第50話 依頼前の家取り合戦③


 祐人の勝利に、白やサリーはまだ信じられないといった表情で、ただただ、この状況を見つめるばかり。


「でも……どうやって! どうやってお兄さんはゴールしたの!?」


 白が分からない! といった感じで尋ねてくる。祐人は立ち上がりながら、どう答えようかと思っていると、スーザンがゆっくり近づいてきた。


「……高度な思念体」


「え?」


 白や玄、嬌子までもが驚く。そこに美青年が、後ろから説明を付け足した。


「そこの少年はスーザンとの衝突の刹那、自らの思念体を前方に飛ばしたのだ。本体と見分けの付かない程の高度な思念体をな。それでスーザンに、衝突の間合いを見間違わせて、自身は下方から体を高回転させて灼熱の壁に足から飛び込んだ。そのスピードと高回転によって、熱によるダメージを最小限に抑えてゴールまで突っ込んできた、ということだ」


「……」


「す……凄い……」


 それがどれ程の事か、そこにいるすべての人外が理解する。

 祐人は立ち上がると、ちょっといたたまれない感じで笑い、頬を掻く。


「いや……、そっちは僕を捕らえなければならないけど、僕は突破するだけで良かったから。ちょっと思い切っただけで……」


 その祐人の言に、嬌子がちょっと微妙な表情をする。


「あ、そう……。でも、そのことだけど……多分ね……」


 嬌子はスーザンに振り返る。


「スーザン。あなた、どうすれば勝利だったか……覚えてる?」


 スーザンが首を傾げる。すると、しばらくして「あ……」と目を大きくする。


「え? えー? 何? その反応、もしかして……」


「はあ~。やっぱりね……。あんな熱量を出していたら、お兄さんが下着ごと消し炭になっていたわよ。それに私が周囲に結界を張ってなかったら、どうするつもりだったの? この辺りが焼野原よ? まったく……」


(まさか……殺す気? だった?)


 確かに、あの爆風と熱量を至近距離から直撃していたら……。

 スーザンは「いやあー」と後頭部に手を当てているが、祐人は震えながら汗を流していた。

 その祐人の肩に嬌子は手を置く。


「まあまあ、何はともあれ私達の負けよ。約束通り……この家は、お兄さんのものだわ……」


「あ……」


 そうだった。過程はどうであれ、祐人は勝利した。その実感がようやく沸いてくる。


(よし! よし! そうだ! 僕は家を守った! 輝く青春の可能性も、学校生活も守ったんだ!)


 満面の笑みで両手の拳を握る祐人に、神妙な顔で嬌子は、何とも寂しい顔をする。


「じゃあ、さよならね。……お兄さん元気でね」


「え? も、もう……行くんですか?」


「ええ……。ここはもう、私達の場所では無くなったのだから……ね。なーに? もう、お兄さん。もっと嬉しそうな顔をしなさいな!」


「あ、はい……」


 祐人が勝利したのだから当然、人外達が出て行くことになる。

 嬌子が周りの人外達を見渡すと、神妙な面持ちで皆、頷いた。 誰も不満を漏らすことも無く、黙々と垂れ幕や宴会道具を片付けだす。

 それは、「約束は必ず守る」といったものが伝わってくる、潔い様相で、どこか爽やかさすら感じさせた。

 門の前で立つ祐人の目の前を、寂しげに出て行こうと身支度する人外達……。

 祐人は、それを黙って見つめる。

 あれほど覇気があったにもかかわらず、今は力無く足取りの重い動きで、人外達はそれぞれに出て行こうとしている。

 そして……やはり、誰も異論を唱えなようとはしなかった。 中には立ち尽くしている祐人に、会釈や握手を求めてくる者までいた。

 その姿に祐人は、まるで戦友と別れるような錯覚すら覚えてしまう。

 祐人は、思わず何か声を掛けようとするが、何も言葉が出てこなかった。

 すると……数名の人外がふと祐人の右側で立ち止まり、遠い目をしてポツリ。


「ここには……たくさんの思い出があったな……。本当に楽しかった……。もう、ここは俺たちの場所ではなくなってしまったけど……みんな、またいつか……絶対に、絶対に会おうな!」


