第69話 敵襲②

 

 山林の奥地にある小さな廃村の朽ちかけた民家の中……。

 そこに薄汚れたフード付きのロングコート身に着けたを細身で長身の男と肥え太りフードも被れず、コートの前も大きく広げた男がいた。

 おもむろに異様に長い手足をした長身の褐色の男が笑みを浮かべ立ち上がる。


「ククク……ロキアルム様のご許可が下りたぞ、ミズガルド」


「許可~、許可~、グヒヒ……ニーズベック嬉しい? 楽しい?」


「ああ! 道筋は見えた! 後は……マットウを殺し……あの小生意気な小娘たちも……」


「小娘~、あいつら頂戴~、ヒヒ……俺、抱きしめる……。美味いかな? 美味しいかな?」


「フッ、事が済めば好きにするが良い……。これで茶番も終わりだ。我々はその後、あの土地に向かい、ロキアルム様の来られる前に準備を整える」


「ヒヒヒ、終わり、終わり~」


「ああ、始まるぞ! 終わりの始まりが! この下らない世界の! 世界能力者機関なる愚民に媚びた組織も秩序も! 闇に住むことを余儀なくされた我々同胞の鎖を解き放つのだ!」


 ニーズベックはフード付きコートを投げ捨て、上半身裸体の姿になる。その露わになったニーズベックの体の首や腕には数々の呪術を施した装飾品が数多く身につけられている。

 そして、ニーズベックの褐色の肌は焼け焦げたような跡や内出血による浅黒い痣が広範囲に見られ、奇怪な雰囲気を醸し出していた。


「行け! ミズガルド! 我らの目的のために!」


「ハヒャヒャヒャ、ミズガルド行く、行くよ~」


 ミズガルドはそう言うと、スーとその姿を消した。

 ミズガルドが消えるとニーズベックはやや体を屈めて、その長い右手を地面に当てる。すると、その手を中心に召喚の魔法陣が浮かび上がってきた。


「ハハハ! 行け! 妖魔ども! 皆殺しにしろ! マットウも! 機関の犬どもも!」


 数十年間に捨てられたと思われる廃村にニーズベックの笑い声が響き渡った。




 祐人は山林の木々の間をまさに脅威のスピードで駆け抜けている。このような地形は孫韋との修行で慣れている。この程度は祐人の移動の妨げには全くならない。その祐人がピタッと移動を止めた。


「ここまでか……。ここが霊力の霧の届く範囲ギリギリみたいだな」


 祐人は地図を広げて、現在地に印をつける。地図にはマットウのいる本隊の場所と2点目の印になる。


「普通に考えれば、本体からさほど遠くない場所にいるはずだけど……。やはり念のためあと二つのポイントを知りたいな……。このポイントと高低差がないポイントが理想……」


 祐人は地図を見つめて、次の確認ポイント見定める。


「よし! 次はこっちだ!」


 祐人は地図をしまい、すぐに移動を開始した。




「マリオン! そっちはどう?」


「大丈夫です! 瑞穂さんは自由にやって下さい! 西の方向から多数ガーゴイルが来ます!」


「分かってるわ! テインタンさん! 部隊は東を固めて! 西側は私が食い止める!」


「了解しました! 第1から第5小隊はそのまま! 第6から第8小隊は私と東側へ続け! マットウ将軍に近づけさせるな!」


 マットウを護衛している瑞穂とマリオンはまさに敵の召喚された妖魔に間断なく襲われていた。まだ、戦闘は始まって10数分だが、敵の執拗さが以前と違うことは肌で感じ取ることが出来る。


「確かに本気度はいつもと違うようだけどね……」


 瑞穂はマットウのいる車の西側に立ち、兵たちを自分の後ろに下がらせる。


「私も、いつもとは違うのよ!」


 瑞穂の頭上に複数の火炎の玉が現れる。火炎の玉は徐々に形を紡錘状に変化させて、少々鋭いラグビーボールのような形になる。


「行けー!」


 その瑞穂の言葉に反応するように、炎の塊は西側上空から護衛部隊を切り崩しに来たガーゴイル達に襲い掛かる。ガーゴイルはそれに気づき、上空で散開するが、瑞穂の炎はそれを許さず、ガーゴイルを追跡し、すべてのガーゴイルを撃墜した。

 背後の兵から歓声が上がり、士気が大いに高まる。


「フフフ……少しずつだけど、分かったことがあるのよ……。何故だかまでは分からないけど……私は……マリオンには……負けられないの!」


 マットウを護衛する兵たちは、瑞穂の背中から吹き上がる闘気に熱狂する。


「スゲー!」

「やっぱり四天寺様だぜ!」

「俺、一緒に戦えて幸せです(泣)」

「闘神カーリーの顕現!」

「今日のスカートが短めで良いです!」


 戦闘をするたびに、瑞穂とマリオンを崇拝する兵が増えていることを二人は知らなかった……。だが今、最も多い瑞穂信者が増えた瞬間でもあった。



 マリオンは敵妖魔の魔狼の放つ、咆哮と衝撃波から部隊を防御した。マリオンは遠距離から部隊に仕掛けてくる攻撃をひとつ残らずはじき返している。

 たった今、マリオンに救われた小隊はマリオンを女神を見るような眼差しで視線が釘付けになっていた。


「皆さんは、私が力の限り守ります!」


 兵たちから割れんばかりの歓声。


「うおおお! シュリアン様ー!」

「シュリアン様! 俺、戦います! あなたのために!」

「女神さまだ!」

「皆! 俺たちにはシュリアン様がいるぞ!」

「可愛いっス! 可愛いっス!」


 護衛部隊の士気は最高潮に達する。


「フフフ……私は分かってきました。この戦いには意味が二つあると……。それが何なのかは完全には分からないですけど……、瑞穂さんには……負けない!」


 柔和なマリオンが普段見せない、マリオンの全身から噴き出す闘気を兵たちは感じ取り、この戦いは決して負けられないと心に刻む。


「皆さん! 全力でお願いします!」


「「「「おおおーーー!」」」」


 マリオンの信者が大勢増えた。

 マットウは戦いの推移を見守り、自分のために身を投げ出して戦ってくれている兵たちを装甲車の中から窺っている。マットウはこのような時、将軍として、重大な責任を負う者として兵たちの安否を気にかけつつ、忍耐強く待つしかない孤独に耐えていた。

 だが、マットウは今、楽し気にしている。


「うちの兵たちが誰のために戦っているのか不安になってくるな……。この戦いが終わったら、あの娘たちに改めてオファーを出すか? 将軍待遇で……」


 マットウの冗談とも取れない呟きに、装甲車内にいるマットウの部下たちは、思わず苦笑いした。

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