偽善と酔狂の劣等能力者

第37話プロローグ

 

「この辺りで待ち伏せてくるのを予想はしていたけどね!」


 ここはアジアの小国ミレマーの町と町とをつなぐ山間の街道。といっても、主要の街道ではない。瑞穂達はわざわざ、そういった主要な通行路を避けて、地元民しか使わないような間道を選んで移動していたのだ。


 精霊使い四天寺瑞穂は異形の化け物たちを前にして、その両手に精霊たちを手繰り寄せる。

 それは、精霊使いが術発動の際に必ず行う初動でもある。


「はああ! 必滅の劫火よ、再生の始まりは無からならん、薙ぎ払え!」


 精霊使いに呪文や詠唱は必要ない。

 これは精霊との感応力を高めるスイッチのようなものだ。それが四天寺流精霊術の極意でもある。


 瑞穂の頭上に炎の球体が数十体現れると、炎の球は円を描き高速で回転し、それはあたかも一つの大きな炎の輪のように見える。

 瑞穂は今回、世界能力者機関から依頼された背後の護衛対象と、瑞穂と同じく世界能力者機関から派遣されたマリオン・ミア・シュリアンを確認しながら、頭上の炎に合図を送り、その両手を左右に広げた。


 護衛対象の横にしっかりと付いているマリオンが、瑞穂の技で護衛対象が傷つかないように防御壁を築く。

 瑞穂とマリオンは世界能力者機関のランクホルダーとして同期である。お互いはランク取得した際の新人試験がきっかけで、天涯孤独のマリオンは瑞穂の提案もあり、瑞穂の実家である四天寺家に身を寄せている。

 そのためか、2人はお互いに声に出さずとも、息の合ったスキルを発動させることが出来るようになっていた。


 瑞穂がその瞳に力を入れたその瞬間、頭上を急速に周るため、輪にも見えた炎の球体らが、瑞穂たちを包囲する異形の暗殺者たちに襲いかかる。

 そのサッカーボール程の大きさの炎の塊は、瑞穂を中心に広範囲に、しかし、一つずつが正確に放たれる。そして、その炎は着弾するとその元々の大きさからは想像できないほどの面積を焼き尽くした。


 瑞穂の強力な広範囲炎攻撃で、魔物たちの暗殺対象……即ち、瑞穂達の護衛対象であるミレマー国の軍人マットウ准将への包囲状態の優位性が完全に崩れた。

 襲来した魔物たちは、その圧倒的な火力に回避することもできずに次々に打倒され、断末魔の叫びを上げる者や、間一髪で致命傷だけを避ける者とで形勢は一気に逆転した。


 瑞穂は小さく息を吐くと周りに檄を飛ばす。


「残りを掃討しなさい! マリオンは引き続き、護衛をしつつ相手の術者を探して!」


「おお!」


「分かりました!」


 そのように指示され、訓練されたマットウ麾下の兵士達が散開する。そして、マリオンはマットウ准将から離れず、周囲数百メートルまで索敵をした。


 ここは、瑞穂達が先の街からジープで出立して3時間程した山間部である。

 どこで情報が漏れたのか、マットウ准将を狙う暗殺者に完全に待ち伏せの布陣をひかれた。

 瑞穂たちはこういった事態を考えて、偽のチームを3つに分け、それぞれ違うルートで出発させたのだが、ものの見事に見破られたらしい。


 瑞穂は世界能力者機関から護衛の任務を受け、その内容がアジアの小国の軍人でもあり政治家の護衛と知った時には、何故、自分やマリオンのような上位ランクの能力者が2名も必要なのかと訝しんだ。

 だが、今はそういったことも忘れている。


「まったく! 本当に想定外だわ! ちゃんと機関も調べなさいよ! 相手の能力者が、こんなに手強いだなんて! しかも、最低、二人はいるわよ!」


 現在の瑞穂たち、護衛側の状況は非常に厳しい。

 世界能力者機関は、その暗殺者方が雇う能力者の存在は把握していたが、その能力や実力等については、何の事前情報もなかったのだ。

 そして瑞穂達が任務に就き、蓋を開ければ、非常に強力なスキルを持つ能力者達が、マットウ准将の暗殺を目論む組織に雇われている事が分かった。

 今となっては珍しい方だが、間違いなく機関所属の能力者ではない。それならば機関も把握しているし、また、機関は人外以外、つまり、一般人を殺害するような依頼を禁じている。

