第39話仕事と仕事②


 祐人は休憩もままならず仕事に戻り、瓦礫を積んだ手押し車を押し始める。

 祐人は別に職人ではないのでこういった雑用系の仕事がメインだが、根が真面目なので一生懸命こなしていく。

 すると、いつの間にか銀髪の大男が鉄筋置き場の上で、寛いだ感じで座っていた。


「祐人の旦那。精が出ますね~、こんなところで働いて」


「ん? ああ! ガストン! 勝手に入ってくるなよ! 親方にばれたら怒られるだろう」


「大丈夫ですよ。忘れたんですかい? 私にはポジショニングっていう便利な能力があるんですよ? 誰にも不審がられることなんてないですから」


 ポジショニング……それは、相手にとっての自分の位置付けを捻じ曲げてしまう能力だ。例えば、初対面なのにも関わらず、一番信頼出来る友人というような錯覚を相手に与えることもできる。

 本来は今は亡き、無所属の能力者エドモンド・スタンの特殊能力だったが、ガストンはその能力者の血を吸い、この能力を奪ったのだ。主に潜入、スパイ活動を主目的にした能力者であった。

 後からガストンから聞いた話だが、このエドモンド・スタンという男は相当な悪党で、このポジショニングの能力を使い、目に付いた金持ちや若い綺麗な娘などに悪業を働いていたらしい。


「ああ、そうか……んで? 何しに来たの? こっちは見ての通り忙しいんだけど!」


 ガストンはくすんだ銀髪で身長も190センチを超える大男で非常に目立つのだが、このポジショニングの能力で物理的な仕切りがなければ何処にでも入ってこれる。

 そして……ガストンは吸血鬼だ。

 吸血鬼は非常に強力な魔力と能力を持ち、人間社会に溶け込むことを選んだ誇り高く孤高の種族である。だが、現在は人間社会との敵対を避けて吸血行為も放棄している。


 そのガストンと祐人とは先の世界能力者機関の新人試験での一件以来、今は友人ということになっていた。

 ガストンは吸血鬼の中でも血と一緒に相手の能力も吸うことが出来る非常にレアな能力を持つ吸血鬼だ。ガストンの存在は1500年以上と言われ、その力は準魔神クラスとも言われている。


 当時、ガストンは最愛のランクSSのサトリ能力者ソフィア・サザーランドの死に際に立ち会い、彼女の血を吸い、サトリ能力を得た。

 それは彼女のガストンを思う心の奇跡だったように思えたが、ガストンは、ソフィアを失った孤独に耐えられず正気を失ってしまう。

 そして、エドモンド・スタンをはじめとする世界能力者機関所属の能力者四人を含む五人の能力者を襲い、その能力を手に入れた。

 それでガストンは事実上、魔神クラスと同等の力になり、祐人の参加した世界能力者機関の新人ランク試験に乱入し、襲って来たのだ。その目的は参加している新人能力者の血を吸いその能力を奪うことだった。

 その場所でガストンは祐人に遭遇し、戦闘状態になるが……祐人の怒りを買ったガストンは祐人に追い詰められ、殺されかけ、祐人に命を救われた後、祐人の友人となった。

 そして今、ガストンはこうして結構な頻度で祐人の様子を見にやってくるようになった。

 その彫が深く、鋭い眼光でガストンは祐人に笑いかける。


「そんな言い方しなくてもいいじゃないですか。旦那の様子を見に来たんですよ~。こう見えても私は旦那の契約魔……じゃなくて友人じゃないですか~」


「ガストン、ひょっとして、さっきの土地神との戦いに気づいて来たの?」


 ガストンはその問いに答えずに、祐人の仕事場を見渡して軽く溜息をつく。


「旦那……まだ機関からの仕事は来ないんですか? 旦那ならどんな仕事でも軽くこなせるでしょうに。報酬もその方がいいじゃないんですかい? 旦那といえど、いつまでもテント生活じゃ体を壊しますよ?」