「「ああ! う、ううう」」


「お、おい……泣くなよ。これで最後って訳じゃないんだから……だから……」


「「「うわ~ん!」」」


 それは……卒業式で、親友達と分かれるような場面を想像させる光景。


「……え?」


 驚く祐人の左側に、男女の人外が立ち止まり、そして潤ませた目で見つめ合う。


「ああ、ハニー! 何て運命の悪戯だ! これから僕達は……一体、どこで会えばいいのか?」


「ああ、ダーリン! 落ち着いて! 例え……例え、離れても! 何に引き裂かれても! どんな悪人の卑劣な陰謀でも! 私の心はいつもあなたと一緒よ!」


「ああ、ハニー!!」

「ダーリン!!」


 そこには、不幸にも悪人に引き裂かれ、でも決してお互いを忘れない! といった風の恋人のように、泣いて抱き合っている男女の人外達。


「え? え? (悪人の陰謀って……僕?)」


 直後、祐人の後ろに何故かスーツ姿の人外が、両手で顔を覆い、膝を着いて泣き出す。


「あああ……家を失った。この一件がうまくいっていれば……ク!」


 そこには不当にリストラされたサラリーマンのような姿で空を呆然と眺める人外がいた。


「え? え? えー? (一件って……今の勝負のこと?)」


 極めつけは、捨てられた子犬のように見つめてくる2人の女の子達……白とスーザン。

 祐人の下から、潤んだ瞳で祈るように祐人を見つめている。


「え……と。こ、これは……? 一体……」


(こ、これは正当な勝負の結果だ。後ろめたいことなど何も無い! 分かっている……)


 しかし、これではまるで、悪徳大家が善良な住人を追い出している場面のそのままに見えた。

 そこに、白が潤んだ瞳のまま、寂しげに口を開いた。


「お兄さん。私ね、お兄さんに会ったことがあるんだよ?」


「え!? どこで?」


 白はその問いには答えず続ける。


「あのね……それでお礼が言いたかったの……」


「お礼って…………?」


「お兄さん、左手を治してくれてありがとう……。あの時は気が立っていて、つい襲いかかっちゃったけど。でも、お陰で今は、穏やかにいられるから」


そう言うと、白は深々と頭を下げた。

祐人はその言葉を聞いても、まだピンとこない。左手……猫耳……左脚……?


「左手って…………え! まさか! 建築現場の!? 白虎……?」


白は、コクリと頷く。


「ここで会ったのは、偶然だったんだんだけど、お兄さんを見た時には、すぐに気づいたの。あの時の人だって。でもここは私達にとって、本当に大事な憩いの場だったから、お礼も出来ないまま、こんな事になっちゃったの……」


「…………」


「でも、もうここはお兄さんのもので、私達は行かなくちゃいけないから、今しか言えなくて……ごめんなさい」


 居た堪れない気持ちが祐人を覆っていく。白を見て、周りの人外達を見渡し、心にある衝動が湧き上がった。

 それは……祐人を突き動かすほどに、強くなっていく……。


「でも、ちゃんとお礼が言えてスッキリしたから! でも……本当は、もっとお話ししたかったかな?」


そう言って、白は笑って見せた。

これが祐人にとって……とどめだった。


「あ、あの……もし本当に困るんだったら、ここにいても……。ほら、思ったより広いし……」


そして、


「皆、いつもいるわけじゃないみたいだし……」


さらに、


「だから……まあ、近所の人に迷惑さえかけなければ……ここに遊びに来ても……」


「……いいよ」と言うのと同時に人外達から、


「「「「「「よっしゃ―――!!」」」」」」


 掛け声とガッツポーズ。


「!? ……な!」


 その皆の変わりように動揺する祐人。

 さらに、その祐人の目の前で、さっき子犬のような顔をしていた白とスーザンがハイタッチをしている。

 祐人は呆然として……ハッとする。


(やられた!)


