第148話 燕止水③
「来たか……やはり、あいつが妨げになるな」
前方から猛スピードで近づいてくる標的の車を止水は澄ました表情で見つめた。
止水は2車線の高速道路中央で棍を立て、標的の車の上を陣取っている少年の気迫を肌で感じている。
まだ距離がある祐人と止水の視線が重なった。
互いの皮膚がビリビリと粟立つ。
「堂杜君! このままあいつに車で突っ込む! 瑞穂様とマリオンさんは脱出の準備を!」
明良がそう叫ぶと、後部座席の両側の扉が同時に開き、猛スピードで突進中の車から瑞穂とマリオンが空中に飛び出した。その間に明良は自身のシートベルトを外し、横のドアのロックを外す。
祐人は明良と共に車で止水に迫る。
そして、ただ立っている止水との衝突の刹那、飛び上がり上空から止水に飛び掛かった。
「来い! 陰陽の刃、倚白!」
祐人は白銀の鍔刀を出現させ、その柄を力強くつかむ。
上空から祐人、前方から明良の運転する車が突っ込むという状況になって初めて、止水が動いた。
止水は棍を構えることもせずに、そのまま右足を大きく踏み込み、片手で棍を突進してくる車に突き出す。
その止水の思わぬ反撃に明良が目を大きく開けた。
能力者としての危機察知能力が自身の命が危ないことを伝えてくる。
「!」
明良のその予感は、不幸にも当たってしまう。
なんとその棍はバンパーを巻き込みながら、深くめり込み、そのまま運転手の明良の眼前に迫ってくる。
咄嗟に風の障壁を展開し明良は上体を横にずらすが、棍が障壁をいとも簡単に貫き、眼前に迫ってくるのが見えた。
この絶望的な状況に明良は自分の死を意識させられる。
だが、その必殺の棍は明良の頭蓋を貫く直前に方向を変えて、明良の左耳を切り裂き運転シートの枕を貫いた。
「グ!」
死の淵から助かった明良は、すぐに車から脱出しアスファルトの上を転がりながら受け身をとり、何が起きたのかと止水の方に視線を向ける。
見れば、祐人が止水の突き出した棍の上に着地し、いつの間にか手にしている鍔刀を止水の横面に薙ごうとしていた。
明良はあの状況で、この少年に命を救われたのを悟るのと同時に、この少年の身のこなし、判断力、そして……それを可能にしている恐るべき身体能力に驚愕してしまう。
だが、本当に驚くのはここからだった。
止水は祐人が乗り、車に突き刺さったままの棍を、その重量を感じさせない動きで片手のまま上方に移動させたのだ。
足場の棍が動いたことで、祐人の倚白の刃は空を切り、串刺しのまま持ち上げられた四天寺家の高級車はそのまま上空へ放り投げられる。
祐人は棍を蹴り、離脱すると難なく着地した。
祐人は止水を側面から睨み、止水はゆったりとした動きで天を指す黒塗りの棍を祐人に向かい下し、祐人を牽制する。
「な、なんて奴だ! そして……堂杜君も」
明良の額から流れた冷たい汗が左頬を伝わった。明良も能力者の端くれだ、この攻防のレベルがどの程度のものかは分かる。祐人がいなければ、今、自分はここで息をしていなかったことも。
明良は祐人のランクを考え、今、目の前に起きていることが信じられない。
「明良、大丈夫!?」
瑞穂とマリオンが明良のところに駆け寄ってきた。
「瑞穂様! あいつは危険です、このままじゃあ、堂杜君が……」
その言葉と同時に上空からつい先ほどまで運転していた四天寺家所有の車が祐人と止水の間に落ちてくる。その落下速度と車の重量で凄まじい衝撃音があたりにこだました。
その直後、祐人は視界から止水の姿を奪った車の腹から黒塗りの棍が生えて伸びてきたのが見え、倚白で棍をそらす。そして、前に踏み込み間にある車のことなど、構わずに車ごと上段から倚白を振り落とした。
車はもう原型をとどめず縦に真っ二つに割れて、その断面は最初からそうであったように綺麗な光沢を見せている。
視界が開け、止水がすでに後方に飛びのいているのが、明良にも分かった。
「なんと! 堂杜君、君は、一体!」
「明良! ここは祐人に任せて、あちらの連中を相手するわよ!」
瑞穂は驚愕と動揺を隠せない明良の表情を見て、叱咤した。今、気を付けなくてならないのは止水だけではない。
瑞穂の視線の先には後ろから迫ってきたセダン車から降りてくる4人の異様な雰囲気を放つ男たちがいる。それぞれ、ニヤついたTシャツの男やガムを嚙むサングラスの男、小太りの金髪男、そして、その後ろに眼鏡をかけたスーツ姿の男がいた。
「明良! 行くわよ! マリオン、あなたは後方から援護!」
マリオンは緊迫した空気を醸し出している祐人の方を一瞬、視線を動かし前を向いた。
「いえ! 私も前に出ます!」
「駄目よ! 言うことを聞きなさい! あいつらの目的が完全に分からない今は、手堅くいくわ。こんな騒ぎを起こしたのよ、すぐに警察も機関も動くわ。こいつらもさすがにそう何度も派手には動けない。ここで決めに来てると思うわ。だから、手堅くいって焦りを誘うの!」
瑞穂の判断指示を横で聞いて、明良は驚きと頼もしさ、そして喜びが湧いてく。
(冷静で的確な判断だ……瑞穂様はこんなにも成長している)
マリオンも瑞穂の判断の正しさは理解できるのだろう。一瞬、唇を嚙むような仕草を見せるが、瑞穂の指示を受け入れた。
「……分かりました」
だが、今、マリオンの意識は祐人へ向かっている。
マリオンは心配なのだ。この襲撃に際して、すぐさま最も危険な敵と思われる前方に立っていた男を担当した祐人が。
だから、出来れば時間稼ぎではなく、他の襲撃者をすぐに倒し祐人の援護に向かいたいと思っていた。
(いつも、祐人さんは最も危険なところに身を置こうとする……。それは、いつも周りの人のために。でも、それじゃ、いつか祐人さんが……)
マリオンは明良と瑞穂の後方にポジションを取りながら構える。
(祐人さんが、いなくなっちゃうかもしれない!)