「そ、そうなんだけど……依頼が来ないものはどうしようもないじゃない。ひょっとしたら依頼が少なくて、こちらに回ってこないのかもしれないし……」


「いや、今、機関では依頼過多で人手不足が深刻のようですぜ? 旦那に仕事が来ないのは単に忘れられているんだと思いますがね」


「え! そうなの? ガストン何でそんなこと知って……あ! お前まさか機関に忍び込んで! もう! お前は一応、お尋ね者なんだからそういう迂闊なことはするなっていつも……」


 ガストンは祐人の説教を聞き流しながら、作業現場の入口の方を眺めている。

 そこには黒塗りの車から降りてきたスーツ姿の女性が現場監督に何やら話しかけている。


「おっと、旦那! 後は上手くやって下さい。では!」


「ちょっと! ガストン! 聞いてるのか……って消えやがった。たく!」


 祐人はガストンがいた場所を睨みながら、一輪の手押し車の横で苦い顔をする。


「ちょっとあなた?」


「へ?」


 祐人は背後から話しかけられて振り向くと、そこにはスーツ姿の女性が立っていた。見た感じでは二十代半ばに見えるその女性が祐人を訝しげに眺めている。


「えーと、僕に何か……」


「この強い霊力……あなたは能力者? 機関には所属しているのかしら?」


 祐人は己の駄々漏れの霊力に気づいたこの女性に驚く。すると女性は視線を移し、休憩時に祐人が修復した大岩を見つけるとそこに近づき、調査するように大岩の周囲を回った。


「これはあなたが?」


 こちらを見ずにその女性は祐人に確認をしてくる。

 祐人はどういう意味で聞いてきているのか分からなかった。先程の人外との戦闘の件のことか、大岩の修復と地脈の移動の件か、どちらかと思い、よく考えればどちらも自分のしたことであるので、肯定することにした。


「あ、はい……。あの……」


「失礼しました。私は垣盾志摩と申します。今は世界能力者機関の日本支部支部長の秘書をしています。それであなたは?」


「は、はい。堂杜といいます。ランクはDです」


「あら、その若さでランクDは立派ね。ひょっとして5月の新人試験を受けたのかしら?」


「はい!」


「そう」


 そう笑顔で受け答えながら志摩は眉を顰める。


「堂杜……聞いたことがないわね……」


 志摩は支部長である大峰日紗枝の秘書として、日本支部所属の能力者の名簿は頭に叩き込んでいたつもりである。

 だが、志摩はこの少年を知らない。

 5月の新人試験は色々と曰くつきで、その試験終了時の試験取得者パーティーにS級の人外である吸血鬼が襲ってきたという前代未聞の事件があった試験だ。

 そのため、その際の後処理で新人の各支部へ配属情報の書類は通常すぐに正式なものが出来ているはずだが、6月にずれ込んでいた。志摩の記憶では来週には届く予定だ。

 だが、日本支部に配属される新人は決まっており、人数もさほど、多くはない。そのため志摩は書類が届く前から支部長であり、その新人試験の主催者だった日紗枝からその名前とランク、そして、その能力は口頭で聞いており頭に入れている。


(大峰様が忘れていたなんてことは……考えられないわね)