 と思ったときには、時すでに遅し……。

 人外達はワッショイ! ワッショイ! と声を上げて祐人を担ぎ上げる。


「うわー! ちょっと待って! やっぱりもっと熟慮して……わーあわわ! お前ら汚いぞ! 最初から負けてもそのつもりで……僕を騙したな――――!!」


 そのまま祐人ごと家の中へ強制的に連れて行ってしまった。

 改めて、祐人の自宅となった家に戻った人外達は、嫌がる祐人を交えて強引に宴会の準備を始める。

 家の中はボロボロのままだが、そんなことは人外達は気にしない。

 涙目の祐人を強制的に上座に座らせ、入れ替わり立ち替わり、何とかという名霊酒を祐人は、たらふく飲まされる。


「うぷ! 僕は! 未成年だから! 止めてー。 それとあんまり騒がないでー!」


 その声を無視して、というより鼻から聞いていない人外達のテンションは最高潮。


「大丈夫、大丈夫、これは本当のお酒じゃないし、体に悪影響はないわよ……多分」


「多分って何!? 多分って!」


 部屋の中央では玄が大いにはしゃぎ、滑稽な動きで周りを盛り上げる。


「これからはあっしらの親分ですね! みんなぁ、新しい親分の門出だぁ! 大いに騒げぇ!」


「嫌ー! もう騒がないで! 近所に聞こえるから! 迷惑だから! あと親分もやめて!」


 玄は小躍りしながら、一升瓶をラッパ飲みした。

 玄の言うところの、親分であるらしい祐人はというと……今、女性陣に囲まれている。

 正面からは、やたら艶かしく迫ってくる嬌子。


「ちょ、ちょっと嬌子さん近いですって! うわ、酒くさい!」


「お兄さーん。私、今日は帰りたくない~」


「ここが家でしょうが! というか、帰る場所があるなら帰ってくれ!」


 後ろからは、サリーがきつく抱きついて離れない。顔も霊酒のせいかトロンとしている。


(サリーさん! 当たってる! 当たってますって! でも……えへへ、これはいいかも)


「私ー、死神だけどー、これからお兄さんのために頑張るわよー」


「離れろー!! そして、頑張るな!」


 横には可愛らしくよくしゃべる白が、右腕にしがみついて喜び、左側には無表情のスーザンが、酒のアテを箸で摘み、祐人の口に入れようとする。


「白さん? そんなにくっつかないでって。スーザンさん? じ、自分で食べれるから……」


「どんどん食べて! お兄さん。あれ? 今はご主人様かな?」


「……マスター。遠慮はいらない……どんどん太って……じゅる!」


「食べる気か! 最後は僕がつまみか!」


 中身は違っても、傍から見ると好色なバカ殿といった風体だ。

 もちろん、本人が望んだ訳ではないが……。

 そこに、あの長髪の美青年が霊酒で赤くなった祐人の前に跪き、頭を垂れる。


「御屋形様。私の名は傲光(ごうこう)。この度の恩義……この傲光、決して忘れません! 報いるに、この私の全身全霊の忠義を以ってお答え致します。そして……」


 あのイケメンは、ようやく捜し求めた主君に出会った侍のように、いつまでも感動した面持ちで口上を続けている。


「ああああ……、この人も面倒くさそうだよ~」


 最初に見かけた犬の姿をした人外は「ウガ! ウガ!」と尻尾を振っていた。それに白が聞き耳を立てる。


「え? ウガロンも一緒に住む? そうね! 賑やかな方がいいもんね!」


「嫌ぁー! 僕は静かな方がいい! 静寂を愛しているの! 孤独が好きなの!」


 その周りでは、幾多の人外達が酒を酌み交わし、飲めや、歌えや、踊れやの、まさにドンチャン騒ぎ。


「いやー、めでたい、めでたい。ついに、この家は良き主人に恵まれた」


 祐人はその宴会を見つつ、酔いで薄れていく意識の中で……、


「もう……好きにしてくれ」


 と言って倒れた。

 こうして、祐人は新居を手に入れたと同時に……三十近い人外の友達? ができた。



 だが、この時の祐人は知らない。

 この時、祐人は世界の有数の能力者の家系にも劣らない、超戦力を保有する事になったということを。

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