 つまり、相手はフリーの能力者だ。


 そして、瑞穂たちにとって、もう一つ状況が厳しいのは、常に受け身の状態で護衛を余儀なくされていることだ。つまり常に暗殺者に先手を取られている。

 しかも悪いことに、この護衛の任務はリーダーの瑞穂の性分と、まったく合わないときている。

 好戦的な瑞穂は、ただ護衛をするだけではなく、襲い来る組織の撃滅までを考えていた。

 そして、それは容易いとも考えていたのだ。


 瑞穂は世界能力者機関の中では新人だが、その実力は天才と謳われ、同世代では他の追随を許さないほどの精霊使い。

 この世代は非常に優秀な新人が多く、ゴールデンエイジと言われて世界中の能力者達から注目を浴びていた。


 瑞穂は、その中であっても抜きん出た実力を持ち、ランクAを取得した存在である。

 そして、その試験において同格ともいえるのは、瑞穂と同じランクAを取得しているマリオン、黄家の嫡男である黄英雄だけである。

 恐るべきことにこの三人は、世界能力者機関史上でも大事件である新人試験時に襲来したS級の人外である吸血鬼ノスフェラクを協力して撃退し、他の新人達を救ったという武勇伝まで、その経歴に付随させた。


 S級の人外とは、放って置けば、先進国の主要都市を壊滅させる力を秘めた、魔神とも言える存在である……。

 そうしたことから、この三人は新人にして、早くも二つ名を所持している。


【魔神殺し】………と。


 当初、瑞穂はランクAの一人であるマリオンもいることから、敵のアジトが分かった時点で、マリオンに護衛を任せ、自らは敵本拠地に乗り込み、そこで壊滅に追い込むつもりでいた。

 ところが、敵は巧妙で仕掛けてきた後の行方も全く分からず、今回のように撃退しても何の情報も掴めないでいた。

 しかも、情報では敵能力者が複数とは聞かされてなかった。いや、一人という話だったのだ。

 それが何度か襲撃されている内に、敵は最低、二人はいると分かって来た。

 そして、その敵能力者たちは姿を隠したまま、おそらく、その能力者の一人が召喚したであろう妖魔に、瑞穂たちは立て続けに襲われている。


「今度こそ、見つけてやるわ!」


 そう瑞穂は叫ぶと、リーダーの瑞穂自らも掃討に参加する。そして、風精霊に命令し、探査風を周囲に送りこむと、今度こそと敵能力者の居場所を探る。

 すると、風に反応が起きた。すでに瑞穂に敵能力者の探索を命じられたマリオンも同時に反応する。


「瑞穂さん!」


「分かってるわ! そっちね!」


 瑞穂は目を吊り上げると、山林の獣道に入り、木々の間を走り抜ける。探査を行う風の精霊が騒ぎ出し、瑞穂にその敵の居場所を教えてくれる。

 敵は前方、しかも近い。瑞穂は足を止め、精霊たちを強烈に支配し始めた。


「細かい場所はいいわ! 方角さえ分かれば! 今日こそは仕留める!」


 瑞穂は精霊たちに命令し、その凄まじい数の精霊を澱みなく掌握していく。

 今までの借りを返さんと、怒りを露わにした瑞穂は明らかに大技を繰り出そうとしていた。


「山一つくらいなら、いいわよね……。はあああ!」


 人の住んでいない山間部で、瑞穂は遠慮の必要はないと判断し……というよりは、完全に頭に血を登らせていた。これまで、何回もスッキリしない戦闘を強いられ、ストレスが溜まりきっていたらしい。


「ふふふ……。消し飛ばしてあげる……」


 瑞穂のその秀麗な顔立ちが、凄味すら感じる不敵な笑みを浮かべる。

 

 が、その時、瑞穂の近くの草葉が激しく揺れ、その葉が互いに擦れ合う音を出すと、瑞穂は舌打ちをする。


「しまっ!」


 瑞穂の術が完成をみせるその瞬間を狙ったように、3体の筋骨隆々の異形の妖魔が木々の中から突然姿を現し、瑞穂の側面から襲いかかってきた。

 瑞穂は一瞬だけ狼狽するが、すぐに立て直し、冷静に術式を解除して近接戦にスイッチ。

 この辺は、実家である四天寺家でも散々修行をしてきた。


 精霊使いの得意レンジは、中距離から遠距離だ。そのため、精霊使いを相手にするときは近距離戦に持ち込むのがセオリーである。そうすれば精霊使いの無力化は無理でも、大技はまず使えない。