 志摩はそう考え、疑惑が発生したこの少年に悟られないように、自然体で話しかけた。


「先程、ここで強力な人外の結界が張られるのを感知したのですが、あなたが何かしたの?」


「はい? そうですが……」


 祐人はさっきの質問で答えたのにな、と思いつつ返事をする。


「詳しく教えてくれる?」


「あ、分かりました」


 そう志摩に問われたので、祐人は正直にさっきの土地神であろう力を失いかけた白虎の一件をそのまま伝えた。

 志摩は話を聞いていくうちに、自然体を装っていた表情は脆くも崩れ、驚きと疑念とがない交ぜになった顔をしてしまう。


「その話は本当なの!?」


「え? はい……そうですけど」


「あ、ごめんなさい」


 信じられない……という顔で志摩は祐人を見てしまい、こちらを不安げに見ている祐人に気づき、慌てて表情を元に戻す。

 だが、志摩が驚くのは無理のないことだった。

 何故ならば、祐人の話によると相手は力を失いかけていたとはいえ、神格を得るまでに至った存在だ。


 神格を得る、というものは長い年月、人々からの畏怖や尊敬を含めた信仰を受けてきた人外である。

 そういった人外は言うまでもないが、非常に強い力を持っている。それを祐人は退けたと言う。

 ましてや、その神格を得た人外の依り代である大岩を修復しただけには止まらず、地脈の通り道を僅かとはいえ移動させたというのだ。


(そんなのランクDでできる訳ないじゃない! そんなことが出来るのはランクA以上の能力者だわ)


 志摩はそう考えるが、目の前の少年が嘘をついているとも思えない。というのも、先程の自身での検分した時の内容に、未知の部分も含め、この少年の話で説明ができてしまうのだ。

 志摩は少年に警戒されないように、だが自分自身は正体の知れないこの少年に警戒をしながら柔和な顔を作る。


「堂杜君、ランク証を見せてもらえるかしら? 後で機関に報告するから。あなたがしてくれたのはとても立派なことなのよ。依頼がなかったとしても、機関の理念に叶う行動をとってくれたのだから、何か報奨が出るようにできるかもしれないわ」


「本当ですか!?」


 祐人は思いも寄らない、志摩の素晴らしい申し出に飛び上がるように喜び、志摩の両手を握ってしまう。


「え、ええ、本当よ」


 祐人のあまりの反応にちょっと気圧される志摩。至近で喜びに溢れた祐人の表情が目に入る。


(あ、意外と好みかも……って違う!)


 実は年下好きの自分を認めていない志摩は内心で自分の考えを振り払う。


 そんな志摩を置いてきぼりに、祐人はすぐに財布を取り出すと近隣のスーパーとコンビニのポイントカードに混ざって入れておいたランク証を志摩に差し出した。

 大事な、且つ重要機密でもあるランク証をポイントカードと一緒に入れていたことに志摩は顔を引き攣らせるが、祐人からそのランク証を受け取ると用心深く確認する。


(これは確かに……本物だわ。しかも、日本支部所属……発行年月日も今年の新人試験のもの)


 志摩は真剣な顔で祐人のランク証を確認する。


(まさか、本当に大峰様が失念していたのかしら……)


「はい、確認したわ。ありがとう堂杜君」


 そう言うと志摩はランク証を祐人に返した。祐人はそれを受け取ると、意を決したように志摩を見つめる。


「あのー、垣楯さん」


「な、何? 何も疑ってなんかいないわよ。」


「へ?」


「あ、何でもないわ。それよりも何かな?」


「できればでいいんですが……僕にも何か機関の仕事をもらえないですかね? もちろん僕のランクでは無理なものも多いんだとは思うんですが……」


「え? それならいくらでもあるはずよ? 今、機関では依頼が多くて能力者が足りないって言われてるぐらいなのよ?」


「えー! そうなんですか!?」


「ええ、ましてや堂杜君の歳でランクDは立派な方よ。こちらから頼みたいくらいのはずなんだけど……何の連絡もないの?」


「はい……。多分、試験の時、周りがすごい人達ばかりで……僕は最下位の成績だったから忘れられたのかなと……」


「まさか、そんなはずは……」


(それで大峰様が忘れる訳はないと思うけど……)


「分かったわ、堂杜君。私が機関に帰って堂杜君にもまわせる仕事があるか確認してあげる。そうしたら電話してあげるわね」


「あ、ありがとうございます! あ! でも僕は携帯を持ってないので郵便でお願いします……」


「え? そうなの? 家の電話は?」


「それも無くて……」


 志摩は驚き、今時、携帯電話も持っていないとは……と思うが、周りを見渡せばここは建築現場だ。祐人の格好も明らかにここでアルバイトをしているものだと分かる。

 志摩は祐人にも何か事情があるのだろうと思い、そこは志摩も大人であるので深く詮索はせずに了承した。


「分かったわ、登録された住所に依頼内容を郵送するわね。でも、そうね……これからはそれでは不便だし、緊急の依頼もないことはないから今度の仕事をこなしたら、その報酬で携帯を買うことを勧めるわ」


