深井姉弟、旅に出る。part2

「疲れた……」

「うーん美味しい!」

 姉と俺で完全に意見が対立した。

 お世辞にもいい天気とは言えず、それは上空でも同じだった。格安航空を選んだのもあって未だに地面が揺れるような感覚に陥る。

「2時間ぶりのスタバは美味いか?」

「もちろん!」

 太ったな。あのコーヒー風の飲み物のカロリーは次元が違う。ベンティとならば尚更だ。

「さて、ようやく着いた訳だが…どうする?」

「どうするって?」

「せっかく福岡に来たんだし、何か福岡を感じることがしたい」

「お子様だなぁ」

 何でだよ。ごく普通の事じゃないか。

「うるせぇよ。とにかく最初はラーメンにしよう。豚骨を食べる事で福岡ライフは幕を開ける」

 地元に一蘭という手軽に博多の豚骨ラーメンが楽しめるチェーン店があるが、そうではない。ここ福岡で食べる事に意味がある。

「あー私パス」

「は?」

 また俺は姉の言ってることが理解出来なかった。が、淡い紫色の瞳が逸らされたのを見逃さなかった。

「姉さん」

 じっと姉の目を見て話す。先日、姉に前髪を切ってもらったのだがまさかこんな場面で役に立つとは。

「な、何?」

「今日の朝どこに行ってたんだ?」

 俺と姉は一緒に暮らしている。わざわざ待ち合わせなんて面倒な事する必要がない。

 某千葉の兄妹のようにデートの振りをしている訳でもない。どうせなら姉にヨーロッパまで行ってきて欲しいくらいだ。

「まさか那知は私のプライベートに興味があるの?」

「あるわけないだろ!ただ昨日は『私、福岡に着いたら真っ先にラーメンを食べるんだ……』って言ってたじゃないか。昨日の今日でそんなに意見が変わるかよ」

 自慢じゃないが俺の姉は割と頑固だ。自分の意見はなかなか変えない。

「いやぁー実は昨日の夜に一蘭に行っちゃって……」

 観念した姉は絞り出したような声で言った。何てことだ。

「何やってんだよ!?どうしたらフライング豚骨ラーメンに至るんだよ!」

「豚骨ラーメンというジャンルのプレミア感にテンションが上がってしまった」

「そんな迷言で誤魔化されるかよ」

「痛いっ!」

 軽めのチョップを食らわせてやった。

 それはそれとして、俺にバレないようににんにくを抜いた点は大いに評価できた。


「……姉さんは本当にこれが正しいと思う?」

「大丈夫だって。変に意識するより自然体が一番だって」

「でも福岡に来てすき家はどうかと……」

 自宅から自転車を走らせれば5分で着くような距離にあるすき家に、わざわざ福岡に来てまで来る理由何て無いのかも知れない。だがこの世は非情だった。またもや姉に将棋で負けた俺に拒否権などある訳もなく、一日目の昼ご飯を半ば強制的に決められてしまった。まぁ大好きだからいいんだけど。


「それにしても不思議だったよね。あのエスカレーター」

「エスカレーター?」

 俺が注文した牛丼特盛豚汁三点セットを待っていると姉から謎の話を振られた。

「関西空港だとみんなエスカレーターは右に並んでたのに、福岡に着いた途端みんなエスカレーターは左に並んでたのが不思議じゃない?」

 そう言われるとそうかも知れない。同じ機内に搭乗している、ということは密室に閉じ込められているとも考えられる。それが全員同じタイミングでエスカレーターに乗るのに大阪と福岡で違うというのは確かに不思議だ。

 郷に入っては郷に従え、ということなのだろうか。

「ま、どうでもいいけどね」

「えぇ……」

 興味深い話を振っておきながらすぐ飽きる。それは俺が姉の嫌いな点の一つでもあった。

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