第2話

 俺、鳴沢なるさわたくみは特に特出したものを持っているわけではないごく普通の高校生だと思っている。

 しかし、世の中はそう俺のことを見てくれることはなく、女子からは結構敬遠されてしまっている。

 そして、今日もそんなかったるい一日が始まろうとしていた。

 朝は特に苦手だ。寒くても暑くても、起きるのが辛い。

 今まで、ずーっと春だったらいいのにとつくづく思ったことはある。と、幼馴染に言ったら、花粉で辛いじゃんなんて言い返されたので春の中でも五月がいいと言うようになった。

 そういう訳で高校は歩いても通うことのできる地元の高校に決めた。

 家から十五分でたどり着けるこの南雲なぐも高校は、特に偏差値の高い高校ではないことも幸いしたのは俺の中では大きかった。

 しかし、今は五月も後半に差し掛かり暑さがより厳しくなっていった本日、俺は額に汗を大量に浮かべながらいかにもだるそうに通学路を歩いていた。


「あちー」


 どことなく呟く。


「おっすっ!」

「い゛た」


 見知った声とともに肩を叩かれた。

 肩をさすりながらも顔を上げた。

 視線の先には女子制服を着た男の娘がいた。

 俺に向かってこのクソ暑い中爽やかすぎる笑みを向けるこの男の娘こそ俺の幼馴染、東條とうじょうりつだ。

 俺よりも身長は十センチ以上は差があり、なんといってもこの女の子と言われても仕方がないほどの整った容姿が律が女子制服を着させられている所以だ。


「今日も制服が似合ってるな。律ちゃん」

「うっさいぞ、巧。お、俺だって好きで着ている訳じゃないんだからな!」


 こいつはこんな容姿だからこそ異性の友達が多い。逆にいえば、同性の友達は俺以外いないと言う。

 そんな律は一度男子にいじめられたことがあったらしい。理由は想像すればわかるだろう。言葉で言えば、『お前ばっかちやほやされやがって』だ。

 だから、それならいっそう女ってことにしちゃえば。という女子からの提案によって、制服を女子用にされてしまった。

 俺も含め、『そんなんで解決すんのか?』という疑問を持つ者も当然いたが、これが効果こうか覿面てきめんで男たちの中で律は男の娘とみなされなくなってしまったのだ。

 ただえさえ女の子らしい容姿をしているのに服まで女子用になってしまったことによってさらに女の子に近づいてしまったことにより、男子どもには最早律は女だとみなされてしまい、女には手を出せないと男たちの中でなってしまったらしい。

 こうして、律は安寧を手に入れたかと思いきや、女性たちからのマスコット化はさらに加速の一途をたどってしまい律自身少し疲れ気味なようであった。

 俺にとってすれば、平和になっただけでいいと思っていた。

 ただえさえ幼馴染なのだから困っていることは一目見れば容易に分かるけれども、異性に囲まれて疲れているのだからそれは、贅沢な悩み事だろうと思っていた。

 学校の門をくぐり、スリッパに履き替えた。


「じゃ、俺はこっちだから」

「おう」


 律の声に気怠げに返事をして別れた。俺と律は一学年離れている。俺が一つ年上で二年になる。

 階段を上がって、二階の2-3と掲げられているドアを開けた。

 その瞬間にさまざまな声の入り混じった音が耳に届いた。別に俺が入ってきたからといってそれが消えることはなく、かという俺も気にしていない。

 ドアを閉め、自分の席に向かう。俺の席は窓側の五列目、一番後ろから一つ前の席だ。

 ボッチにはいい席だと思った。


 そこで俺の視界はフェードアウトしてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る