マリオンは己の内にある清浄な霊力を集約し、体の内底から吹き上げる。マリオンの前面にいる明良や瑞穂はそのマリオンの本気の霊力コントロールに驚いた。
止水を除いた襲撃者4人、その後方に陣取っている百眼は眼鏡を光らせ、3人の選抜した闇夜之豹の能力者に指示を飛ばす。
「お前らは前面の精霊使いたちを引き離せ! 連携をとらせるな! 高ランクとはいえ精霊使いだ。懐に入り込み近接戦に持ち込め! 数はこちらが上だ、うまく散らすぞ」
精霊使いの得意レンジは中距離から長距離がセオリーだ。百眼の指示は当然のものと言えた。百眼の指示を受けると、前衛の3人は互いの距離をとり、半包囲するように3方向から瑞穂たちに襲い掛かる。
「明良!」
「合わせます! 好きにやってください、瑞穂様!」
3方向から攻めてくる中央の小太りの男が跳躍すると、大きく息を吸い、その胸を大きく膨らませる。
何か仕掛けてくると考え、瑞穂はその右手に火精霊を掌握し、その手を下から上に振り上げた。
「ハッ! 炎鎌(えんれん)!」
その弧を描く瑞穂の右手の先端から高密度の炎が上下広範囲に出現、拡散する。
小太りの男は迫りくる炎の鎌を見て、大きく吸った息を前方に吹き出す。
その小太りの男は吹きだした大量の息を推進力に変え、上空で後方に方向転換しこれを回避、結果、百眼の近くに着地した。
同時に左右からサングラスの男とTシャツの男が迫る。
すかさず瑞穂は左右に右手を薙ぎ払い、今度は炎鎌を水平に放った。
サングラスの男とTシャツの男に炎が迫るが、二人の男は回避をしない。そのまま突っ込んでくる。瑞穂はその行動に目を細め、集中すると、ヒットするはずの炎の鎌が男たちの体を通り抜けた。
「チッ!」
瑞穂が舌打ちする。
(テレポーターか!)
テレポーターは己自身の場所と自分が狙った空間を入れ替える能力を持つ者たちである。
瑞穂が舌打ちをすると、その横から明良の風精霊が広範囲に放たれて瑞穂たちの周囲に超高密度の大気の塊を生成した。明良の得意とする風精霊術の必殺の技である。
テレポーターのテレポート能力範囲は一般的に自分から数メートルと言われている。また、自身が視認することができる空間に限定されるのだ。つまり、目の及ばないところや長距離をテレポートすることはできない。そして、自分の触る物においても同じ制限で同じ能力を行使できる。
明良の放った大気の壁はそのテレポーターに対応したものだ。
大気の壁は透明で僅かに光の屈折が違うだけで見た目では分かりづらい。しかも、いくらテレポーターといえど、ある程度の広範囲に術を展開されると回避は難しいからだ。
テレポーターの男たちは大気の壁に突入してしまうとすぐに周囲の異変に気付いた。
空気の抵抗が凄まじく前に進みづらいと同時に体全体を覆う重圧で筋肉が悲鳴を上げる。それに加えて息を一度しただけで肺が大気圧で破壊されそうになった。
「……ぐ!」
瞬時にテレポーターたちはこの大気の外へテレポートで脱出をする。後退を余儀なくされた男たちは、瑞穂たちの方を睨むと顔を青ざめさせた。
それは右手の人差し指から炎をともしている瑞穂がいたからだ。
瑞穂はニイと笑うとその炎を大気の壁にそっと放り投げる。
これだけの超高密度の大気の塊に炎が着火されればどうなるか?
百眼が目を大きく広げて、怒号を発した。
「回避しろぉぉ!!」
この怒号と同時にマリオンは既に用意していた光の聖楯を瑞穂と明良の直前に展開すると、遅れて百眼が魔力による障壁を全力で展開する。
その直後……高速道路上で凄まじい爆風と爆音があたり一帯にまき散らされた。
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