第6話 G男の死守

 コンコンコン 職員室のドアを叩く。


 とにもかくにも汗がとまらない。


 営業先でおしりの縫い目が破れるなんて!身だしなみは営業の基本中のキホンじゃないか。なんてことだ。こんな失態、ライバルのE美には絶対知られちゃいけねえ。


 センパイどんだけ〜!!

 いつまでも私が一位とれるよーにそこまでしてくれなくても〜

 センパイ面白すぎ〜

 つーかそれ、セクハラですよ〜

 いやケツハラかな〜新種ぅ〜


 とかなんとか、甲高い声でバカにしてくる様子が目に浮かぶ。あー、想像しただけで腹が立つ。


 いやしかし、どう隠す?

 果たして、隠しきれるのか?!

 目を閉じて唾を飲み込む。


 どうぞ、と女性がドアを開けて出迎えてくれた。

 おっと、なんでこんなとこに俺好みのメガネ女子がいるんだよ。

 いろいろとやばい展開になってきた。


 がらんとした職員室の奥に、教頭と思わしきナイスミドルの姿が見えた。


「失礼します。」

 入り口でピシッとお辞儀をキメてから、すっすと教頭の前へ。

「こんにちは。スマイル体育器具の山根です。本日はお忙しい所、お時間をいただき、ありがとうございます。」

 目と目をしっかりあわせてあいさつ、名刺交換。もちろん、笑顔も忘れない。

 

『ヤバイときこそ基本に徹しろ』とは、入社当時、指導にあたってくれた先輩の教えだ。


「教頭のS辺です。」

 七三分けのロマンスグレー、上品な銀ぶちメガネ、地味だが仕立の良いスーツに、主張しすぎないネクタイといった出で立ちは、いわゆる教頭先生の代表だと言わんばかりの風格を醸し出している。

 しかも、年頃の割には長身で、がっしりした体躯から、スポーツマンであることを確信させるオーラが放たれている。

 なかなかの威厳の持ち主だ。

 

「どうぞ。」


 来客用のソファを勧められ、座るときに、更にビリっという音がした。


 一瞬の静寂に包まれる。


 もちろん、笑顔は死守。


 ……脇から、いや、全身から吹き出す汗。

 今まで汗なんかかいたことないとこからも、汗が出る。


 ん?という訝しげな表情を見せ、腕組みをする教頭。


 終わった……もはやこれまでか……


 内心諦めつつも、G男は事前に用意した資料をもとに、手短に自社商品の紹介をすませた。


 教頭は相変わらず難しい表情を浮かべて、腕組みしたままだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る