 だが、長い歴史を持つ精霊使いの名門、四天寺家もそのことはよく理解している。

 そのため四天寺家では独自の体術までが体系化されていた。


「このぉ!」


 瑞穂は、炎の精霊の力を拳に秘め、しなやかでありながら高速の突きを、橙色に発光させて繰り出す。

 その演武を思わせる突きを受けた妖魔は、胸を貫かれて言葉にならない断末魔の声をあげた。

 瑞穂は、その見た目に反した剛拳を妖魔の胸から素早く引き抜くと、瑞穂は動きを止めずに、残り2体の妖魔の鋭い鉤爪を身体を沈め避けた。

 そして、橙色に発光する足をフレアスカートの中から振り上げ、回し蹴り、後ろ回し蹴りの2連撃を鮮やかに2体の妖魔のこめかみにヒットさせる。


「ウゴァー!」


 その強烈な衝撃に妖魔は吹き飛ばされ、顔面から燃え上がる炎に全身を包まれると塵となり消滅していった。


「ふう……。ハッ! 術者は!?」


 妖魔を倒し瑞穂は慌てて敵の位置を確認するが、先程まで探知していた敵能力者らしき気配は完全に消えていた……。

 さっきのタイミングで瑞穂が大技を放っていれば敵もただでは済まなかったはずである。

 だが、敵はそれを見越して潜ませていた妖魔で瑞穂を襲い、接近戦に持ち込み、その僅かに稼いだ時間で退散してしまっていたのが分かった。


「また逃げられた……」


 瑞穂は歯ぎしりをするように悔しがるが、相手は相当、戦い慣れているようだと認めざるを得ない。また、精霊使いの特性も熟知しているようだ。

 このままでは、こちらもそうだが、あちらも作戦を練ってくるだろう。そうした場合、常に受け身の瑞穂たちが不利であることは明らかだった。


 瑞穂は、静かに拳を固める。


「せめてもう一人、接近戦に優れた味方がいれば……」


 そうすれば、護衛対象をマリオンに任せて、その者に瑞穂自身の大技を放つ時間稼ぎをしてもらえる。

 また、大技は無理でも、敵に気づかせぬように精巧な探査風をつけて、敵の能力者の本拠地を探ることも可能だ。


 何度か、瑞穂はこの案も考えてはいたが、世界能力者機関は、現在、人手不足だ。

 本来、今回受けた仕事も、立地的には日本支部に来るようなものではない。だが、中国支部もインド支部も依頼過多で適切な能力者を当分はまわせない、と日本支部に救援を求めてきたのだ。


 そういうこともあり、もう一人の能力者の追加派遣要請を瑞穂は躊躇っていた。

 それに今回の依頼は、普段の依頼とは毛色が違う。

 内容はただの護衛だが、護衛対象のマットウ准将の立場から考えて、失敗すればミレマー国の命運を左右しかねない。


 世界能力者機関は基本、一般人相手の仕事は受けたりはしない。機関の本業は、人に危害を加える人外から、被害に遭う人たちを救うのが仕事である。今回の依頼は、一国の政治闘争のようなもので、世界能力者機関の範疇ではなかったはずだった。


 だが、今回のこの依頼には、相手側に人外を操る能力者がついている可能性が高い、という情報があったのだ。それは能力者たちの社会的信用を高めることを旨としている世界能力者機関としては、看過できない事柄であった。

