第141話 見える敵、見えない敵③
祐人たちは屋上から階段を降りながら、今後のことは明日に話し合うことにし、それぞれの家や寮に戻ることにした。
あの後、正気に戻った茉莉には今回の事情を一から説明し、今後のフォローのお願いの話をすると、最初は驚き、祐人を心配そうに見つめるが……結局、最後まで何も言わず、真剣な顔で承諾してくれた。というよりも、茉莉の方から祐人たちの目的に積極的に手伝いをしたいとの申し出があったといった方が正確だろう。
茉莉は元々、理解力が速く正義感も強い。
祐人がこの学院に来た理由にもすぐに理解を示すと、瑞穂やマリオンに向かい「私に出来ることは何でも言って下さいね。あと、祐人のことをよろしくお願いします」と言い、頭を下げると瑞穂とマリオンは軽く引き攣った顔で頷いた。
そして、マリオンがすぐさま「ええ、祐人さんのことはこちらに任せて頂ければ大丈夫です」とニコッと笑うと、一瞬の静寂のあと、皆、微笑んだ。
何故かこのやり取りにピリッとした空気を感じたが、そこは無視する祐人。この感覚を覚えた時に余計な口出しをすると経験上ろくなことがないことを知っているので。
一階まで降りてくると、茉莉は慌てて剣道部の方に行き、顔色の悪い一悟と考え込むようなニイナも先に帰る、と言い残し教室の方に戻った。
その一悟たちを見送りながら、祐人は残った瑞穂とマリオン、花蓮に真面目な顔で体を向けた。
「……瑞穂さん」
「うん?」
「明日、やっぱり機関の方に行って欲しいんだ。一つ気がかりなことがあるから」
「……昼の奴らね」
祐人は静かに頷く。
「あいつらのことを知りたい。正直、何のために襲ってきたのか目的が全く分からない。屋上ではニイナさんたちが怖がってしまうかもしれないから、あまり話題には出さなかったけど、機関は、あの捕らえた連中の調査はしてくれるはずだと思うし……今回の呪詛の件との関連も知りたい……」
「……そうね、分かったわ。確かに、この襲ってきた連中は意味が分からないわね」
「そうですね……。花蓮さんのお話ですと、中国は呪詛を仕掛けることで日本政府を動かすところまで成功しています。それでこんなわざわざ自分から尻尾を掴ませる危険を冒してまで、私たちを襲ってくるのは考えづらいです。もしや、まったく別の組織が……でも、そうだとしても目的が分かりません。祐人さんは……これも中国が関係していると?」
「いや、僕にもまったく分からない。ただ、この呪詛事件とのタイミングが合い過ぎているからね……ただの偶然かもしれないけど。それに正直、迂闊な連中だった。ただ知らないだけなのかもしれないけど、ランクAの瑞穂さんとマリオンさんがいるのに襲ってきて、結果、撃退された。しかも、捕縛されるという事態は相手にとってみれば最悪と言ってもいいはずだと思う。あれでは、正体が知れる可能性もあるし、次の襲撃も……あればだけど、僕たちが警戒するのは当然で、もう奇襲という最大のメリットはない」
「……本当に何が目的なのかしら。でも、祐人……もし、あいつらが闇夜之豹だったら?」
「だとしたら、馬鹿としか言いようがないよ。事前に通告も、正当な理由もなく機関認定の能力者にいきなり襲ってきたなんてことをしたら……」
「さすがに機関も黙ってはいないですよね。機関はあくまで能力者個々の独立性は担保していますけど、ランク認定の際にある程度の義務も課します。一般人への危害や機関所属の能力者同士の争いの禁止等々と。それは裏を返せば、機関認定の能力者を保護するという意味もあります。それこそ、中国が関与して、そんなことをすれば能力者の最大の組織である機関と事を構えることになります。裏で闇夜之豹と戦争になりかねません。そんなことを中国が望むとは思えないです」
祐人はマリオンの考察が正しいと考えている。だから、意味が分からないのだ。
「もしかして……それを狙った奴がいる? 戦争をしたがってる奴が……」
「まさか! それに何の得があるのよ」
「確かに……その通りだね、瑞穂さんの言う通りだ。今、考えても仕方なそうだね。じゃあ、瑞穂さん、取りあえず明日はお願いするよ。僕は呪術師の居場所を特定するのに力を貸してもらうように、友達に頼んでみる」
「友達……それって祐人さん」
「ああ、人間じゃないんだけどね。まあ、頼りになる友達なんだ……あはは」
この祐人の言葉に人外の契約者でもある花蓮は興味が沸いたらしく、祐人を見上げた。
「祐人、その契約したのに、会わせて」
「え!? 蛇喰さん、何で?」
「興味がある」
「そうね……私も会ってみたいわ。まったく契約者の家系でもないのに……何で複数もの人外と契約してんのよ。どこまで非常識なの? 祐人は」
