第33話 堂杜祐人③

 

 場所は変わる。


 五つの墓標の前に祐人は長い間……ただ、立っていた。その後方の離れたところに祐人の父親である遼一が、その息子を黙って見守っている。



 この時……



 祐人が自分自身にしか聞こえない声で呟く言葉が、はっきりとガストンの心に響いてきた。



「お前と会うのを楽しみにしているのはね…………」



 その墓地の近くにいた鳥達が、慌ただしく飛び立つ。



「……僕の方だよ」



 それはまるで、何かから逃げるように。



 ガストンはすべてを知った。

 この時、この瞬間に、この少年が自分自身に対して呪いを掛けたということを。


 それは……復讐……という名の呪い。




 そして――祐人は復讐の時を迎えた。


 そこにいるのは現在の祐人ではない。

 表情も感情も何もない空っぽの人間。

 いや、人の皮を被った復讐者という獣だった。


 祐人は復讐の標的に、ガストンの理解を超える強大な一撃を無慈悲に炸裂させる。


「グアァァァー! またしても貴様に! 貴様に我が! 我がぁぁぁ!」


 祐人はただ、無表情に返事をしない。

 祐人は、その血まみれの……自身の体中の深刻な傷に、微塵も意に介していなかった。

 ガストンはその戦場に立たされ、祐人に戦慄を覚える。

 あまりにその凄惨な戦いに身を投じ、ただ無表情に、無感情に、無慈悲に淡々と牙を剥いたこの少年に。


 ガストンは、この時にすでに祐人という人格が存在していないことに気づく。

 この少年はもう、人として戻って来られないところまで行ってしまったと悟った。

 この少年にかかった復讐という深い呪いは、復讐を果たしたこの瞬間も解けるものではなかったのだ。


 今、ガストンは祐人の機械的で、うつろな記憶を見せられているだけ。その映像もモノクロで、そして妙な表現だが体温もない。

 その記憶からは何の感情も、想いも感じられない。


(ば、化け物……。もう止めてくれ。もう見せるな! は? こ、これは?)



 僅かに雰囲気が変わる。



 ガストンは辺りを見回した。

 祐人の摩耗した灰色の記憶の中で、僅かだが……辺りが温かくなる、のを感じたのだ。

 ガストンは祐人の鼓動が、トクンと鳴るのが聞こえたような気がした……。


 すると突然……今、ガストンがいる、祐人の記憶の中の風景が彩りを取り戻し始めた。

 草木はその深緑を取り戻し、花々は色鮮やかに穏やかな風に揺れる。そして、それらに柔らかな日光がそそがれていた。


 その中心には……祐人がいる。


 そこにガストンが見た光景。


 それは、祐人の倒した災厄の魔神の中から5つの魂が現れ、祐人を囲むように、やさしく包み込むように浮かんでいたのだ。

 そして、その中から……一際、輝く魂の中から……藍色の髪の少女が、祐人の前に慈愛に満ちた表情で現れた。

 その少女は、眩しくも安らかな笑顔で祐人に話しかける。


 その言葉……ガストンの心にも響き渡るその言葉は、祐人の心に響き渡ったものだったのかもしれない。



「馬鹿な祐人……。また、ずっと自分を責めていたのね。そうやって心を殺して、私たちのために傷ついてきたのね」



 祐人は表情も変えず、その少女見つめる。すると……少女はもう一度笑顔をみせて、祐人の血塗れた両頬を両手で労るように包み込んだ。



「祐人。私はあなたを愛していたわ。何よりもあなたの優しさを。そして、あなたの真っ直ぐさも不器用さも、あなたの信じるすべてを愛していたわ」



 祐人は目をつむり、依然と無表情にされるままにしている。



「そして……戦う相手に情けをかけたあなたも……復讐を決断したあなたも……私は心から愛しているわ」



 途端に、それまで無表情だった祐人が目開いた。

 そして顔が雪崩のように崩れる。

 溢れ出る涙をそのままに、少女の魂に抱きしめられた。


 祐人は以前の激戦の中、仲間と追い詰めた災厄の魔神に対して、最後の止めを躊躇ってしまった。

 そしてその後、その魔神に五人の仲間の命を奪われただけでなく、その魂まで拘束されたのだ。


 その後の祐人の自責の念は、想像を絶するものだった。それは祐人という個人を破壊するほどに。

 だが、今……すべてではないが、この藍色の髪の少女の魂の言葉に祐人は救われたのだ。

 祐人は、周りを憚らず大声を出して泣き始めるのだった。



 少女の後ろに控える四人の戦友も、一様に笑顔を見せていた。



「私たちは、いつまでも祐人を見守っているから……」



 ガストンは、この時のこれが……この少年が失った心を取り戻した瞬間であったことを知った……。






 突然、ガストンは引き戻された。

 ここは今、無残に破壊されたパーティー会場。


 ガストンは全身で息をし、極度の疲労が体を覆っていた。僅か数分で膨大な経験を強制されたのだから、そういことにもなる。

 ガストンは、この時初めてサトリ能力のリスクを知った。ガストンは膝に手を当てて、何とか立ちながら祐人を睨む。

 だが、そこいるのは、もう先程のただの手強い少年の姿ではなかった。

 それは、もっと異質で……不死者のガストンですら逡巡したくなる危険な存在。


 ゆらり……と立つ、祐人の両手首の辺りを囲うように、小さな魔方陣が浮かびあがっている。

 そして、その祐人の右半身に、黒い影のようなものが現れ、ザワザワと動き、祐人に纏わりつくように侵食していった。


「あぁああ……。お、おまえ……それがおまえの封印なのか」


 今、祐人の右半身から強大な魔力が吹き上がっている。

 また、ただ出ていたはずの濃密な霊力が左半身に集約され、それは完全にコントロールされていた。


「魔力が……。馬鹿な……何故、お前がこれほどの魔力を? あああ、ありえんぞ! 半身から霊力、半身から魔力などそんな事がありえる訳がない! 同じ個体にいったいどうやって」


 やがて、祐人は体の中心軸、臍下丹田に強烈な仙気を噴出させ、その姿は安定し右半身の黒い影も消える。

 ガストンは祐人のそれが、藍色の髪の少女の言った、あの力、だということが分かった。


 祐人は竦んで動けないでいるガストンを無視するように、ガストンの横を素通りして腰を抜かしている二人の少女の前までゆっくりと歩いていく。

 マリオンと瑞穂は恐怖で歪んだ、情けない顔で祐人を見上げる。

 祐人は見上げてきた二人を見つめ返し、寂しげに笑った。


「ごめんね。怖い思いをさせて……。でも二人は必ず無事に帰すから……」


 瑞穂とマリオンは今の祐人には先程の恐怖はもう感じなかった。

 また、寂しげではあったが、祐人の笑顔を見て瑞穂とマリオンは救われたような安心感が込みあがる。


 祐人は二人の頭を撫でるように手を置いた。

 瑞穂とマリオン……二人は何かを祐人に言いかける。

 だが二人はその言葉を発することはなかった。

 その前に祐人から当てられた氣で気を失ったのだ。


 そしてその気を失う刹那……二人は確かにそれを聞いた……。


「ごめんね。でもこの方が安全だから……。それにもう、僕のことも……」






「忘れるから……」









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