 ましてや、政治闘争に能力者が使われるというのは、悪い事例を残しかねない。

 そういった経緯から、機関もこの依頼を受けるに至った。


 だが、それでは能力者機関も同じ穴の貉である。そこで依頼受けるにあたり、いくつかの条件を出している。

 それは、護衛はするが、同国の政治闘争に関与しない。

 もう一つは、相手組織に雇われているだろう能力者を捕獲、または撃退、もしくは他の理由でも、相手能力者を無力化した時点で契約は終了されるというものだ。

 その後、この条件を飲む、というマットウ准将からの打診があり、契約は成立した。


 当初、能力者機関日本支部が高位ランクの瑞穂たちを派遣したのは、相手組織の雇う能力者を速やかに撃退し、早急に依頼を解決する意図もあった。

 そして、それは難しいことではないとも考えていたのだ。

 貴重なランクAの瑞穂とマリオンは、日本支部の主戦力である。

 その二人を派遣したのは、ランクAとはいえ、歳が若く新人でもある二人に、経験を積ませるという意味もあった。

 瑞穂は、親戚でもある支部長の大峰日紗枝のその意をくみ、この依頼を受けたという側面もあったのだ。


 だが、新人とはいっても瑞穂、マリオンは世界能力者機関が認めるランクAの能力者だ。その力は人智を超えている。

 先程の瑞穂が放とうとした術も、敵の邪魔が入らなければ、辺りを焼野原に変えるほどのものだった。


「仕方ないわ。駄目元で日紗枝さん……支部長にお願いしてみるしかなわね」


 世界に僅かしかいない高位ランクの二人がいて、増援を頼むのは瑞穂のプライドが許さなかったのだが、考えてはいた。

 それは、敵が想像以上に手強いということもあるが、それだけではない。この敵能力者は得体がしれないと、瑞穂は感じるのだ。


 この敵能力者は暗殺のために雇われた者にしては、その手段が遠回りであったり、直接的であったり、一貫性がない。

 そして何よりも、その本気度を疑いたくなる。徹底して暗殺を目論んでいる割にはあっさりしている。だが、執拗に仕掛けてもくる。

 まるで、時間稼ぎでもしているみたいに。


 しかも、敵は、ここにランクAという高ランクの能力者が来ていることは、既に把握済みなはずである。

 それを知って、何ら臆するところもない。

 余程の自信家か身の程知らずか、または……。


「まったく、イライラさせる奴らだわ!」


 瑞穂はそう吐き捨てると、仲間と合流するためにその場を離れた。





 瑞穂達が襲撃された場所から10キロ離れた山間の寒村で、木と藁で作られた空き家となっている頼りない人家に集う者達がいた。

 フード付きのローブを身につけた男は、今まで見続けていた分厚い本を閉じた。その男の手は、木製の壁の隙間から僅かに入ってきている太陽の光に当たり、無数の皺とシミが見える。


「ククク、失敗したか」


「は……仰せられたままに」


 そのローブの男の前では、2人の褐色の肌を露わにした男達が跪いている。

 その男達の一人は、肥え太った体が原因なのか跪く姿も絵にはなっていない。そして、もう一人は細身で驚くほど手脚が長く、跪くとその膝が顔の上まで来るという異様ぶりだ。


「能力者機関から、ランクAの者達が来たと聞くが?」


「はい……。一人は四天寺の小娘とオルレアンの血に連なるエクソシストの小娘が」


 細身の男が恭しく応える。


「そうか……ククク、好都合だな。これで疑われずに暗殺は難航出来る」


「はい、しかも実力は、さすがはランクAといったところですが、まだ若く状況判断は未熟とみました。そういう意味でも、敵となってくれる相手として最良かと……」

 

 細身の男が随時応えているが、肥え太った男の方は、ランクAの少女達の話になると恍惚とした表情とサディスティックな笑みを浮かべた。そして何やら荒い息で、独り言のように呟いている。


「最良、最良、あいつらは良い、良いよ~、また早く会いたい……ヒヒッ……抱きしめたい……」


「フッ、まあ、待つがよい。時が来れば好きにしてよい。もうすぐでこちらの雇い主から狙い通りの条件が引き出せる」


「は、はい……ヒヒッ」


 太った男はフードの男にそう言われると、下品に鼻を鳴らす。


「もう少し……この国には混乱してもらう。それで、目的のものを手に入れれば、我々の成すことも終わりだ」


 細身の男は平伏し、感動に身体を震わすと、尋ねるように、確認するようにフードの男の言葉の続きを引き出そうとする。


「ははー! その後は……」


「……世界の混乱だよ、阿鼻叫喚のな」


 それを聞き、細身の男は顔を上げて、フードの男を仰ぎみる。

 今まで理知的にフードの男に答えてきたこの細身の男の顔は、垂れた目を更に垂らし、口をだらし無く緩めた後、もう一度平伏した。


 


 この狭い家屋にいるフードの男の前方……褐色の肌の二人の男の背後には、この村の住人だったであろう肉と骨の残骸が性別、老若関係なく散らばっていた……。

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