3本足の猫

猫部猫

3本足の猫

時々、彼の夢を見る。

私がまだ幼い頃から飼っていた猫だ。


茶トラで人懐っこく、いつの間にかひょっこりと私の前に現れた。


私が親に「飼ってくれないか?」と頼むと親はそれを快く引き受けてくれた。


その猫を飼い始めてしばらくの事だ


私に『猫アレルギー』がある事がわかった。


どうりで鼻水や咳、涙が止まらない訳だ


私は呑気にそんな事を考えていた。


だが、「猫を手放さなければならないかもしれない」と親に言われた。


嫌だった。

だからこそアレルギーを克服する為に治療と努力をした。


彼は暖かかった。


いつも寝るときは私の腕を枕にしていた。


その幸せそうな寝顔は何とも言い難い幸福感を私に味あわせてくれた。


数ヶ月後、治療の甲斐あり症状がそこまで出なくなった。



そして数年が経ったある日

1度目の事故が起こった。


彼が祖父の仕掛けた狸用の罠に前足を挟まれてしまったのだ。


彼の悲鳴が聴こえ直ぐにそれを外したが、骨は折れてしまい、病院に行くも「切除するしか無い」と言われた。


…………。



3本足の猫になった。



彼はそれでも元気に走り回っていた。


前と変わらず一緒に寝てくれた。



こんな日がいつまでも続けばいいと…


現実から目を逸らしながら


私は高校生になった。


彼は老猫になった。



日に日に感じる衰え。


ご飯の量が減り、耳が聞こえにくくなり、横になる時間が多くなった。




私は怖かった。




私の腕を枕にして眠る彼が………。


いつか訪れる《結末》が。



………そして



現実は、私の逸した目を正面に向けさせた。



望まない…“望んでいない結末”を現実に突き付けられた。



…………………。



父が彼を轢いた。



軽トラックで彼を轢いた。



耳の遠い彼は軽トラックの音に気づけなかった。

父は死角にいた彼に気づかなかった。



彼はその場にいなくなっていた。


少量の血痕だけを残し消えていた。




探した。



混乱する頭を現実に向け。


泣きそうになりながら。




……………。



彼は裏庭にいた。


裏庭の小さな段ボール箱に入っていた。


茶トラの腹毛に薄っすらとタイヤ痕が残っていた。


「ひゅー…ひゅー…」と力無く呼吸をしていた。


家族は私と彼を二人っきりにしてくれた。


もう間にあわない事を知っていた。


名前を呼ぶと彼は力無く言葉を返してくれた。


ただひたすらに私をジッと見つめていた。


だから、私もジッと見つめた。


どんな意味があったのかは今となってもわからない。


私は最後に別れの挨拶をした。


「ありがとう」

「ごめんね」


……彼はどう思ったのだろうか。

ボタボタと涙を流す私を見て何を感じたのだろうか。

恨んだのだろうか。

悲しかったのだろうか。


私は父を憎んだ。


だが知っていた。


わざとでは無いのだ。


父も彼を溺愛していたからだ。


私の憎悪の炎は無理矢理にでも鎮火させるしかなかった。



後日、朝早く裏庭にいった。


だが、もぬけの殻だった。


猫は主人を悲しませないよう、死ぬ前に姿を消すと聞いたことがある。


彼はどこに行ってしまったのか…

その3本足で遠くに行ってしまったのか…。


私の後悔は1つ病院に連れて行くことができなかった事だ。



それから数年経った今も、あの日のようにひょっこりと私の前に現れてくれるのではないかと……


そんな事を考えている。



……………。



夢を見る。



私と3本足の猫が一緒に寝る夢を。

寝相の悪い一人と一匹は、布団を蹴りよだれを垂らし幸せそうに顔を近付けて眠っている。


しかし、その夢の中で私が目を覚ます頃には

3本足の猫はもう隣には居ないのだ。



“それ”に気づいたとき



私は今日も涙を拭う。

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