「はい! 分かりました!」


 祐人も携帯は欲しかったので願ったりかなったりだ。満面の笑みで同意する。

 志摩は年下の祐人のその笑顔に不意を突かれたような顔になる。


「か、可愛い……もう、私が買ってあげ……。じゃない! じゃあ、堂杜君、また改めて連絡するわ。携帯を買ったらすぐに私に連絡するのよ?」


「え? は、はい」


 機関じゃなくて? と一瞬、祐人は考えたが支部長の秘書をしている人だから支部所属の能力者たちの管理もしているんだろうなと思い返事をする。

 志摩はニッコリと頷き、建築現場の外に待たせてある機関の車に帰った。

 何故か、志摩のその足取りは後ろから見ている祐人にも浮かれたものに見える。

 祐人は首を傾げながら、人手不足で困ってたんだろうなぁと思った。


 ちょっと、頬を赤らめた志摩は、世界能力者機関日本支部支部長、大峰日紗枝の秘書であり、自身も能力者として優秀なランクBを誇る才女である。

 ……だが、今はただの年下好き全開の困った人であった……。


「上手くいきましたかい? 旦那。良かったですね~、これで仕事が来ますよ」


「あ、ガストン、どこに行ってたんだよ。え? 上手くって……ああ! お前、まさか、わざとここに垣楯さんを連れてきた?」


 祐人はちょっと責めるように言う。

 というのも、ガストンは新人試験の際に死んだということにはなっているが、もし生きているということが、バレればお尋ね者確定の吸血鬼である。

 ガストンは世界能力者機関の能力者を4人殺害し、新人試験の新人たちを襲った経歴がある。

 また、その過程でガストンの振る舞いに怒った吸血鬼のコミュニティーが送ってきた刺客3人の内2人も倒しているのだ。

 もし生きているということになれば、この強力な二つの組織が許すわけがない。

 にもかかわらず、ガストンは祐人の友人として、と言い、こうしてちょくちょく祐人の様子を見にやってくる。しかも、いつも祐人の役に立とうと頑張るのだ。

 そのため、祐人にとってはありがたいが、ガストンのことも心配にもなってしまう。

 ガストンは祐人の説教モードになりそうなのをスルーして話を始める。


「いやあ、旦那がまさか土地神に襲われているというのは、想像できませんでしたが、結果オーライでしたね。でも、良かったでしょう? だって、このままじゃ機関から仕事が来る前に旦那が干上がっちまいますもん」


「うーん、確かに……そうなんだけど、ガストン……」


「何です?」


「頼むから、危ない橋を渡らないでくれよ? 今回のことは感謝するけどさ」


「大丈夫ですよ~、祐人の旦那。それに、私は旦那の友達なんですから、旦那のために働くのは当然じゃないですか」


「この馬鹿者!」


「は!?」


 ガストンは祐人が何だかんだ言っても喜んでくれるとばかり思っていたので、突然大声で怒られて驚いてしまう。


「ガストンが友達として僕のために何かしてくれるのは嬉しいし、感謝しているよ? でも、ガストンは一つ忘れているよ」


「……何をでしょうか?」


「ガストンが僕にとっても、大切な友達であるということだよ……」


「え……」


「だから、ガストン。僕はガストンの友達として、ガストンに危ないことはして欲しくないんだよ。心配になるのは当たり前でしょうが!」


「は……はい」


 ガストンは俯くが、それは落ち込んだという訳ではない……。その大きな体のガストンの肩は小さく震えている。


「まったく、ようやく人の話を聞いたよ。僕たちにサトリ能力を使わないというのは良い心掛けだけど、だったら人の話を聞くようにしてよな……」


「ひ、祐人の旦那ぁぁぁ!! うわーん」


「こ、こら! 抱きつくな! そんなんで泣くなよ、もう~!」


 1500年の人生でのほとんどが、ぼっちだったガストンはこういう扱いに弱いのだった……。

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