脇を抜けて、祐人と止水にまで届きそうな勢いを持っていた。

 それとほぼ同時に……再び祐人の倚白と止水の棍がぶつかり合う。

 その際に生じた衝撃波……倚白に通る祐人の殺気のこもった仙氣と止水の仙氣を吸った黒塗りの棍が衝突し、その力のぶつかり合いで生じた衝撃波はあまりに大きく、祐人と止水の近くまで押し寄せてきた爆風を押し返した。

 マリオンが前面に光の聖循を展開し、自分たちが放った爆風からは身を守っていたが、この時、後ろから来た凄まじい衝撃波に瑞穂たちは驚き、その衝撃波に体を持ってかれそうになった。


「こ、これは何!? ハッ、祐人!」


 マリオンも驚愕するが咄嗟に機転を利かせ、光の聖循の形をただの壁からより霊力を使うやや低めの全方位型のドーム状に変形させた。これにより後ろからの凄まじい衝撃波の抵抗を抑え、その衝撃波を前方に受け流す。

 衝撃波は高温の爆風を連れて、瑞穂たちの目の前を通り過ぎて行き、視界がすべてシャットダウンした。

 これをまともに食らったのは百眼率いる闇夜之豹だった。

 瑞穂たちの連携で起きた大爆発の爆風を何とか魔力障壁で耐え忍んでいたのにも関わらず、祐人と止水の放った衝撃波とこちらには来ないはずの爆風が乗り、数倍の圧力が百眼の障壁に圧し掛かった。


「な、なにが起こっている! 死鳥! グアァ!」


 百眼が耐え切れず後方に吹き飛び、他の闇夜之豹も爆風と衝撃波に飲み込まれた。

 明良はこの信じられない事態に言葉を失っている。

 明良はこのような状況を知っているのだ。

 高ランクの能力者同士……または高ランクの能力者と高ランクの人外の戦闘に付き従うときに気を付けなければならないこと。

 それは四天寺家の当主である毅成の従者であるときに叩きこまれたことである。

 それはまず……毅成の放つ術に巻き込まれなようにし、毅成がそのことに気を使わないで済むように位置取りをし、そのうえで援護することだ。

 視界が段々、明らかになっていき、瑞穂たちは祐人の方を凝視する。

 そこには言語を絶する力を放ちあった祐人と止水がぶつかり合い、動きを止めているのが見えてきた。


「堂杜君……君は一体……。いや、あの敵もなんという……」


 現状認識に手間取る明良を横目に瑞穂とマリオンは幾分かまだ冷静だった。

 だが、瑞穂とマリオンも驚いていないわけではない。今まで、祐人の実際の戦闘は見てきたといっても、多数の敵に対するものだけだった。

 二人も祐人が一対一で全力を出しているのを見るのは初めてである。


「マリオン!」


「はい!」


「作戦変更よ。祐人のフォローをする前に、前方のあいつらを駆逐する! それと明良、祐人の戦闘に巻き込まれないように指示を私たちに頂戴! 日紗枝さんとお父さんの時の経験でいいから!」


「わ、分かりました!」


 思わず返事をした明良であったが、その瑞穂の指示は、祐人の戦闘力をSランク以上と断定しているようなものであったことを感じていた。


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