「あ、私も紹介して欲しいです。どんな人たちなのか会ってみたいです」
「い!」
祐人はこの上なくまずい表情になる。
何故なら、ガストンはあの新人試験を襲い、しかも瑞穂たちとも刃を交えた吸血鬼なのだ。しかも、機関では倒されたことになっている。
(いや、まずいよ! どうしよう~。あ! ガストンじゃなく白や嬌子さんたちを紹介すればいいんだ。それなら……)
祐人が最初に顔色を悪くし、狼狽えているのを見て訝しがる瑞穂。
「なに、祐人? 紹介したくないの?」
「そ、そんなことないよ! うん、分かった、どちらにしろ、僕らが動くときには来てもらうから、その時に、って思っただけだよ」
マリオンは祐人の話に納得するように頷いた。
「あ、そうですよね。……でも、祐人さん」
「なに? マリオンさん」
「その方たちって擬人化出来るんですよね? その性分は女性ですか?」
「うん? 両方いるよ? 男も女も」
「そうでしたか」
それを聞いて何故かホッとするマリオン。
瑞穂がマリオンを見て首を傾げる。
「なに、どうしたの? マリオン」
「あ、何でもないです。もしかしたら、色っぽい大人の女性の恰好をした人とかがいるのかなって。あ、人外って契約すると悪さは出来ないですけど、当然、私たち人間とは感覚が違いますので……もし祐人さんに……悪戯とか」
最後の方はごにょごにょと、よく聞こえない。
顔を赤くしてはっきりしないマリオンを見て、何となく言いたいことが分かった瑞穂も「な!」と顔を赤くする。
「マリオン、何を言うかと思ったら! 変化ならともかく、そんな擬人化できる高位な人外と何体も契約できるわけないでしょう! コミュニケーションだってままならないんだから! まったくマリオンは……意外とムッツリよね」
「マリオン、エロい」
花蓮はニマ~とした。
「な! 誤解です!! 誤解ですよ!? 祐人さん!」
「え? え? 何の話してんの?」
「非現実的な話だから、気にしないでいいわ、祐人。そんなことより今度、紹介してね、あなたの契約人外たちを」
「うん、分かったよ」
祐人は嬌子たちを今度、紹介しようと考える。
(ガストンは、ちょっと今回はやめておこう。うん、嬌子さんたちなら、問題はない)
瑞穂はマリオンにあきれ顔だ。
「そんな男の妄想爆発の人外なんていないわよ。なに? 妖艶な美女とかオットリ系お姉さん美人とかがいて、とか? はあー、あるわけないわ」
「それで……無邪気な妹系少女やゴスロリもいるなんてあるわけない。猫耳とか」
「はう! 違うんです! 忘れてください! 祐人さん」
「え!? そうなの!?」
「なに? 祐人」
「あ! な、な、何でもないよ」
祐人はこの瑞穂と花蓮のやり取りに……顔色を真っ青にし、大量の汗が額から流れ、顎から滝のように滴っている。
瑞穂と花蓮はマリオンに、やれやれ、という態度。
「そんなことが実際にあったら、そんな鬼畜契約者をもれなく私が根絶やしにするわよ」
「マリオン……アニメ見すぎ。私も好きだけど、現実との境界線はしっかりしてる」
「ふえー! ちがっ……」
「あ、そうなのよ。花蓮、言ってやって。マリオンって日本に来てから、アニメに結構はまって、先日、マリオンの部屋に入ったら、クローゼットにメイドふ……」
「ダメーー!! 瑞穂さん!」
マリオンが瑞穂に飛びついてその口を押さえ、祐人の方を涙目で「違う!」とフルフル震えている。
だが、それどころではない祐人はガタガタ震えていた。
「もういいわ……って祐人? なに震えてんの?」
「ななな、何でもないよ! まったく!」
横でプシューと意気消沈のマリオンを置いて、瑞穂は真剣な顔になり祐人に話しかけた。
「祐人、これから時間ある? それと花蓮、出来ればあなたにも来て欲しいところがあるのよ」
「え? うん。何かあるの?」
「これから、お見舞いにいくのよ。秋子さんのところに……」
「……」
祐人には瑞穂の言うことは分かる。もちろん、その被害者である友人の容体が心配なのが一番の理由であるのだが、呪術師特定のヒントやその対抗策が少しでも分かればというものだ。
花蓮は瑞穂の提案に意外とあっさりと承諾した。
「行く。ニョロ吉にも見せたいから。一旦、保護下に入れた人たちは問題ない」
祐人も頷く。
「もちろん、行くよ」
「そう、じゃあ、このまま車で行きましょう」
そう言うとマリオンを引きづりながら、瑞穂と祐人たちは出発した。
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