第70話 敵襲③

 


 装甲車の中のマットウの兵たちが苦笑いをしているころ、マットウの護衛部隊から数キロ離れた廃村では、ニーズベックが魔法陣の中央で眉間に皺を寄せた。全身からプスプスと煙を上げ、露わにしてる肌の一部から血が滲んでいる。

 薄い霊力の霧の中で、魔力を使い感知するためにその反発が来るのだ。

 霊力と魔力は互いに強く反発しあう。そのため、霊力の能力者と魔力の能力者の戦闘は同系統の能力者同士の戦闘より、ド派手に見える。


 それはお互いの技がぶつかる度に、爆発に近い衝撃が辺りに巻き散らされるからだ。

 だが、ミズガルドとニーズベックはこの特性を使い、より遠くから、より正確にニーズベックの召喚した妖魔を把握するという連携を編み出した。

 この痛みを与える場所に、ニーズベックが感知をし続けながら操る召喚魔がいるのだ。


 この連携のおかげで、本来はもっと近くにいなければ感知できずに、自身のコントロールから離れる召喚魔を捕まえておくことが出来る。

 そして、この連携でニーズベックは通常の召喚士の数倍の遠距離から、召喚妖魔を操れるのだ。もちろん、これはミズガルドの出す霊力の霧の範囲にいなければならない。


 だが、薄い霊力の霧といえ、霊力の中で魔力を発動することになる。そのため、ニーズベックはこの連携中、その全身に細かいダメージを負う。

 極度の集中力を必要とする召喚士にとってそれ自体がマイナスであるはずだが、ニーズベックの卓越した集中力はそれを可能にした。

 つまり、この戦術は召喚士が非常に安全な場所から、敵を好きに、しかも遠距離から襲い続けることが出来るということが言えた。


「忌々しい小娘共が……」


 今現在も、ニーズベックの体には軽微な内出血が増え続けている。だが、ニーズベックはフッと余裕の表情で怪しく歯を見せる。


「テインタン……そちらはどうか?」


 ニーズベックはマットウの護衛隊長の名を囁き、頷く。


「そうか……あの小僧は私を探しに出ているのか……。とんだ屑だな……所詮、機関の抱える能力者など力のない劣等能力者共ばかりよ! 放っておいても構わん、我の場所は掴めん。奇跡でここに来たとてランクDのゴミに何ができる……」


 ニーズベックは見下すように、片方の頬を僅かに上げる。


「それにこの距離では、貴様らに結界を張ったこの場所には気付けまい……」


 ニーズベックは両手を力強く合わせ、合掌したような仕草をする。


「やるぞ……すべては我が理想を叶えるため……100年前の屈辱を晴らし、能力者機関なる下らぬ組織を立ち上げた下種どもに鉄槌を下すために!」


 ニーズベックを中心に強大な魔力のうねりが吹き上げる。それは新たなる妖魔を召喚する合図でもあった。




「うん、霊力の霧はここまでのようだな。ここは……部隊いる場所よりも700メートル上か……。じゃあ、この霊力の切れ目沿いに700メートル降りて高さを合わせないとな。何となく分かってきたけど……やっぱり、もう一つ、霊力の届かないポイントが分かった方が確実だな」


 祐人は移動して山の起伏を避けて1つ目のポイントと同じ標高のところまで来ると地図を広げて、地図上に新たな印をつける。

 現在祐人は、先ほど地図に印を付けた場所……部隊から方向にして南西の位置から大きく移動し、部隊から見てやや南東5キロの場所にいた。


「この霊力……まだ分からないけど……約直径10キロほどまで広がっている可能性があるな……これが僕らの予想通りなら、とんでもない奴らだ」


 祐人は無線パックを下ろし、瑞穂たちに連絡をする。


「瑞穂さん、こちら祐人、応答お願い」


「……あ、シテンジさん、ドウモリさんからです!」


「……瑞穂よ、どう? 順調? そっち! 手を抜かないで!」


「うん、今、2ポイント目に到着した。どうやら想像以上に霊力が拡散しているみたいだね。そちらは?」


「そう……。こちらは大丈夫よ。まだ、戦闘は続いているけど、このくらいなら退けられるわ。それに、何だか先ほどの猛攻から考えて、若干敵の勢いが落ちてきたように感じるわ……」


 激しい銃声の中から聞こえてきた瑞穂の話に祐人は眉を顰める。


「敵の勢いが……? 瑞穂さん、敵の数は? 減っている?」


「どうかしら? マリオン! 祐人から! 敵の数はどうって? うん! 今、2つ目のポイントを見つけて、そこから連絡が来てる!」


 祐人は嫌な予感がした。戦いの当初の話だと今までにないくらいに敵の攻撃が激しいと言っていた。しかも執拗であると。

 ということは、やはり敵はここで決着を付けに来ている節がある。まだ、戦いは始まって30分程度……この程度で手を緩めてくるわけはない。


「祐人! マリオンも敵の数が減ってきているように感じてたって、部隊に迫ってくる妖魔はそのままだけど、遠距離からの敵の攻撃の数が減っているとのことよ!」


 祐人は考える。目に見える敵の数は減らさず、姿の見えない遠距離から攻撃してくる妖魔を減らしている……。

 祐人は目を広げた。


「瑞穂さん! 注意して! こちらに気付かせないように、召喚士が余力を作った可能性が高いよ!」


「え!?」


「瑞穂さん! これから3ポイント目を確認しに急ぐから! その前に確認! 瑞穂さんの大技を放つのにかかる時間は?」


「あの術は5分程度欲しいわ! それよりどういうこと!? 召喚士が余力をって?」


「召喚士が余力を作り出そうとしたということは……敵が大物を召喚しようとしている可能性があるってこと!」


「!」


「マリオンさんにも注意するように言って! 部隊の人にも!」


「分かったわ!」


「多分、憶測だけど間違ってなければ、僕は10分経たずに3ポイント目を見つける。そうしたら敵の位置を連絡するから! 瑞穂さんは僕が連絡したらすぐに術の発動準備をお願い! 僕もすぐにそっちに行く!」


「待ってるわ!」


 祐人はすぐに移動の準備に取り掛かる。これから行く方向は部隊から見て北側。


(急がなくちゃ!)


「……ひ、祐人?」


 無線から瑞穂の声が聞こえてきたので、祐人は聞き返す。


「何? 何かあった?」


「ううん……その……。そちらも……気を付けてね?」


 無線が切れた。

 瑞穂の予想外の言葉に思わず鼓動の跳ねた祐人。


「うん! 分かったよ! ありがとう! 瑞穂さん!」


 祐人は一人、返事をして勢いよく移動を開始した。




 無線を切った瑞穂をやや距離のある場所からマリオンは見ていた。この忙しい戦闘の中でも、瑞穂の表情の僅かな変化に気付き、マリオンは大きく反応する。


「ああ! 瑞穂さん! 最後、何て言いました!?」


 マリオンは女の勘で、瑞穂の最後の言葉は看過できないものと感じたのだ。


「な! 何でもないわよ! 早くなさい! って言っただけよ!」


「ずるいです! 次は私が無線に出ます! グエンさん!」


「はひ!」


「次に連絡があったら、無線を私に持って来て下さい!」


「イエス、マム!」


 マリオンはそう言いつつ、遠距離から攻撃してきた敵の攻撃をそのまま敵にはじき返し5体の怪鳥を叩き落とした。

 そのすぐ近くで、部隊を指揮しているテインタンは薄暗い目で瑞穂の無線のやり取りを聞いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る