第49話 依頼前の家取り合戦②

 

 しばらく待つと、上機嫌な静香が奇麗に包装されプレゼント仕様にリボンが付けられた物と祐人の財布を持って帰ってくる。


「お待たせー。はいこれ! 良いものを選べたと思うよ」


 祐人は心底助かった表情と感謝の気持ちが湧き出す。


「あ、ありがとう! 本当に助かったよ! あ、それと水戸さん、このことだけど……」


「分かってるって! 内緒なんでしょう? 誰にも言わないよ」


 それを聞き、ホッとした祐人は包装と財布を受け取り、早速引き返そうと思う。


「本当にありがとう! じゃあ、僕、行かなくちゃいけないから。また学校で。水戸さん」


「うん! じゃあね。大変だと思うけど頑張ってね!」


 何か妙に噛み合った会話に違和感を持ちつつも、祐人は手を振って階段から出口に向う。

 その後姿を眺めながら静香は感慨にふける。


「来月は茉莉の誕生日だもんね。ついに堂杜君も……強引なくらいの方が好みだって気づいたのかな? それにしても堂杜君も外見と違って大胆だねぇ、いきなり下着のプレゼントって。でも、いやー、良いことをした後は気持ちいいなぁ」


 その後、静香は下着売り場の[SALE]と書いている棚に数時間対峙することになる。




 水戸静香が駅前デパートの下着売り場のセール品とまさに格闘を始めた頃……祐人は周囲360度に最大限の注意を払い、四神神社の横にあるオンボロ家屋を完全に我が家とすべくまさに異常なスピードで移動している。

 街の中では気配を完全に消して注意深く移動していたのだが、街中を過ぎれば身を隠すところはほとんど無い。であればスピードを下げる理由もない。それでも何人かの通行人はいるが、すれ違う人には祐人の姿を捕らえることはできなかった。


 それは目にも止まらぬスピードという訳ではない。祐人はすれ違う人の視線を読み、それを避けながら移動している。その尋常ならざる技をこの少年は当たり前にこなす。

 祐人は真剣だった。いや。元から真剣だったが今の祐人は気合が違った。

 静香から下着と財布を渡され、早速、目的地に戻ろうとした際に……ふと気になって財布の中を確認したのだ。


(この犠牲は……決して無駄にはしない!)


 ゴシゴシと腕で両目を拭きながらも、祐人はスーザンの存在を気にしていた。


(……おかしい、順調すぎる。何処か別のところを探しているのか?)


 何故ならばスーザンが狙っているのは明らかに自分の身に付けている下着なのだ。スーザンに捕まれば今後の住居だけでなく、男として何か大事なものまで失ってしまう。

 それだけは絶対に避けねばならない……。しかし、今は順調だ。目的地はもう近い。

 前方に比較的新しい住宅が並ぶ中、明らかにそれらとは違う、古びた大きい門が見えてきた。

 そこがまさに目的地である。


「ん?」


 よく見ると門の外が賑やかだ。祐人は何だろうと思いながら、近づきつつ確認すると運動会の短距離走のようにテープが張られている。

 テープの後ろには人外達が〔スーザン頑張れ!〕とか〔この家は俺達のだ!〕とか〔奴の下着をその手に!〕という垂れ幕を高々に掲げている。さらには御座を敷いて、子供の運動会に来ている親御さんのように酒を交わしてえらく盛り上がっていた。

 祐人は一瞬、膝からガクッと力が抜け、転びそうになる。


「なんじゃありゃ? 目立ちすぎだろ! 近所にばれたらどうするんだ!?」


 だが、ゴールは目前。細かいことは後だと祐人はスピードのギアをさらに上げる。テープまで後少しというまさにその時……。

 祐人は突然、右後ろ上空から巨大な気に当てられた。


「む!」


 祐人は瞬時に最も効率的、最短、最小限にステップを踏み、体を屈める。

 その直後、頭のわずか数センチ上を隕石のような物体が高熱を放射しながら通り過ぎた。

 祐人は急ブレーキで立ち止まり、自分の上を通り過ぎた頭の部分を右手で摩る。

 祐人の眼前に、自らが起こした土埃の中から大敵スーザンが姿を現した。


(フッ、なるほどね……。必ず僕はここに戻ってくる。探す必要は無かった、という訳だ)


 赤い空気を纏ったスーザンは祐人を見据える。気合を入れているのか少々息が荒い。


「やっと……見つけた」


「探してたんかい!」


 どうやら彼女は街中を全力で祐人を探していた結果らしい。何だかなぁとは思うが、もはやゴール直前。そしてゴールの前にいるスーザンは強敵。祐人は気を引き締める。

 スーザンの背後では人外達が大歓声を上げる。


「ウオォ! スーザン! スーザン!」


 そんな中、白は、


「……大丈夫かな?」


 心配そうに白が両手を胸の前で握り締める。横に立つ嬌子はそれを見てクスッと笑う。


「どっちが?」


「そ、そんなの……スーザンに決まってるでしょ!」


「ふふふ。まあでも、ああなったスーザンは怖いからねぇ。お兄さん無事だといいわね。白ちゃんも、まだ左手の御礼ができてないんでしょう?」


「……うん」


 サリーはニコニコ笑いながら、玄はワクワクした表情で、美青年は値踏みするように2人を見守る。

 祐人はスーザンに只ならぬ気配を感じて、久々にピリピリした感覚が甦る。

 危険だ……でも引くことは出来ない。住所不定では流石に学校にも通えなくなる。

 僕は高校生活と住居を手に入れる! 

 だから本気で……いかねば。


「……行くよ」


「……!」


 祐人は突然、ノーモーションで正面突破を図る。

 スーザンはその予想に反した行動に一瞬、驚くがすぐに身構えた。祐人が一発勝負で来たのを瞬時に悟ったのだ。スーザンの纏う赤い空気の熱量が急激に増して辺りが揺らいで見える。

 その凄まじい熱量がスーザンを中心に激しい上昇気流を作り、スーザンの燃えるような赤髪を天に吹き上げた。

 また、それだけの熱量であるにも関わらず、道の幅までにしっかりコントロールされているのに祐人は感心した。


 だが祐人は止まらない。スーザンの迎撃に構わずスピードのギアを上げる。

 スーザンは祐人の意図が読めずにとっさに両手を前方に出し衝突に備える。この時、スーザンは眼前の祐人から凄まじいプレッシャーを感じていた。

 それは、スーザンにとってここ数十年間、いやそう以上かもしれない間、忘れていた感覚だった。すると無意識にスイッチが入ったように……スーザンの瞳が赤く変貌する。

 そして、まさに二人が衝突するその瞬間……。


 スーザンのその両手から大熱量と大霊力を含んだ爆風が前方に超高密度で吹き荒れた。

 この大音量の爆音に、今まで歓声を上げていたそこにいるすべての人外が思わず完全に固まってしまう。


「あ……えーと、スーザンさん? そ、その~……やりすぎでは……?」


「……うん。俺もそう思う……」


 ポツリと交わされる人外応援団の会話。

 白も玄も大きく口を開けて目を剥いている。

 凄まじい爆風で視界が塞がれて前方が見えない。言葉を失った人外達は静かに前方を凝視すると徐々に視界が明らかになっていく。

 見えてきたのは……

 スーザンが両手を前に向けたまま、立っている後姿があっただけだった。

 白が青ざめていく。


「あああ、お兄さんが! お兄さんが死んじゃったよー! 消し飛んじゃったよー!!」


 その場で固まっていた人外達も、さすがにこの思いがけない結末に息を飲んだ。


「あはは……死んでないよ~」


「え!?」


 全員が驚き、辺りを見回すが姿が見えない。スーザンでさえ驚いて後ろを振り向いた。


「ここだよ~。はあ~、確かに死ぬかと思ったぁ……」


 声の出所を探し、全員が下を向く……。そこにテープを跨った所に祐人が仰向けになって倒れていた。所々が黒ずんでいてプスプスと煙を噴出している。


「お兄さん!」


 白が目を潤ませて叫ぶと、祐人はシャツの内側から奇麗に包装された物を取り出す。


「はい嬌子さん。これが選定された物」


 嬌子は下から差し出されて、神妙に受け取ると包装を奇麗に開けて中を確認する。


「まあ、可愛い! これを私に? でも、もうちょっとセクシーなのが良かったな。それにサイズが私には小さいかも……。でも、これがお兄さんの趣味なら私……頑張って付ける!」


「違うでしょうが!!」


「……もう、分かってるわよ。えーと、……確認しました」


 嬌子は大きく息を吸う。


「勝者は……お兄さんに決定ぃぃぃぃぃ!!」


 その宣言にそれまで驚きで固まっていた人外達も事態を飲み込み、頭を抱えて悶える。

 祐人は倒れたまま拳を空に掲げてガッツポーズをした。

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